88 菅野薫(クリエーティブ・ディレクター)前編

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視点がグローバルかどうかは住む場所とは関係ない。

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フランス・カンヌで毎年6月下旬に開催される、世界最大級の広告賞。正式名称は「カンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバル」。菅野さんは2012年に初めて出品。2014年には、先述した「Sound of Honda / Ayrton Senna 1989」で7部門15個の賞を受賞。最高賞であるチタニウム部門のグランプリを受賞した。

 幸運なことに僕は、海外での講演や、D&ADやカンヌライオンズなど広告デザイン賞での審査員、もしくは海外でのプロジェクトに呼ばれて仕事をするケースも多いのですが、広告の世界では、英語圏のほうが対象とする人数が多いから、ビジネス規模も当然大きいので、日本人は少数派です。ニューヨークやロンドンが世界から才能が集まる憧れの地です。そのことはもちろんわかりつつ、それでも東京を選んで住んでいる。東京っていう街と、日本に、東京に住んでいる人たちの技術や能力と一緒に仕事をすることに魅力を感じているのは間違いありません。

 ニューヨークやロンドンに移住したら仕事がローカルからグローバルになるかというと、どんな都市にだってローカルの仕事はたくさんある。結局どこかのローカルに所属するんですよね。グローバルな仕事をするのに本当に大事なのは、住む場所の選択ではなく、世界的視野を常に持ってものをつくる姿勢。日本の人に向けて発信するときにも、世界にも受け入れられるように考える。世界で評価に晒されることを常に意識して考える。誰かにお願いされなくてもそういうハードルを自分に課し続けることのほうが重要だと思うんです。どこに住んだらグローバルになれるかはあまり思っていなくて、それよりはどこの街に住むと自分の感性が刺激されるか、という基準で東京を選んでいる気がします。

 住む代わりには決してならないけど、講演や審査員で呼ばれたら、なるべく海外に行くようにしています。視野を広げたいので。審査員なんかをすると、十数か国から集まった人たちと1週間くらい一緒に過ごすわけです。同じ職種だけど違うところに住んで、グローバルに仕事をしている人たちばかり。彼らに東京がどう見えているのかも気になるし、審査員同士で真剣に自分たちの仕事の意義について話し合うのも勉強になります。僕の印象だと、日本はいろんな意味でかなり特殊だと思われているみたいですけどね(笑)。

 僕が審査するのは大抵、デジタルデザインのカテゴリーなのですが、広告にしろデザインにしろ、日本の表現には独特のクラフトマンシップがあるようです。昔から言われていることですが、詰め方が変質的というか、ものすごく徹底している。普通ならもっとビッグアイデアに行きたがるものだけど、とにかく突き詰めるから、何をやっても日本人の仕事だとバレてしまうらしい(笑)。「日本人っぽいね」という表現をされることがよくあるのですが、褒め言葉でもありつつ、ここまでやっちゃうんだ......みたいな意味も含まれているような気がします。

誰にどんな未来を見せたいのかを明確にする。

 街としての発信力を高めるにはどうすればいいか。日本にあるいいものを、全部海外に紹介すれば即理解されるかっていうと、それほどシンプルな原理ではない気がしていて、魅力が届いていないのには理由があると思うんです。要するに、前提として共有している文脈が共通していないんですよね。日本の場合、ハイコンテクストにデザインがつくられていたりしますが、もしそれをそのまま海外にアダプトしたら、3つの反応の可能性あると思うんです。そのまま文脈が抵抗なく受け入れられるのが、まずひとつ。もうひとつはたとえばエキゾチズムみたいな、本来の文脈とはまったく違う理由でウケるパターン。3つ目は、まったく理解してもらえないパターン。

 欧米の人は、エキゾチズムみたいなものが昔から好きですけど、僕たちが見たことのないような日本を思い描いているというか、異化されている部分が結構あるじゃないですか。謎の黄金の国みたいな(笑)。日本人としてはそこまで黄金の国だった自覚はないんですけど、見知らぬ国への憧憬というか、果てしなく遠い文化っていうこの世に存在しないエキゾチズムに憧れる感覚があるんでしょうね。日本は極東という物理的に欧米から最も遠い位置にいることが更にそれに拍車をかけている気がします。

 そういう意味でも海外へ発信することは、誰に対してどんな未来を見せたいかってことが大事だし、彼らのコンテクストのなかで、何かを無理矢理変えるのではなく、日本のすばらしいことがどうやったらいい形で理解され、受け入れられるかまで考えないと、本質的な解決にはならない気がします。

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菅野薫 / クリエーティブ・ディレクター
(株)電通 CDC / Dentsu Lab Tokyo / エグゼクティブ・クリエーティブ・ディレクター/ クリエーティブ・テクノロジスト。2002年電通入社。データ解析技術の研究開発業務、国内外のクライアントの商品サービス開発、広告キャンペーン企画制作など、テクノロジーと表現を専門に幅広い業務に従事。2014年に世界で最も表彰されたキャンペーンとなった本田技研工業インターナビ「Sound of Honda / Ayrton Senna1989」、Apple Appstoreの2013年ベストアプリに選ばれた「RoadMovies」、東京オリンピック招致最終プレゼンで紹介された「太田雄貴 Fencing Visualized」、国立競技場56年の歴史の最後の15分間「SAYONARA 国立競技場 FINAL FOR THE FUTURE」企画演出、等々活動は多岐に渡る。JAAA クリエイター・オブ・ザ・イヤー(2014年、2016年)/ カンヌライオンズ チタニウム部門 グランプリ / D&AD Black Pencil(最高賞)/ One Show -Automobile Advertising of the Year- / London International Awardsグランプリ / Spikes Asiaグランプリ / ADFEST グランプリ / ‎ACC CM Festival グランプリ / 東京インタラクティブ・アド・アワード グランプリ / Yahoo! internet creative awardグランプリ / 文化庁メディア芸術祭 大賞 / Prix Ars Electronica 栄誉賞 / STARTS PRIZE / グッドデザイン金賞など、国内外の広告、デザイン、アート様々な領域で受賞多数。