2002話
剣と魔法の世界で俺だけロボットの方も更新しています。
https://ncode.syosetu.com/n0434fh/
古唄朱さんから、2000話突破のファンアートを描いて貰いました。
公表してもいいと許可を貰っていますので、気になる方は是非見てください。
https://28155.mitemin.net/i359789/
凄く綺麗なイラストで、非常に嬉しかったです。
古唄朱さん、ありがとうございます。
『うおおおおおおおおおおおおおおおお』
レイがミスティリングから取り出したセト籠を見て、樵や村人達が大きな声を上げる。
このような田舎の村であらば、当然のようにアイテムボックスを見たことがある者はまずいない。
それだけに、目の前で繰り広げられた光景に、皆が驚きの声を上げたのだろう。
「さて、驚いて貰えたようで何よりだ。けど、時間があまりないから、出来れば次の村に行きたいんだけど……構わないか?」
「これに……乗る、のか?」
レイに尋ねてきたのは、ギルムに向かう樵の一人だ。
自分がこれに乗るのかといったような、不安そうな声を上げる。
見た目は、樵らしくしっかりとした筋肉をつけているのだが、それだけに不安そうな口調がどこか違和感があった。
もっとも、この世界で空を飛ぶといったことは竜騎士のような特殊な例外を除いて殆どない。
そういう意味では、幾ら屈強な身体付きをしているとはいえ、樵が怖じ気づいてもおかしくはなかった。
「ああ、そうだ。安心してくれ。今まで結構な回数このセト籠を使ったけど、何か問題が起きるようなことはなかった。特に今回は、移動する距離もそんなに長くないから、あまり怖がらなくてもいい。……そういう意味では、空を飛べるという経験をするのは、運がいいと思うぞ」
それは、ある意味で考え方の違いと言ってもいいだろう。
実際に空を飛ぶという行為が非常に珍しく、普通に暮らしている一般人が経験するということは一生に一度あるかどうか……いや、まず確実にないだろう。
そういう意味では、間違いなくレイが言っているように、空を飛べるというのは運がいいのだ。
「そ、そうか? まぁ、そう言われてみるとそうかもしれないな」
レイの言葉を真に受けたのか、それともここで怖じ気づくようなことをすればみっともないと思ったのか。
それは分からなかったが、レイと話していた樵……この村からギルムに向かう樵の中ではリーダー格と思われるその樵がそう言うと、一緒に行く樵達もどこか納得したように頷く。
(あれ? もしかしてこれが狙いだったのか?)
樵達の様子から、何となくそう考えたレイだったが、取りあえず今は急いでいる以上、出来るだけ早くここを発つ必要があった。
今日の間だけであっても、他にも幾つかの村や街に立ち寄る必要があるのだから。
「分かったら、乗ってくれ。次の村に行くから。……キラレス、身体に気をつけろよ」
「うるせえ」
レイにしてみれば、好意を感じる相手だったからそう言ったのだが、言われたキラレスにしてみれば、自分の行動……腰が抜けたということをからかわれたと思ったのだろう。
腰が抜けた状態から何とか復活したキラレスは、レインの言葉に対して不満そうにそう告げる。
そんなキラレスの横では、レイが村の中であった老人……この村の村長が、そんなキラレスの様子を面白そうに眺めていた。
「さて、キラレスが元気になったのも確認出来たことだし、ギルムに行く樵は全員セト籠に乗ってくれ」
「……なぁ、えっと、レイだったよな? 俺達の道具は、本当に大丈夫なのか?」
樵の一人が、不安そうな表情でレイにそう尋ねてくる。
その心配も無理はない。
樵にとって、斧を始めとした道具は非常に重要な代物だ。
それ以外にも、数ヶ月はギルムで生活をするということで、着替えやら何やらの荷物も持っていく必要があった。
だが、これから幾つもの村や街に行っては樵を集める以上、当然の話だがそれぞれの荷物をセト籠に入れる訳にはいかない。
そういう訳で、樵達の荷物はレイのミスティリングに収納されていた。
この件も、レイが樵を集める人員に選ばれた理由の一つなのだろう。
「セト籠をミスティリングから取り出すのは見てただろ? なら、心配はいらないと思うが?」
「いや、それはそうだけど……本当に大丈夫なんだよな?」
レイの言葉を信用出来ないというか、正確にはアイテムボックスを見たのが始めてだから、その仕組みや効果を完全には理解出来ていないからこその疑問。
そんな樵に、レイは論より証拠とばかりにミスティリングの中に入っている男の荷物を出す。
それを見て、ようやく安心した様子を見せる樵。
「これで大丈夫だろ。なら、セト籠に乗ってくれ。これから他の村や街を見て回る必要があるからな。少し急ぎたい」
「あ、ああ。分かった」
レイの言葉に、樵はようやく安心した様子でセト籠に乗り込む。
その樵が最後だったこともあり、レイはまだ子供達と遊んでいたセトを呼ぶ。
「セト、そろそろ次に行くぞ!」
「グルゥ!」
レイの声にセトが鳴き声を上げ、今まで遊んでいた子供達に向かって喉を鳴らす。
ばいばい、と。そんな意味を込めて。
子供達もそれが分かったのか、残念そうにしながらもセトから離れる。
何人かの子供は、それでもまだセトと一緒に遊びたいと駄々をこねていたが、そんな子供は両親が引っ張ってセトから離す。
とはいえ、それはセトのことを思って……という訳ではなく、セトを困らせれば、もしかしたらセトによって自分の子供が危害を加えられるかもしれないと、そう思ったからだろう。
実際には子供好きのセトがそのようなことをする筈もないのだが、この村に来たばかりだと考えれば、そんな両親の行動も仕方がなかった。
セトもそれが分かっているので、残念に思いながらもレイの前まで移動する。
「じゃあ、樵達は俺が無事にギルムまで届けるんで、帰ってくるまではゆっくり待ってて欲しい」
「うむ。頼む」
村長がそう言い、他の面々……樵の家族だったり、単純に見送りに来た村人達だったりが、それぞれレイによろしくといったように声を掛けてくる。
(こうして見送りに来るのはいいんだけど、仕事とかどうしてるんだろうな。いやまぁ、農業とかならある程度自由になるんだろうけど)
日本にいた時は家で農業をやっていただけあって、レイもその辺は分かる。
もっとも、この世界の農業は当然のように人力でやっている部分が多く、そういう意味では日本よりもかなり重労働なのだが。
それでも何とかなっているのは、この世界の住人の基礎体力が日本人……いや、地球人よりも基本的に上だからだろう。
だからといって、農作業をやっていることで腰を痛くなったりというのは、そう変わらないのだが。
ともあれ、短く言葉を交わしたあとで、レイはセトの背に乗る。
セトはレイを背中に乗せたまま数歩の助走で空を駆け上がり、翼を羽ばたかせながら空中で大きく曲がり、そのまま地上に向かって降下していく。
空を飛ぶ鷲が獲物を捕まえるかのように、セト籠を一瞬で捕まえると、そのまま再び上空に向かって飛んでいく。
『おおおおおおおお』
一連の動きを見ていた村人達の口から、驚愕の声が上がる。
その光景は、見ている者にとっては驚嘆に値する光景だったからだろう。
一種の芸に近いような気持ちすらあった。
ともあれ、そんな村人達が見ている前でセト籠を持ったセトは、翼を羽ばたかせてその場を去っていく。
「……あ」
セト籠の能力によって下からはセトの姿が見えなくなり、そこで初めて村人達はセトが……そして、レイが樵達を連れて他の村や街に行ったのだと理解したのだろう。
少しだけ残念そうにしながら、それでもそれぞれが自分の仕事に戻っていく。
樵の身内の中でも、心配そうな数人だけは本当に大丈夫なのかと、そんな思いを抱いていたようだったが、それも他の樵の身内に促されると、自分の仕事に戻る。
そして、最後に村長がセトの去った空を一瞥した後で、杖を突きながら村の中に戻るのだった。
「んー……良い天気だな。それこそ、出来ればずっとこの空を飛んでいたいくらいに」
「グルゥ」
空を飛ぶセトの背でレイが呟くと、それに同意するようにセトが喉を鳴らす。
先程までセトが持っていたセト籠の中では、樵達の多くが声を上げていた。
それが空を飛ぶという恐怖の声だったのか、空から地上を見ることが出来た喜びの声だったのか。
その辺りはレイにも分からなかったが、いつまでも声を上げているということはせず、今は静かになっている。
(高所恐怖症とかで、実は気絶している……とか、そういうことじゃないよな? 出来れば、地上の景色に目を奪われて、声も出なくなる程に感動しているとかだといいんだけど)
樵達のことを考えつつ、レイは地上に視線を向ける。
その目に映ったのは、地上一杯に広がっている緑の絨毯。
そんな緑の絨毯の中を街道が通っており、不思議と何度見ても目を奪われる光景だ。
雨が降らずに晴れているというのも、この絶景を十分以上に楽しめている理由だろう。
「さて、今日は幾つの村や街を回れるんだろうな」
呟き、ミスティンリングの中からギルドで渡された地図を確認する。
そこには、今回立ち寄る村や街がしっかりと示されていた。
当然のように、地図というのはこの世界において非常に貴重なものであり、戦略物資のような扱いすらあった。
今回レイがギルドで受け取った地図も、立ち寄る村や街は示されているが、それ以外の諸々は殆ど描かれていない。
「出来れば、もっと何か目印になりそうな何かとか、描かれていると色々と楽なんだけど」
このような地図では道に迷っても仕方がない。
そう言ってるレイだったが、実際にはこのような地図でも普通なら十分目的地に到着することが出来る。
実際にレイはセトと共に最初の村に到着出来たのだから。
……とはいえ、それは街道沿いにあった村だったから、というのも大きいのだろうが。
そんな風に考えつつ、緑の絨毯の下を移動し……三十分も経たないうちに、次の村が見えてきた。
「えーっと……パスラってのは、あの村でいい筈だな。まぁ、違ってたらまた探せばいいのか。セト、降りてくれ。セト籠を最初に下ろすのを忘れずにな」
「グルルゥ!」
レイの言葉に、分かった! と鳴き声を上げ、セトは地上に向かって降下していく。
その感覚……レイに言わせれば、エレベーターで下に降りている時のような感覚が理由なのか、セト籠の中にいる樵達の騒いでいる声が聞こえてくる。
「安心しろ、次の村に到着しただけだ! 一旦、セト籠を地上に下ろす!」
レイの声が聞こえたのか、もしくは動揺していて聞こえなかったのか。
それはレイにも分からなかったが、ともあれセトはレイの指示に従ってセト籠を地面に下ろし、再び上空に向かって翼を羽ばたかせる。
バスラと思われる村では、最初の村のキラレスと同じようにモンスターや動物、不審人物が村に入らないようにと門番をしている村人がいたが、当然のようにそんな村人はセトの姿を見て驚きを露わにしていた。
……あるいは、セトだけならそこまで驚かなかったのかもしれない。
だが、いきなりセト籠が地上に現れ、そのすぐ側をセトが翼を羽ばたかせながら飛んでいったのを見れば、驚くなという方が無理だった。
セト籠は、周囲の景色と同じようにその模様を変える。
それだけに、門番の村人もいきなり現れたように思えたのだろう。
「え? あれ?」
混乱している様子の村人だったが、その視線の先にあるセト籠からは、いきなり何人もの屈強な男達が出て来る。
その姿を見ても、すぐに敵だとは判断出来なかった。
もしこれがセト籠の一件がなく、普通に男達がこのバスラに近づいてきたのであれば、その厳つい外見と明らかに身体を鍛えている筋骨隆々の姿から、敵だと認識しただろう。
だが、男にとてっては全く理解出来ない状況だったことが、判断力を鈍らせる。
この場合、それが幸運に働いたのは間違いないだろう。
外見からは盗賊か何かのように思えても、実際にはこの男達は善良な樵の一団だったのだから。
そうして村人が混乱している中で、一度空に戻ったセトが、再び地上に向かって降りてくる。
翼を羽ばたかせ、体長三m程もあるセトが地上に降りてくるというのは、かなりの迫力があった。
少なくても、村人は遠く離れた場所から見ていても、我知らず数歩後退ってしまうくらいには。
そうして、驚いている村人の前で、セトから降りたレイは樵達に一言二言声を掛けると、村人の方に近づいてくる。
「ギルムから来たレイだ。ギルムに向かう樵を集めて回っている。前もって話が届いていると思うけど、聞いてるか?」
「え? あ、ああ。うん。その件については聞いている」
レイの言葉に、村人は何度か頷く。
それを見て、レイの側にやってきた樵達も、その気持ちは分かると、しみじみと同情する。
戦場に出たこともなく、それこそ自分の育った村の中だけで生きてきた者にとって、セトという存在はそれだけ驚くべき存在なのだから。
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