協同組合原則と今日の協同組合の課題

――連続食肉偽装表示事件と協同の新しい道の探求――

 

長山雅幸

 

 はじめに

 

 本稿のもととなった原稿は、1992年の国際協同組合同盟(International Co-operative AllianceICA)東京大会の頃に書かれたものである。この当時、内外の協同組合陣営では、協同組合の基本「原則」の改訂に向けて、研究者・実務家が頭脳を結集していた。

 ほぼ4年ごとに開催されるICA大会ではメイン・テーマが設定されており、1980年のモスクワ大会では『西暦2000年における協同組合』(Co-operatives in the year 2000)(通称「レイドロー報告」)が提出された。1984年にはこのレイドロー報告の世界環境を検討した部分を受けて「世界的諸問題と協同組合」が討議される。これに対して、ICA東京大会を一通過点とする本流=「原則」改訂問題は、1988年のストックホルム大会で、「協同組合の基本的価値(basic value)」というテーマで継承されることになる。これは、「『レイドロー報告』が協同組合における理念の欠如、イデオロギー的危機を指摘したのを受け、欧米における運動の沈滞を憂え、協同組合の理念を明確にし、『基本的価値』を確認しようとするもの」であった。その為に、ICA会長・ラルス・マルコス(Lars Marcus)会長自らが『協同組合とその基本的価値』(Co-operatives and Basic Values――a report to the ICA Congress, Stockholm 1988)(通称「マルコス報告」)を書き、大会で承認された。そして向かえたアジアで初のICA東京大会では、元スウェーデン協同組合研究所長S. . ベーク(Book)によって『変化する世界における協同組合の価値』(Co-operative Values in a Changing World)(通称「ベーク報告」)が提出された。しかし、これは、上にも書いたように“一通過点”に過ぎず、1995年のICAマンチェスター大会での「原則」改訂に向けて、研究者を中心にしながらも、実務家主導で盛んに議論され、そして、いつの間にか、レイドロー報告ならびにマルコス報告の果たす役割は終わったかのようだった。いわば、本稿は、その流れの速さに取り残されたようなものであった。

 しかし、本年に入って、いわゆる狂牛病(牛海面状脳症、BSE)の影響から森永食品が牛肉の偽装工作を行い、これに続いて大手食肉会社スターゼンが食肉の偽装工作を行い、なんと更にこれに続いて協同組合陣営の一員である全農チキンフーズもまた偽装工作を行うという愚行を犯した。なぜ協同組合陣営の中でも、一般の資本主義的企業と同じような反社会的行為が起きるのか? こうした反社会的行為を根絶するにはどうすればいいのか? それは協同組合の「基本原則」の不備に由来するのか? 本稿は、こうした問題を解くための一助として、実務家主導の中で一連の議論のひとつとして処理されたいわゆる「レイドロー報告」、協同組合の理念問題のもととなった「レイドロー報告」を21世紀の今日に召還し、検討することを目的としたものである。

 さて、まずは、この一連の狂牛病事件をいま少し詳細に振り返ってみよう。

 本年1月23日に、雪印乳業の子会社「雪印食品」の関西ミートセンター(兵庫県伊丹市)が昨年10月、豪州産牛肉を国産牛の箱に詰め替える偽装をし、業界団体に買い取らせていたことが明らかになった。この偽装は、雪印食品側からの依頼で牛肉を保管していた倉庫会社「西宮冷蔵」(兵庫県西宮市)の水谷洋一社長が同日会見して明らかになった。こうして、2000年8月の雪印乳業の集団食中毒事件に続く不祥事に、雪印乳業の企業姿勢が問われることになった。そして、いち早くこの不祥事に対して、店内からの同社の商品の撤去という形で遺憾の意を表明したのが消費生活協同組合コープこうべ(兵庫県)であった。

 しかし、である。問題は、一企業の経営体質の問題だけではなかった。その後、スターゼンが、佐賀パックセンターにおいて、国産の豚肉と牛肉の品種や産地を偽って表示していたことが発覚したのである。火の手はこれだけでは収まらなかった。なんと全国農業協同組合連合会(略称「全農」)の直販企業である全農チキンフーズが、3月4日に、昨年11月から12月にかけて、タイや中国産の鶏肉を加工して「鹿児島産 無農薬鶏」と表示し、「全農チキンスペアリブ」として埼玉県内の消費生活協同組合(略称「生協」)に卸していた、と発表したのである。現段階の新聞報道では、全農チキンフーズの営業部長と担当課長、鹿屋工場長と鹿児島チキンフーズの営業部長の4人の独断で行われたということである。テレビのニュース報道では、全農チキンフーズ側は記者会見で、欠品が出ると組合員に迷惑がかかると判断したため、こうした事態にいたったと説明し謝罪した。しかし、欠品が出るということよりも、偽装の方が遙かに顧客である生協組合員に迷惑をかける、否、むしろ背信行為であるという当然の判断がなぜできなかったのであろうか。あるいはむしろ、当然の判断ができなかったというよりも、欠品はビジネスチャンスを失うことであると、一企業として正しく判断したのではないかという穿った見方もできるであろう。

 いずれであるにせよ、協同組合の直販会社であり、協同組合陣営の一員がなぜ組合員に対してこのような裏切り行為ができたのであろうか? そして、こうしたことは、 に防止することができるのであろうか?

 

 

 Ⅰ オーエンからロッチデール原則、そしてその全面的見直しまで

 

 1992年のICA東京大会の頃、筆者は、ある協同組合関係の研究所の所員として、協同組合陣営を「内部者」として見ることができた。冒頭でも述べたように、「我々」の関心事は、協同組合の「原則」の改訂問題であった。

 協同組合原則とは、協同組合の組織と活動のあり方を規定し、それによって、協同組合とは何か、協同組合とはいかにあるべきか、を示すものである。富沢賢治氏の表現を借りれば、協同組合原則とは「いわば協同組合の憲法とも言うべきもの」であり、「したがって、原則改定は協同組合にとって憲法改正に匹敵する大問題であった」。

 ところで、現代協同組合運動の発祥の地はイギリスであり、ロバート・オーエン(Robert Owen)が、少なくともその精神的祖であるというところではほぼ異論のないところである。エンゲルスのオーエンに対する次のような評価も、それを裏付けている。

 

イングランドにおいて労働者の利益のために行われた、すべての社会運動とすべての現実的な進歩は、オーエンの名に結びついている。〔……〕たとえば、彼は、完全な共産主義的社会制度への過渡方策として、一方では、協同組合(消費協同組合と生産協同組合)を設立した。これは、それ以来、すくなくとも、商人も工場主もまったく不要な人間だという実際的証拠を提供してきた。

 

 学術的にはまだこのオーエンと現代協同組合運動との間の関係については検討の余地があるのも確かだが、エンゲルスのこの評価に反して、協同組合実務家たちの間では、この「三大空想的社会主義者」の一人に数えられるオーエンとの関係を断ち切ろうとする努力が見られる。

 例えば、日本の日本生活協同組合連合会(略称「日生協」あるいは「日本生協連」)の資料はこう言う。

 

 「ロッチデール原則がロッチデール生協を生み出した。ロバート・ は協同組合思想の源流ではあるが、生協運動の元祖にはなりえなかった。」

 

 また、海外の研究者であるレイドローもこう述べる。

 

 「協同組合は社会主義的であるかまたは資本主義的であるかということに…る論争の多くは、協同組合組織を他者との関連によって正当化したり、説明しようとする必要がないという単純な理由から無駄である。それはまさに川が湖に源を発していない理由をせんさくする必要がないのと同じである。」

 

 これはどうしたことなのであろうか? それは、この後で検討するレイドロー報告とかかわってくることなのであるが、先取りして言えば、今日の”成功した企業”としての協同組合にとっては、その源流が”社会主義などというもの”にあるということを認めるのは不都合だからである、と穿った見方ができるのではなかろうか。

 しかし、いずれにせよ、学術的に、あるいは歴史的事実として、現代協同組合運動が、オーエンの思想と運動の流れをくむ人々、すなわちオウエナイトらによって設立されたロッチデール先駆者協同組合の流れをくむものであるということ、とりわけ、その原則にあるということはほぼ間違いのないところである。

 確かに、周知の如く、オーエンのニュー・ハーモニーでの実験は失敗に終わった。これはオウエンばかりではない。オウエンと同時代のフランス人シャルル・フーリエ(Charles Fourier)も同様であり、直系とは言えないが、フランスにおけるオーエンの継承者であるエチエンヌ・カベー(Etienne Cabet)もまた新大陸で失敗を繰り返した。

 またフランス本国では、1835年に、フーリエの影響を更けたドリオン(Dorrion180350)が設立した「誠実な取引と社会奉仕の店」(Commerce veridique et social)が現れた。しかし、これも数年で破綻をきたす。次いで協同組合が現れたのは、オーエンの国、イギリスであり、これが今日の生活協同組合の祖と言われているロッチデール公正先駆者組合(Rochdale Society of Equitable Pioneers)であった。

 このロッチデール公正先駆者組合は、1844年、オウエン主義者のホリヨーク(G. J. Holyyoake, 1817-1906)の影響の下に、織物工ハワースを指導者として、ランカシャー地方の織物都市ロッチデールにおいて28人の労働者によって設立された。

 このロッチデール公正先駆者組合が、今日の協同組合の源流として画期的な意義を有するのは、「ロッチデール原則」と呼ばれる原則に従って運営されたからであると言われる。しかしながら、実のところ、この「ロッチデール原則」も様々に姿形を変えたとも言われ、詳しいところは現在もなお分かっていないところもあると言われる(後に見るICA13会ウィーン大会での議論を参照)。

 公刊された資料として入手しうる「ロッチデール原則」から1995年のICA原則までの流れと関係をまとめたものが表1である。ここから見てとれるだけでも、単に「ロッチデール原則」と言った場合にも、ロッチデール公正先駆者協組合設立時規約の原則(1844年)とホリヨークが記載したロッチデール原則(1892年)とが存在するのである。

 その後、1895年にICAが設立され、「ロッチデール原則」を基礎として協同組合原則が打ち立てたれるのは1937年だが、それまでの間にも、ICAの内部では、この「ロッチデール原則」をめぐる動きがあった。この点も見ておこう。

 

Ⅰ ロッチデール公正先駆者組合設立時規約の原則(1844年)

Ⅱ ホリヨーク記載のロッチデール原則(1892年)

Ⅲ 1937年のICA原則

Ⅳ 1966年のICA原則

Ⅴ 1995年のICA原則

 

①主として組合員の出資金により開店する

     

①品質や分量をごまかさない

②可能な限り純粋な生活物資を提供する

③分量をごまかさない

     
 

④市価で販売し、商人と競争しない

     

②掛け売りをしない

⑤掛け売りをしない

     

③代金は引き渡しと同時に支払う

 

⑥現金取引

   

④剰余は購買高に応じて組合員に分配する

⑥剰余は購買高に応じて組合員に分配する

③利用高配当

④剰余金の配分

③組合員の経済的参加

 

⑦組合員が得た利益は組合銀行に貯蓄する

   

⑤出資金に対する利子を3.5%に抑える

⑧出資金に対する利子を5%に抑える

④出資金利子制限

③出資金利子制限

 

⑨職場で得た利益は賃金に比例して配分する

     
 

⑩全剰余の2.5%を教育に充てる

⑦教育促進

⑤教育促進

⑤教育・訓練・広報

 

⑪1人1票の民主的議決権を持つ

②民主的管理(1人1票)

②民主的管理

②組合員による民主的管理

 

⑫産業都市をつくり協同組合の商工業を発展させる

     
 

⑬純良な生活物資を供給するために卸売購買組合をつくる

     
 

⑭自助努力により勤勉な者の道徳と能力が保証される新しい社会生活の萌芽として協同組合を位地づける

     
   

①加入・脱退の自由、公開

①公開

①自発的でオープンな組合員制度

   

⑤政治的・宗教的中立

   
     

⑥協同組合間協同

⑥協同組合員協同

④自治と自立
⑦コミュニティへの関与

表1 ロッチデール原則からICA原則まで

 

出所)富沢賢治「ICAの新協同組合原則」(注10参照)

 

 「ロッチデール原則」が初めて公式の形でICAで問題とされたのは、第10回バーゼル大会(1921年)においてであった。この大会では、ICA規約が全面的に改正された。その際に掲げられたICAへの入会資格は、以下のようにされた。

 

 「特に左の点に関して 原則に合致せる消費組合

  1. 各自の有する出資金の如何にかかわらず、全組合員の議決権は平等なること
  2. 出資金にたいする制限された利子を控除したる剰余金を、あるいは組合員にその購買高に比例して、あるいは共同の積立金に割り当てて、あるいは教育および共同事業に充当して、分配すること」。

 

 このように加入資格に「ロッチデール原則」との合致を唱った訳であるから、この「ロッチデール原則」そのものが明確にされなければならない、かくして、スウェーデンの Anders Oerne によって、ロッチデールの6原則化が提起された。それは次のようなものであった。①出資金利子制限の原則、②現金主義の原則、③市価主義の原則、④利用高配当の原則、⑤票決権平等の原則、⑥教育推進の原則、以上である。

 次に、ICA13回ウィーン大会(1930年)では、フランス代表の A. J. Cleuet が、①ロッチデール原則のリストの確定、②各国におけるロッチデール原則の適用状況の把握、③ロッチデール原則の現代への適用を根拠に、協同組合の基本原則であるロッチデール原則の再吟味を提案した。

 これに対する一連の議論は興味深い。

 まず、イギリス代表 J. J. Worley は、Cleuet の提案をあえて反対はしないが、ロッチデール原則はすでに同盟定款第八条に規定されており、後は運用の問題に過ぎないと批判的であった。

 次に発言に立ったのは、ソ連代表 I. I. Kirievsky であり、フランス案に賛成した。その賛成の趣旨は、ロッチデール原則は絶対的なものではなく、検討と修正を必要とする、というものであり、その理由は、中立原則はロッチデール原則ではないし、組合員の同一の出資義務は、不平等であり資本主義的でさえあり、また購買高配当の原則も不平等・資本主義的である、という、極めて社会主義国らしい主張であった。

 最後に、Totomianz がソ連代表の発言に反論して、ロッチデール原則は遵守されなけばならないと主張したが、結局は、以上の討議を経て、フランスの提案が採択された。

 続く第14ICAロンドン大会(1934年)では、第13回の決定を受けて協同組合原則を採択する予定であったが、同提案は採択することができず、次の大会に持ち越されることになった。そして、ほぼ必然的に、「ロッチデール協同組合原則の消費組合への現時の適用に関する報告」(Report on the present application of he Rochdale principle of co-operation to consumerssocieteies)として、第14回大会で提案された協同組合原則がほぼそのまま第15回大会で協同組合7原則として決定されたのであった。その7原則とはこうである。①組合の公開(open membership)、②民主的管理(democratic control)、③購買高比例割戻(dividend on purchase)、④資本利子の制限(limited interest on capital)、⑤政治的宗教的中立(political and religious neutrality)、⑥現金取引(cash trading)、⑦教育の促進(promotion of education)。そして、前半の4つの原則は絶対的に必要な原則であるが、後半3つの原則は協同組合の性格を左右するような絶対的な性質のものではないとされた。

 以上の議論を経て、1937年の第15ICA大会(パリ)において「ロッチデール原則」を基礎として次の7原則がう採決・確定された。すなわち、①加入・脱退の自由、②民主的管理(1人1票)、③組合利用高に応じた配当、④出資金に対する利子の制限、⑤政治的・宗教的中立、⑥現金取引、⑦教育の促進、である。

 ただし、これらの7原則は並立的な関係にあるのではなく、最初の4原則は基本原則とされ、残りの3原則は倫理的規範という位置づけがなされた。ちなみに、政治的・宗教的中立を強く批判したのがソ連代表であったことは言うまでもない。

 また、この大会では、「他の基本的な協同組合原則」(other basic principle of co-operation)、すなわち「ロッチデール原則には明示的に含まれていないもの」(not expressly included in Rochdale rules)までの拡張が行われた。すなわち、①組合員への専属取引(員外利用の問題)(trading exclusively with membersnon-memberstrade〕)、②組合の任意性(voluntary co-operation)、③市価販売(sale at current or market price)、④不分割積立金(the provision of inalienable assets )、以上である。

 以上のような議論を経て、ICA 15回パリ会議(1937年)で、「協同組合に関するロッチデール原則の現時への適用に関する報告」として、正式に協同組合原則が採択された。ただし、第三の原則、「購買高比例割戻」(dividend on purchase)が「利用高配当」(distribution of the surplus to the members in proportion to their transaction)に変更された。また、第14回大会の報告が「消費組合にたいするロッチデール原則の現時の適用」であったのに対して、この第15回大会の報告が「協同組合に関するロッチデール原則の現時への適用に関する報告」となっている点は興味深い。言うまでもなく、ロッチデール公正先駆者組合は消費生協である。しかし、時代の移り変わりとともに、他の様々な形態の協同組合が発達し、ICA としても、ロッチデール原則は、消費組合だけの問題ではなく、より包括的な協同組合形式に適合的なものを探求したのである。

 かくして、我々は、第23ICAウィーン大会(1966年)で採択され、その後、20世紀末まで生き続ける協同組合原則の採択を見るのである。

 さて、この協同組合原則の中で、とりわけ2つの原則が重要であり、それが協同組合を協同組合たらしめるのであり(協同組合のアイデンティティー)、これこそが「協同組合の基本的価値」であると言いうるものと考えられる。それは、まず、第一に、民主的管理の原則である。これは、資本主義における株式会社において、株の持ち数に応じて発言権が大きくなるのに対して、出資金の如何にかかわらず、1人1票を行使しうるという協同組合民主主義の根幹であり、協同組合が資本のための結社ではなく、組合員(=人)のための結社であることを如実に表している。そしてまた、協同組合が資本のための結社ではなく人のための結社であるということは、協同組合が非営利法人であるということを示すものなのである。

 次に、出資金利子制限というのも、協同組合資本が、投機の対象にならないということ、協同組合資本は、他の資本主義企業の資本とは異なるということを示しているのである。

 上に述べた点と重複する点も出てくるが、この6原則を解説しよう。

 ①協同組合への加入は自由意志によるべきものであり、かつ組合はその事業を利用し組合員としての責任を負う意思のあるすべての人々に門戸を開くべきである。それは即ち、その際に人為的な制限や、社会的・政治的、あるいは宗教的な差別があってはならない。(公開の原則)

 ②協同組合の業務は組合員が同意した方法で選挙されるか任命された人々によって管理されなければならず、また選ばれた人々は組合員に対して責任を負わなければならない。協同組合の組合員は一人一票という平等な選挙権を持ち、組合の諸決定に参加する権利を有する。[「単位組合以外の組織においては、民主主義を基本とし、それぞれに適したかたちでなされるべきである」](民主的管理の原則)

 ③出資金に対する利子は厳格に制限された利子率によって支払われなければならない。(出資利子制限の原則)

 ④協同組合の運営によって生じた剰余金(または節約金)は全組合員に帰属するものである。その払い戻しにあたっては、組合員の決定により、次のように実施することができる。(1)協同組合の発展のための準備金、(2)共通サービスのための準備金、(3)組合利用高に比例した組合員への分配。(剰余金分配の原則)

 ⑤すべての協同組合は経済的活動と民主的運営の両面を含む協同組合の原則および技術について、組合員、役員、職員、および一般大衆を対象とした教育を準備しなければならない。(教育促進の原則)

 ⑥すべての協同組合は、その組合員ならびにコミュニティの利益に最善の奉仕するために、地域的、全国的、そして国際的レヴェルで、積極的に協同すべきである。(協同組合間協同の原則)

 

 既に述べたように、21世紀を目前にひかえた原則改定の議論はすでに80年代には始まっていた。そのスタートが、ICAモスクワ大会(1980年)で検討された『西暦2000年における協同組合』であり、これまで我々も協同組合陣営の呼び方に倣って「レイドロー報告」と呼んできたものである。

 それでは、次に、レイドローが、西暦2000年を前にした協同組合をどのように見たのかを、協同組合原則の革新にかかわると思われる部分を抽出して、検討しよう。

 

 

 Ⅱ 「レイドロー報告」における協同組合の今日の危機=「思想的危機」

 

1.協同組合の存在意義への疑問=「危機」

 

 『西暦2000年における協同組合』と題されているレイドローの報告の目的は、そのタイトルから受ける第一印象とはやや異なり、西暦2000年における協同組合の姿を「予言」しようとするものではなく、「観察によって知りうるいくつかの傾向を示し、もしそのような傾向が今後の20年間においても続くとすれば、必要となってくると思われる転換について示唆すること」である。

 このレイドロー報告に結実した研究は、1978年のICA中央委員会(コペンハーゲン)での決定に始まっている。こうした研究の必要性が感じられたのは、当然、協同組合を取り巻く状況の変化(外部の問題)とそれに対する協同組合の側の対応はいかに(内部の問題)、というところにある。

 まずレイドローは「第Ⅰ章 1980年大会における展望」において、この点を、貝体的には、①協同組合に影響を与える世界情勢について理解を深める必要があること、②協同組合が現代の変化の早いペースに対応できないかもしれないという危機感、③多国籍企業に対して協同組合の仕組みで対応できるのかという危惧、④各種の協同組合にとって、その力と勢いを維持していくのに根本的な転換が必要になってくるかもしれないという可能性、として捉えている。

 他方、レイドローは、根本的な問題は、最近の目先のものではなく、従来から問われてきた中にある、と見ているようである。なぜならば、レイドローは「今までにも協同組合運動の内部において、時代ともかかわり方や運動のやり方についての疑問が数多く問われてきたことはよく知られている」と書いている。そして、それに「たとえば」と続けて、幾つかの疑問を取り上げている。レイドローはこう書いている。

 

 「たとえば、①過去に存在したような小規模な協同組合でうまく機能していた民主的な手続きを、今日のような大規模組合にも適用できるのか? ②組合員が何方というような協同組合において、個々の組合員はどうすれば意義ある方法で参加することができるのか? ③大きな地域ををカバーする連合会や卸売り組織にとって、最も民主的な構造とは何なのか? ④協同組合運動における教育の現状はどうなのか? ⑤世界中において、政府の介入と権力の増大に直面して、協同組合の地位はどうなってしまうのか? そして最後には、⑥-1)いったい協同組合の大目的は何なのか? ⑥-2)協同組合には何が期待されているのか? ⑥-3)協同組合企業の成功はどのような尺度で測られるべきなのか? ⑥-4)他の事業体を評価するのと同じ基準で評価するのか? ⑥-5)もし同じでないなら、どういう基準なのか?」(番号付けならびに強調は引用者によるもの)

 

 ここから見てとれるのは、レイドローの関心の中心もまた、第1に、協同組合における民主主義(①~③、そして④。)であり、第2に、協同組合の存在意義あるいはアイデンティティー(⑥各項)である、ということになると整理できるだろう。

 協同組合の民主主義の問題は、表1からも明らかなように、ロッチデール公正先駆者組合の時代からの問題であり、原則であった。それが、ここにきて揺らいでいるとうのがレイドローの認識なのである。まず引用文中の①は、日本の生協の歴史をひもどいても明らかである。戦後、賀川豊彦によって灘と神戸に設立された生協は、その後合併され「消費生活協同組合コープこうべ」(略称「コープこうべ」)となった。コープこうべは、日本型生協の特質と言われる共同購入で売り上げを伸ばしつつ、日本の生協で初めての百貨店型の店舗を出店するなど、大規模店舗の出店にも積極的であり、本格的に大手スーパー・ダイエーとしのぎを削る大型生協へと成長した。他の生協も推して知るべしであるが、1990年頃に日本生協近代化機構(通称「コモ・ジャパン」)が日生協内に設置され、他の生協もコープこうべを手本として、本格的に店舗の近代化、あるいは店舗の巨大化を図ったのであった。これが引用文中の②の問題を引き起こすことになる。組織の拡大=店舗数の増大、あるいは一店舗が抱える組合員数の増大が「個々の組合員はどうすれば意義ある方法で参加することができるのか」という問題を引き起こすのである。この問題は、①の問題と双方向で関係している。わずかの数の小規模店舗であれば、経営に素人の組合員でも積極的な意見が出せるかも知れない。しかし、複雑な経営問題を抱えた大型の生協組織において、個々の素人組合員は何ができるであろうか。多くの組合員にとっては、もはや「何ができるか」すら問題ではなく、「他のスーパーと違って生協は労働奉仕しなければならないから」といった声すら聞こえてくるのが今日の生協組合員の姿なのである。一般に、これを「組合員の顧客化」と呼んでいる。そこで問題となるのが、組合員教育、すなわち引用文中の④だということになる。

 更に現代の協同組合は複雑な組織を持つ。現代日本の生協だけを見ても、各単位生協(略称「単協」)だけで存在している訳ではなく、地域連合、事業連合、そして全国的な連合体として日生協を持つ。これは、購買業を とする生協としては、規模の経済を追求し、商品を競合する他のスーパーよりも安く組合員に提供するという当然の動機に由来するものである。しかし、更に厄介なのは、各レヴェルで直販会社を持っている場合が多々あるということである。例えば、今回の全農チキンフーズがそうである(これは農協の場合であるが)。今回の全農チキンフーズの失態は、通常の言葉で表せば、生協陣営内の企業モラルが問われる、ということになるであろう。レイドローの上の引用を当てはめれば、④の教育と⑤の「最も民主的な構造」がこの事件に該当することになるであろう。

 協同組合(運動)の基本は、それが経済目的の結社ではなく、あくまでも人と人の助け合いの結社だ、というところにある。その根幹が表された協同組合原則が民主主義(1人1票)である。そして、それを実際の運用の中で保障しようとするのが、出資金配当の制限である。民主主義が崩壊した協同組合とは一体何なのか? そうした警告が引用文中の⑥各項であると読めるのである。

 今日の成功した巨大な協同組合は十分優良企業として存立している。日本のコープこうべ然りであり、スウェーデンの ・ 然りである。それでは、この企業が他の企業と区別されるのはいかなる点においてであろうか? それは――繰り返しになるが、繰り返し過ぎにならないほど重要なことである――資本の性格(組合員の出資金)と意志決定の仕方(組合員による1人1票の民主主義)によるものである。レイドローは、近年の趨勢としての協同組合の大規模化――しかし、それもまた必然的なものである――に伴う民主主義の形骸化に対して警告を発しているのである。そして、協同としての意志が反映されなければ、その企業は協同組合として存立しているとは言えないであろう。これは、協同組合の直販会社も含めてである。問題は、協同組合原則を通じて見た協同組合の存在意義に収斂していくと言って良いであろう。

 上の引用に続く部分で更にレイドローは、問題の所在を明らかにしてゆく。そこでレイドローは、これまでの協同組合の歴史を三つの段階に分け、「協同組合は各段階でそれぞれの危機に直面し、それを克服しなければならない」と述べている。

 第1の危機は「信頼性の危機」であった。ロッチデールの人々や賀川たちが作った小さな店舗、これを信頼して良いのか。こんなものに出資して大丈夫なのか。そうした時代のことである。第2の危機は「経営の危機」であった。よちよち歩きを始めた協同組合は、いつでも他の商業資本との競争にさらされていた。運動として高まっても、経営的に維持することは、経営基盤がまだそれほど大きい訳でもなく、困難なことであった。そして、現在、経営危機を克服した協同組合が直面している第3の危機は「思想的な危機」である。つまり、「協同組合の真の目的は何なのか、他のものとは違う企業としての独自の役割を果たしているのか、といった疑問にさいなまれてこのような危機が起きてきたのである」。

 この問題提起は極めて重要である。

 とりわけ、日本のように戦後本格的に協同組合運動が起こってきた国においては顕著であるように思われる。生協運動をとって見ると、各単協を設立させた人々は、それが大学生協の出身であれ市民生協の出身であれ、多かれ少なかれ、「賀川の弟子」であった。そこには崇高な精神と指導力があった。しかし、その彼らも、今では経営数字に腐心する経営者である。新たに協同組合運動に参加してくる専従職員の多くも、生協運動を「良い就職口」としてやってくるという事態が起きるのも必然である。『資本論』体系では、人間は――それは疎外された人間であり、資本家も労働者も含む――貨幣ないし資本の人格的表現として行動する。それが経済社会の必然である。しかし、かつての生協運動はそうではなかった。レイドローの言葉を用いるならば、「思想」があった。あるは、賀川の情熱があった。

 しかし、このように言うことに故レイドロー博士は不満かも知れない。そして、私もその不満に同意しようと思う。上のように述べては、現在の生協運動に全く「思想」が欠如しているように読めるが、そうではないであろう。レイドローも、単に「思想的な危機」に直面していると言っているに過ぎないのである。

 ここで「第Ⅲ章 協同組合――理論と実践――」に移ろう。

 レイドローは、「第Ⅲ章 協同組合――理論と実践――」の「1.協同組合の本質」の冒頭を次のように書きだしている。

 

 「今日、協同組合人の間に、理念や思想を避け、その代わりに『事業を優先する』という強い傾向が存在する。しかし、これは間違った態度である。」

 

 「経営の危機」を脱し、”優良企業”となった今日の協同組合の「事業を優先する」姿を、ここから推して知るべしである。レイドローが言うまでもなく、「協同組合においては、私たちはよって立つ基本的な考えや概念にもとづいて設立される」。そのような「よって立つ基本的な考え方」とは、レイドローによれば、「特定の概念や社会理論に依拠しているのではなく、相互扶助、より大きな力を求めて団結した弱者の結合、利益および損失の公正な配分、自助、共通の問題をかかえる人々の連合、人間を金銭よりも重視すること、搾取のない社会、さらにユートピアの追求といったような多くの考え方や概念を集めたもの」である。そして、日本においても最も広く知られている協同組合運動のモットーである「一人は万人のために、万人は一人のために」を挙げて、日本の現代生協運動の創始者である賀川豊彦が協同組合運動を「友愛の経済学」(Brotherhood Econimics)と呼んでいることを指摘し、「あらゆる協同組合に存在する共通の概念」が次のようなものだと述べる。すなわち、それは、「社会的に見て望ましく、またすべての参加者に利益を与えるようなサーヴィスや経済的取決めを確保するために、民主主義と自助を基礎として共同参加行動に参加した人々の大小の集まりということである」。

 さて、ここまでレイドローの協同組合の本質についての論述を見てきたが、これで協同組合が何なのか理解できるであろうか? レイドローの「本質規定」はあまりに一般的過ぎるように見える。これは、ロッチデール公正先駆者組合以来、協同組合運動の中心が消費生活協同組合であったのに対して、その後台頭してきた各種・各国の協同組合運動をも包摂する「本質規定」を与えたかったのだと理解できる。しかし、「民主主義と自助を基礎として」という文言が含まれているにしても、あまりに一般的な「本質規定」は、「近年の生協の危機の問題に対して、私はよく次の『自己評価』をお薦めしている」として、P. F. ドラッカーの次の4つの問いを挙げるような考え方を生協運動の中に持ち込むことを可能にしてしまう。ドラッカーの4つの問いとは、『非営利組織の成果重視マネジメント』の中の①「われわれの使命は何か」、②「われわれの顧客は誰か」、③「顧客は何を価値あるものと考えるか」、④「われわれの成果は何か」である。

 このようにドラッカーとともに非営利法人の過度の一般化を行えば、当然「マーケティング論から見れば、このような消費者のニーズを満たすという意味で、生協と株式会社の小売業とに大きな差異はないとみている」という結論が出てくるであろう。そして更に「マーケティング論から見ると〔……〕生協の特殊性よりは事業経営体としての一般性を第1におさえるべきであり、その上で、第2に生協の独自の可能性を論じるべきであろう」という結論が出てくる。

 しかし、こうした主張を支持することはできないように思われる。レイドローは適切にも、そうした主張に類似したように見えて、その実、本質的に全く異なり、事態の本質を突いたジードの言葉を引用している。

 

 「協同組合の本質は数えきれないほど多くの方法で描かれ、定義されてきた。最も満足のいく、役立つ定義の一つは、シャルル・ジードによって与えられている。『協同組合は、事業経営を手段として、共通の経済的、社会的および教育的目的を追求する人々の集まりである』。」

 

 このジードの言葉をよく吟味してみれば、実は若林氏とは全く異なることが分かる。若林氏の場合は、事業が「第1」である。ジードの場合は、事業はいわば先立つ「手段」である。(財)生協総合研究所の機関誌の巻頭言に事業が「第1」とすべきとする主張が載るところに、現在の協同組合運動の混迷が見て取れるのではなかろうか。

 この問題は、また後に触れるであろう。

 次にレイドローは「3.種類、形態および構造」において協同組合における民主主義は、協同組合の形態と構造の変化から、危機にさらされていると論じている点に注目しなければならない。これは、上に見た論点の繰り返しであり、詳論である。

 形態の問題とは、「急速な成長によってひき起こされた規模の拡大と複雑さの増大」であり、これは「協同組合にとってほとんど普遍的」な問題であるとレイドローは述べる。そして、ほとんどの種類の協同組合にとっての「中心的な問題」は「いかに巨大さと取組むか、いかに協同組合の特質が規模によって破壊されぬよう保障するか」ということである。当然、この「協同組合の特質」に民主主義が入る。レイドローは次のように警告を発している。

 

 「経営が、効率の増大と節約のために集中化されなければならない場合でも、政策決定は、民主的管理を保持するために、分権化されなければならない。大組織は、教育と組合員のコミュニケーションに、いっそう大きな関心を払う必要がある。協同組合と組合員の間の絆は、ただ成長のために弱めさせてはならない。」

 

 教育、そして、「組合員のコミュニケーション」、「協同組合と組合員の間の絆」、すなわち民主主義的な意思決定のシステムが問題なのである。

 また、構造について生じた前世紀における協同組合の「顕著な特徴」は、「各種の二次組織を作り、それからさらに、三次、地方レヴェル、全国レヴェル、そして国際レヴェルの組織が作られたこと」である。こうした二次組織や連合会を設立する過程で、「権力と管理は、基礎となる協同組合および組合員から離れて上に向かって移動することが多い」。かくして、意志決定の権力が上部組織へと移転し、組合員による民主主義が形骸化、あるいは、それが全く無視されてしまうような状況が生じうるのである。つまり、ここで強調されるべきことは、「民主主義の原則が協同組合運動のすべてのレヴェルで貫徹されなければならないこと」であり、これに加えるに、「協同組合連合会や他の連合組織のための管理機構を今後満足のいくように確立しなければならないし、今後とも監視していかなければならないということである」。何故ならば、より大きな連合会への統合は、協同組合の今後の必然的な運動であるからである。そして今日、組合員の民主主義の形骸化も必然的なものとして進行しているように見えるのである。

 そこで、次に「4.民主的性格」の項に移ろう。レイドローは、協同組合の特質の節において、民主主義は協同組合組織の不可欠の要素の一つであると考えられるべきであり、この要素を欠いては組織は真の協同組合と考えることはできない、と書いている。筆者もその通りであると考える。1人1票の民主主義と出資配当の制限が協同組合の二大根幹であり、それが協同組合を経済目的の貨幣の人格的表現の結社ではなく、人そのものの結社たらしめているのだと言えるだろう。

 しかし、レイドロー自身も上のように書いた末に、次のように自問する。

 

 「協同組合民主主義は、実践においてどのように現れるのか? 民主主義はどのように表現され、例示されるのか? 協同組合ないし協同組合組織は、いかにしてその民主的特質を測り、真に民主的であると証明するのか? あるいは協同組合はいかにしてその民主的資源を改善し強めうるか?」

 

 ロッチデール原則にも見られる「1人1票」の原則が協同組合民主主義の必須条項であるということはレイドローと筆者の共通認識であると言えるであろう。しかし、レイドローは、この原則が「必須であるとしても、協同組合民主主義の一面を祭り上げているにすぎないという立場をとる」のである。こうした立場は、私見では、後退的・妥協的なものと思われる。そして、こうした立場に立つレイドローは、協同組合の「民主的な性格を判別する様々な方法と、その協同組合組織における広がり」を表すものとして、18の項目を挙げている。これを簡略化して示せば次のようになるであろう。

 

 1 自由意志に基づく会員資格。

 2 加入脱退の自由と無差別。

 3 組合員問の均質性と結社的なつながり。

 4 組合員の参加。

 5 組合員のみが理事・役員の選出・任命権をもつ。

 6 教育計画と指導者の訓練の機会をもつ。

 7 男女平等。

 8 従業員問の民主主義。

 9 定款による理事の自動的な交換。

 10 監事が民主主義的に任命され、組合員に報告すること。

 11 すべての組合員が利用しえないような特権を理事や役員に与えない。

 12 協同組合が子会社を保有する場合、その理事会や各種委員会に利用者の代表が参加する。

 13 最高の権威は組合員におかれる。

 14 組合員への自由な情報の流れと、政策決定へのフイードバックや意見提出のために組合員に与えられる機会。

 15 すべての報告や情報は容易に理解されるような形態で提供されるべきである。

 16 重要な決定は全体の合意によってなされる。

 17 専門家やテクノクラートは相談・助言・勧告を行い、非専門家の組合員が決定する。

  1. 「民主主義においては市民が同意することは基本的でも望ましいことでもない。彼らが参加することが肝要なのである」(エデュアード・C・リンデマン)。

 

 これらの項目は雑多であり、様々なレヴェルのものが寄せ集められており、時として重複している。単に協同組合原則そのものであるものもある。再整理する必要があるであろう。こうしたもので、レイドローは、協同組合の民主主義の状態を測定しようとしているのである。しかし、これは、国際レヴェルで提言を与えようとするレイドローの限界ではないかと考えられる折衷的で妥協的な態度であると思われる。

 最後にレイドローは次のように予測している。「将来の理想的な協同組合は、厳格に統制された権力の階層構造ではなく、基本的には『構造と活動の両面における民主主義』となるだろう」。

 

 .協同組合の二重の目的

 

 協同組合が他の企業と区別されるのは、それが単に経済的目的だけではなく社会的目的を併せ持っているというところにある。そして、この場合のポイントは、まさに「併せ持っている」というところにあるように思われる。と言うのは、協同組合が経済的目的にのみ重点を置いた時にはそれは単なる企業に変質するが、協同組合が社会的目的だけに傾斜した時にはそれはもはや存在しえないのである。それ故、協同組合が「一群の社会思想と一体になった経済的目的をもつ」というレイドローの表現は正確であると言って良いであろう。

 あるいはまた、レイドローはこのようにも言っている。「協同組合が、経済および社会的目的をもっているとはいえ、それは第一義的には経済的存在であり、存続するためには企業として成功しなければならない。商業上の意味で失敗しした協同組合は、特に事業を閉鎖しなければならないような場合には、社会的分野における積極的な影響力とはなりえない。このように経済的目的と社会的目的はコインの裏表であるが、健全な事業体としての生存能力が第一義的な要求とならなければならない」(強調は引用者)。つまり、経済的目的がコインの表であり、社会的目的は裏側なのであり、二番手に甘んじなければならないのである。

 また、レイドローは経済的目的と社会的目的とを事業経営と理想主義とも言い換えている。しかも、こう言い換えた上で、この両者が「しばしば違和感をもった不安定なパートナーとなる」と述べている。そして、「西側のいくつかの国では、いまや二つのはっきりと異なった運動があ」り、事業経営と理想主義の「二つの極端な観点の間の選択は容易ではない」と述べ、結論的に次のように述べている。

 

 「まったく企業的であり、社会的目的をもたない協同組合は、他の協同組合よりも長く存続するかも知れないが、徐々に弱体化し、長期的には崩壊するであろう。一方、社会的使命には大きな力点をおくが、健全な事業慣行を軽視する協同組合はおそらくはすぐに解体するだろう」。

 

 後者については、全くその通りであろう。しかし、前者に関しては必ずしもそうは言えないように思われる。資本主義社会においては、事業として成功した協同組合は成功した協同組合であろう。ただし、それは経済的目的と社会的目的とを併せ持ったものとしての協同組合とは言えないであろう。それ故、レイドローが前者の「まったく企業的」な協同組合は「崩壊する」というのが、協同組合としては「崩壌する」と言うのであれば、全く異論はないということになる。

 今日の日本の生協運動においてはどうであろうか。今日の日本の生協は、コープこうべを筆頭として、十分に成功した企業となっている。日生協も「CO-OPブランド」の卸売りとして十分に成功した企業である。しかし、組合員活動部や組織企画室と呼ばれる組合員の声を直接に汲み取り、それを生協運動に反映させる組織を内部に持っている。それらは、十分に健全に機能していると見てよいであろう。後に見るコープ出版(日生協の子会社の出版社)の食品関係の著作の内の2冊が日生協・組合員活動部が直接にかかわっていることからそれがうかがい知られる。しかし、この組合員活動部や組織企画室などは、日生協では、NC系、あるいは中央会系と呼ばれ、非採算部門に位置づけられている。当然、採算部門は事業系である。そして、これもまた当然のこととして、両者は、採算部門と非採算部門として、それ相応の対応を会社から受ける。この点について筆者に言いうるのはこれだけである。何故ならば、いずれも、筆者が協同組合運動を内側から見た経験・見聞によるものであって、これ以上のことを述べ、何等かの判断を下す客観的な材料はないからである。

 いずれにせよ、協同組合運動においても、「経済的目標と社会的理想」、「理想主義と事業経営」のバランス・シートは経営者の手元にある。そこでレイドローもこう言う、「多くの理事や経営者に非常に共通する問題は、協同組合にとって適切な社会的関心事項や活動を明確にすることである」。問題は、社会的目的をも持つものとしての協同組合をいかに評価するかということ、レイドローの言葉を用いれば、「協同組合を社会的側面からいかに判定すべきなのか」ということである。そこでレイドローは7つの項目を「社会的観点から高い得点を得る協同組合」のガイドラインとして挙げている。一部簡略化してこれを列挙しよう。

 

 1 共同体精神を産みだすのに役立つ計画を援助し、事業の枠外の人間的社会的諸問題に参画する。

 2 「最も広い意味での教育」(=文化)に関心を払うこと。

 3 雇用・事業運営において差別を許さない。

 4 組合員以外の人々の利益となる民主的で人道的な事業に協力する。

 5 貧しい人々が協同組合から利益を得るように援助するための特別の努力をする。

 6 公平・公正な雇用者として、地域杜会における善良な法人市民として認知される。

 7 「第三世界の協同組合を援助するための国際的開発プログラムを支持する」。

 

 それでは、協同組合はどの程度の社会的目的を達成することができるのであろうか? 我々はレイドローの文章の中に「協同組合共和国」という言葉を見ることができる。協同組合はそのような社会の全面的な変革にまで携わることができるのであろうか? レイドローはそのようには考えてはいないようである。すなわち、レイドローは次のように述べているのである。

 

 「もちろん、どのような協同組合でも、人間福祉と社会的ニ一ズの巨大な分野においてなしうることには限界がある、ということは常識である。単一の協同組合や、多くの連合した協同組合の力量をはるかにこえる状況や条件が存在する。協同組合がの限界を認め、よくなしうることに関心を払うことは、全世界とそのすべての災厄を変えようとして徒労に終わるよりはよいことである。」

 

 ここでレイドローがオーエン等の失敗を念頭に置いているものかどうかは定かではない。しかし、その可能性は高いだろう。レイドローが協同組合に最大限に期待しているものが、「協同組合地域社会」――恐らくスペイン・モンドラゴンが念頭にあるのであろう――であることは確かである。

 ロバアト・ 協会・会長の都築忠七氏は、同協会の第100回記念研究集会の基調報告で「我々の時代、二十一世紀初頭の、あるいは二十一世紀のオウエンとは何だろう。オウエンは二十一世紀の世界にどんなメッセージをもっているのだろうか」と述べている。確かにこれは、壮大なテーマである。筆者はこの問題提起に、先に引用した『反デューリング論』のエンゲルスの次の言葉をクッションとして入れることによって、問題解決の展望を得ようと思う。

 

「新しい巨大な生産力は、これまで個々人を富まし大衆を隷属させることにしか役立たなかったが、オーエンにとっては、社会改造の基礎を提供するものであり、万人の共有財産として、もっぱら万人の共同の福利のためにはたらくべきものであった。

 オーエンの共産主義は、こうした純実務的な仕方で、いわば商人的計算の結果として、生まれた。それは、こういう実践を主眼とする性格を一貫してもっている。」(強調は引用者)

 

 「協同組合がの限界を認め、よくなしうることに関心を払うことは、全世界とそのすべての災厄を変えようとして徒労に終わるよりはよいことである」。このレイドローの言葉をオーエンが承認するかどうかはそれでもなお微妙である。偉大なる思想家にして、進歩的な経営者であったオーエンは何と言うであろうか。

 

  3.「不確実性の時代」における「正気の島」としての協同組合

 

 レイドローは、この報告書が提出されるべきICAモスクワ大会の意義を「第二次世界大戦が終ってから12回目にあたる」として、戦後の歴史の展開の中で考えている。1940年代の後半は、「戦後の再建・復興という大仕事に世界中が懸命になっており」、また「植民地主義の終焉が始まる時でもあり、世界地図に新しい国家が出現し始めたころ」であった。1950年代は、期待がふくらむ時代であって、人々は新しい時代の夜明けに対し、輝くばかりの理想を抱いていた」。1960年代は、一方では「未含有の経済成長ととめどなき発展をとげた10年間」でありながら、他方では「社会的な対立が深まり、若者が既存の制度に反抗する時代でもあったし、小国が国際的な交渉のなかで、自分たちの資源を利用しながら、新しい力をつけていくために、どのようにして団結するべきかを学んだ時代」でもあった。「1970年代は、それまでの傾向――近代技術のいっそうの拡大と、それに対する限りない信頼が続くものとして、幕を開けたのである。しかし、それは幻滅のなかで苦渋への時代へ突然変わり始めてしまった」。

 戦後の歴史をこのように特徴づけたレイドローは、「1980年大会は未来を占う重要な時に開かれる」とモスクワ大会を位置づける。レイドローは、1980年代を、人類が「歴史におけるある種の分岐点あるいは転換期にさしかかっている」時期であると考えている。それは、レイドローによれば、「不確実性の時代」である。

 「不確実性の時代」という言葉は、ガルブレイスによって一種の流行語にも仕立て上げられた言葉である。そして、この用語の源泉はリカードにまでさかのばることができる。いわば、資本主義経済がスミスの成立期を経てリカードの安定=再生産期に入った段階から言われていることである。そしてまた、それは無政府的生産という資本主義の根本的欠陥を資本主義の内側から表現したものであり、「現代」を特徴づけるメルクマールとしてこれまでに繰り返し繰り返し言われてきたことにすぎない。ただレイドローがこの「不確実性の時代」について語る際に興味深いのは、それが経済学ならびに「単に経済的なもの」に対する信用の失墜とリンクしていることである。

 レイドローは、この「不確実性の時代」を、次のような比喩を用いて説明している。

 

 「80年代に入ると、いままでの古い港につながれていた船がとき放され、不確実性という大洋の中を漂流しているような気持ちを人々は抱いている。[……]人類は従来から歩んできた道を単純に延長し、今後もその上をまっすぐに歩み続けるということはまず不可能で、新しい方向へ進みうるため、他の進指を捜し求めることになるだろう。このような岐路の時代には、若干狂気しみた方向へ進んでいる世界のなかで[……]協同組合こそが正気の島になるよう努めなければならないのである」。

 

 このように、レイドローが80年代の協同組合にかける期待は非常に大きい。そして、このように「正気の島」であることこそが今日の協同組合の存在意義なのでである。それでは、協同組合が狂気の大洋の中で「正気の島」であるにはどうすれば良いのであろうか。レイドローは言う、「20世妃の残りの20年間は、協同組合思想の中に含まれている道徳的な教義を特に必要とすることになるだろう」。そうするとやはり、先の協同組合の「第3の危機」=「思想上の危機」と併せて、今日の協同組合の最大の問題は、道徳上の、思想上の問題であるということになるのである。

 

 

 むすびにかえて――暫定的結論――

 

 さて、我々は、最近連続して起きた食肉偽造表示事件――しかもその中に協同組合陣営の企業が含まれていたのであり、これが問題なのであった――を問題提起として、今日の協同組合の再生の道を、協同組合の「思想的危機」を提起したレイドロー報告を検討し、合わせて協同組合原則の変遷を調べ、そこに探ろうとしたのであった。

 ここで、日本に関して歴史的に考えてみよう。今回の全農チキンフーズの事件に関しては、一見すると、生協が被害者のように見えるが、そうともばかり言えるであろうか。そこで、生協運動に関して考えてみよう。

 日本の生協運動は大きく見て、3つの歴史段階があったように見える。第1の段階は、戦後、賀川らによって率いられた絶対的窮乏の時代である。第2は、1955年の「森永ヒ素ミルク事件」や1968年の「カネミ油症事件」といった直接食品に由来する事件、そして更には1953年の水俣病(メチル水銀)やイタイイタイイ病(カドミウム)といったやはり食品関連の事件が続発した時期であった。こうした中で、生協は他の団体との連帯も強めつつ、食品流通の改革に大きな役割を果たした。また、独自に「CO-OP商品」というPB(プライベートブランド=自主企画商品)を開発し、その第1号は合成保存料を使用しない「CO-OPバター」の開発であった。恐らくこれは、日本におけるPB開発の第1号と見なしてよいであろう。また、更に「CO-OP商品」のコンセプトが明らかなものが、1961年開発の合成甘味料(サッカリンなど)を用いない全糖のみかんの缶詰である。まだ貧しい時代であるから安価な合成甘味料全盛の時代に、1969年には厚生省によって使用を禁止されたチクロなどを取り除いたのは、生協の見識=思想性であったと言えるだろう。この時期はまた、日本型生協の特色とも言われる「班」組織による共同購入というバッティングすることのない業態で事業も大躍進してゆく。

 しかし、1980年代頃から、この華々しい生協に翳りが見えてくる。その要因は単純ではない。ひとつには共同購入を支えていた主婦のライフスタイルの変化(パート労働などの形での社会進出)があるだろうし、ひとつには資本主義的企業の小売業が津々浦々まで店舗進出してきたということもあるであろう。そうした生協の翳りのひとつの現象形態が本文中にも述べたコモ・ジャパンであった。コモ・ジャパンの柱は2つであったと言ってよいであろう。すなわち、大規模店舗展開と低価格PB開発である。慧眼な読者ならお分かりのように、こうした路線を生協がとることになると、もはや他の小売業との区別が付かなくなってゆく。

 本稿で第23ICAウィーン大会(1966年)で採択された協同組合原則を検討した際に、「単位組合以外の組織においては、民主主義を基本とし、それぞれに適したかたちでなされるべきである」という文言を見た。今日の生協は、規模の経済のために事業連合を結んだり、日生協に結集するだけでなく、その傘下に株式会社も持っている。今回の全農チキンフーズの事件は、生協側から見れば、協同組合間協同の相手先の企業が民主主義の原則を踏みにじったということになる。協同組合原則の成立史を丹念に研究した伊東勇夫氏が賛美した協同組合間協同で起こった問題なのである。しかし、上に見たように、第2期の生協は、こと食品に関しては、「安心・安全」の信頼のブランドであった。このブランドを信じて疑わなかった組合員への責任は当然生協の側にもある。

 ここで少し議論を整理しよう。私見では、協同組合のアイデンティティを形成する最も重要な要因は、1人1票の民主主義(ならびに出資配当の制限)にあると考える。しかるに、今日の巨大化した協同組合では、1人の組合員の意志など組織の論理の中を流れる木っ端に過ぎないものと化すであろう。これはレイドローも危惧するところであるが、巨大化に伴う必然である。先に、富沢氏の言葉を引用して、協同組合原則とは「いわば協同組合の憲法とも言うべきもの」と書いたが、「憲法の番人」がいなければ、それは空言にすぎない。そして、事態は更に悪い。商品開発などについて、事業連合を組んだ場合、事業連合へは組合員の声は届かない。協同組合民主主義の埒外なのである。そこにおいては、ドラッカーの言葉を借りても差し支えないように、供給高という形で組合員の声が反映されるにすぎない。これが問題の第一である。

 問題の第二は、思想性に裏付けられて、リスクを犯して食品の「安心・安全」のために商品開発にとどまらず様々な活躍をしてきた生協が、それに裏打ちされた信頼を、結果として裏切ったのである。表示問題アドバイザー・垣田達哉氏は――生協を指しているのか全農を指しているのか判然としないが――「今まで一番信頼していたはずの“最後の牙城”みたいなところが不正をしていたのはショッキングな話だ」と述べ、更に「単なる産地の偽装だけでなく安全性ということまで偽装された」と糾弾した。全農チキンフーズから鶏肉を買い取った生協の事業連合・コープネットの伊藤進氏は「全く嘘をつかれるとなかなか分からない」、「取引そのものも信頼関係がなければ成り立たない」と述べたが、「CO-OP産直」と表示してあるのだから、生協側の責任追及も逃れられない。

 『協同組合 新たな胎動』とも言われる。それは一言で言えば、生協の福祉活動への取り組みである。本書の冒頭で、「新たな胎動」を模索しなければならなかった経緯が説明されている部分が興味深いので、ここに紹介しよう。

 

 「このところマスコミをにぎわす生協のニュースは、否定的なものばかりが目立つようである。くしろ市民生協に始まる北海道生協の経営危機、練馬生協の解散に引き続き、大阪いずみ市民生協のスキャンダルが問題となっている。生協を取り上げるマスコミの論調は、生協の経営危機を一時的なものとはみておらず、いずれも生協の社会的役割は終わったのか、という根源的な問いを投げかけるものとなっている。我々もまた、生協の経営危機、停滞はこの30年間にわたった生協のひとつの時代の終焉を意味するという問題意識を一貫して提起してきた。協同組合アイデンティティーの再構築と生協再生の条件の探求は、この研究所(くらしと協同の研究所――引用者)の設立以来の課題であるともいえる。」

 

 確かに、超高齢社会となった現在、福祉活動の担い手としての生協は期待されるところであろう。しかし、「協同組合アイデンティティーの再構築と生協再生の条件」は、歴史の中で自分たちが何をしえたのかを考えるところに既に存在しているのではなかろうか。あるいは、存在し続けているものを、その形態が変わったために見逃しているのではないだろうか。生協の思想性、それはロッチデール原則の第1のものである組合員の基本的な願いであるところの「品質や分量をごまかさない」に見いだすことができるのではなかろうか。レイドローもまた、「個々の協同組合は、そして協同組合運動全体は、生活の困難とたたかう人々に役立つために、いったい何をしてきただろうか? また、国民の基本的な課題に、協同組合はどのようにかかわっているのであるだろうか?」と問うて八つの項目を挙げ、その筆頭に「 開拓者組合は、混ぜ物をした食品に対し宣戦布告した。今日の消費者協同組合は、食品の栄養的価値を保障し、20世紀型の不純物混入を排除するために何をしているか?」という問いかけを書き付けている。

 物価が高騰し、労働条件が非常に劣悪になったイングランドで、商人たちは混ぜものをし、分量をごまかした食品を労働者に売り、労働者階級は全般に栄養失調に陥った。『資本論』にも描かれている世界である。ロッチデール公正先駆者組合は、そういった時代の産物であった。確かに、今日は、一見飽食の時代のように見える。失業率が戦後最悪とはいえ、食べ物に不自由するということはまずない。しかし、相当にマイルドな形ではあれ、1950年代や1960年代に経験した「森永ヒ素ミルク事件」や「カネミ油症事件」のような食害は身の回りにまだ多く存在するのではないだろうか。4冊の生協関連の近刊書がそのことを示しているように思われる。『食品の「安全」と「安心」』、『はやわかり「食品の安全」ブック』、『生協だからこそできる食べものづくり』、『食品の安全最前線』、これらの4冊である。

 『食品の「安全」と「安心」』の目次から、何が問題なのかを見てみよう。

 

 「第一章 『食品の安全』をめぐる歴史と生協の取り組み

 食品に由来する被害のいたましい経験を経て

  1. 歴史に残るいたましい経験
  2. 科学物質への不安の高まり

 生協の取り組み

  (1)CO-OP商品の開発

  (2)化学物質の『総量規制』と『Zリスト』

  (3)農薬問題の取り組みなど

  (4)食品の表示・検査活動の取り組み

  (5)食品衛生法の改正を求めて

第二章 『食品の安全』をめぐる今日的課題

 依然深刻な微生物汚染

  (1)サルモネラ菌、O-150などによる食中毒

  (2)薬剤耐性菌などの出現

  (3)寄生虫による疾患の再興

 化学物質の広がりとそのリスク

  (1)消費者が一番不安な食品添加物、農薬など

    ①食品添加物

    ②農薬

    ③飼料添加物、動物用薬品

  (2)天然添加物の多様傾向とその安全性

  (3)科学的安全性評価にも限界

 対応が迫られる新たな個別の問題

  (1)遺伝子組み換え食品などの登場

  (2)アレルギーをめぐる問題

  (3)環境ホルモン問題

第3章 食品の『安全性評価』についての生協の基本的考え方

 食品の安全とは

 化学物質の『安全性評価』の基本項目

  (1)毒性の閾値の有無の評価

  (2)ADI(1日許容摂取量)の評価

  (3)発がん性物質のリスク評価

 化学物質の『安全性評価』の国際動向

  (1)リスクアセスメントの導入

  (2)『安全』にかかわる規格・基準の国際平準化

 『安全評価』の生協の基本的立場

  1. リスクアセスメントとADIを基本として
  2. リスクコミュニケーションを豊かにし
  1. 食品の『安全・安心』確保に向けての生協の基本政策

 食中毒対策

 環境ホルモン問題

 化学物質の個別課題

  1. 食品添加物
  2. 農薬
  3. 動物用医薬品
  4. 容器・包装等

 衛生・安全管理強化のために

  1. トレーサービスの取り組み
  2. ハッシプ(HACCP)やISO9000などの取り組み

 食品情報としての『商品表示』

 食品の『安全・安心』確保のために

 食品衛生法改正など行政要求」

 

 一見して分かるように、非常に先進的な内容が盛り込まれている。レイドローが指摘する「20世紀型の不純物混入を排除する」努力は十分なされているように見える。しかし、商品表示にかかわる部分はたった2カ所である。しかも最初の第1章第2項(4)では合成添加物の表示が問題とされているだけであり、また、第4章第5項では「必要表示」だけではなく、いかに「任意表示」を充実させているかが問題とされているだけである。しかし、今回の全農チキンフーズの事件は、それ以前の問題である。生協運動が先進的であろうとした結果、足下がおろそかになったと言うことができるのではなかろうか。

 今回の全農チキンフーズの事件の表舞台となったさいたまコープ(本部:さいたま市)は、3月中に6億4500万円を、偽装鶏肉を買った組合員18万人に返金した。同生協によれば、「お金を返せば解決と考えているのではなく、売った側の責任を明確にしたい」と述べているが、新聞報道からは、どのように「売った側の責任を明確に」するのか分からない。これに対して、ユーコープ事業連合(本部:横浜市)は「工場を管理しきれていなかったのは事実。こちらにも弱さがあったからと思う」と言う。更に進んでいるのが東都生協(東京都)である。同生協では、3月に茨城県の茨城玉川農協から仕入れたバークランド豚肉と千葉県の 農産物供給センターの匝瑳豚肉に他銘柄や外国産の豚肉が混入していたことに対して、「確実に点検・確認してお届けする準備が整いました。匝瑳センターの肉の供給を再開します」というチラシを配布した。これは、3月末からセンターに「監視役」び職員1人を常駐させたことによる。また、不信感を払拭するために、抜き打ち検査も実施するという。同生協は「職員常駐は異常なことかしれないが、信頼を取り戻すためには、当面、ここまでやすしかない」と言う。

 しかし、これは「異常なこと」であろうか? 「当面」信頼が回復されたとしても、同様のことが起こらないと断言できるであろうか? その時には、また、「当面」の処置を行うのであろうか? それでは解決することのない循環論であろう。

 こうした問題に対して、 にひとつの解決を与えそうに思えるのが、新しく台頭してきた学問分野「フードシステム」ではなかとうかと思われる。

 新しい学問分野であるから、「フードシステム」の定義にもいくつかのものが見られるのであるが、代表的な定義のうち、高橋正郎氏の次の定義を挙げておこう。

 

 「〔……〕フードシステム概念について、〔……〕端的にそれを述べるとすると、今日のわが国の『食』をめぐる環境は大きく変化し、〔……〕『食』と『農』とが大きくかけ離れ、その間に食品製造業者、食品流通業者、外食産業社が介在するようになった。そこで、今日の『食』を理解するために、『川上』の農漁業から、『川中』食品製造業、食品卸売業、『川下』の食品小売業、外食産業、それの最終消費者である「みずうみ」にたとえられる食料消費をつなげ、さらにそれに影響を与える諸制度、行政措置、あるいは各種の技術革新などを含めて、その全体を一つのシステムとしてとらえようとする。〔……〕『川上』から『みずうみ』に至るいずれの構成主体にも主軸をおくことなく、客観的な全体から、全体を一つのシステムとしてとらえようとすることである。」

 

 なぜ、今、こうした「フードシステム」という学問分野が生まれたのか。それは、一方では「分業によって多くの面で高まった生産性であり、食品のアイテムの購入ルートのいずれについても、実に多様な選択肢が提供されることになったこと」である。これを生源寺氏は「フードシステムの成長」の「光の面」と述べている。それでは、「陰の面」は何か。

 

 「一方、対極にある陰の面をひとことで表すとすれば、システムの下流に位置する食卓と、最上流に位置する農業・漁業の間の距離が著しく拡大したこと、つまり食と農の距離の拡大に伴うさまざまな副作用ということになる。例えば、加工・流通の多くの段階を経て食卓に届けられる食品については、複雑な情報が添えられていなければ、本当の中身を知ることが困難になった。当然のことながら、情報の信頼性が鋭く問われ、情報を受け取る側の 力が問われることにもなる。保有量と咀嚼力の両面について、情報の非対称性(アンバランス)の問題が、フードシステムの各段階で生じているのである。」(強調は引用者によるもの)

 

 「情報の非対称性」とは比較的新しい概念である。しかし、情報を採り入れたゲーム理論の世界では、もはや常識に類する概念でもある。そうしたゲーム理論では、「裏切り」が最適解であることもあるし、「共謀」が最適解である場合もある。今回の全農チキンフーズの事件は、ゲーム理論の初歩を借りて言えば、「繰り返しゲーム」の中で起こった「裏切り」である。しかし、こうした「裏切り」は、今回は事件が重なって明らかにされたが、たびたび行われていた「裏切り」ではないかと推測するのが妥当ではなかろうか。それでは、これに続く「繰り返しゲーム」の最適解は何か。それは――形容矛盾のようだが――不信に基づく協同ということになるのではなかろうか。

 フードシステムの「上流」から「下流」に向かって、情報の非対称性は重層的に折り重なってその度合いを高めてゆく。「最下流」の消費者は、各段階で情報の非対称性の解消を求めることが必要となる。まさしく組合員の情報の咀嚼力が問われるだけでなく、情報の非対称性解消の為の協同組合運動への参加が求められる。更に各段階での情報の非対称性の解消が求められることになる。それは相互監視体制ということになるであろうか。これが不信に基づく協同である。そして、差し当たり、消費者は、二重の意味で生協に不信に基づく協同を要求することになるであろう。それは、第1に、消費者に直結している部分が生協であるからであり、ここでの情報の非対称性が解消されなければならない。そして、第2に、生協はこれまで流通業全体に大きな働きかけをしてきた実績がある。その実績に基づいて、流通業界全体の各段階の情報の非対称性の解消を押し進めなくては、生協の意義(アイデンティティー)を喪失してしまうことになるであろう。

 フードシステムの中で孤立した個々として、情報の非対称性を解消すること、すなわち不信に基づく協同、これが、協同組合が原点に帰る原動力ともなりうるし、また、協同組合陣営――協同組合そのものも不信の対象とされるのだが――に資本主義的企業を抱えるようになった今日である。個々の組合員の情報の非対象性の解消の為の協同組合運動への参加、協同組合の卸売りへの介入による不断の監視システム、協同組合の相互監視のシステム、協同組合陣営内の企業の監視システム、こうした不信に基づく協同、これが今日の協同組合の進む道ではなかろうか。

 

 本稿を終えるに当たって、やや全体のまとまり・整理・整合性に欠けるレイドロー報告の解読がまだ十分でなかったことと筆者の内側に振幅が存在したことを認めなければならない。それは、長年にわたって社会主義・共産主義思想、協同思想を研究してきた者が、協同組合の事業の中身にかかわった時のショックに基づくものである。それ故、本稿も協同組合の思想性(レイドローの指摘ならびにロッチデール原則・ICA原則)を重視し、時には協同組合の事業を糾弾するような表現も見られたかもしれない。しかし、川島美奈子氏が指摘するように、ロッチデール公正先駆者組合の「道徳的側面による商品品質向上や店舗における役割分担などは結果的には商業全体の近代化を促進したことになるであろう」と言える。レイドローも繰り返し言うように、協同組合の思想性と事業運営との関係は難しい。日本の生協運動においては、これを「組織と事業の二元論」(「組織」とは運動のことである)と呼び、その解消を大問題としてきた。農学部系の農業協同組合の研究に始まる日本の協同組合研究の層は厚い。しかし、(財)生協総合研究所の第1回生協総研賞研究賞の「生協の組織と事業の研究」部門は該当作品がなかった。本稿をもって私の協同組合の「組織と事業」研究のファースト・ステップとしたいと思う。

 

 

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2002年4月23日作成)