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哲学的なものを日頃から考えてる人とそうでない人の違い

a09********さん

2012/1/1319:25:52

哲学的なものを日頃から考えてる人とそうでない人の違い

はなんだと思いますか!?

私一個人の経験で言うと、世間でふつうに用いられてる常識の枠 をはずして物事
を捉える傾向があると感じてます。 別にこの傾向は哲学を頭のなかのみで思考してる
時にだけ生じるものではなく、日頃の生活にもにじみでてくるもんなんです。
思考は外界にでたがるもんですから。その意味で、哲学とは単なる頭の中のみでの世界
というわけではない。

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bes********さん

2012/1/1321:20:46

まあ、単純だ

哲学的思考を未経験のまま、心的にやら時間的にやら《忙しい》状態の継続

多分、マジでこんだけだな

テレビやら雑誌やらインターネットやら…

仕事やら対人やら未来設計やら…

これらの《対応やら対処》に

どれだけ《時間と精神》を費やしているかどうかだな

今や現代人は

《休日ですら対応に費やす》人間が増えている

対応やら対処とは

当然《対象あっての代物》なんで

なかなか物事を懐疑したり、深く洞察する《暇》も《必要性》も無い

現代は、これに《能動》までもが巻き込まれてしまっている

まさに《依存》だ

つまり

《考えてから行動》では無く

《考えたくないから行動》みたいな代物だ

この知恵袋も、そんな所がある

もはや《反射的行動》に成り下がっている

ま、仮に

全てのメディアから隔離され、書物も無く、他人との接点も無い空間に投げ出されれば

例外無く人間は《考え出す》だろう

まさに心的、時間的に《自由》になり、そこに対応の必要性も無くなった時

人間は《哲学的思考と向き合う》という現実がある

そして過去に、この《思考と向き合った意義》を、真に体感した人間ならば

《考える》という行為が、いかに重要で有用で、時には救済や活力になると理解する

すると、それからの《生活形態》の中に

少なからず《哲学的思考》の入り込む意味を見出だす

様々な対象、時間的、心的な判断材料の中に

《能動的な哲学的思考》

の隙間が生まれ

それまでの《忙しさ》とは異質となるハズなんだな

車の移動中や、風呂、便所、寝床…

これらが《思考の場所》になれば

きっと生活や人間性、さては人生までも変革出来る可能性があるんだな

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ベストアンサー以外の回答

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kur********さん

2012/1/1323:11:56

同感です。
どう生きたら良いかと日頃悩むことが哲学的思考なんだろうと思います。

今みたいに常識非常識が混沌としている時代って
自分をしっかり持っている人、言いかえれば
哲学的に考えて生きる人にとっては自由で嬉しい限りですが
世間一般的なものに流されて生きるのが好きな人たち、
言いかえれば哲学的に考えるのが嫌いな人にとっては
いくら鈍感でもいい加減生き辛さを感じ初めている人が多いでしょうね。

bai********さん

2012/1/1320:50:25

そのようなことがありますね。
皆が当然としていることがおかしくて。
思わされているのに、分かっていない
ということが滑稽で。
束縛を受けているのに、自由だと思っ
ているのが滑稽で。

他にも色々違う面があります。
対策を講じられないのです。
根本を考えないから根本的なところで
の解決策が見いだせないのです。
国全体としてそのようです。

たっぷり上から目線で述べました。

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