FGOのマスターの一人 作:sognathus
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彼女が落ち込んでいた理由は、少し前の出来事にあった。
自分が大事なある宝物の一つが昔からの上司に借りパクされてしまったのだ。
上司本人は借りるだけだと言っていたが、借り方もあの強面で有無を言わさない強引なものだったし、何より昔からそうやって借りられてまともに返って来た事が無かった。
上司にそれを借りられてしまった当初は早く返して欲しいと懇願したものだが、なんとそこで上司から本当にやりかねないと警戒してしまう程の問題発言と危険な博打の誘い。
故に沖田はその宝物の事は半ば諦めて脱兎のごとく逃げ出し、重い溜息を吐き続ける事で心が平常に戻る事をただひたすら忍耐強く待っているのだった。
「はぁ…………。もう、土方さんの……バカ」
独り言を呟いた沖田は何かを思い出し、懐に手を入れてカードの様な物を出した。
それは男性の方のマスターの写真だった。
沖田はそれを見てまた溜息を吐く。
だが今度の溜息は今まで吐いていたものと比べると若干軽くなっていた。
(まぁ、一番苦労して手に入れた、一番大事な方は残ってるから良いか。流石に土方さんも男の方には興味を持たないとは思っていたけど)
沖田がその写真を手に入れるには少し苦労があった。
ダ・ヴィンチが特別に耐久加工を施したマスターの写真を完全受注で受け付けるという噂を耳にし、彼といると心の安らぎを覚えるくらいには慕っていた沖田は自慢の瞬足でいち早く彼女の下に駆け付け注文した。
しかし、その時渡された注文用紙の記入でミスをしてしまったのだ。
用紙の希望する注文欄のチェックを付ける個所(『♂ver』or『♀ver』)でそれを注文の希望者の性別の事だと判断した沖田は♀の方にチェックしてしまったのだ。
そして案の定、彼女の下に届いたのは女性の姿の時のマスターの写真であり、まだマスターに性転換の異変が起こっていた事を知らなかった沖田はその写真を見て頭の上にクエスチョンマークが浮かんだ。
当初は発送ミスだと思い、ダ・ヴィンチに問い合わせたのだがそこで本当の理由を知って沖田は愕然とした。
英語や現代の記号に疎かったとはいえ、チェックする時にもっとよく考えたら良かったと大いに悔やんだ。
そしてその悔しさを倍増させる事実を更に知った。
それは選択欄のすぐ下に『*両方選択可』とあった事だった。
沖田はそこに最初から気付いていればと嘆いた。
残念なことに再度の製作は少し間を置きたいという事だったので、男性の方のマスターの写真を即入手する事は叶わなかった。
一時は先に手に入れた写真で誰かに交換してもらおうかとも考えたのだが、この姿は姿で愛着の様なものを感じ、結局交換材料にする事はやめたのだった。
では今手に持って見ている写真はどのようにして手に入れたのか、その答えは信長と茶々にあった。
流石に信長は情報に聡く、早い段階でマスターの変化の事を察知しており、写真の注文の時も当然両方を選択したのだが、そこで茶々が自分も欲しいと駄々をこね、結果として信長は茶々が写真を失くしてしまう可能性も考慮して何と一人で各三枚の注文をしたのだった。
しかしその信長の懸念は今沖田が写真を手にしている事が示している通り杞憂となっており、何かあれば返却するという条件の下沖田はその写真を手に入れたのだった。
条件付とはいえ、沖田はその写真を手に入れた時信長と友人であり、そのツテを頼る事が出来た事を本心から喜んだ。
―――そして現在に至る。
「沖田さん」
自分が懐いている人物の、今自分が見ている写真に写っている人の声がした。
沖田は素早くそれを懐にしまうと、声がした方を向いた。
「あ、マスターこんにちは」
「こんにちは。ごめん、沖田さん。ちょっと良いかな?」
「あ、はい。勿論構いませんよ。沖田さんでしたら今ちょっとアレですけど大丈夫です」
実際先程まで落ち込んでいたが、マスター本人と対面することで沖田は沈んでいた気分が写真を見ていた時より更に回復した。
マスターは沖田の了承の返事を受けるとポケットからとある写真を出して彼女に差し出した。
「はい」
「あっ……こ、これ……」
「俺から特に聞く事は無いよ。ただ、やっぱり返しあげたくてさ」
「あ、ありがとございます! 凄いですねマスター! あの鬼の人からどうやって?」
「まぁ……粘り強く交渉した結果みたいな感じかな」
「へぇ~~! いや、でも本当にありがとうございます! 流石です!」
「ああいいよそんなにお礼なんて。気にしないで」
「いえ、本当に嬉しいですから」
「今度は簡単に目に入らないように気を付けた方がいいよ?」
「分かりました!」
「うん、それじゃ僕はこれで」
「あ、ま、待ってください!」
「?」
用件を澄まして早々に立ち去ろうとしたマスターを沖田は慌てて止めた。
せっかく自分の為にここまでしてくれた彼をまともな礼もせずに簡単に返してしまうのはちょっとできなかった。
「あの、やっぱりちゃんとお礼をさせて欲しいです」
「いや、もう言葉だけでも十分だよ?」
「それでもです! なんかこのままでは、やっぱりダメです!」
「え……あー、うん。そうか。分かったよ」
「ありがとうございます!」
「いや、こちらこそそんなに気を遣ってもらって」
「気にしないで下さい! お茶をご馳走しますので私の部屋に行きましょう!」
言うが早いか沖田は見惚れるくらいの軽い身のこなしで瞬時にマスターの近くに来たかと思うと、彼の腕に自分の腕を絡めて部屋へと案内を始めた。
マスターは自分の腕に彼女の柔らかい胸の感触が当たる事にやや動揺したが、別に沖田が意識してやっている様子にも見えなかったので取り敢えず気にしないように努めた。
が――
「あ、当たっても気にならないのでいいですよ」
という明るい声には流石に「えっ」と動揺を表に出してしまった。
副長書いたら沖田も書きたくなりました。
あとちょっと説明の文が長くなりました。
これから後は、少なくともGWが開けるまでは更新は止まる気がします。