第119回
山崎 昶先生が答える化学質問箱
回答者プロフィール
やまさき・あきら
1937年生まれ.東京大学理学部化学科卒業.
元日本赤十字看護大学教授.
おもな著書に「化学の常識なるほどゼミナール」「落語横丁の化学そぞろ歩き」「機密保持と化学」「ミステリーの毒を科学する」,訳書に「化学するアタマ」「先生を困らせた324の質問」「サイエンティスト ゲーム」「続 サイエンティストゲーム」など多数.
山崎 昶先生が答える化学質問箱
第119回 (2013/1/29更新)rss
Q.  歴史の本を見ていたら,カルタゴのハンニバルがローマ攻略のために象をつれてアルプス越えをしたとき,道を塞いでいた岩石に酸を注いで溶かしたという話が載っていました.
Q.  「鉄の鎧を持つ巻貝」が最近どこかの水族館で公開されたというニュースがありました.この「鉄の鎧」ってどんなものなのでしょう?
Q.  「電子励起爆薬」っていうモノスゴイ爆発力を持つ新しい物質がつくられたのだそうです.どんなものなんでしょうか?
 
Q.   歴史の本を見ていたら,カルタゴのハンニバルがローマ攻略のために象をつれてアルプス越えをしたとき,道を塞いでいた岩石に酸を注いで溶かしたという話が載っていました.ちょっと信じがたいんですが本当だったのでしょうか?
A.

 この話はあちこちに引用されていて,虚実のほどはあまりはっきりしないのですが,比較的最近刊行されたアドリエンヌ・メイヤー女史の『驚異の戦争――古代の生物化学兵器』(講談社文庫)にある考察をみると,石灰岩の上に燃料を積み上げて火を焚き,その後に酢を注いで岩塊を砕いたというのが本当らしいということです.これならば,石灰岩の主成分である炭酸カルシウムのかなりの部分が熱分解して酸化カルシウム(生石灰)となり,当時の酸(ハンニバルの時代では今みたいな無機の強酸はまだつくられていなかったので,酸敗したワインぐらいでしょう)と激しく反応して,中和熱で岩にヒビを入れるぐらいのことは可能だったろうと思われます.普通の炭酸カルシウムだったら,酢酸ぐらいではそんなに激しく反応しませんから,岩石を砕くのは無理ですが,加熱して酸化カルシウムに変えたあとなら,激しい反応となっても不思議はありません.でもオープンな山の上で火を焚くとしたら,加熱効率はかなり低かったでしょうし,酸を入れた容器を運ぶ(もっとも酸敗して呑むに耐えなくなったワインを転用したのかも知れませんが)のも,いくら象を使ったとしても大変だったろうとは思われますが.さすがに珍しかったので記録に残されたのでしょう.

Q.  「鉄の鎧を持つ巻貝」が最近どこかの水族館で公開されたというニュースがありました.この「鉄の鎧」ってどんなものなのでしょう?
A.  これは10年ほど前にインド洋のモーリシャス群島付近の深海で発見されたCrysomallon squamiferum,和名を「ウロコフネタマガイ」という巻貝のことだろうと思います.この海域はロドリゲス三重点(アフリカプレート,オ-ストラリアプレート,南極プレートの接する点)のすぐ近くで,熱水噴出孔が見られ,その一つから2001年に発見されたものです.この巻貝は硫化鉄(FeS)が鱗片状に表面を被覆しているのですが,「鉄の鎧」はちょっと誇大表現に見えなくもありません.
 やはり低酸素濃度に適応した生物らしく,2006年に「しんかい」で採取して母船の「よこすか」上で飼育しても,海水中の酸素濃度が高いためか,表面に錆が析出してくるらしく,長期間は飼育できなかったということです.この標本は新江ノ島水族館で現在も展示されています.
Q.  仲間から聞いたのですが「電子励起爆薬」っていうモノスゴイ爆発力を持つ新しい物質がつくられたのだそうです.なんでも核爆弾に匹敵するエネルギーをだせるのだとか.どんなものなんでしょうか?
A.  今までの「火薬」はトリニトロトルエン(TNT)の発明以後,実際にはほとんど進化していないのだそうで,これは化学エネルギーを利用する限りほぼ限界だといわれています.ところが,もともと励起状態にある原子をもとに化合物をつくらせて,これを爆薬として利用しようというアイディアが以前からありました.最近の巨大高速コンピュータを利用したシミュレーションで,果たして実現可能かどうかのチェックが行われ,何でも励起状態にあるヘリウム〔基底状態なら(1s2)ですが,最低の励起状態だと(1s12s1)となる〕の安定な化合物を得ることが可能かも知れないという計算結果が出たのだそうです.これだと,爆発時に単位重量当たりでTNTの数百倍以上のエネルギーが放出されるので,小さな核爆弾並みの破壊力をもつだろうというんですが…….このほかに,炭素の励起原子を用いた化合物をつくるという試みも検討されているという話です.
 でも現実にはまだ化合物の調製段階には至っていないでしょう.しかし,変なお国のテロリストなんかが入手したりしたら怖いですね.まだ国際法でも規制の対象になどなっていないはずですから.

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