FGOのマスターの一人 作:sognathus
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何故タイトルの後ろに疑問符が付いているのは、この手の話に慣れている方でしたらその理由は勿論、それどころか本話の内容の予想も余裕だろうと思います。
「マスター、この宿に泊まるのですか?」
「うん、そうだよ」
「……」
ニトクリスは辿り着いた先の今日宿泊予定の宿の外観を見て微妙な表情をした。
マスターからは日本の旅館に泊まると聞いていたので、ネットで情報収集をしてどのような宿泊施設なのか凡その概要を予習していたのだが、実際に今目にしている宿のそれは自分が把握していた情報とは大分かけ離れたものであった。
先ず旅館というにはその入り口はただの雑居ビルの入り口のように見え、そこから続いていると思われる階上の宿泊部分を見れば、その見た目はただの安いアパートにしか見えなかった。
ちょうど此処に着くまでの道のりで、もしかしてあれではないかと予感が当たってないことを祈りながら見ていた建物の裏のベランダ部分をニトクリスは思い出した。
(なんというか……風情がないな……)
ネットの情報で旅館から日本独特の風情を感じ取り、それを密かに楽しみにしていたニトクリスは目にした現実に率直に落胆した。
落ち込んだ彼女のその感覚が移ったわけではないが、マスターも心の中はあまり穏やかではなかった。
(しまった……安さだけに目がいってそれ以外の情報を全く調べてなかった。つい一人で泊まる感覚で宿を探しちゃったからなぁ……)
「……」
マスターは旅館を見上げ、視界に申し訳ない程度に掲げてある看板を捉えながら思った。
(何処が『温泉宿』だよ)
その旅館(?)の看板には確かに『〇〇温泉宿』と文字が書かれてあった。
しかし目の前のそれは一見、どう見てもただのアパートである。
(もしかして温泉って源泉を部屋の風呂に引いてるからそう名乗っているのか……?)
「……」
案内された部屋に着き、マスターは見つけた浴室を覗いてその予想が当たっていた事に軽く気が遠くなった。
浴槽に湯を注ぐ水道の部分に古めかしい薄い緑色のパイプが大胆に繋げられており、その先を目で追うと『〇〇源泉直入』と書かれた大きなハンドルがあった。
「やはりそれが温泉という意味でしたか」
「うん……えっ」
「?」
不意に後ろから声がしたので驚いてマスターが振り返ると、そこにはニトクリスがいた。
彼女は何故マスターがそんな意外そうな顔をして驚くのか理解できず不思議そうな顔をする。
彼の驚きには単純に背後から声をかけらられたことに対してのもの以外にも何か別に理由があるように感じたのだ。
「何ですか?」
「いや……なんでこっちに居るの?」
「え?」
「部屋は一人一室ちゃんと取ってあるんだけど……」
「えっ……」
ニトクリスは無意識に自分とマスターが一緒の部屋に泊まるのだと決め込んでいたことをその時気付かされた。
よくよく考えてみれば確かにサーヴァントとマスターの関係とはいえ、お互いそれなりの年頃なのだから、恋仲でもない限り別々の部屋に泊まる方が常識的といえた。
ニトクリスは自分の早とちりが恥ずかしくなり顔を赤く染めて全力で謝罪を始めた。
「す、すいません! あっ、いえ! そ、そう! マスターの部屋のお風呂もやはりそうなのかと確認しに来たのです!」
「え? あ、ああそうだったんだ。うん、残念ながら同じだったみたい」
「そ、そうですか。え、ええそれはざ、残念でした。はい!」
「……」
「……」
二人の間に気まずい沈黙が下りた。
小さな窓からは蝉の鳴き声が聴こえ、陽の明るさのみで照らされた狭い浴室によく木霊した。
「ま、まぁ温泉だけなら外を歩けば施設あるんじゃないかな? それに近くには川も流れているし……あ、そうだ。ちょっと鮎とか料理で出している所探しに行かない? ちょうどお昼時だからさ」
「い、いいですねそれ! ええ無難な提案だと評価します。付き合いましょう」
「じゃ、一度部屋に戻って用意したら宿の入地口の前で集まろう。暑いから帽子はまた被ってきた方が良いよ」
「承知しました」
数分後、男女が待ち合わせする場合の一般的な認知通り、マスターの方が先に待ち合わせ場所で待っていると「お待たせしました」と言いニトクリスがやってきた。
「あ、サングラスも掛けてきたんだ」
「ええ、自分でこれを用意していたのを忘れていました。興味本位で入手したのですが、これは本当に便利なものですね」
マスターの言う通りニトクリスはTシャツにジーパンといったラフな格好に頭にはキャップを被り、更に顔には薄い色のサングラスを掛けていた。
「帽子はそれで良かったの?」
「今日はこの格好に合わせて動き易さ重視にしましたからね。つばの大きい物も中々に魅力的でしたが、今回はこちらの方が良いと判断しました」
「そっか。うん、良い感じだよ」
「そ、そうですか? ふ、ふけ……あ、いいえ。ありがとうございます」
「うん」
ニトクリスはマスターの素直に自分を褒めた言葉に嬉しそうに微笑み、後ろで束ねた髪をまるで犬の尻尾のように嬉しそうに小走りすることによって振りながら彼に駆け寄って訊いた。
「それでは、先ずは何処に参りましょう?」
「うん、やっぱり食事かな。ここに来る前に大きな橋を渡ったじゃん? あそこから食事処っぽい木の建物、長屋みたいなものが見えたの覚えてる?」
「ああ、そういえば……水車も見えたような」
「そう、それ。そこに行ってみようか?」
「分かりました!」
それからマスターとニトクリスは新鮮な川魚の料理を食べたり河原で休憩をするなど穏やかで楽しい時間を過ごした。
最初はどうなるものかと一抹の不安を覚えていたマスターであったが、目に付く初めてのモノ全てに純粋な驚きと興味を示すニトクリスの姿は見ていて飽きない癒やしになるものであった。
(この調子なら残り数日も楽しく過ごせそうだな……)
そうマスターは心穏やかに以降の日々に思いを巡らせていたのだが、残念ながらと言うか無常な世というか、彼の心中とは別に事態は思わぬ展開を見せようとしていた。
「~~♪」
マスターの傍で彼と同じように石に座って寛いでいたニトクリスは、鼻歌を歌いながらご機嫌な様子でカルデアで支給された特別なスマートフォンを操作していた。
彼女はそれでカルデア関係者専用のSNSに自分のアカウントを使って旅行の様子の写真や動画を次々と嬉々としてアップしていたのだ。
それは純粋にマスターとの旅行を楽しんでいたからこそ行った行為であった。
しかし彼女の思いとは別に、そんな微笑ましいSNSの内容に不快感とまでは言わないが、明確に不満を持つ者が少なからずいたのだ。
いくらカルデアに所属するサーヴァントの割合が現代より大分過去の時代に生きた者が比較的多くを占めるサーヴァントたちとはいえ、文明の利器に感心し、積極的に使うものは多くいた。
その利用者の殆どは己の時間を満足に過ごすのが目的であったのだが、中には『そういった』利器と特に相性良く、その結果、本来の趣旨とはやや異なる目的で使う者も少なからずいたのだ。
その者たちというのが、先程から旅行を楽しんでいるニトクリス、ではなくマスターに不満を持つ者たちであるというのは言うまでもなかった。
場所は変わり、その頃カルデアでは……。
「……なんだこれは……。マスター、何故私を連れて行かなかった……ぐすん」
「何自分で擬音入れてるの……て、えっ、これ……!」
「先輩……」
「
「これ! これを見るのだわ!!」
「はぁ何ですか……って、こ、これは?!」
「マスター、私なら布団の中まで一緒に行ってやったのに……」
「あの時
「先輩先輩先輩……」
「これは後で尋問ですね! 何故私を連れて行ってくれなかったのかと……は?」
「ん?」
「え?」
「はい?」
このような修羅場がカルデア内の各箇所で同時期に複数発生するという極めて重大な事件が起こっていた。
間が空いたにしては平凡で短い話となりました。
というペースがこのところずっと遅いので後書きも似たようなことばかり書いている気がしますw
歳には勝てない、仕事も……ソシャゲを思いっきりやめてしまえば時間できるんだろうなぁ……。