1991年・・・朝日新聞・土井たか子(社民党)・挺対協が一気に動き出したんだね。。
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・朝日新聞主導の従軍慰安婦大キャンペーンが始まったのが1991年。
・土井たか子(旧社民党)の秘書(女)が、挺対協代表尹貞玉(ユン・ジョンオク)に
〝いつものです。活動費に使ってください〟”と札束を渡したのが1991年。
・元慰安婦ハルモニが日本に国家賠償を求める「東京従軍慰安婦訴訟」を起こした1991年
・挺対協や元朝日新聞編集委員の松井やよりさんらが中心となった1992年
・尹 美香(ユン・ミヒャン)が韓国挺身隊問題対策協議会発足時に幹事として参加した1992年
・河野談話後、挺対協などの支援団体が強硬に反対した1993年。
・教科書に「従軍慰安婦・強制連行」という言葉が登場したのが1996年。
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★元慰安婦のおばあさんたち(ハルモニ)を抑圧しているのは挺対協
挺対協の尹貞玉元共同代表は、韓国一の名門女子大、梨花女子大出身。
韓国社会の女性エリート層が主導する団体
大沼教授は、挺対協が、慰安婦問題を、「慰安婦だったおばあさんたちを幸福にするために
解決する」という観点でなく、「韓国社会に根深い反日問題へと持って行った」とも指摘。
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記事抜粋。。全文はこちらへ↓慰安婦劇女優が悔悟の証言 挺対協の背信、そして旧社会党との関係
2016年02月15日
女優 東丘いずひ
「本当に私はおバカさんでした。痛恨の極みとはこの事ですよ…」
劇団「夢屋」を率いた女優
1986年:新宿文化センターで『貝の花』
1987年:下北沢で『従軍慰安婦』、
1988年・『女子挺身隊』と慰安婦関連の演劇
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1980年代、偶然、古本屋で千田夏光氏の『従軍慰安婦・慶子』に出会い
日韓融和のために募金活動や署名運動。動機は、あくまでも慰安婦達の鎮魂
『従軍慰安婦・慶子』はあくまでも小説
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朝日新聞主導の従軍慰安婦大キャンペーンが始まったのが1991年。
土井たか子(旧社民党)の秘書(女)が、挺対協代表尹貞玉(ユン・ジョンオク)に
〝いつものです。活動費に使ってください〟”と札束を渡したのが1991年。
教科書に「従軍慰安婦・強制連行」という言葉が登場したのが1996年。
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「政治活動とも無縁だった私は、単純に女性の人権問題として、当時、挺対協代表の
尹貞玉(ユン・ジョンオク)さんにコンタクトをとり、韓国での慰安婦慰霊碑建立に向けて
活動を始めた。80年代から慰安婦調査をはじめた尹さんご自身も韓国に挺身隊追慕碑建立をめざしていたので意気投合したわけです。ところが…結果的に尹さんに裏切られ、それと同時に所謂『従軍慰安婦』の本質的な問題に気付き、愕然としたのです。あの日から今日カミングアウトするまで鬱々とした日々を過ごしてきました。なにしろ、演劇公演のチラシには詐話師と言われた吉田清治氏や千田夏光氏のおどろおどろしい証言まで引用していました。
自業自得ですから自分の気持ちの処遇であれば真摯に反省して一生墓に持って行く話です。慰安婦問題解決に向けて私の劇団に足を運んでくれた方、慰安婦の碑建立のために募金や
署名活動をしてくださった方々に申し訳ない思いでいっぱいです」
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●1991年11月・・初めて尹貞玉に会う。
●1992年10月・・来日した、尹氏の態度が急変。
「これからは募金もいらない。今まで慰安婦の碑建立のために集めた署名名簿もいらない」
「お金はともかく、署名まで拒絶する理由がまったくわからない。
なぜ?という疑問だけが残った」
尹氏の不可解な行動が甦がえった。
1991年、衆議院議員会館でのこと。
尹氏と私、大杉実生氏(元政治家の秘書で東丘さんの署名活動に協力していた)と三人で、
打ち合わせをしていた時のこと。
いきなり土井たか子氏の秘書の女性が現れ、我々の目の前で尹氏に
〝いつものです。活動費に使ってください〟と封筒に入った札束を渡した。
おそらく数十万から数百万単位。尹氏はその札束を手慣れた手つきでカバンにしまった」
その場に居合わせた大杉氏の証言。
「その様子を見て現金の授受は初めてではないことがわかった。
土井たか子の秘書もずいぶんと杜撰というか脇が甘いという印象。
領収証を切らない大金の受け渡しを第三者の前でしますかね?」
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●挺対協代表の尹貞玉(ユン・ジョンオク) ウィキ
・1990年の段階で日本で講演。
日韓で慰安婦問題に関心をもつ人間に連帯をよびかけ。
「日本軍慰安婦問題行動ネットワーク」「従軍慰安婦問題ウリヨソンネットワーク」などの
団体の結成を促した。
・1996年のクマラスワミ報告では、日本軍が若い女性を学校に集めて
強制連行していったと証言
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●尹 美香(ユン・ミヒャン)
韓国の従軍慰安婦活動家。
1992年の韓国挺身隊問題対策協議会発足時に幹事として参加。
現在は常任代表を務め、ソウルの日本大使館前で水曜デモを開催
明日22日、東京のなかのZEROホールでモンダンヨンピルのチャリティーコンサートが開かれ、取材を担当することになりました。
韓国のアーティストたちが、東日本大震災によって被害を受けた朝鮮学校を支援するため、
立ち上げたモンダンヨンピル。モンダンヨンピル(몽당연필)とは、「ちびた鉛筆」という意味で、「鉛筆を削って削って、これ以上短くなることができなくなるまで大切にして使う心」で
朝鮮学校を助けようという意味で名づけられたそうです。