1997/917

ダイアナ妃の事故死でポンドは売り時?

 やっぱり香港は2ヵ月前まで英国の植民地だったんだなぁ、と改めて感じさせられたのがダイアナ元英皇太子妃が亡くなったニュース。日本の新聞でもいちおう一面トップになったし、国際面や社会面も使って報じられていたが、香港の『蘋果日報』や『東方日報』などの大衆紙では連日十ページ近く使って報じたうえに、別冊付録の小冊子まで付ける詳細ぶり。朝の経済ニュースを観ていたら、どっかの銀行の人が出てきて「ダイアナ嬢の逝去で英国では娯楽を控えるムードがしばらく漂い、英国の小売売上額は1%の落ち込みが予想されるため、今日の英国ポンドの相場は下落するでしょう」などと解説してたのが香港らしいが。
 そういや十年ほど前にエリザベス女王が香港を訪れた時、海底トンネルの入口に取り付けられた「歓迎女皇」の特大看板を見ながら、香港人の友人が「日本人もイギリスの女王に関心がありますか」と聞いて来たので、「あるわけないじゃん」と答えたら、少し驚いたような顔をしていた。ひょっとして彼はその瞬間、本来は他国であるはずの英国の王室に多少なりとも関心を寄せてしまう香港人に、植民地統治下の悲哀を感じてしまったのかも知れない。

■おまけ/辞書にない広東語■
ダイアナ=戴安娜(だいおんな)
 北京語で読めば「ダイアンナ」。新聞各紙は「人民王妃」だと讚えている。
マザーテレサ=徳蘭修女(だっらんさうのい)
 「修女」は修道女のこと。テレサは徳肋撤(だっらっさー)と音訳されるのが一般的だが(セント・テレサ病院=聖徳肋撤医院)、マザー・テレサは偉い人なので、より人間らしい(=中国人らしい)名前にするため、むりやり2文字にまとめてしまったらしい。クリス・パッテン前総督が、いかにも中国人みたいな「彭定康(ぱんでんほん)」になったのと同じ。


1997/9/24

火事とケンカは中秋節の華!?

 中秋節といえばお月見なのは、日本も中国も同じ。日本じゃなぜか貧乏くさく笹の葉を飾り、団子を食べながら月を眺めるものだが、香港では一家揃って外に出て、公園や家の周りの路上で小さなロウソクをたくさん燃やしながら座り込んだり、提灯を持ってブラブラ歩きまわりながら、夜通し月を見る。多くの人が月を眺めて徹夜してしまうので、中秋節の翌日が祝日。英国人が決めたのか、なかなか合理的な設定だ。
 で、毎年中秋節に付き物なのが、ケンカとヤケド。なぜ中秋節にケンカが多いかというと、公園へお月見に繰り出してはしゃぐ若者グループ同士が、「おまえら、声がデカくてうるさい」と罵り合ったり、お月見中の女の子をナンパしようとして、「俺の女に手を出そうとしたな!」と襲撃されたりするから。今年の中秋節も各地でケンカが相次ぎ、尖東では出動した警官が30人近い若者に取り囲まれる騒ぎが起きたり、ランタオ島では月を見ながらバーベキューをしていた一家6人が「声がデカい」とボコボコされ、水上警察の船で香港島の病院まで運ばれる事件が起きている。
 一方でヤケドが多いのは、子供がロウソク遊びをするから。昨年の中秋節では、主な公立病院だけで40人以上の子供がヤケドで担ぎこまれていた。
 そのため特区政府は今年から、公園や路上など公共の場所でのロウソク遊びを、条例で禁止するという強硬手段に出てしまった。
 ところが市民のほとんどはこれを無視。公園や団地などを市政総署の職員が巡回し、ロウソクを燃やす市民たちに警告を繰り返していたが、子供たちにも「バ~カ」と相手にされない状態。それでも今年、ヤケドで主な公立病院へ担ぎこまれた人数は27人だったから、「ロウソク遊び禁止条例」も、少しは効き目があったのかも知れない。
 それにしても、香港人は英国の植民地支配の下で、伝統料理の犬鍋を食べるのを「犬がかわいそうだ」と禁止され、爆竹を鳴らすのも「やかましい」と禁止され、返還後は犬鍋も爆竹も復活できるかと思いきや、法律は返還後も同じなので、禁止されたまま。しかも新しい政府にロウソク遊びまで禁止されちゃうんだから、これじゃ香港人がかわいそう。いいじゃないの、ヤケドする奴は自分がマヌケなんだから…。
 ところで私は、今年の中秋節を中国で過ごしたのだが、地元のテレビニュースを見ていたら「全国各地で祝う人たち」の様子を流していた。さすが中国は中秋節の本場!と思いきや、これは「共産党第十五回党大会の開催を祝う人たち」だった。
 「北京の下町では老人たちが党大会の成功を祝っています」「××県の子供達が党大会を讚える踊りを踊っています」「××炭鉱の労働者たちは、作業の合間に大会の様子を伝えるテレビを見て、生産に励んでいます」「解放軍の兵士たちも大会開催を祝い、共産党に改めて忠を尽くすことを誓いました」てな具合の「ヤラセ」リポートが延々と続くというシロモノ。
 やれ改革開放だの言っても、こうした中国のマスコミの報道姿勢は社会主義国そのまんまで、今だ北朝鮮と五十歩百歩。それに比べれば香港のマスコミは、返還後も健全です。


1997/9/30

きわめてお手軽!為替投機

 「中国人はヘタをするとただの紙切れになりかねない紙幣を全く信用しておらず、いざという時のために、財産をせっせと金に換えている。だから香港の街中には金行(がむほん=貴金属屋)が多い…」
 香港に関する本を見ると、たいていこんな話がまことしやかに書かれているが、おいおい、一体いつの時代の話だよ!と思う。
 内乱やら戦争やらで中国国内にいくつも政府があって混乱していた戦前や、ベトナムやカンボジアに共産政権ができて、華僑が命からがら香港へ脱出して来た70年代ならともかく、天下太平いたって平和を謳歌する90年代の香港では、資産保持のつもりで金を買う人なんかほとんどいない。金を買う目的はほとんどが装飾品や贈り物だ。
 だいたい金が資産の保持に優れているとされたのは、インフレなどでも資産価値が変わらないと言われていたから。つまり逆に言えば、金をたらふく持っていても、資産はぜんぜん増えないということ。現代の香港人は賢いから、金を買うカネがあったら、株なり外貨なりに投資して財テクに走るのだ。
 香港で外貨投機をするのはカンタンだ。銀行で香港ドルの口座と日本円やらドイツマルクやらの口座を開いて、レートを見ながら貯金をコロコロ動かせばいい。「本日のレート」などと為替レートが一日中動かない悠長な日本の銀行と違って、香港の銀行は1分きざみにレートが変わるが、わざわざ銀行まで行かなくても、電話1本でその時点のレートがわかるし、貯金も動かせる。
 香港ドルは米ドルとリンクしているから、1米ドル=121円で貯金を円口座に移し、120円で香港ドル口座に戻したら、1円のもうけ。120万円くらい貯金があったら1万円のもうけということ。円相場が1円くらい動くのはほとんど毎日のことだから、マメに動かしていたら、バカにならない収入になるのだ。
 だから朝のテレビニュースは、海外の経済ニュースがやたらと詳しい。「日本政府が公定歩合の引き上げを見合わせると発表した」とか、「ドイツの失業率が5%を下回った」とか。で、その後解説者が現れて「だから今日の為替相場はマルク高になるでしょう。マルクを持っている人は売り時です」とオススメする。
 新聞の経済面も、日本の新聞とはだいぶ違って、為替に関するニュースはほとんど「競馬新聞」状態だ。円やマルク相場のグラフを派手に掲げ、「このところ、3日円安1日円高のパターンが続いているから、今日は円高の日に違いない」「今日の目標!121円30銭で円を買って、119円80銭になったら売ろう!」などと予想する。これって、マカオのカジノで、「大大大小大大大小と来たから、次は『大』!」と予想するのと同じノリだが、これなら経済的な知識がぜんぜんなくたって、下町のヒマなばあちゃんでも、新聞の「指示」に従って簡単に外貨投機に乗り出せるというものだ。
 なんともいいかげんな新聞の為替予想だと思うのだが、どうしてこれが、なかなかバカにできない…らしいよ。

■辞書にない広東語~財テク編■
炒股(ちゃうぐう)株投機
 股とは株のこと。中華料理をフライパンで炒めるがごとく、しょっちゅうひっくり返して(転売して)儲けるのが正しいやり方。
蟹貨(はいふぉ)売るに売れない株
 カニと言えば上海ガニ、上海ガニといえば必ずヒモで縛られて売られているというわけで、予想に反して値下がりし、がんじがらめ状態で売るに売れない株のこと。


1997/10/23

香港ボッタクリ考

 香港のちょっとした小綺麗な中華料理のレストランには、中国語のメニューの他に、たいがい日本語と英語で書かれたメニューが用意してあって、外国人が来るとこちらのメニューを出す。ところがこのメニュー、中国語のものと比べて、値段が大幅に異なることがしばしばだ。
 例えば、中国語では「麻婆豆腐58元」とあるのに、日本語メニューでは「マーボードーフ$100」になっていたり。私は中国語が読めるので、日本語メニューを出されると、いつも中国語のメニューも持って来させて、ウエイターの目の前で値段を比較し、「日本語のメニューは倍近く高いじゃないか!」と文句を言ってやるが、店員はたいていしどろもどろに「こっちのメニュー(外国語)のは大盛りだ」などとくだらぬ言い訳をするのが常。ホントに「盛りが違う」とは思えないし、もし仮に違うとしても、なぜ外国語メニューで注文すると、「大盛り」を強要されるのかがフに落ちない。そこで結局、「麻婆豆腐、中国語のヤツ」と注文することになる。
 あまりに日常茶飯事なので、いちいちどの店のメニューが二重価格になっていたかは覚えてないが、最近では、大衆的な上海料理のチェーン『一品香』や『喬家珊』、銅鑼灣にある海鮮料理の『太湖』、佐敦にできたマツタケを出す雲南料理の店で、この手の二重価格メニューを目撃した。
 少し「良心的」な店になると、中国語も外国語も料理の値段は同じ。ただし外国語のメニューには、安い料理(定食など)は載っていない。この種の二重価格メニューは、地元香港人を主な客層としながらも外国人も来るような店に多く存在し、すっかり観光客専用みたいな店では、最初からメニューに英語や日本語が併記されているので、少ないようだ。
 あくまで定価は全人種共通で、その時の「経営戦略」によってマーケット(人種)ごとの割引率を変えているホテルに比べ、これらのレストランは日本語や英語しか読めない人間から「割増料金」を徴収してしまうという、文字通りのボッタクリ。
 それにしても、返還後の観光客激減で慌てているハズの香港観光協会は、なぜまた長年にわたってレストランの二重価格を、放任してるのか。そういう悪どい店に限って、「このマークのあるお店なら安心です」とかいう赤いジャンクの観光協会公認マークが貼ってあったりしているものなのに…。
 二重価格のメニューが存在するなんて、何ともヒドい話だが、ま、考えてみりゃ日本だってよく考えてみたら結構あこぎな商売をしている飲食店が多い。
 たとえば飲み屋の「お通し」。頼んでもいないのに、くだらん小皿を強制的に出してきて、数百円も取るとは何ごと!
 それから寿司屋。8年前に大阪に住んでいた時、テレビで「寿司屋の値段のナゾ」なる番組をやっていたが、それぞれ中年サラリーマン2人組、20代後半のアベック、若い男子学生2人組を装った「潜入取材班」が、同じ日に同じ寿司屋へ行き、「タコ、イカ、中トロ、タイ…」などと、同じメニューを注文した結果、同じものを食べたはずなのに、3組の間でなんと2倍近くも料金が違っていたのだ。
 ちなみに一番安かったのは中年サラリーマンで、高くフンだくられていたのが学生2人組。「中年オヤジに安くしとけば、またヒイキにしてくれるかも知れないが、学生なんてどうせバイト代が入ったから来たようなもんで、馴染み客にはなるまい」ということか。
 人種によって値段を分けるのと、店主の一方的な判断で値段を分けるのと、果たしてどっちが悪どいか…。


1997/11/13

「貯金返せ!」と預金者が殺到

 いやはや香港経済も、予想されてたとはいえ、返還後早々にバブル崩壊。株は下がるわ不動産も下がるわ、香港ドルも狙われるわで、ドタバタが続いてますが、今度は銀行で取り付け騒ぎだ。
 騒ぎが起きたのは、28店舗を持つ港基国際銀行。10日午後から「あの銀行が危ないらしい」という噂が広まり、預金者たちが各支店へ殺到。特区政府の財政長官や金融管理局が、相次いで「港基国際銀行の経営に問題はなく、単なるデマ」「万が一、銀行が資金不足になっても、政府が金を貸す」と発表したが騒ぎは一向に収まらず、通帳を握りしめて「今すぐ全額おろしてくれ、定期は解約だ!」と叫ぶ預金者は、閉店時間が過ぎても増えるばかり。沙田支店では夜中の12時過ぎまで店を開けて、貯金を下ろす人をさばいたが、翌朝も開店前から大勢の預金者が行列し、なかには貯金を下ろすまでに7時間かかった人もいたほど。
 結局、銀行側が「政府に助けを求めたら、よけい『あの銀行はホントに危ない』というデマが広がる」と判断。「いま定期預金を解約する方には、手数料をオマケします」とまでアピールして、懸命に預金支払いに応じ続けた結果、午後になってようやく預金を下ろす人も減り、一件落着。しかし、2日間で引き下ろされた預金は総額16億ドルにのぼり、銀行側にとっては「キョーフの24時間」となってしまった。
 香港人は「唔好執輸(ウマイ話を見逃すな)」という言葉が好きで、街で行列を見かけると「ウマイ話か!」とワケもわからず並んでしまう習性がある。昨年春には「英国籍帰化騒ぎ」、今年初めにも「最後の女王切手騒動」なんてものがあったが、今回は逆。銀行に預金者が殺到してる光景を見て、「こりゃ大変だ!」と慌てて並んだ人が多かったようだ。
 しかも、香港では「銀行が潰れて、預金がパー」だなんて、昔からよくあること。大手の恒生銀行だって、60年代に危うく破産しかけ、香港上海銀行に買収された過去がある(だから恒生のキャッシュカードは、香港上海銀行でも使える)。そのうえ「自由放任経済」が基本だから、預金保険制度などという甘ったれたものはない。
 最近では91年に国際商業信貸銀行が倒産した。10万ドル以下の預金は全額戻ってきたが、それ以上の預金があった人は、数年がかりでようやく何割かが戻って来ただけ。
 「国際商業信貸銀行が危ない」という噂が流れ、預金者が銀行へ殺到した時、金融管理局は「大丈夫だから安心するように」と発表。その言葉を信じて預金者が家へ帰ったら、翌日いきなり倒産してしまったいきさつがある。今回、政府が「港基国際銀行は大丈夫」と発表しても、「政府の言うことなど信用できるか」「前と同じだ、ホントに危ない!」とかえって火に油を注いでしまったのもそのため。
 国際商業信貸銀行も港基国際銀行も、どちらもアラブ資本の銀行。アラブ人が経営する銀行だなんて、何だか経理がいいかげんそうで、預金を使いこんでハーレムでも作ってるんじゃないかと連想しがちだが(そんなヘンケンは私だけか…)、そういう銀行に敢えて預ける人がいるのは利子が良いから。ハイリスクハイリターンというわけで、日本でも「オレンジなんとか事件」てなものがあったでしょ。
 ちなみに前回、国際商業信貸銀行が潰れた時、取り付け騒ぎは渣打銀行(チャータード・スタンダード銀行)やシティバンクにも広まった。香港ドルの紙幣を発行してる渣打銀行や、世界のシティバンクがいきなり潰れるわけないじゃんと思うが、そこが群衆心理というもので、「渣打銀行発行の100ドル札で買い物しようとしたら、屋台のオヤジに『ダメダメ!』と断られた」なんて事件も起きた。
 シティバンクでは地下の大金庫を報道陣に公開し、マネージャーが札束を両手に持って「我が銀行には現金がたくさんあるのでダイジョーブです」と、ひきつった笑顔でアピールし、ようやく騒ぎは解決。ただし金融管理局長が「国際商業信貸銀行の預金者が『死なばもろとも』とヤケになり、シティバンクが危ないというデマを飛ばしたのでは」と発言し、怒った預金者たちに自宅を取り囲まれるマヌケなオマケもついた。
 そういや今回の取り付け騒ぎの原因は、「外国の投機家や地元の証券バイヤーたちが、わざとデマを流して銀行の株価を下げ、『底値買い』でひともうけをたくらんだから」なんだそうな。実際に取り付け騒ぎが起きた直後、港基国際銀行の株は12%値下がりし、翌々日の朝にはもとの値段に戻していた。
 ホントだとしたら人騒がせなもんだが、株というのはそういうもんなのかもね。



1997/11/20

香港の八佰伴デパートついに倒産

 いやはや、ついにというかようやくというか、香港の八佰伴(ヤオハン)デパートも、昨日(20日)裁判所へ破産の申請をして、事実上ツブれてしまった。
 日本のヤオハンが倒産してからも、香港の八佰伴はとりあえず持ちこたえていたが、ここ数日はまさに末期的な様相だった。各店のテナント業者たちは、突然の倒産による閉鎖を恐れて、まともな商品を店外へ運び出し、安物ばかりを並べて叩き売りの「特売場」に一変。デパートの売り場は問屋が納入を渋り出したため、空っぽの棚が増え始め、手持ちの商品券を今のうちに使っておこうとあせる買い物客に対して、金に困っている店側は「お買い物は現金で。カードや商品券はご遠慮ください」などと言い出し、あちこちでひと悶着。
 そして納入業者たちから裁判所に代金不払いの訴えを相次いで起こされて、ついにギブアップとなった次第。かねてから中国政府がバックについた投資会社・中信泰富(CITIC)が、八佰伴買収へと動いていたようだが、自ら破産申請となれば安く買い叩けるというわけで、実は中国政府が納入業者に手を回して、代金未払いの訴えを起こさせたんじゃないの??…、ってのは勘繰りすぎか。
 それにしても、数年前までは香港、そして上海を足場に「目指すは中国全土に1000店のチェーン展開!」と意気込んでいたヤオハンだが、結局は中国政府に呑み込まれる結末となりそう。ウチの会社のヒグラシ君は「八佰伴があって日本食品が買えるからと、藍田に引っ越したなかりなのに…」と途方に暮れています。
 八佰伴は80年代後半から90年代初めにかけて猛烈な勢いでチェーンを拡大。既存のデパートが銅鑼灣や尖沙咀などの中心街に集まっていたのに対し、沙田、屯門、元朗など新界のニュータウンに集中出店し、老舗の大丸を差し置いて、いちやく香港の日系デパートの代表格にのぼりつめた。
 ところが、出店当時は商業的に未開地だったニュータウンも、八佰伴のおかげで客が集まり発展すると、店舗の家賃が高騰。おかげで稼ぎ頭の沙田店では、契約更新で売り場縮小を余儀なくされ、自分で自分の首を絞めることになったのだ。
 まぁ、八佰伴に限らず香港の日系デパートはここ数年、全体的に落ち目。一時は香港の百貨店売上げの半分以上を日系が占めていたのに、伊勢丹は撤退し、三越も尖沙咀店を閉鎖。松坂屋は金鐘店を閉め、大丸も売り場を縮小、西武は地元企業のディクソン(80年代末に一世を風靡した映画会社「D&B」の親会社)に買収されてしまっている。
 日系デパートが香港に進出した頃、香港人に衝撃を与えたのは、接客態度やパッケージにおけるコンセプト。店内は薄暗く、店員もニコリともしない地元デパートに比べて、日系デパートに足を踏み入れれば、香港人の店員も「日本人みたいに」ペコペコおじぎし、まるで御大名気分に浸れたというわけ。
 ところが、地元デパートも日系を見習って接客態度を改めたら、やはり地元のニーズに精通している地元デパートの方が有利。これは香港に限らず、東南アジア全体に共通した現象のようだ。そういや日系デパートの中で一番景気のよいのは「品揃えの地元化」を進めたジャスコで、在住日本人の間では「日本の物がロクに揃っていない」と評判が悪い。
 それにしても、ヤオハンが本部を香港に移した頃は、地元マスコミは和田一夫氏をやれ「過江龍(よそから乗り込んできた男)の大富豪」だと、盛んに持ち上げていたが、最近では手のひらを返したように冷たいもの。
 昨年の今ごろは、尖閣問題で「打倒日本軍国主義!」のデモ隊がそごうに押しかけて、「かつて日本海軍に『そごう』という軍艦があった」とイチャモンをつけていたが、もし八佰伴の破産が1年早かったら、和田一夫氏が熱を上げ、日本人社員にも強く信仰を勧めている某宗教団体が、「大東亜戦争は聖戦だった」「靖国神社の公式参拝を」と主張していることが地元紙に大きく取り上げられ、デモ隊は八佰伴に押しかけていたことでしょう。
 そういや中文大学に留学していた時は、沙田八佰伴の「熱海食堂」で炒猪柳定食(生姜焼き定食)を食べるのが、楽しみだったんだけどね…。


1997/11/27

ケーキ屋だって取り付け騒ぎ!

 「あの銀行が危ない!」という噂が流れ、通帳を手にした預金者が、貯金をおろそうと銀行へ殺到する「取り付け騒ぎ」は、古今東西どこにでもある話。ところが、「あのケーキ屋が危ない!」という噂で、ケーキ屋に群衆が殺到し、「取り付け騒ぎ」が起きてしまうのは、世界広しといえども香港だけだろう。
 事件が起きたのは、香港各地に43店舗のケーキ屋をチェーン展開をする「聖安娜餅屋」。24日午後3時過ぎから、「ケーキ引替券」を手にした群衆が各店に押しかけて、「今すぐケーキに換えてくれ~!」と大騒ぎ。
 沙田店には2000人もの客が押しかけ、尖沙咀店では店に入りきれない群衆が車道にあふれて、彌敦道(ネーザン通り)のバスが一時足止めをくらい、旺角店では客の対応に追われ続け、夕食を取る暇がなかった女子店員が、過労と空腹で倒れて救急車で病院へ運ばれるなど、各店はパニック状態に。
 なかにはドサクサまぎれに店に乱入し、ケーキを盗む連中も現れたため、秩序維持のため約1000人の警官が出動。閉店時間を過ぎても客は増えるばかりで、店に入るまで3~4時間待ちといった状態となり、一部の店では夜中12時すぎにようやく閉店。交換用のケーキはとっくに底を尽き、かわりに引き替えを認めたパンも取り尽され、パニックが過ぎた店内は、まるでイナゴの大軍が通り過ぎた後のように、スッカラカンにされてしまった。
 今回の「ケーキ屋取り付け騒ぎ」が起きたきっかけは、香港の八佰伴(ヤオハン)デパートが20日に倒産したこと。「聖安娜餅屋」は91年にヤオハンの関連会社「八佰伴国際飲食」が買収していたのだ。だから「ヤオハンが潰れたなら、ケーキ屋も危ない!」となったわけ。
 もっとも、すでにヤオハンは「八佰伴国際飲食」の株の大部分を手放し、現在の持ち株比率はわずか7・3%。このため「八佰伴国際飲食」では、「ヤオハンが潰れても、業務に影響はない」と繰り返し、さらに24日にはイメージダウンを恐れて「12月3日から社名を『香港飲食管理』に変更する」と発表したが、これが「経営者が変わったら今までの引替券が使えなくなるかも」と、かえって取り付け騒ぎを助長したようだ。同社ではデマをあちこちに流した犯人を捕まえるべく、私立探偵を雇って調査中だという。
 香港では、結婚式の引き出物として「ケーキ引替券」が定着している。もともと中国の風習で、結婚式の参列者に飴や唐餅(お饅頭)を配る習慣があったが、それが現代では西餅(ケーキ)の引替券に替わったというわけ。引替券なら、もらった人も食べたい時に好きなケーキを選べるし、まさに香港式合理主義といったところか。
 このため「聖安娜餅屋」だけで、なんと100万枚ものケーキ引替券が出回っていたのだが、実際にケーキを取りに行かない人が多く、その大部分は香港人の手元に眠っていた状態。しかし「ケーキ屋が潰れて、券が使えなくなったらもったいない」というわけで、タンスや引き出しの中に埋もれていた引替券をかき集めて、ケーキ屋に殺到してしまったというわけ。
 それにしても、ケーキ引替券は1枚たかだか45・6香港ドル(約750円)相当のもの。いくら「もったいない」といったって、そのためにわざわざ金を払ってバスに乗り、何時間も行列に並ぶだなんて…。家中の引替券をかき集め、ケーキを何ダースも抱えて「あ~、損しないで良かった!」とニコニコしながら店を出る人も多かったが、ケーキなんか2~3個続けて食べればイヤになるし、取っておけるのもせいぜい翌日まで。結局ほとんど食べずに捨ててしまうのは目に見えているわけで、そっちのほうがよっぽどもったいないはずじゃないの?
 銀行の取り付け騒ぎの話をした時にも触れたが、香港人は「唔好執輸(ンーホウヂャップシュー)」という言葉が好きだ。これは「ウマイ話を見逃すな!」「タイミングを逃してみすみす損するな!」という意味。「チャンスを逃すまいと、香港人はいつも必死」と書けば頼もしそうだし、それが香港の経済発展の原動力にもなってきたのだが、人集りや行列を見かけると、つい「ウマイ話かも!」と気になってしまい、わけもわからず並んでしまうのが香港人の習性だ。
 だから香港の屋台、特にTシャツ売りなどはサクラを雇えば大繁盛なのだが、「唔好執輸」の習性が、時には社会的パニックを引き起こす。たびたび繰り返される銀行の取り付け騒ぎもそうだし、今年初めに「最後の女王切手」を手に入れようと数万人が郵便局に並んだり、昨年春にラストチャンスの「英国旅券」を手に入れようと、数十万人が入管に殺到したのもまたしかり。
 古い話では83年に香港返還が決まった時、たちまち市民がスーパーに殺到して、米や油からインスタントラーメンまで買い漁った事件も起きている。いくら「返還が不安」といったって、当時にしたら14年後のこと。あの時買い占めた米を今まで取っておいても、マズくて喰えたものじゃないはずだ。
 「いやはや、香港人って愉快な人たちだね」と笑いたくなるところだが、香港人が「唔好執輸」に敏感なのは、じつは社会的な要因も大きい。
 御存知のとおり、香港は自由放任経済で、つまりは「弱肉強食」の世界。福祉だなんてビンボー人がトクをして金持ちが損をする制度はほとんどないし、銀行が潰れれば預金はパー。悪徳企業が横暴なことをしようと、政府はもっぱら不干渉だ。
 そして香港は長らく植民地統治下にあった。植民地における政府とは、あくまで本国の利益のためのもので、「市民のために」なんていう発想はない。民主化が導入されて香港人が選挙で議員を選べるようになったのは90年代に入ってからで、それまで市民の利益を代弁してくれる議員はいなかった。そして、70年代半ばまでに汚職取締委員会ができるまでは、警察も完全に腐敗していて、全くアテにならなかったのだ。
 つまり我が身を守れるのは自分だけというのが、香港でのオキテ。ウカウカ気を抜いていたら、誰かの「肉」にされかねないというわけで、香港人の「唔好執輸」グセは、植民地で暮らす庶民の「自己防衛」の手段でもあったというわけなのだ。


1998/1/9

97年のトリを飾った一大パフォーマンス!にわとり殲滅大作戦

 新年快楽!というわけで、あけましておめでとうございます。
 思い起こせばこの数年、年末といえばぎりぎり午後十一時五十分頃まで仕事をするハメになっていましたが、今年は久々にのんびりできたので、中国本土へ旅行してきました。ま、その時の話はいずれ改めて書くことにして、年末年始の香港の話題といえば、何はなくとも「コケコかぜ」。ニワトリから人へうつるという「恐ろしい」インフルエンザH5N1型ウイルスですね。
 日本のマスコミでも報道されたけど、香港政府は12月28日に突然、香港中のニワトリを24時間以内に全て抹殺すると発表。このニワトリ殲滅大作戦が実施されたのだ。
 香港中のニワトリとなると、養鶏場や卸売市場、それに街中の街市(公設市場)で生きたまま売られているものを合わせれば、その数およそ130万羽。街市などでは鳥肉屋の店主が自主的に殺して、政府が死骸を回収。養鶏場ではまるで宇宙服のような防護服を来た政府職員が出動し、片っ端から殺してまわったのだが、結局1日で抹殺できたコケコさんの数は、目標の4分の1にも満たない25万羽だけだった。
 それもそのはず、いきなり「全てのニワトリを殺す」と言っても、動員できた職員の数は400人足らず。しかも香港には、英国統治下で制定された偽善的な条例「生類憐れみの令」があって、あらゆる動物に対し「不必要な苦しみ与えること」を禁止してるから、街市のオッサンたちは大目に見るにしても、政府の役人がニワトリに「不必要な苦しみ」を与えるような殺し方をするわけにはいかない。あくまでスマートに、人道的に殺してまわらなければならないのだ。
 で、「人道的」なニワトリの殺し方とは何か。まずビニールのゴミ袋に10数羽ずつ入れて密閉し、二酸化炭素ガスを注入する。数分後にニワトリが窒息死したかどうかを袋を蹴って確かめ、反応がなければ道端に袋ごとポイ。それを後日ゴミ回収車で集めて回るという仕組み。
 1個所に何万羽もいる養鶏場をこんな調子で回るだなんて、そもそも1日で全部殺すのが無理。結局年明けまでニワトリ殲滅大作戦は続いたが、その間に道端に放置されていたニワトリの「死骸」が、あちこちで生き返り、ゴミ袋を突き破って「コケッコッコー」と逃亡し、テレビや新聞に「イエス様もびっくり!奇跡の『復活』」と報じられる始末。
 政府の職員は防護服を着てウイルス感染を防いでいたが、街市のオヤジたちには支給されず、素手でニワトリを殺し、血を浴びている。ニワトリの死骸も焼いたりせずに、そのまま海岸の埋立地へ直行。「ニワトリの血が地下水に浸透することはあっても、海水を汚染する可能性はないから安全」と政府は説明しているが、そんないいかげんなことで大丈夫かね?だいたい香港中のニワトリを殺しても、お隣り広東省のニワトリは、取りあえず輸入は一時停止されているが、そのままだ。
 今回の大作戦、「ニワトリを殺してウイルスを撲滅する」というより、「政府はこれだけ本気です」と、市民に安心を呼びかけるパフォーマンスの度合いの方が強かったようだ。もちろんパフォーマンスはタダではできない。大作戦のおかげで損害を受けた養鶏業者や鳥肉屋に対する補償金の総額は、当初予定で4000万香港ドル(約7億円)。
 すでに売れ行きさっぱりだったニワトリを丸ごと補償してもらえて、業者の人たちはまことにケッコーだと思いきや、「これっぽっちじゃ不十分」と抗議のデモを続け、アヒルやハト、ウズラの養殖業者も「とばっちりを受けた」と補償を要求。業者への特別融資も加えると、補償総額は7億5400万香港ドル(約130億円)にも膨れ上がっている。
 でもって、キョーフのH5N1型ウイルスだが、これまでの死者は4人。ま、道を歩いてて車にひかれる確率の方がよっぽど高いんだから、「香港旅行はコワいからやめとく」だなんて心配は無用だよ。

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