漆黒の英雄モモン様は王国の英雄なんです! (通称:モモです!) 作:疑似ほにょぺにょこ
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──我が名はアインズ・ウール・ゴウン。世界皇アインズ・ウール・ゴウンである。
『始まった』と、胸の中で呟く。いずれ始まるであろうと予測していた事態であり、然程驚くほどの事でもない。しかしそれはあくまで私に限った話のようで、耳障りな磁器の割れる音が私の部屋に響く。
「も、申し訳ありません!」
思案をするかのように瞑っていた眼を少しだけ開けて声のした方を見る。普段から考えればあり得ない程に珍しく取り乱したメイドが、顔を蒼白くしながら頭を下げていた。名前を覚える価値すらないメイドの謝罪など必要だとは思わない。単純に私の邪魔をしなければ、それだけで十分だと思う程度の存在だ。
「大丈夫、何も問題ないわ。だって──」
「失礼致します、ラナー様」
聞きなれた私のクライムの声が耳に届き、優しく撫でていく。ただそれだけで色褪せた景色が一気に色鮮やかになるのを感じた。その余韻を楽しむかのように数拍。ゆっくりとした動きでティーカップをソーサーに戻して私は立ち上がった。
「もう集まっているのね、クライム」
「はい。陛下を始めとして有識者の方々は皆、謁見の間に集まっております」
もうメイドは視界に居れる価値すらない。私はただただクライムを見て、クライムの好む笑顔を浮かべる。少しだけ焦っているのかクライムは、いつもよりも少しだけ凛々しい顔で私に近づき、一礼する。臣下の礼だ。彼が私のものである証の礼である。
「お召し物は」
「このままで構わないわ、クライム。だって、一刻を争う事態なのだもの」
そう言いながらも、ゆっくりと歩みを進めていく。少しでも長くクライムと共に歩けるように。どうすればずっとクライムと一緒に居られるだろうか。ただそれだけを考えながら。
「参りましたわ、お父様」
「おぉ、ラナーか。こちらへ来なさい」
謁見の間は少しばかり異質と感じるほどに静かだった。私の予測ではもう少しは騒がしいと思って居たのだけれど、恐らくはお父様達があのアインズ・ウール・ゴウンについての話をしたからなのかもしれない。現実味など帯びない荒唐無稽な、まるで夢物語のような話を。
「ラナーも見たのだな、あの炎を。アインズ・ウール・ゴウン伯爵の宣言を」
ゆっくりと父に近づき一礼をしてから、玉座前の階段を上っていく。そして、躊躇なく私は空席の玉座に座った。
まだ知らぬ者も居るのか、私が座った瞬間に少しだけざわりと騒がしくなったがそれだけだ。そもそもその者たちは父が玉座に座っていないことに疑問を持って居なかったのだろうか。
「では、ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ国王陛下が到着したので、会議を続ける」
「必要ありませんわ、お父様」
私が国王となったこと。ゴタゴタのせいで戴冠式が終わってないこともあり、まだ知らぬ者もいるからとわざわざ宣言していただいたことは感謝はするものの、会議などする必要はない。会議とは下々の者から情報を吸い上げた国王が最終意思決定をする場である。情報は既に私の手にあり今後の指針も決定している今、何も会議する必要は無いのだから。
「ラナーさ──陛下。会議が必要ないとはどういう意味ですかな」
「そうですぞ、若き陛下。若き貴方様には分からないかもしれませんが──」
「分からない、理解できていないのは貴方達ですよ、イブル侯爵、リットン伯爵」
そうはっきりと言うと二人は押し黙った。大して情報を持って居ないのだから。単に私が国王となった事が気に食わないから噛み付いただけなのだから。
「ではラナー陛下。既に我が国の指針は決定している。そうとって宜しいのですかな」
「勿論です、レエブン候」
「馬鹿な!あんなアンデッドなどに──」
「アンデッドなどに──?」
ちらりと声を上げた貴族に視線を向ける。威圧もなにもないただの視線なのだが、彼にとってはそれでも辛いのか、すぐに視線を外しながら押し黙る。
「いつ、私がアインズ・ウール・ゴウン伯爵に恭順すると言いましたか?」
「なんと──」
ここ一番のざわめきだ。驚嘆の声を上げたのはブルムラシュー侯だろうか。それほどに私が交戦の姿勢を見せたのが驚きだったのだろうか。ゆっくりと数分待ってもざわめきは収まらない。
そのざわめきを抑えたのは誰でもない、父であった。
「ラナーよ。確かにお前は恭順するとは言って居ない。しかし交戦するとも言って居ないだろう」
「はい、ですから私が発言するまでは誰も私の意志は知らない筈です。なのに何故恭順すると思ったのでしょう」
心底理解できない。そう顔に映しながら笑みを浮かべる。だがそんな私を理解できぬと皆の顔が雄弁に語っていた。
「ラナー陛下。アンタはアインズ・ウール・ゴウンを『様』と付けて呼んでただろう」
「確かに呼んでいました。あの方は敬称を付けるに値する素晴らしいお方ですから」
「だからそこだ。なんで敬称を付けるに値すると言った相手に恭順の姿勢を見せないのか、そして今は敬称を付けていないのか。陛下、すまねえがアンタの言葉には一貫性が──」
「あぁっ!」
ブレイン様の言葉でやっと得心が入ったとばかりに手を叩き、私にしては珍しく大きな声がでてしまった。やっと理解できたのだ。なぜ皆が理解できていないのか、を。
ゆっくりと皆の顔を見回す。クライムも気付いて居なかったとは思わなかったけれど。
「皆さま勘違いしていたのですね。あれは私が『アインズ様』と呼ぶ方ではありません。あの方の本名は、恐らく皆様も幼いころに一度は聞いたことがあるお名前ですから」
「おはようございます、ルプスレギナさん」
あの計画が発動して数時間。私がここに来た理由はただ一つ。だが意気揚々と来てみればどうだ。そこにあったのはいつものカルネ村。いつもと何も変わらないカルネ村があるだけだった。私の予想ではまるで大地をひっくり返したかのように大恐慌が起こっているはずだったというのに。村長であり保護対象の一人であるエンリちゃんはそんな私の心など知らぬといつも通りの笑顔を向けながら私に挨拶してきていた。
「ここは何も変わらないっすねー」
「変わる必要も無いですから」
遠回しに聞いてものらりくらりと躱してくる。最初はただの村娘だったはずなのに。ゴブリンたちの、そしてこの村の長となって色々と成長してきたのだろうか。
「あー──アインズ様が世界皇を名乗られて、全世界に宣戦布告されたっすけど」
「ですね」
今や世界は混乱の渦の只中にあるはずなのに、その話がまるで世間話のように流れていく。
「あのー、エンリちゃん?」
「はい?」
私が何を聞きたいのか理解していないのか、それとも理解したうえでそんな顔をしているのか。私には彼女の真意をくみ取ることはできない。そういう頭脳派ではないのだ。だから直接聞くことにする他なかった。
「ここカルネ村はどうするっすか?」
「どう、とは?」
「いやいや、察し悪すぎっすよ。今や世界皇を名乗られたアインズ様に恭順するのか否かって話っす」
「──あぁ。これって毎回言わないとダメなのですか?」
「へ?まいかい?」
何を言っているのか理解できない。と少しばかり気の抜けた顔をしてしまった私を少しだけ笑うと、少しだけ真面目な顔をしながら私を正面に見据えて来る。
「ルプスレギナさんはアインズ様が何かをおっしゃった時に、それに従いますとか従いませんとか。わざわざ意思表示するのですか?」
「え?そんなことするわけ──」
あぁ、と私は小さく呟く。この子たちは、この村は、何一つ疑って居ないのだ。と気付いたから。自分たちがアインズ様のモノであることを。だからアインズ様の言葉は絶対。世界の皇となるのなら皇の配下となる。そこに一々意思決定など必要ない。
「なるほどなるほど、わかったっすよ」
そう言うと私は、久しぶりに笑みを浮かべた。
「ルプスレギナ、こんなところにいたのね」
「あ、ユリ姉じゃないっすか」
日もとっぷりと暮れた夜半。眼下に広がるのは何も変わらぬカルネ村の姿。そのカルネ村を珍しい顔をしながら我が妹──ルプスレギナは見下ろしていた。
「ないっすかー、じゃないわよ。報告はどうしたの」
「報告、報告っすかー」
彼女にしては珍しく、まるで眩しい何かを見るように目を細めながら村を見下ろし続ける。私の方を一度も見る事無く。
「どうしたの、ルプスレギナ。今回の作戦はあなた、かなり乗り気だったと思うけれど」
「確かにそうだったっすけど──ねえ、ユリ姉」
そう言いながら私の方を見る妹は、どことなく少しだけいつもと違う。何がとは言えないけれど、何となく察することが出来る程度の差異ではあるが。
「この村──このままで良いんじゃないっすか」
「──どういう意味?」
「私は詳しい真意とかそういうのは分からないっす。でも、一緒なんっすよ」
「情でも湧いたの?貴方らしくもなく」
「そういうのじゃないっす。──あぁ!なんか言い表せないっすよ!!」
胸の中にある『何か』を吐露しようと必死になっている。頭を乱暴に掻きながら。
「──分かったわ、ルプスレギナ」
「ユリ姉ぇ──」
はぁとため息一つ。プレアデスとしてあってはならない事ではあるものの、『あのお方』のおっしゃる『発露』であるとするならば。
「私の方からデミウルゴス様には伝えておくから」
泣きそうな顔をしながら私を見る妹に笑みを向け、くしゃくしゃになった帽子を直してあげる。
「──ルプスレギナ、貴方が私たちの敵側になった、と」
「マジ──なのか──宣言したのがアインズ・ウール・ゴウン伯爵じゃねえって──」
あの方の名前を聞いた皆は絶句していた。確かに遥か昔の人が生きているなど普通考えてあり得ない話ではある。だけれど、あの方は普通の人では──いえ、人などではないのだ。
「本当です。だから、私たちは戦わねばならないのです。世界を亡ぼし得る力を持つ巨悪と」
暗くなっていく外に、世界を闇が包もうとするのに対抗するかのようにこの玉座の間では煌々と光が焚かれ始める。しかし皆の顔は強き意思などなく、ただただ漠然とした強大な悪という存在に打ちひしがれているようにも見えた。
「戦うにしてもどうするというのだ、我が娘よ。アインズ・ウール・ゴウン伯爵──いや、アインズ・ウール・ゴウンは強大だ。我が国よりもずっと。ラナーも見ただろう、先の大戦の凄まじさを」
「そして同時に見て居たはずですよ。あの方の凄まじさを」
暗い顔でいた父の顔に光が戻ってくる。やっと気付いたのかとため息もでる話だが、今はそんな場合ではない。今は少しでも味方が必要なのだから。
「まさか──そんな──では、漆黒の英雄が──」
「その通りです、お父様。我が国は漆黒の英雄モモンに対して最大限の援助を行います。あの方にアインズ・ウール・ゴウンを倒して頂くために」
「つまりアインズ・ウール・ゴウンをモモン殿が倒しさえすれば──」
「この物騒な世界大戦も終わるって事か」
得心を得たと笑みを浮かべるガゼフ様とブレイン様に頷き、笑みを返す。
「アインズ・ウール・ゴウンに対抗できるのは漆黒の英雄のみ。我らではただの足手まといでしかありません。ですから──」
「専守防衛、か」
「はい、恐らくここ王都に兵を差し向けて来るのは間違いありません。ですので──」
「残念ながら、兵など必要ありんせんぇ」
声がした。甘く。優しく。嫋やかで。美しく。可愛らしく。そして残酷な声が。
まるで空気から溶け出すように、皆の間から──誰も居なかったはずの場所から少女が。否、化け物が。
「シャルティア・ブラッドフォールン様!」
美しく、可愛らしく、可憐な化け物が。数多の男共を篭絡してきたであろう笑みを浮かべながら現れたのだった。
というわけで王国前編でした。帝国の話はあそこで終わりです。あれ以上書くとネタバレ多いですからねっ
もう少しすっきりと書きたいものです。中々難しいですね。
さて次回は、シャルティアとあの方の一戦です。そしてうちでは妙に人気のあるあの人も参戦します。
段々と敵味方の様相がはっきりし始めてきたのではないでしょうか。そこが混乱を呼ぶのですけどね!
書いてる私まで混乱しない様に注意しながら書いていきます。
楽しんでもらえるといいなぁと思いつつ。
追記
忘れて居ました。
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