大迫町における早池峰山の環境を保全した町づくりの提案

 

長山雅幸

 

(本稿では、資料の切り張りを行っているので、ここでは「はじめに」のみをアップします。)

 

 はじめに

 

 本稿は、平成141122日に大迫町「町民会館」で開催された、岩手中部地区広域市町村圏事務組合主催の岩手中部・地域フォーラム(対象は大迫町)「早池峰山を活かしたまちづくり」で、パネリストをつとめた際に述べた内容に、制限時間の中で不十分にしか述べられなかった点、時間制限のために述べきれなかった内容加え、補足しようとするものである。ただし、独立の論考としても読むにたえるように、フォーラムでの発言と重複する部分もある。

 前もって本稿のアウトラインのようなものを示せば、それは、フォーラムのテーマである「早池峰山を活かした町づくり」(「活かした」とは、観光資源として「活かす」という含意である)とは随分と食い違う、あるいは、それに異議をとなえるものであるということになるであろう。

 私事で恐縮であるが、私の地域研究の経験は浅く、また、7年前にこの岩手県に来てからも、これまでは岩手県の県庁所在地・盛岡市の住宅街の真っ直中で暮らしてきた。しかし、昨年から、花巻市(そして大迫町)に隣接する稗貫郡石鳥谷町に住むようになった。そこで第一に感じたことは、自然は、それが豊かであるほど、その破壊が目に見えて早いということであった。フォーラムのテーマである「早池峰山を活かしたまちづくり」には、早池峰山を観光資源として大迫町の活性化をはかろうという意図がある。基調講演の坂倉登喜子氏の講演の内容にそれは明らかである。しかし、私は、石鳥谷町に住む経験から、この意図には反対である。確かに早地峰山は、地元の小学校の登山も行われる、比較的難度の低い山ではある。しかし、ハヤチネウスユキソウ(いわゆるエーデルワイスの一種である)などが多く残る、「通」の山である。そうした山は、地元の人や「通」の登山愛好家にまかせておいた方がよいと考えられる。これまた私事で恐縮であるが、私は釣りの愛好家でもある。しかし、釣りもいわば「大衆化」の流れの中にある。「にわか釣りファン」には基本的なマナーも知らない人が多い。登山・ワンダーフォーゲルもしかりである。「通」の山は「通」にまかせておけばよい。そうしなければ、あちらこちらの河岸・河原にゴミが散財し、あちらこちらの河川がブラックバスに覆い尽くされつつあるように、ハヤチネウスユキソウもまた、踏み荒らされ、あるいはまた、生命力の強い外来種の持ち込みによって「人工淘汰」されてしまうであろう。ハヤチネウスユキソウの例は、わかりやすいほんの一例に過ぎない。大迫町ならびに早地峰山のような自然の豊かな地域は、宮澤賢治が『どんぐりと山猫』を書いた当時と同じままに保存しておくのが一番よいことである【補注】。

 しかし、人間――しかも21世紀の先進国・日本に生きる人間――にとっては、自然だけでは生活してゆけない。18世紀にJ.-J.ルソーが「自然に帰れ」と言ったとされるのも、思想史上の伝説的とも言える大嘘である。それではどうすればよいのか。一言で言ってしまえば、環境併存型の在来産業、すなわち農業の活性化である。しかし、それだけでは、生産県である岩手県においては、何ら目新しいことではない。ここで注目するに値するのは、大迫町の町のキャッチフレーズである。それは、「ワインと神楽の町」である。大迫町の農業の特色はぶどう栽培であり、また、今年で設立40周年を向かえる第3セクター・株式会社エーデルワインがある。つまり、農業が工業に直結しているのである。この独自の構造に改めて注目すべきである。また、ワインは、神楽とならんで有力な観光資源ともなる。以下、これらの点について述べてゆこう。

 

【補注】 200212月1日に岩手・中部フォーラムが開催された町民会館で「第5回 早池峰フォーラム in 大迫」が開催された。本稿とのかかわりで重要なテーマが論じられたと思われるので、主要な論点をここに紹介しておこう。

 主催者は「早池峰フォーラム実行委員会」であり、共催は「日本自然保護協会」である。参加者には、『早池峰入山心得七箇条』(早池峰フォーラム実行委員会・事務局、2000年6月1日)、『改正鳥獣保護法・資料集』(野鳥法学会、2002年、1028日)、『いのちは創れない 新・生物多様性国家戦略』(環境庁自然環境局、2002年5月)、そしてレジュメ・資料集『第5回 早池峰フォーラム in 大迫』が配布された。主要な論点は、トイレ管理と高山植物の保護である。更にウエイトは後者の方に大きくかかっていた。

 レジュメ・資料集『第5回 早池峰フォーラム in 大迫』にある岩手県自然保護課のレジュメでは、「早池峰地域保全対策懇談会の提言を受け、行政と民間がパートナーシップを図りながら、保全対策を円滑に推進するために平成14年3月に『早池峰地域保全対策事業推進協議会』を設置」したといういうこと、そして「マイカー規制についても、総合的に保全対策を図る必要があることから当協議会の部会として位置づけた」ことが報告され、更に以下の事業を行ったことが報告されている。

 

1 利用者のマナー向上対策

 ①マナーガイドの配布

 ②携帯トイレの普及

 ③山麓トイレの使用奨励

 ④使用済ペーパー持ち帰りの奨励

 ⑤ボランティア活動の支援

2 高山植物の保護

 ①高山植物盗採防止パトロール

 ②移入植物駆除

3 自動車利用適正化対策(マイカー規制の実施)

4 利用施設の整備について

 ①山頂避難小屋整備

 ②河原の坊総合休憩所の改善

 ③河原の坊駐車場内冬季用トイレ整備

5 グリーン&グリーンキャンペーンの実施

 

 国定公園内に位置する早池峰山は県の管理の下に置かれている。それゆえ、大迫町だけでは何ともし難い問題があり、逆にまた行政の力だけでは十分に目がゆきとどかない部分も多々発生する。主要な困難な論点を挙げれば、まず山麓トイレの整備・管理の問題である。これは県の管轄であるが、なかなか県も手がまわらない問題である。そこでボランティアの活動が要請される。2002年度の早池峰山のトイレの屎尿処理の参加者数・処理量は次の通りであった。

 

 

屎尿処理の期日

参加者数

処理量(kg

5月25

55

30

6月30

17

120

7月14

10

68

7月28

11

90.4

8月11

20

78.8

9月8日

29

37

10月6日

29

55

合計

 

171

479

出典)レジュメ・資料集『第5回 早池峰フォーラム in 大迫』

 

 次に、高山植物盗採防止パトロールについてもボランティアの活動は欠かせない。フォーラムの総合討論でも、高山植物盗採防止、あるいは鳥獣保護についてのボランティアの活動の中での具体的な悩みなどが語られていた。例えば、商業目的での犯罪的な高山植物盗採が増加しており、そうした人々とボランティアが対峙した時に、一筋縄の説得では効果がない、どうすればいいか、ということであった。後述の問題とかかわってくるが、県の側の回答では、そうした場合には、深入りせず、すぐに警察に通報するようにということであり、問題は警察も介入する程のものなのである。

 また、移入種の確認・除去作業も主にボランティアの仕事である。早池峰山の散策・登山が大衆化する程、そうした目に見えない部分に全く気づかずに入山する人の数は増える。勿論、こうした入山者に悪意はない。自然散策の大衆化が抱える悩みである。

 いっそう大きな問題は、高山植物の保護である。これは今日わが国では「新・生物多様性国家戦略」として推進されているものである。それでは、この「新・生物多様性国家戦略」とは何か。配付資料では次のように説明されている。

 

 「1992年、ブラジルのリオ・デ・ジャネイロでの地球サミット開催にあわせて、『気候変動 条約』とともに『生物多様性条約』が採択されました。この条約では、生物の多様性を遺伝子、種、生態系の3つのレベルでとらえ、いずれも保全する必要があるとしています。

 1980年代に、アマゾンなどの熱帯雨林が猛烈なスピードで伐採されました。1年間に、日本国土の4割くらいにあたる面積の森林が失われたといわれています。森林の破壊は、同時に膨大な量の生物を絶滅させることでもありました。

 種の絶滅に対する危機感から、地球上の生物種を保全するための国際的な対策がもとめられました。これが、『生物多様性条約』の結ばれた理由で、2002年3月現在で183か国が加盟しています。

 日本は、条約採択の翌1993年に加盟し、条約の規定に基づいて95年に『生物多様性国家戦略』をつくりました。この計画を根本的につくり変えたのが『新・生物多様性国家戦略』で、2002年3月27日に策定されました。」

 

 『いのちは創れない 新・生物多様性国家戦略』では、①生物多様性の現状を「3つの危機」として認識し、②生物多様性の保全をどう考えるかについて「4つの理念」としてまとめ、③「3つの目標」を設定し、④なすべき「7つの提案」をし、⑤「国土のグランドデザイン」を提起している。①~④までを、それぞれを簡単に示しておこう。

 

①3つの危機

 1 人間の活動や開発が、種の減少・絶滅、生態系の破壊・分断を引き起こしている。

 2 第1の危機とは逆に、自然に対する人間の働きかけが減少している影響。

 3 移入種や化学物質による影響。

②4つの理念

 1 「人間が生存する基盤を整える」

 2 「人間生活の安全性を長期的、効率的に保証する」

 3 「人間にとって有用な価値をもつ」

 4 「ゆたかな文化の根源となる」

③3つの目標

 1 各地域固有の生物の多様性を、その地域の特性に応じて適切に保全すること。

 2 とくに日本に生息・育成する種に、あらたに絶滅のおそれが生じないようにすること。

 3 世代を超えた自然の利用を考えて、生物の多様性を減少させず、持続可能な利用を図ること。

 ④7つの提案

 1 絶滅防止と生態系の保全

 2 里地里山の保全

 3 自然の再生

 4 移入種対策

 5 モニタリングサイト1000

 6 市民参加・環境学習

 7 国際協力

 

 生物多様性といった観点に立った場合、温帯モンスーン気候に属するわが国はひじょうに多様性に富んだ生物の生息地である。次に示す日本とヨーロッパ4カ国との比較を見れば分かるであろう。

 

国名

面積

森林率

哺乳類

鳥類

両生類

高等植物

種数

固有種割合

繁殖種数

固有種割合

種数

固有種割合

種数

固有種割合

日本

37

68

188

22

250

8

61

74

5,565

36

イギリス

24

8

50

0

230

0

7

0

1,623

1

フィンランド

30

67

60

0

248

0

5

0

1,102

フランス

55

27

93

0

269

0

32

0

4,630

3

ドイツ

35

31

76

0

239

0

20

0

2,632

0

出典)『いのちは創れない 新・生物多様性国家戦略』17

 

 哺乳類、鳥類、両生類、どれも日本には固有種が相当数存在するのに対して、ヨーロッパでは0である。高等植物についても、日本が種数5,565種であり固有種割合が36%であるのに対して、ヨーロッパではわずかにフランスにおいて種数4,630種・固有種割合3%となっているのみである。いかにわが国の生物の生息が多様性に富んでいるかが分かるであろう。

 絶滅の恐れのある野生動植物に関しては「レッドデータブック」と言われるものにリスト・アップされている。そして、これを受けて、岩手県でも「いわてレッドデータブック」が作成されている。この「いわてレッドデータブック」の掲載種は次の通りである。

 

1 植物

  Aランク(絶滅の危機に瀕している種)  122

  Bランク(絶滅の危機が増大している種) 190

2 動物

 Aランク 32

 Bランク 63

 

 わが国では、上述の「新・生物多様化国家戦略」を受けて平成4年に「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」を制定している。そこで対象とされたのは62種であり、そのうち岩手県に生息・生育しているものは7種ある。こうした事態、そして「いわてレッドデータブック」を受けて、岩手県でも「岩手県希少野生動植物の保護に関する条例」を平成13年3月に制定した。その際に、指定の対象(案)とされた動植物が以下の通りである。

 

1 指定希少野生動植物(岩手県内における生息・生育状況が、人為の影響により持続に影響を来しており、特に保護を図る必要がある種)

 

分類

種名(和名)

科名

植物

ハヤチネウスユキソウ

キク科

植物

ナンブトラノオ

タデ科

植物

ナンブトウウチソウ

バラ科

植物

トチナイソウ

サクラソウ科

植物

ヒメコザクラ

サクラソウ科

植物

イナンブイヌナズナ

アブラナ科

植物

チシマツガザクラ

ツツジ科

植物

エゾノツガザクラ

ツツジ科

植物

チシマギキョウ

キキョウ科

植物

ゴヨウザンヨウラク

ツツジ科

植物

チシマウスバスミレ

スミレ科

植物

ホソバノシバナ

シバナ科

植物

リシリシノブ

ホウライシダ科

植物

ゲイビゼキショウ

ユリ科

動物

ゴマシジミ

シジミチョウ科

動物

イワテセダカオサムシ

オサムシ科

 

 2 特定希少野生動植物(その譲渡し及び譲受けを監視する必要がある種)

 

分類

種名(和名)

科名

植物

ハヤチネウスユキソウ

キク科

植物

ナンブトラノオ

タデ科

植物

ナンブトウウチソウ

バラ科

植物

トチナイソウ

サラソウ科

植物

ヒメコザクラ

サクラソウ科

植物

ナンブイヌナズナ

アブラナ科

植物

チシマツガザクラ

ツツジ科

植物

エゾノツガザクラ

ツツジ科

植物

チシマギキョウ

キキョウ科

植物

リシリシノブ

ホウライシダ科

出所)レジュメ・資料集『第5回 早池峰フォーラム in 大迫』

 

 このように、ハヤチネウスユキソウをはじめとして、ナンブトラノオ、ナンブトウウチソウ、ヒメコザクラといった早地峰山の固有種4種が、「指定希少野生動植物」と「特定希少野生動植物」の両方に指定されているのである。こうした希少種を、登山者のマナーの低下による踏み荒らしや環境汚染、更には、言うまでもなく、商業主義に基づく盗採から守らなければならないのは当然であろう。そうした場合、どうしてもこれらの希少種のみに目が行きがちだが、更に一歩踏み込んで、その土地固有の生態系を保存することが重要なのである。これは大迫町民の生活様式にもかかわる問題である。

 また、目を盗採に移せば、県条例では、県外への持ち出しに成功してしまえば、取り引き等を取り締まることができなくなるのであり、国のレベルでも考えなければならない問題である。逆に目をミクロな方面に向ければ、上述のようにこの問題は大迫町民の生活様式にもかかわる問題であり、あるいはむしろ、大迫町民が積極的にかかわっていかなければならない問題である。このフォーラムの総合討論で、大迫町民の参加が少ないという発言が出された。その理由は定かではないが、それが大迫町民の早池峰山の環境保全に対する関心の薄さであるのであれば、それは大いに問題であろう。この推測が正しいとするならば、大迫町は、今後いっそう住民がいかに貴重な自然環境とともに暮らしているのかを知るための学習会などを設けてゆくべきであろう。更に具体的に言うならば、大迫町の小学校の総合学習の時間などに、地球規模の生物多様性の中で見てもいかに重要な種とともに生活しているのかを学習してゆくべきであろう。