ネイア・バラハの冒険~正義とは~   作:kirishima13
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第6話 塵芥

 蒼の薔薇を撃退した直後、闇の中から現れた6人の男女。その中から全身に刺青をした巨漢が前に出る。動物を象ったと思われる入れ墨はその剃り上げた頭の先にまで達しており、服の上からでも筋肉の隆起が分かるほど鍛え上げられた肉体をしている。

 

「俺は闘鬼ゼロ。今回のおまえたちの依頼主だ。そして喜ぶがいい。お前たちは合格だ。これで依頼は終了でいいぜ」

「お前が依頼主という証拠がどこにある。我々は朝までここを動かない」

 

 ゼロと名乗った男は大仰に両腕を広げ、突然の依頼終了の宣言をする。だが、モモンガはその言葉に動揺することなく受け流した。ゼロは嗚呼大笑いする。

 

「ははははは、こいつぁ本物だ。それだけの強さを持っているにも関わらず用心深い。確かに俺が依頼主だなんて証拠はないわな。……だが、それが事実だ」

「我々にはこの館を守る義務がある」

「この館には誰もいねえよ。蒼の薔薇が俺たちのこと探ってるっていうんで、あちらさんに情報を流してお前らとぶつけたまでだ。まぁ、見逃して帰しちまったのは残念だがな」

「あいつらを捕まえて娼館で働かせでもすりゃあ、そりゃ大人気だったのになぁ」

「はははっ、違いねえ。小さいのから大きいのまでより取りみどりだ。人気間違いなしだぜ」

 

 ゼロの仲間を思われる男連中から軽口が飛ぶ。およそ言っていることがまともな人間の言うこととは思えなかった。モモンガはそんな彼らに奇妙なことを尋ねる。

 

「蒼の薔薇がおまえたちを探っているという情報の出どころは分かっているのか?」

「はぁ?俺たちの組織の諜報部門からだがそれがどうかしたのか?」

「自覚なしか……。報告通り恐ろしいな、王国の黄金は。こいつらさえ駒として使っているのか……」

 

 モモンガがぼそりとつぶやくその言葉を聞き、ゼロは怪訝そうな顔をしている。

 

「何の話をしている」

「いや、こちらの話だ。それでそのゼロさんが何の用かな。先ほど話した通りここは通せないが?」

「別に通せなんて言ってねえ。館を守るなら朝まで守るがいいさ。単刀直入に言うぜ、六腕に入りな」

「六腕?」

「八本指の警備部門のことだ」

 

 ネイアの脳裏に先ほどの蒼の薔薇の言葉がよぎる。麻薬、密売、奴隷売買を生業とする組織と言っていた。

 

「それってさっき蒼の薔薇が言ってた犯罪組織のことじゃないですか!」

「犯罪組織?おいおい、お嬢ちゃん。人聞きが悪いな。八本指は正確には商会の一つなんだぜ?そこで求められる色んなものを売っているだけだ。欲しい奴がいるから俺たちは商品を用意する。商売の基本だろう」

「なるほどな。需要と供給の関係か。一理ある」

「モモンガさん!?麻薬や人身売買をやってるかもしれない組織なんですよ!?」

 

 モモンガがゼロの言葉に理解を示す。まさか八本指に入るとでもいうつもりなのだろうか。ネイアの糾弾を聞いてさらにモモンガは信じられないことを言う。

 

「そして、それを裁くものはこの国にはいない。さっきの蒼の薔薇のように力づくで拠点を襲うくらいが精々だ。表じゃ何もできないだろうな。まさにやりたい放題だ」

「へへっ、あんたは話が分かるみてえだな。そうさ、政治の世界でさえ俺たち八本指がすでに牛耳っている。あと怖いのは力づくの連中だけよ。だが、俺たち六腕がそうはさせねえ。あんたが来てくれれば六腕はさらに強くなるぜ、はははは」

 

 ゼロは周りの連中と笑いあっている。モモンガはこんな連中に与するというのだろうか。おかしな行動をとるが、根は悪くないと思っていたのに。そうと思うと目頭がかすむ。

 

「あなたは……あなたたちは心が痛まないんですか!麻薬で体を壊わされ、人権を奪われ売られていく人たちのことを何とも思わないんですか!」

「安心しろ。心が痛むのは最初だけだ。そのうちどうでも良くなっちまうよ。いや、諦めといったほうがいいか?」

 

 そういうゼロは先ほどまでの嘲笑を引っ込め、苦笑を浮かべる。ゼロは何を考えているのか、遠くを見るような眼をしている。

 

「あなたには良心は……正義の心はないんですか!」

「正義だと……?さっきからごちゃごちゃと……。俺らに正義の心はないのかだと!?そんなもんこの国にはどこにもねえんだよ!そんなものは(ちり)だ!(あくた)だ!」

 

 ネイアはゼロの目が怒りに燃えるのを見る。本気の怒りだ。この人は正義に対して怒っている、それも心の底から。しかしなぜこれほどまでに怒ることができるんだろうか。怒るということは心があるということ、人の心を失った人間がこんなに怒るのだろうか。

 

「この国じゃあな。優しい人間は騙される。弱い奴は奪われる。正しい奴は消されるんだ。そんな世界で生き抜くためにはずる賢く、強くなって自分より弱い奴らから奪うしかねえんだよ!自分より強いやつに逆らっても消されるだけだ。嬢ちゃん、もしそれが嫌ならお前はさっさとここから消えな。俺らへの命令は漆黒のモモンを引き入れることだからな。モモン、あんたは俺らの手を取るよな?」

 

 ゼロがモモンガに手を差し出す。先ほどまでの態度を見るとモモンガはその手を取るのだろうか。もしそうなった時、ネイアは自分が探している本当の正義がどこか遠い所へ行ってしまうような気がした。目頭がさらに霞み、頬を何かが伝う。

 しかし、モモンガはそんなネイアの心配ごとゼロの手を跳ねのけた。

 

「断る!私の仲間を泣かすのはやめてもらおうか」

 

 ゼロの誘いを断ったモモンガに驚きつづ、ネイアは目元を拭う。つい感傷的になってしまった自分が恥ずかしい。

 

(もったいぶらないでよ……もう……馬鹿)

 

 紛らわしい言い方をするモモンガを殴ってやりたい。いや、あとで殴ろうと心に誓う。

 

「そうか、なら仕方ねえな。六腕の力、さっきの蒼の薔薇程度と思ってんじゃねえだろうな。ペシュリアン!サキュロント!エドストレーム!そっちの嬢ちゃんをさっさと片付けな。あの程度の忍者二人に手も足も出なかったくらいだ。お前ら3人ならすぐ片付く。デイバーノック!マルムヴィスト!その間俺らでモモンを抑えるぞ」

 

 応、という掛け声とともに周囲を取り囲まれる。訓練され連携の取れた動きだ。モモンガの周囲にゼロを含めた3人、ネイアの周囲には3人。夜の王都での二度目の戦闘が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

「まったく、《幻魔》と呼ばれるこの俺がこんなガキ一人相手にしなきゃいけないとはな」

 

 そう言って、剣を構えるのはサキュロントと呼ばれた男だ。青白い肌く、痩せこけた頬に鋭い目つきの猛禽類を思わせる風貌だ。

 

「油断するなサキュロント。ガキとは言え、あの漆黒のモモンの相棒だ。悪いがお嬢さん。この《空間斬》のペシュリアンの前に倒れ伏すことになる」

 

 ペシュリアンは無骨な全身鎧でその身を覆ったまさに騎士といった男であった。油断なくネイアに向け剣を構えている。

 

「お嬢ちゃん。降参するなら早いほうがいいわよ。手元が狂ったらこの《踊る三日月刀(シミター)》エドストレームがあっさり殺しちゃうかもしれないわよ。そうならないようにできるだけ手加減はしてあげるけどね」

 

 ニヤついた顔でネイアに笑いかけるのは、薄絹を身に纏った身軽そうな出で立ちの女だ。手首と足首に金の輪を付けている。そして。腰のベルトには6本の三日月刀(シミター)が吊り下げられていた。

 三人とも尊大な二つ名を名乗りネイアを威嚇する。

 

(『幻魔』に『空間斬』に『踊るシミター』?蒼の薔薇の人たちもそうだけど王国では二つ名を名乗らないといけない決まりでもあるの?モモンガさんも『漆黒』だし、私だったら『凶……』)

 

 ネイアは頭を振り考えをそこで止める。相手が動き始めたからでもあり、その先を考えたくなかったからでもある。とりあえずあのブレインと言う男は絶対に殴ると心に決める。

 動き始めた3人を警戒してネイアはミラーシェイドを上げる。相手の強さを測るためだ。3人ともネイアと同等以上の実力だろうか、それを3人。正直いって怖い。苦戦は免れないだろう。そう思ったそのとき……。

 

「「「顔こわっ!」」」

 

 そんなネイアの心配をよそに六腕の3人の声が重なる。いつものことである。ネイアは傷ついた心を隠すようにミラーシェイドを下げた。そして恐怖と緊張感は薄れ、相手への闘志が沸き上がってくる。

 

「さて、怖い顔のお嬢ちゃん、悪いが眠ってもらうぜ」

 

 サキュロントが腰の剣を引きぬくと、最初に仕掛けてくる。ネイアへと向かってくるその動きはまるで隙だらけのように見えた。

 そして、この時ネイアは忍者二人と戦っていた時に感じた不思議な違和感の正体に気付く。周りは暗く視界も悪いというのにサキュロントの動きが見なくても一挙手一投足まで分かるのだ。それだけではない。離れた位置にいるペシュリアンとエドストレームのことさえわかる。

 視界の通らない闇夜の中、サキュロントは剣を引き抜くと武技を発動させた。

 

「《多重残像(マルチプルビジョン)》」

 

 一瞬、サキュロントの体がぶれる様な気がした。だが、その後は素早い身のこなしでネイアの元まで一気に距離を詰めると剣をネイアに振り下ろした。ネイアはそれを避けようとすることもなく微動だにしない。

 斬られた、もし誰かがネイアを見ていたらそう思っただろう。しかし剣はそのままネイアの体を傷つけることなくすり抜けてしまった。驚いたのは剣を振り下ろしたサキュロントだ。

 

「なん……だと」

 

 次の瞬間、サキュロントは剣を取り落とした。《多重残像(マルチプルビジョン)》、幻影を作り、自分の本当の姿を隠す技である。ネイアを貫いたのはその幻影の刃であるがゆえにダメージは当然ない。

 それが分かっていたネイアはサキュロントの本体が背後から迫ってきたところを逆に斬りつけたのだ。

 武器を失い戦意を喪失するかと思ったサキュロントだが、腕を斬られ剣を持てないと分かるとネイアの足に組み付いてきた。予想外の行動にネイアは戸惑う。

 

「えっ!?」

「ペシュリアン!エドストレーム!こいつ敵の動きを読むぞ!俺が押さえておく!やれ!」

 

 ネイアはサキュロントを蹴り剥がそうとするがしつこく纏わりついてくる。

 

「空間斬を食らえ!」

「踊る三日月刀(シミター)!これは避けられないでしょ!」

 

 ペシュリアンはとても届きそうにない距離から剣を振り、エドストレームが腰の6つもの三日月刀(シミター)を同時に投げる。

 

 ペシュリアンの振った剣から放たれたのは極細の鞭のような形状の刃だった。柔らかいその刃は伸縮自在であり、その細さと速さから目で見切ることは不可能。突然空間を斬られたように見えることから空間斬と呼ばれている。

 また、エドストレームから放たれた短剣はシミターと呼ばれる三日月状の刃であり、それぞれが別の軌道を踊るように舞いながら不規則な軌道でネイアへと迫る。これをすべて避けられるものなどいない。

 しかし、ネイアにはそのすべてが見えていた。いや、感じることができていた。

 

―――そう、武技の発動である。

 

「《領域》!」

 

 ネイアの発動した武技、それはあのブレイン・アングラウスが使っていたものだ。周囲の空間にあるものすべてを把握する。ネイアの感覚がペシュリアンの剣の先の極細の刃を感じ取り、短剣で斬りさき、叩き落す。

 エドストレームの投げた三日月刀(シミター)もすべて見えているかのように把握できる。6つの三日月刀(シミター)は気づけばすべて両手の中にあった。

 

「うっ、嘘だろ。俺の空間斬を見切るなんて……」

「ありえない、ありえないわ!」

 

 驚きに動きを止めたペシュリアンとエドストレームに今度はネイアが奪った三日月刀(シミター)を投げ返した。咄嗟に避ける二人であるが、それを追って蛇の咢のように三日月刀(シミター)が軌道を変える。

 《蛇射》の効果だ。ペシュリアンとエドストレームは自分たちの足に短剣が刺さっていることに気付き崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 ネイアがサキュロント達を倒した時、モモンガと戦っていた3人もすでに勝負がついていた。ゼロとマルムヴィストはモモンガの麻痺の効果を食らって倒れており、デイバーノックはモモンガに掴まれて取り押さえられている。まるで蒼の薔薇の時の再現だ。

 

「不死王と名乗るだけあってアンデッドだったのか。もしかしてさっきの蒼の薔薇の仮面をつけたやつもそうだったのか?それはまぁいい、麻痺が効かないならこのまま捕縛しておくしかないか」

 

 余裕あるモモンガの態度に六腕はうめき声をあげる。八本指の警備部門が誇る六腕、それがたった二人にやられたのだ。6人のプライドはズタズタである。何とか反撃を試みようとするが体が動かない。しかし、そこで予想外のことが起った。

 麻痺の効果で倒れていたゼロが少しずつ立ち上がろうとしているのだ。モモンガの麻痺は持続時間も長く、低レベルの者では解除は困難なはずだ。

 

「やめておけ。麻痺状態で無理に動くな。苦しいだけだぞ」

「ぐっ、ぐぐっ……」

 

 それでもゼロは気合で無理やり体を引き起こす。そして何をするのかと思っていると、突如そのまま頭を地面にこすりつけ、懇願を始めた。

 

「俺たちの負けだ……だが頼む!お願いだ、俺たちと一緒に来てくれ。俺はその後でどうなっても構わないから頼む!」

 

 恥も外聞も捨てて必死に懇願するゼロに、六腕の他のメンバーは驚きを隠せない。ネイアもそうだ。犯罪組織の用心棒、人を人とも思わない悪党だと思っていたが、その必死さに何か感じるものがあった。

 

「何か……わけでもあるのか?」

「それは……」

 

 ゼロはチラリと六腕の他の者たちを見て言いよどむ。しかし、意を決したように目を伏せてモモンガとネイアに告げる。

 

「妻と……娘が人質に取られている……。言うことを聞かなければ殺すと……」

「なんだってゼロ!?」

「ゼロ、それ本当!?なんで言ってくれなかったのよ!」

「許せぬ……そのようなやつらこの我が死を与えてやるものを」

「俺らに言ってくれればいつでも手を貸したのによ!」

 

 傷つき、痛みに耐えながらも他の六腕のメンバーは責める。だが、それはゼロをではなく力になれなかった自分自身への責めだろう。

 

「言えるわけねぇ、言えるわけねえだろ。何処に捕まってるかも判らねえのによ……。それにお前らにも事情があるだろう。俺のためだけにそんなことさせられるものかよ」

 

 仲間に自分の業を押し付けることなどできない。そう思い、ゼロは悲痛に打ちひしがれていたのだろうか。とてもこの場を乗り切るための演技とは思えない。モモンガもそう思ったのかゼロに問いかける。

 

「おまえたちは好きで六腕をやっていたわけではないのか?」

「そんなわけねえだろう!こいつらだって真っ当に生きられるなら生きてるさ!」

 

 ゼロの叫び。それは魂の叫びだろう。それに呼応したのか他の5人が顔を見合わせポツリポツリと語りだした。

 

「俺は……兵士だったんだ。だが、上官に賄賂を贈らなかったと在らぬ罪を着せられ表じゃ顔を出せなくなっちまった……。この国は腐ってんだよ。だがそんな俺でもゼロは迎え入れてくれた。俺でもやれることがあるってな!感謝している」

 

 鎧をガチャつかせながらペシュリアンがゼロに頭を下げる。

 

「我とて人とともに生きたいと思っておる……。だが、アンデッドは人に忌み嫌わるもの……。どこにも居場所など持てぬ……。だが、六腕は、こやつらだけは我を対等に扱ってくれたのだ。我に居場所をくれたのだ……」

 

 デイバーノックがその朽ちた目で仲間を見つめる。それは生者を憎むアンデッドの目ではなかった。恐ろしげだが、その中に仲間を思う心がある、そう思える目に見えた。

 

「俺は冒険者だったんだ……。政治とは無縁の自由な冒険者……。そんなもの嘘っぱちだ……。希少で無害なモンスターを狩って来いという貴族の依頼を断って、街に危険を及ぼすモンスターを優先して狩っていたらいつの間にか貴族の圧力で冒険者資格はく奪よ。どこも雇っちゃくれやしねえ。そんなときゼロに拾われたんだ。本当の自由を教えてやるってな」

 

 マルムビストがゼロを潤んだ目で見つめる。泣いているのだろうか。

 

「あたしは小さな商売人の娘でさ……。器量が良いというだけで貴族に売られそうになったのさ……。それが嫌で逃げだしたんだ。だけど女が一人で生きていくなんてこの国じゃ出来るはずがない。それこそゼロに拾われなきゃどうなっていたんだか……」

 

 エドストレームがゼロに感謝の視線を送る。

 

「俺は貧しい村の出でな……。寝る間も惜しんで畑を耕してもほとんど領主に持ってかれる。そんな村で不作の年、それでも領主は税金としてあり得ないほどの税を取っていきやがった。その年は飢えで大勢死んだ、お袋もだ。そんな村から逃げ出した俺をゼロは一から鍛え上げてくれた」

 

 サキュロントは俯きながら顔についた傷を撫でている、ゼロとの鍛錬を思い出しながら。

 

(何これ……)

 

 それがネイアの感想であった。

 六腕がお互いに涙をたたえながら地に伏せている。とても助かりたいための演技をしているようには見えない。なんだろう。このままこの人たちを捕まえたら、なぜかネイアたちが悪いみたいな雰囲気になってしまった。

 

「モモンガさん、この人たちどうしましょうか」

 

 困ったネイアに話しかけらたモモンガは……六腕の涙ながらの訴えをまったく聞いてはいなかった。ヘルムに指をあてて六腕を見ようともせずに頷いている。

 

「はい……はい。今から開きます……。はい。すみません。いえいえ、こちらこそ感謝です。いえいえ!本当にこちらこそ!いえいえいえ!こちらこそ!あー、もう分かりました。ありがとうございます。はい、また」

 

(あいぼーるこーぷすさんだ!)

 

 ネイアの脳裏で妖精がウィンクをしながら笑いかけている。

 

「ゼロ、お前の妻と子供と言うのはこの二人か?」

 

 モモンガが腕を一振りすると魔法詠唱者の姿へとその身を変える。その顔には泣いているような笑っているような仮面をつけていた。そして目の前に黒い空間が現れる。

 そこから現れたのは一人の女性と幼い子供だった。女性も子供も暗く沈んだ表情をしていたが、周りの状況に気付いたのかキョロキョロと見回すとある一点で目を止めた。

 

「あなた!」

「お父さん!」

「なっ、お前たちどうしてここに……」

「とある貴族の屋敷に監禁されていたらしいので救出させてもらった。これでお前を縛るものはないだろう?さあ、どうする?」

「おおおお……」

 

 ゼロが体を震わせて泣いている。ゼロの妻と子供もだ。他の六腕の者たちももらい泣きしているのか、すすり泣くような声が聞こえている。会いたくても会えず、ゼロが一人で抱えて込んでいたことを分かっているのだろう。

 

「モモン……。あんたには感謝しかない。だが俺らは表でも裏でももう顔を知られちまってる。どうするつっても真っ当な道に戻ってもやれることなんてねえよ」

「そんなことはない。私とネイアを見てみろ」

 

 ゼロはモモンガたちを見つめる。奇妙な仮面を被った男とミラーシェードで顔を隠した元聖騎士。顔の判別など付くはずがない。

 

「あっ……」

「実は我々も素顔を見られると困る立場でな」

「あの、一緒にされたくないんですが」

 

 自分は素顔を見られても困ることなんてないはず。いや、絶対にない。たぶん、きっと。これは断固モモンガに抗議しておくべき案件だ。

 

「っていうか一緒にしないでください」

「すみません……」

 

 すぐに謝るモモンガ。こういう素直なところは好きだ。許そう。

 

「そ、それはともかく!顔を隠して名を変えれば冒険者だろうとワーカーだろうといくらでもなれるだろう。やって見て分かったんだが意外と誰も気にしないものだぞ」

「見逃して……くれるのか?」

「お前たちは……まぁ、見逃してもいいか。部下の責任を取るのも上司の務め。裁きは黒幕を含めた上の者たちに受けてもらえばいいだろう。ただ、私たちには現行犯の逮捕権はあっても裁く権利はないだろうな……。捕縛してこの国の判断を仰ぐとしようか」

 

 「と集眼の屍(アイボールコープス)が言っていたからな」と小声で呟いている。モモンガの判断を聞いてネイアは思う。

 彼らの犯罪に巻き込まれてしまった人々は、例え彼らが改心したとしてもきっと彼らのことを許せないことだろう。彼らのせいで人生が台無しになってしまった人もいることだろう。彼らは一度は正しい道を目指し、途中で心折れ、正義など塵芥と吐き捨てた。

 だけど……今度は間違えないでほしい。そう信じてみようと思った。

 その後、彼らは遠い国で顔を隠した冒険者として人々のために働くことになるがそれはまた別のお話。

 

 

 

 

 

 

 哀れな犯罪者たちは去り、長かった夜が明ける。これで依頼は終了だ。ただ館を守るというだけの仕事にこれほど苦労するとは思わなかった。

 これから八本指の黒幕たちがどうなるのかは知らないが、モモンガならば何とでもできるという気がする。朝日に目を細めながらネイアはこの国の未来に希望を感じた。

 しかし、この後ネイアは思い知ることになる。この国で真に恐ろしいのは、犯罪でも暴力でもなく、深い深い闇の深淵に潜む本当の怪物であるということを。

 そして、それを予感したのかモモンガがつぶやいた。

 

「あっ……、残りの依頼料をもらうの忘れた」






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