FGOのマスターの一人   作:sognathus
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作家という仕事はクソだ!
休んでいても仕事の事を考えてしまう。
最早仕事から解放された身だというのに手持無沙汰になると勝手に頭に湧いてきちまうんだ。
このイライラした気分を鎮めるのに必要なのは糖分だ。
ん? そういえば何かマスターの奴が女どもから贈り物をやたら貰っているのを見た気がするな。


H・C・アンデルセン

「やぁマスター頼みがある」

 

ドアを開けたらそこには目つきが悪い子供が居た。

しかし侮るなかれその人物は子供に見えて中身は気難しい大作家先生なのだ。

マスターは彼と接する上で幾つか気を付けないといけない事を知っていた。

 

一つ、彼を決して先生と呼んではならない。

マスターも当初は歴史の知識から持っている印象からついそう呼んだのだが、その子供は『その呼び方は常に締め切りに追われている感覚がするから絶対にやめろ』と不機嫌になった。

一つ、彼を一般的に認知されている名前で呼んではならない。

なんでも彼によると自分の姓は故郷ではありふれたもので、呼ばれただけで何となく劣等感を感じてしまうらしい。

一つ、彼の前で仕事(執筆)に関する話をしてはならない。

これは言うまでも無かった。

彼は仕事といったらそれ(執筆)しかできないが、それ故に必要に迫られる時以外は仕事の『し』の字も連想したくないのだそうだそうだ。

他にも幾つか気を付けなければいけない事があるが、この三点に主に注意していればその子供は至って親しみ易い人だった。

 

「ああ、ハンスさんどうしたんですか?」

 

「糖分が足りない。悪いがくれないか」

 

「は、はぁ……」

 

言葉を扱うのが最大の特技と言えるのに相変わらずその人は直球というか主語がなくて解り難い話し方をよくした。

まぁでも、何を欲しているのかは大体解る。

 

「甘いものが欲しいんですね? でもなんでわざわざ僕の所へ?」

 

「お前が何やら女どもからやたら贈り物を貰っているのを見たんだ。その中に菓子の一つくらいはあるだろう?」

 

「因みにハンスさんは自前では何も持ってないんで?」

 

「俺がそんなに準備が良いわけないだろう。かといってマスター以外に持ってそうな奴も知らないし、気安く話せる奴もいない」

 

「なるほど……」

 

取り敢えずちょっと同情してあげたくなりそうな理由は解ったのでマスターは彼を部屋へと迎えた。

 

「すまんな」

 

態度はアレだが短いながらも詫びはしっかり言う人だった。

 

 

「コーヒーとビスケットをくれ」

 

「はいはい」

 

カーペットの上に座るなりアンデルセンは茶と茶菓子を要求してきた。

チョコだけ貰って帰るのかと思いきや、なかなか堂に入った図々しさである。

マスターはそんな彼の尊大な態度に慣れた様子で手早く用意を始める。

 

「どうぞ」

 

「……すまん。つい要求してしまった」

 

滞りなく茶菓子まで出た時点で自分の態度の悪さに気付いたらしい。

アンデルセンは心から申し訳なさそうな顔をしてマスターに謝った。

 

「いや、いいですよ。ま、これくらい」

 

「よくビスケットまであったな。」

 

「例の甘い物の中にあったんですよ。チョコレートがコーティングされてますけど大丈夫です?」

 

「う、うむ」

 

マスターは自分の分のコーヒーをテーブルに置き、アンデルセンの向かい側に座った。

そこでどうぞと彼に声を掛け、若干ぎくしゃくしながらも男同士のお茶会が始まった。

 

 

「ずず……ん、豆を挽いたやつか」

 

「バリスタですけど結構美味しいでしょう?」

 

「うん……この香り、癒されるな」

 

「お菓子もどうぞ。コーヒーのせいでチョコの甘さはちょっと感じないかもしれませんが」

 

「構わんさ……ん、これも悪くない」

 

「女の子には言わないで下さいね。誰から貰った物かも判らないので」

 

「こうして無理を聞いてもらってるんだ。そんな事はせんよ」

 

「助かります」

 

それから暫く、お互い無言ながらもコーヒーの良い匂いが二人を柔らかく包み、心地良い時間が流れた。

 

 

「……気が利く奴だな」

 

アンデルセンがポツリと言った。

 

「何の事です?」

 

「俺が今一番求めてる癒しをお前は理解している」

 

「ん……? 今まで黙っていたのがですか?」

 

「ああそうだ。お陰で瞑想紛いな気分にすらなったぞ」

 

「何となくそうしても問題ないかなと思っただけですよ。実際僕もその間本を読んでましたし」

 

「何の本だ?」

 

「えっ」

 

マスターはアンデルセンの意外な反応に思わず驚きの声を漏らしてしまった。

作家でありながら普段から自分の生業に対して毒を良く吐く彼が、自分からそれに関係するものに興味を持って聞いてくるなんてとても珍しく思えた。

 

「ちょっと前に観た映画のノベライズですよ」

 

「ふむ、つまり原作か?」

 

「原作だったり、そうじゃない場合もありますね」

 

「そんなものか。よく解らんな」

 

「読みたかったら本棚から借りて行って良いですよ。漫画とかもあるのでちょっと統一性に欠けますが」

 

「漫画か……。ネタに詰まった時絵でインスピレーションを得るのに役立つかもな。後で見させてもらおう」

 

「どうぞどうぞ」

 

 

それからまた暫くしてアンデルセンがポツリとコーヒーのカップをテーブルに置いて言った。

 

「……マスター」

 

「はい?」

 

「悪いな」

 

「はは、大丈夫ですよ。何だかんだで僕もこの雰囲気は何となく好きです」

 

それは演技でも気遣いでもなく本心から出たマスターの朗らかな笑顔だった。




マスターは落ち着いた人と同性がコミュニケーションが取り易いと考える人です。
別に女性が苦手とか嫌いなわけではありませんが、気楽に話せるのはやはり同性が多いみたいです。





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