FGOのマスターの一人 作:sognathus
<< 前の話 次の話 >>
元気な声が廊下に響いた。
呼び止められたマスターが振り向くとそこにはカルデアでも有名な犬属性のサーヴァントの一人が居た。
「主どの! お呼び止めしてしまい申し訳ございません! されど私は主どのに是非問いたき義があるのでして!」
興奮しているせいか妙な言葉遣いの義経にマスターはやや気圧されながらも先を促した。
「うん、何?」
「主どの! 私は主どのに心より忠誠を誓っており申すと共にお慕いも申しております!」
「うん……うん?」
「何やら主殿が御自身に自信が無いなどという無礼な噂を耳にしましたが、例えそれが誠であったとしても、先程の私が申し上げた気持ちは一切揺るぎませんのでご安心下さい!」
「あ、ありがとう」
「いえ、礼など滅相も! されど……」
マスターから礼の言葉を貰い、彼女に犬の尻尾が生えていたなら全力でそれを振っていそうなほど喜びを露わにしていた輝く笑顔から一変、義経は冷たい瞳にギラギラとした殺意宿らせて言った。
「その良からぬ流言を吹聴している不埒者を誅せねばなりませんね」
(あ、これはヤバイ。止めないとそこら中で流血沙汰が頻発しそう)
義経の不穏過ぎる空気から危機感を持ったマスターは待てと犬を制するように片手を突き出して言った。
「待って。その必要はないよ」
「何故です? 恐れながら私はそのような者は刹那の間も生かしておきたくないです」
「そういう物騒な手段が品が無くて俺は好きじゃないんだよ」
「む……いや、しかしですね……」
「まだその噂が僕に実害が及ぶような状況じゃないからね」
「そうなっては遅くはございませんか?」
「その時こそ君の力を借りたいな」
義経はマスターから自分の力に期待する言葉を聞いて感極まり、思わず目尻に歓喜の涙を滲ませる。
しかし、その反応から意外にもお任せ下さいというような自信に溢れた一つ返事は返ってこなかった。
その代わりに返ってきたのは……。
「申し訳ございません……。主どのにご期待頂けている事に関しては望外の栄誉なのですが、生憎私は神速の脚を持てど、何時如何なる時も馳せ参じる事は能わぬのです」
「まぁそれはそうだね」
義経にしては予想外の反応にマスターは思わず言葉が詰まりそうになった。
いや、実務においては現実主義という言葉が可愛く思えるほどの合理主義者の彼女らしい反応と言えるかもしれない。
そう考えたマスターはこのペースなら上手く彼女を宥められると思った。
「じゃあ俺も直ぐに義経を令呪で呼び出せるくらいの気構えはしておかないとな。うん、常にサーヴァント頼みというのもマスターとして不甲斐ないからね」
「いえ、恐れながらその必要は御座いません」
「え」
「先程申し上げたのは私の脚でも主どのから離れていては確実に馳せ参じる事は能わぬという事でして」
「うん、だからさ……」
「お待ちを。まだこの後に名案があるのです」
「うん?」
ここに来てマスターは本能的に嫌な予感を感じ始めた。
自分の力が及ばない可能性がある事を申し訳なさそうに肯定していた義経だったが、今の彼女の顔は何やら決意に燃えた瞳をして真剣な表情になっていた。
(これは……)
マスターは無意識に後ずさりをしたが、残念な事に壁に向かって下がっていたらしく直ぐに追い詰められてしまった。
迫り来るは下がるマスターに合わせてゆっくりと自分も無言で距離を詰めていた義経。
そして彼女は壁に付いたマスターから一歩離れ膝を着いて言った。
「主どの、私は貴方の懐刀になりとうございます」
「ふ、懐刀?」
「左様。自分の身を何時でも守る為に懐に入れて持ち歩ける小さな刀の事で御座います」
「小さな……懐……あ……」
「よくよく考えれば様々な群雄が割拠するこの場で我が主が共も連れずに普段から一人で出歩く事自体が不用心であり異常だったのです。ならば……」
「ま、ま……」
マスターは義経を止めようとしたが、自分の考えに揺るぎない自信を持ち、辿り着いた結論の素晴らしさに半ば自己陶酔していた彼女に彼の言葉は届かなかった。
「厠以外の場で常にこの身を主どののお側に侍らせ、御守りすれば良いのです!」
遅かった。
制止が及ばなかった。
だがまだ可能性はある。
マスターはキラキラとした瞳で拳を握り、己の名案を推す義経を何とか落ち着かせようとした。
「ま、待って。厠以外ってつまり一日中俺に付いて回る気?」
「主どのの御身の為です。どうかご承知を」
「いや、それってもしかして風呂でも一緒に居る気?」
「厠は流石にお恥じらいになると思ってこちらから身を引いたのです。されど風呂場なら厠のように恥じらう事はないでしょう」
「いや、恥ずかしいでしょ? 義経だって」
「わ、私は主どのにこの身を全て捧げて忠義を尽くすと決めておりますので……。夜伽の事も考えれば共に湯浴みをする程度……」
恥じらっているのか喜んでいるのか一人自分で頬を覆っていやいやする義経をマスターは唖然とした顔で見つめる。
(ま、不味いぞこれは……)
何か妙案はないものか。
すっかりその気でいる義経をどう諭したものがマスターは必死に考えた。
「そうだ。多数決にしよう。義経の考えに賛成する人が多いなら考える」
後にマスターは咄嗟のこの発言を非常に後悔した。
発言に至った経緯は、義経の暴走に不快感を持った第三者による反対に期待するという、真っ当な倫理観からすれば極めて理解し易いものであった。
だがその見通しは甘かったのである。
誰も彼もがその倫理観に基づいて考えるわけではなく、中には『義経一人のみにそれを許すのは不公平』と考える者が出るとまではマスターは短い思考の中では思いつかなかったのだ。
結果、マスターは己の浅慮から生じた災難とはいえ、この後に更に一悶着に巻き込まれ苦労するのであった。
2週間程空きましたかね。
ちょっと帰宅後や休みの日に思うようにゆとりある時間が取れなくて本話を投稿するまでここまで時間が経ってしまいました。
露出の多い義経は目のやり場に困りますね。