経営者の仕事はパーパスを提唱し、実現すること

ステークホルダーとともに共通価値を創造する

世界最大の食品会社ネスレは、創業150周年を迎えたことを契機に「生活の質を高め、さらに健康な未来づくりに貢献します」というパーパスを掲げ、社内外で積極的に発信している。同社の経営原則であるCSV(共通価値の創造)を実現するうえで、株主や従業員をはじめ、ネスレの全ステークホルダーと基本的な価値観を共有する必要があると考えたからだ。ネスレ日本代表取締役社長兼CEOの高岡浩三氏は、こうした価値観を組織の内外に浸透させ、その実現に向けた取り組みを着実に進めることは、経営トップの責任であると語る。本稿では、ネスレがなぜパーパスに着目したのか、それは経営にいかなる影響を与えているのかを聞いた。
『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』2019年3月号より、1週間の期間限定で抜粋版をお届けする。

パーパスを定義することは
CSVの実現に不可欠だった

編集部(以下色文字):高岡さんは、「パーパス」という概念がまだそれほど注目されていない時期から、企業がパーパスを考える重要性に言及されていました。そこに着目されたきっかけを教えてください。

高岡(以下略):ネスレは、創業150周年に当たる2016年に「生活の質を高め、さらに健康な未来づくりに貢献します」というパーパスを定義しました。ネスレという企業が何のために存在しているのかを、明確化したのです。

 私たちはその数年前から、パーパスに関する議論を始めていました。ネスレでは10年前より、事業活動における原則としてCSV(共通価値の創造)を掲げています。株主や従業員などすべてのステークホルダーとともに社会全体のために価値を創造することが、長期的な成功につながると考えたからです。ただ、社内的にはCSV自体が唐突に提示された印象を持つ人もいたので、その目的や意義を理解してもらう必要がありました。すでにビジョンを掲げていましたが、それは誰もが自分の問題として理解できる表現とはいえませんでした。耳触りはよくても、その中身をきちんと理解できている人は少なかったと感じています。

 CSVやビジョンを達成するうえで、ネスレという会社が何のために存在しているのかを、まず理解してもらうべきである。そこから、ネスレのパーパスが生まれました。

 ネスレ日本も共通のパーパスの実現を目指すのでしょうか。あるいは、国や地域ごとにアレンジを加えるものですか。

 パーパスは事業目標などとは異なる、より根源的な概念です。ネスレとして実施するすべての事業に当てはまるものですから、個々の解釈で変わることはありません。

 ミッションやビジョンもそうですが、メッセージを打ち出しても、それが組織に浸透していない状況はよく見られます。

 ネスレでは昔から企業理念の浸透が徹底されており、そこから逸脱した活動を避けてきました。妥協すれば儲かるとしても、です。

 実際、もし実現すれば事業規模を大きく拡大できるような話が浮上した時、最終的にはやらないという判断を下したことがありました。相手の事業内容と、ネスレの基本原則である「栄養・健康・ウェルネス」とが一致しなかったことが理由です。パーパスという言葉がなかった時期から、事業に対する基本的な考え方は共有できていたと思います。

 パーパスを定義したことで、あらゆる判断基準がより明確になりました。それは株主や取引先にとってもプラスになっていると思います。彼らがネスレを評価する時、我々の行動がパーパスに合っているのかどうかが尺度になったり、それに賛同してくださる人たちが支えてくれたりするからです。

 日本の現場ではいかがでしょうか。どのような成果をもたらしましたか。

 これは議論が始まった時から考えていたことですが、パーパスは企業と従業員が締結する労働契約の原点です。そのため、採用の際の重要な基準として活用しています。「生活の質を高め、さらに健康な未来づくりに貢献します」という、ネスレのパーパスに賛同できるかを判断する。その基本的な価値観を共有できない人に入社してもらっても、ネスレでの活躍は期待できません。

 なかでも新卒採用の場合、その時点で能力を正確に測ることなど不可能です。にもかかわらず、いまだに多くの日本企業が横並びで年に一度の一括採用に頼っていることは不思議です。大学を卒業したばかりの段階で、その人が長期的に貢献してくれる人材かどうかの見極めなどできるのでしょうか。誰にもできませんよね。

 ただし、仕事に対する基本的な価値観が合致しているかの判別はできます。そこからずれている人に入社されると、採用する側も働く側も幸せになれません。

 いま働いている従業員に対して、なぜネスレで働くのかを問うこともありますか。

 それはパーパスを定義する以前から取り組んでいますが、パーパスを定義したことで、よりやりやすくなりました。たとえば、ここ数年で中途社員として入社した人や契約社員から正社員になった人が増えたこともあり、「CEOランチ」という昼食会を開いて社員数人と一緒にランチを取るようにしています。その対象のほとんどは管理職ではなく一般社員ですが、ランチで初めて顔を合わせた人には、ネスレが何を目指しているのかを伝えたり、ネスレを選んだ理由やネスレでやりたいことを尋ねたりしています。

 実際には、そこで明確な答えが返ってこないこともあります。現時点では、当社の従業員の中にも確たる志を持てないまま働いている人がいるのも事実です。ただ、それは単に考える機会がなかっただけという可能性もあります。会社のパーパスを共有することで、従業員が自分自身の志を問うきっかけを与えられます。そして自分の志をこの会社でかなえられると気づけた時、それまで目立った活躍をできていなかった人が、思わぬ力を発揮する人材へと生まれ変わることがあります。

 一方で、これも考えてほしいことなのですが、会社のパーパスやビジョンと自分が成し遂げたいことが違うのであれば、辞めるという選択肢も視野に入れるべきでしょう。私がいまもネスレにいるのは、そのミスマッチがなかったからです。ミスマッチの状態で働き続けるのは双方にとって不幸だと思います。

 よりよい報酬を求めるのは自然な感情ですが、働くということの原点に立ち戻れば、企業と従業員を結び付けているのは賃金だけではないはずです。より大事なのは精神的なつながりであり、それを構築するには、会社が進むべき未来の方向性と、従業員が成し遂げたいことが合致しなければなりません。会社を舞台として自己実現を図れるのか。それを自問することが重要だと思います。

ミレニアル世代は
志とパーパスの合致をより重視する

 高岡さん自身は、過去に上司や先輩から、そのような問いかけをされた経験はありましたか。

 私の場合はむしろ、自分から会社に問いかけていました。私はネスレという企業を尊敬していますが、ネスレに雇ってもらっているのではなく、ここでの仕事に自分の人生を賭けるべきなのかと、ネスレを試しているという気持ちを持ち続けています。就職活動の時点から、そうした発想で臨んでいました。

 そのように考えていたのは、個人的な事情も影響を与えていると思います。私は祖父も父も42歳という若さで亡くしたことで、自分もそうなる運命にあると真剣に思っていました。それならば自分が生きた証を早く残せる会社で働きたいと、外資を選びました。また学生時代にブランドマーケティングに興味を持ち、ブランドで人を幸せにしたいという志の下でネスレを選んだのです。ネスレはいろいろなブランドを持っていたので、自分の志を達成できそうだと感じました。

 ネスレ日本の社長となって若い人たちと話す機会がある時も、自分なりの志を持つ大切さを伝え続けています。会社に選んでもらうのではなく、自分の志と合致する会社を選ぶべきだという考え方は、いまも変わりません。

 自分の志を形にしたいと思っても、その機会が与えられなければ難しいと思います。

 ネスレ日本では、そのために「イノベーションアワード」をつくりました。これは単なるアイデアコンテストではありません。年に一度、全社員からイノベーションのアイデアと、それを実行して検証した結果を募集し、優れたアイデアをビジネス化する取り組みです。つまり、自分がやりたいと思ったことに挑戦する機会です。

 ネスレ日本でイノベーティブな事業を起こすためには、顧客の問題を発見し、その解決はネスレがやるべきことなのかを考える必要があります。イノベーションアワードは2011年から始めた取り組みなので、当時はパーパスという言葉を使っていませんでしたが、ネスレは何のために存在するのかを意識する機会にもなっていると思います。

 ネスレは福利厚生が手厚いことで有名です。自分の志とパーパスが合致していなくても、そこに所属できているだけで満足することはないのでしょうか。

 あるかもしれませんが、そういう考えを持つことは非常に危険だと思います。一昔前の日本的経営のように、会社イコール家族のようになって甘えが生じたり、退職金や年金ほしさに会社にしがみ付いたりすることは、会社にとっても従業員にとっても、やはり幸せなことではありません。

 これまでもやりがいや意義を前面に訴える会社はあったと思いますが、会社の要求に待遇が見合わないケースも少なくありません。

 労働に対して相応の対価を支払うのは、企業として当然です。給料こそが自分の評価だと考える米国と同じ土俵では語れませんが、いくら仕事に求めるものが給料だけではないとはいえ、そこが実態と乖離しすぎているのは問題外でしょう。そもそも、それでは人が集まりません。

 私は、いまの日本企業の待遇が十分であるとは思っていません。私が社会人になったのは30年ほど前ですが、その時の上場企業の社長の平均報酬はせいぜい3000万円程度といわれていましたが、いまは1億円以上の報酬をもらう人も増えています。一方でバブル崩壊以降、大卒者の生涯賃金はほとんど上がっていません。役員報酬を上げるだけでなく従業員の給料も上げられなければ、経営者として失格です。

 デフレによって感覚がマヒしていますが、日本の年収レベルは先進国の中で高いとはいえない。日本人が貧しくなった責任のかなりの部分は、過去の経営者にあります。デフレだから賃金も昔の水準のままでいいはずがありません。その影響を直接受けているのがミレニアル世代です。彼らが自分の将来に経済的な不安を抱き、現在の待遇を不満に思うのは当然だと思います。

 一方で、ミレニアル世代のような若い人たちほど、自分の志と会社の存在意義が合致することを大切にしているとも感じます。私たちの世代も「新人類」と呼ばれたように、時代によって人が仕事に求めるものは違って当たり前です。

 幸せの定義も異なるでしょう。いまは昔のようにモーレツに働けば明るい老後が待っているわけではありません。彼らはより長い目で自分の人生を考えているので、ワークライフバランスを重視することも、仕事を通して何を実現したいかを大切にすることも、時代の必然だと思います。

 仕事に求めるものが変わり、職業選択の自由が拡大し、労働市場での人材流動性も高まったことで、一流の人材を惹き付けることがより困難になっているといえませんか。

 先ほども申し上げたように、私には一流の人材という定義がよくわかりません。その人が力を発揮できる人間かどうかは、入社の時点では誰にもわからないのです。

 能力を正確に測ることができるという考え方を持つと、単に偏差値が高い大学の学生を上から採用するような発想につながります。現場が最も困るのは、仕事では何の成果も上げられていないのに、学生時代の偏差値だけを心の支えにしている人たちです。そうではなく価値観が合致しているかどうか、採用ではそこを真剣に見極めるべきです。

 また採用時だけでなく、彼らが入社後も同じ価値観を持って仕事をできているかを判断し続けることも、大切だと思います。海外では、誰に採用された人材なのかが常について回ります。採用した側にとって、自分が採った人間が活躍してくれれば大きな誉れです。採用された側には採ってくれた人への恩義があるので、その人の期待を裏切らないようにコミットします。

 日本はどうですか。自分が採用した人間がその後もミスマッチなく働き、成果を上げられているかを検証し、それが評価に反映される仕組みはあるのでしょうか。偏差値の高い学校からたくさん採れたことくらいが評価されているように思えますが、私はそんなことをいっさい評価しません。

ネスレ日本は事業を通じてパーパスをどう実現しているのか、経営者が組織のトップとして果たすべき役割とは何か、などが語られるインタビュー全文は『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』2019年3月号に掲載されています。

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デジタルエコノミー時代、自前主義では価値創造に限界がある。しかし外部のリソースは、報酬だけで動くわけではない。ともに働くにふさわしい相手であるか、意義ある協働ができるかが問われている。採用についても同じ問題が起きている。ミレニアル世代や優れた才能を惹き付けるためにも、組織の存在意義、パーパスを掲げ、外部に積極的に発信すべき時が来た。

【特集】PURPOSE(パーパス)
◇経営者の仕事はパーパスを提唱し、実現すること(高岡浩三)
◇組織の「存在意義」をデザインする(佐宗邦威)
◇パーパス・ドリブンの組織をつくる8つのステップ(ロバート E. クインほか)
◇組織の やり抜く力 を高める(トーマス H. リーほか)
◇私たちは こうありたい を追求し続ける(中川政七)
◇パーパスの実際

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