オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川
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プレアデスや一般メイドの準備回、最近出番の無かったキャラを書きたいけれど、話も進めたいジレンマ
この辺りの折り合いは80話を過ぎてもまだ慣れません


第81話 メイドたちの準備

「以前より、少しはマシになりましたね」

 動物の像・戦闘馬(スタチュー・オブ・アニマル・ウォーホース)で召喚した移動用のゴーレムを戻し、周囲をグルリと見回した。

 以前は関所に設置された扉も、少し強いモンスターが現れただけで簡単に破壊できそうだったが、今は木造ではあるもののそれなりに堅固になり、その奥には高い物見台も設置され、そこから人間がこちらを窺い、慌てて下と連絡を取ろうとしているのが分かる。

 人間ごときに見下ろされるのは不愉快だが、これならば仕事はスムーズに進みそうだ。

 

「さて。行きますよ」

 ナーベラルは自分の後ろに連なって歩く、数十体のゴーレムに命令を下し関所に向かって歩き出した。

 

 ここに来るまで見た幾つかの田舎とは一線を画すほどに変わった町並みを眺めながら、ナーベラルは改めて満足げに頷いた。

 町の監視や警備をゴーレムに行わせることで余った人手を使用し、飛躍的に発展したこの領地で、今度は更に郊外を開拓すべく更なるゴーレムの追加注文を受け、その運搬ともう一つ、この領地の領主に招待状を渡すのが冒険者ナーベに課せられた仕事だ。

 

下等生物(ウンカ)どもがジロジロと。不快ね、さっさと済ませましょう)

 他の姉妹たちと異なり、名前と顔が広く知られているナーベラルは、外での仕事の最中は必ず冒険者ナーベとして行動しなくてはならない。

 外を歩けばそれだけで視線を集めるのはいつもの事だが、今回は多数のゴーレムを引き連れていることもあって、その視線は更に多くなる。

 早く店に向かい、ゴーレムの引き渡しと共に、招待状もそのまま預けておこうか。と考える。

 本来は主がモモンとして直接交渉に出向いた領主の貴族──名前は忘れた──にナーベラルが直接渡す算段だったが、別に自分が直接行くようにと言われたわけではない。支店でゴーレムとの契約を結ぶ際に一緒に渡させれば早く帰ることができる。

 

「ここには今、誰が居たかしら」

 他の支店と違い、この土地の支店は今後、更に店を増やした時のことを考え、現地の人間だけで店を回せるかを調べる実験も兼ねているため、ナザリックの者が常駐していない。

 基本的にはカルネ村の人間から希望した者がここに派遣されている。店舗開店するまではセバスが面倒を見ていたが、その後は必要に応じてナザリックから人員を派遣する形になっており、今はこのゴーレムの受け取り役として誰かが来ているはずだ。

 

「私っすよ」

 

「っ!」

 突如背中から掛かった声に反応し、腰に差した杖を抜こうとした直前、その正体に気が付く。

 

「ルプー。貴女だったの」

 

「良い反応っすね、ナーちゃん。悲鳴を上げてくれたらもっと良かったっすけど」

 頭の上に手を組みながらニコニコと笑う、プレアデスの次女ルプスレギナ・ベータに、ナーベラルは小さくため息を吐く。

 彼女が姿を隠して他人に近づき、驚かせるのはいつものことだが、こちらも若干気を抜きすぎていたため、普段より反応が大きくなってしまった。

 

「いやー、それにしても久しぶりっすねー。可愛い妹に会えて嬉しいっすよ」

 

「ちょっと。今は──」

 周囲の人間たちが居なければともかく、ルプスレギナが突然現れたせいで視線はより増えているこの状況で、ルプスレギナの態度は問題がある。

 

「周りには聞こえてないっす。それにちゃんと分かってるっすよ。私は店員。対して冒険者ナーベちゃんはアインズ様の娘も同然の存在。てぃーぴーおーは弁えてるっす」

 魔導王の宝石箱で働いている者の中でも、それぞれの立場に合わせたいくつかの分類がある。

 一つは店を任せられている店長に位置する者。これが主が実の子同然に育てて来たと設定されている者であり、該当するのは、王都支店のソリュシャンとシャルティア。帝都支店のマーレ、そして今は主の元を離れ、冒険者になっている設定のモモンとナーベラルもその一人だ。

 対して同じく幼き頃から主の世話になっていたが、娘と言うよりはメイドとして仕えているという設定──むしろそれが本来の役割なのだが──なのがユリやシズ、一般メイドの何人か、そしてルプスレギナも、カルネ村の者たちにメイドとして知られているという理由で同じポジションだ。

 だからこそ、姉妹であっても外では立場を考えた演技が必要となる。

 ここではルプスレギナは、ナーベラルを主の娘同然の存在として扱わなくてはならないわけだ。

 

「本当に大丈夫なの? まあ良いわ。ここで会えて良かった。ゴーレム持って来たから受け取ってちょうだい。後ここの領主にこの招待状を渡しておいて」

 久しぶりに会えた姉と話したい気持ちがないわけではないが、ここの領主は下手に顔見知りであるだけに、直接会うと時間を取られてしまう。

 そんな面倒は避けたいと招待状を取り出そうとするが、ルプスレギナはそれを手で制する。

 

「いやいや、私は別の用件で来ただけっすから。今ここの担当はエンちゃんっす」

 

「エントマが?」

 

「アインズ様が気遣って下さったよ。あの子だけこれといった職場がなかったでしょう? ログハウス勤務はしていたけど、一人だけ外に出ないのを可哀想だと思ったのでしょうね」

 急にまじめな口調になるのもいつものことだったので気にせずに、教わっていた店舗がある場所に足を向けながら、ナーベラルはほぅと吐息を漏らした。

 

「アインズ様が……エントマのことをそこまで気にかけてくださるなんて。本当に、あの方は慈悲深く、お優しい方ね」

 元々領域守護者としてナザリック内で重要な仕事を持っている末妹を除き、エントマ以外全員が外での仕事があった。

 特にナーベラルはこの地に来て直ぐの段階から冒険者として、主と共に外で仕事をしていたから尚更、今まで一度として誰も訪れたことのない、ログハウスでの警戒任務を続けているエントマの事を気にしていたが、だからといって無理に頼むこともできないと思っていたのだが、誰よりも優しく、配下一人一人にまで気を配る主ならば確かに、彼女のことを放っておくはずもない。

 

「でもこれでオーちゃん以外、プレイアデス全員が外勤務っすね。なかなかお茶会の時間も取れそうになくて残念っすよ」

 

「アインズ様のために働けるのだから。それぐらい我慢するべきよ」

 主のために働けることは、自分だけではなくナザリックの者すべてにとっての幸せに他ならないのだから。

 

「そりゃーそうっすけどね。でもナーちゃんもそうっすけど、みんな根を詰めすぎるから、姉としては心配なんすよねぇ。ま、とにかく店に行くっすよ。帰るのはエンちゃんの仕事ぶりを見てからでも遅くないっす」

 

「……そうね」

 貴女は気を抜きすぎでは? と言いたい気持ちを殺し、歩き出したルプスレギナの後について店を目指した。

 

 

「いらっしゃいませぇ、ナーベラルにルプー。久しぶりぃ」

 店内に入った瞬間、声を弾ませた妹の出迎えを受け、ナーベラルは思わず口元を緩ませた。

 長い袖で口元を隠すようにしながら挨拶をしているのは恐らく、顔が虫で出来ているため、表情を動かせないエントマが人間に正体を悟られないための苦肉の策だろう。

 

「いやー、こっちのエンちゃんとは久しぶりっすね」

 

「久しぶりねエントマ……一人?」

 ナザリックとは比べ物にもならない見窄らしい店内には客はおろか店員の姿もない。

 

「今日は臨時休業なのぉ。二人が来るって聞いてたからぁ。それにぃ、ずっと人間ばっかり見ているとお腹減っちゃうでしょぉ?」

 

「エンちゃんは相変わらずっすねぇ」

 

「言うまでもないけど、目立つ行動はしないでねエントマ。ここの店員はナザリックとは関係ない奴らばっかりなんだから」

 

「分かってるぅ。ナーベラルったら、心配性なんだからぁ。ナザリックにはいっぱいお肉あるしぃ。生きたままのもそれなり残ってるから大丈夫ぅ」

 

「なら良いんだけれど……ところで結局ルプーは何しに来たの?」

 

「それそれ。それなんすよ。実はこの領地の近くに人間運んで来たんすよ。ほら、あの法国のなんたら聖典って奴っす」

 

「──シャルティア様に手を出したって言う、あの?」

 言葉に苛立ちが混ざるのが自分でも分かった。

 ナーベラルは人間を下等生物として見下しているが、その男は自分たちの仲間に手を出し、更にはそれを止めるため主をも危険に晒したこともあり、忌むべき存在としてナザリックの誰もがその男を嫌っているのは間違いない。

 

「なんかその言い方だと別の意味に聞こえるっすね」

 にひひ。と楽しげに笑う様はいつもの彼女そのものだが、ルプスレギナもまた腹に据えかねているはずだ。普段の彼女が見せる軽い対応は演技に過ぎない。

 その男にしても、主の許可さえあれば嬉々として殺そうとするだろう。

 

「それでぇ、そいつを何に使うのぉ?」

 痺れを切らしたようにエントマが手を持ち上げて言う。威嚇しているようなポーズだが、背丈の小さな彼女がやると実に可愛らしい。

 やっとの思いで、それも主の慈悲によって得た職場でミスをしたくないのだろう。

 

「ごめーんっす、そんな怒らないで欲しいっすよ。あれには法国への不信感を与えるために、事前にここの領主が治めている土地とは違う領地でいくつかの村を襲わせたのよ。平和な村が突然襲撃されて滅びる様は実に壮観だったわ。まあ目撃者が必要だったから人の被害を出さなかったのは個人的にはちょっと不満だったっすけど」

 手を挙げたエントマに抱きつき、まじめな口調とふざけた口調を織り交ぜながらルプスレギナは続ける。

 

「あれはモンスターを召喚できるっすから。それで村を襲って終わった後に助けに来た風を装ってモンスターを倒させるんすよ」

 

「それじゃ、法国が感謝されるだけじゃないの?」

 王国は法国に対して不信感があまり無い。

 例のカルネ村を含んだいくつかの村を襲ったのも、法国の仕業としては報告されず、正体不明の敵。とだけ認識されている。

 主が王国から渡された勲章はその正体不明の敵を撃退したことによる褒美という名目だったはずだ。

 

「そこでさりげなく自分が法国の人間で、自分が森で倒していたモンスターが逃げ出して村を襲った。と伝えさせる。その上で文句を言ってきたら、モンスターを間引くのはお前たちのためだ! と言って、村人をぶっ飛ばして次の村に移動って感じでいくつかの村滅ぼして来たんすよー。いやーその時の絶望に満ちた村人の顔。趣味と実益を兼ねた良い仕事だったっす」

 

「なるほどね。でも村をいくつか襲っただけじゃ戦争にはならないでしょ?」

 

「当然っす。あくまで不信感を植え付けるのが目的っすからね。そっちが失敗例でこの領地を成功例として宣伝する意味もあるんすよ。これからこの土地にもモンスターが襲ってくるからエンちゃんは、ゴーレムを使ってそれを撃退して欲しいんすよ。んで他の土地には魔導王の宝石箱からゴーレムを借りておけば、こんなことにならなかったのに! って悔しがってもらうって寸法なんすよ」

 

「わたしがぁ?」

 

「正確には、モンスターがどこから来るか説明するっすから、何もしなくてもゴーレムが防衛してくれる位置にゴーレムを配置するように、事前に仕込んでおいて欲しいってことっす。そしてゴーレムによって領民も土地も全員無事だったってことを、ここを通る人間たちを使って滅んだ村にも届くように宣伝もして欲しいっす」

 滔々と説明を続けるルプスレギナの言葉をはじめは、食い入るように聞いていたエントマも、すべきことが増えてくると、心配そうな声を出した。

 

「……出来るかなぁ。人間って何考えているのかよく分からないのよねぇ」

 それはナーベラルも同意見だ。

 それなり長く人間と接してきたつもりだが、未だ人間が何を考えているかなど分からない。

 そもそも理解する必要など無いと思ってもいたのだが、同じ三女のソリュシャンがそうした面で成長し、主に重用されているところを見ると、自分も主の役に立つために、そうしたものを学ぶ必要があるのでは。と考えを改めたのだが、道のりは長い。

 そしてそれ以上に、初めて外に出て、人間と接触するのもほとんど初めてのエントマには人間の操り方など分かるはずもない。

 

(ルプーはその人間の監視任務のあるから交渉には参加できないはず。アインズ様がそのことに気づかないはずはない……そうか)

「心配いらないわエントマ。交渉の席には私も同席するから。ここの領主は名前は覚えてないけど顔見知りだし、私は冒険者としては最上位と認識されている。私の意見なら採用されるはずよ。宣伝の方はここにいる人間に任せておけばいいわ」

 魔獣や幽霊船を用いた運搬が可能なのに、わざわざ冒険者の仕事として自分に頼んだのには何か訳があると思っていたが、これが理由だったのだろう。

 説明をしなかったのは、自分に考える力を身につけさせるためか、そう言えばいつか、主は言葉が少ないこともあるが、それらはすべて、自分たちに考えさせる為にあえて行っている。とアルベドから聞いた覚えがある。

 これもその一環だったに違いない。

 

「本当にぃ? ありがとうナーベラル、これでアインズ様のご命令を果たすことができるわぁ」

 エントマに礼を言われつつも、内心は複雑だ。なにしろ自分はそれに気づかず、ゴーレムを渡したらさっさと帰るつもりだったのだから、気づけて良かった。と思うべきだろう。

 

「おお。ナーちゃんの成長が見られて、私も嬉しいっす」

 大げさに頷きながら言うルプスレギナも、先ほどまでナーベラルがさっさと帰るつもりだったと知っているはずなので、もしかしたら彼女はナーベラルが気づかなかったらそれを知らせる役割を担っていたのかも知れない。

 どちらにしても、主の期待に裏切らずに済んだことは幸いだった。

 

「頑張りましょうねぇ」

 気合いを入れるエントマに笑いかけながら、内心で安堵の息を吐いた。

 

 

 ・

 

 

「あぁ! シズ先輩!」

 復興が続く王都ホバンスの一等地。

 この地に建設予定の魔導王の宝石箱、ホバンス支店の様子を見に来たネイアは、ゴーレムに指示を出す見知った顔を見つけ、思わず声を張り上げた。

 

「……ん? ネイア、久しぶり」

 久しぶりの再会にも関わらず、淡々とした語り口のシズに、ネイアは懐かしさを覚える。

 リムン奪還後、ろくな挨拶もできないままアインズと共に帰ってしまった、小さな先輩はネイアにとってアインズとはまた違った意味で、大きな存在だ。

 彼女が一点の曇りもなくアインズを正義そのものだと確信し、常々その素晴らしさを説いてくれていたからこそ、ネイアは自分の正義を見つけることができたのだと、今なら確信できる。

 現在はその正義に近づけるように、従者として経験を積みながら、正式な聖騎士となるべく努力を続けている。

 それも本来聖騎士にとって重要な剣を腕を磨くのではなく、アインズが冗談混じりに言った言葉を信じて、弓の腕を磨き、弓兵のまま聖騎士に成ろうとしている。

 今までそうした聖騎士は存在していないが、前例がないことは諦める理由にはなり得ない。

 そんな日々を送る中で、久しぶりに得た休日を利用して、もしかしたらと期待を込めて、魔導王の宝石箱の支店が建設される予定の場所に出向いたのだが、本当に会えるとは思わなかった。

 

「久しぶりです! また会えて嬉しい」

 

「ん…………私も、嬉しい」

 いつもの無感情な声だったが、シズも同じ気持ちでいたのだと知れて、ネイアは嬉しくなり、自然と顔を綻ばせる。

 

「……何? 顔怖いけど」

 

「うぅ。それやめてくださいよ。シズ先輩」

 自分の笑顔が受けが悪いことは知っているが、それでも再会の喜びで自然と浮かんでしまった笑顔まで否定されて、がっくりと肩を落とす。

 

「……嘘。味のある顔、悪くない」

 

「それはそれで複雑ですけど。まあいいです……一人ですか?」

 シズの周りには指示を仰ぐように集まっているゴーレム以外の姿は見えない。

 

「……アインズ様は忙しいから、来てない」

 別に隠していたつもりはないが、あっさりと言い当てられて、一瞬ごまかそうかとも考えたが、シズ相手にはそんなことをしても無駄だろうとネイアは思ったことを正直に口にした。

 

「そうですか。ちょっと残念です。まだちゃんとお礼も言えてないので」

 祝典も盛大な見送りも断ったアインズとシズをきちんと見送れたのは聖王女とレメディオスだけだ、ネイアはその時は既に別の仕事に就いていたため、ほとんど会話もできなかった。

 シズだけは一言挨拶に来てくれたが、アインズには結局別れの挨拶も、国を救ってくれたことに対するお礼もできていない。

 それが気になっていたのだ。

 

「……だったらちょうど良い……これ、聖王女陛下に渡しておいて……ネイアも来て良いって言われてるから」

 そう言いながら、シズは傍のゴーレムに持たせていた雑嚢から金属板を取り出し、ネイアに差し出した。

 

「これは、招待状?」

 薄い銀で作られているらしい板には文字が彫り込まれている。

 その文字を追いかけながら声に出す。

 貴族などではないネイアは招待状など貰ったことはないが、それでも紙などではなく銀板、それもこれほど見事な彫金の施された招待状は貴族でも使わないのではないだろうか。

 

「…………アインズ様がトブの大森林に開く本店の開展記念パーティーに陛下を招待するから、その招待状……護衛を連れてきてもいいから、ネイアも来て良い」

 

「いえ、多分私は」

 アインズからの招待ならば、聖王女は断らないだろうが、聖王女の護衛を任せられるだけの実力など無いネイアではなく、レメディオスが行くことになるだろう。

 後は正規の聖騎士から選出されるだろう。未だ見習いであるネイアが行くことは無い。

 しかしシズは首を横に振る。

 

「……アインズ様が、ネイアを連れて来いって……招待状は出せないけど手紙は付けておいたから、後これはネイアにってアインズ様から」

 手紙が上に乗った布に包まれた何かを押しつけてくる。その動きは彼女にしては珍しく、目に見えて不満げな様子だ。

 

「ゴ、ゴウン様が?」

 荷物を受け取りつつ、顔見知りではあっても、自分ごとき従者に贈り物をしてくれるアインズの対応に驚き、声が上擦った。

 

「……ユリ姉がネイアに会いたいって言ったから……別にアインズ様がネイアに会いたいわけじゃないから…………調子に乗らない」

 ユリ姉とはいつか、シズが口にしていた彼女の姉のことだろう。そんなことを考えている間にシズの手が伸び、ネイアの頬を左右から引っ張りあげる。

 

「ひたい、ひたいです。シズ先輩!」

 お遊びの範疇を超えた痛みを感じながら、しかし両手に招待状と荷物を持っているために抵抗できず、必死になって訴える。

 

「……アインズ様にも抱き上げられてたし、贈り物まで……色々生意気……ネイアには今日みっちり後輩としての心構えを教えてあげる」

 

「あれは、ほうひうのではなく……」

 頬を引っ張られているせいでまともにはなすことができないが、何とか説明を試みる。この小さな体にどこにそんな力があるのか、更に強く引っ張られる。

 

「……うるさい。いいわけは必要ない」

 分かりやすく拗ねた声を出すシズに、こんな時だというのに、初めてこんなにもはっきりと彼女が感情を露わにしてくれたことを嬉しく思ってしまった。

 

「……む。また笑った……生意気」

 そのせいで、言葉を話すこともできないほど、強く頬を引っ張られる結果となってしまった。

 

 

 ・

 

 

「むぅ」

 一度目の食事が終わってからの休憩時間、既に退席した同僚が座っていた空席を睨み付けるシクススを前に、リュミエールは軽く息を吐く。

 

「いつまでむくれているのよ」

 呆れた口調の彼女に、しかしシクススは更に頬を膨らませる。

 

「だって。今日は私がアインズ様当番のはずだったのに」

 今日という日を指折りで数えて待ち続けた彼女にとって、その知らせは余りに残酷なものだった。

 なんでも、主が以前フォアイルが当番の時に頼んだ仕事の確認をする必要があり、そのため順番で回っているアインズ様当番を変更し、フォアイルが代わりに今日の当番となったらしい。

 

「そう言っても、貴女の順番が飛ばされるわけではなくて、明日に回るだけなのでしょう? 明日は色々と忙しいようだし、そんな日にアインズ様当番に成れて良かったじゃない」

 主の為に働くことこそ、自分たちの使命と考える彼女たち一般メイドにとって、忙しいというのはそれだけ仕事が多いということなので単純に嬉しいことなのだが、やはり一日千秋の思いでこの日を待ちわびていたシクススからすればやはり不満はある。

 それも昨日は休みであり、只でさえ働けない状態ながら主に全力で仕えるべく、必死になって我慢して体を休めていたため余計にその思いは強い。

 とはいえその不満は当然、主に向けられるものでなければ、フォアイルに向けるべきものでもないと分かってはいるのだが、だからこそ、その行く先が無い不満が胸の中に渦巻いているのだ。

 誇り高きナザリックの一般メイドとして、仕事中にその不満を出せない分、食事中に不満を出すくらいは大目に見てほしいものだ。

 

「それはそうだけど……そう言えば結局フォアイルは何を仰せつかったのかしら」

 

「隠し事が苦手なあの子があんなに必死に隠している位だから、とても重要な役回りであるのは間違いないと思うけれど……」

 リュミリエールの言葉に先ほどまでシクススに問いつめられながらも、必死になって知らない、分からない、見当もつかない。と相変わらず分かりやすい棒読みで嘘をついていたフォアイルのことを思い出す。

 ああまで必死に隠す理由は不明だが、主から話すことを禁止されているのであれば、一言そう言えば良いだけの話なので、案外もっと単純な理由なのかも知れない。

 

「それよりシクスス。あちらの準備はどうなっているの? もう完成した?」

 唐突に話題を変えたリュミリエールに、答えのでないことを考えていても仕方がないと、シクススも頭を切り替える。

 今後、彼女たちの職場にもなることが決定している魔導王の宝石箱、その本店で開催されてる開店パーティーの段取り確認や内装、使用される装飾品の準備などを行うため、普段は第九、第十階層で業務を行っている彼女たちもその準備を行っていた。

 本来はフォアイルもその担当だったので、彼女と交代したシクススもそちらに回されたということだ。

 主の威光を広く人間たちに知らしめるために行われるパーティーの準備とあって、僅かなミスも許されない重要な仕事である。

 

「まだだけど、結構な人数が割かれているから、今日中には完成すると思う」

 

「私たちも何名かはこれからそこに配属されるのよね。アインズ様からのご命令に不満はないけれど、やっぱり少し不安ね」

 一般メイドの大多数はナザリック以外、つまりは外の世界に恐怖を持っている者たちが多い。

 加えて、人間を相手に接客を行わなくてはならない本店での勤務は彼女たちが諸手を上げて賛成する仕事とは言えない。

 今回のように本来の彼女たちの仕事である清掃業務に影響がでる可能性もあるのだから。

 

「それなんだけれど、しばらくの間、本店は予約制でアインズ様がいらっしゃる時だけに開店するみたいよ。だから仕事としてはアインズ様当番の延長になる形みたい」

 

「そうなの? だったらむしろそちらも当番制にしないと、みんなから不満がでそうね」

 清掃も重要だが、主の傍について一日中仕事し続けることになる、アインズ様当番の人気は当然高い。

 だからこそ、シクススもその順番が飛ばされたことを未だに引きずっているのだ。

 

「でもその為に休みを増やす計画もあるみたい。今までのアインズ様当番に加えて、店で働く前日も休みにするとか」

 以前主がそんなことを言っていた。と当番だったメイドから聞いたのだ。

 

「そんな! 今でさえ多すぎる位なのに」

 

「不敬だけれど、もう一度アインズ様に私たちの気持ちを伝えないといけないかもね」

 以前、主が休日制を導入するに当たって、もっと働かせてほしい。とメイドたちが一丸となって直談判をしたことがあった。

 自分たちの絶対的支配者にして、他の至高の御方々が御隠れになる中ただ一人だけ残って下さった慈悲深き主に対し、もの申すなど本来は許されるべきことではなかったのだが慈悲深い主はそれを許してくれたばかりか、アインズ様当番。という制度を作り、その時に全力で使えられるように前日を休日にする。ということになった。

 ただし、それでもやはり休日に何をしていいのか分からず、働けないことに対して苦痛を感じてしまう。

 これ以上そんな辛い休日が増えては大変だ。シクススとリュミリエールと互いに頷き合い、場合によってはこの話を一般メイド全体に広め、再び主に直談判しなくてはならない。と覚悟を決める。

 なによりそうなったら、人手が減り、只でさえ掃除の頻度が減っている至高の御方々の部屋を清掃するローテーションを更に減らさなくてはならない。

 とそこまで考えてふと気がついた。

 

「そう言えば、リュミエールこそいつもより人手が減って掃除大変じゃない?」

 一般メイドの数は四十一人であり、朝番の三十人の中から実に半数以上が本店の準備作業に回されている。

 限定的に夜番の十人の一部も朝番に回っているが、それでも人数が足りていないのは間違いない。

 至高の御方々の住まいでもある第九階層の清掃こそ、彼女たちの最重要任務であり、例え数が減っていたとしても、手を抜くことなどあり得ない。

 故に通常通り清掃をこなさなくてはならないリュミリエールたちに負担がかかることになる──彼女たちはそれを負担だとは思っていないが──そう思っての問いかけに、リュミリエールは控えめに辺りを見てから答える。

 

「だからこそ、ここでたくさん食べておかないといけないのよ。他のみんなもそう言うことだと思うわ」

 彼女の真似をするようにシクススも周囲を見回すと、確かにいつもより皆の食事のペースが早い気がする。

 

「道理で。みんなの行動が早いと思った」

 

「私たちもそろそろお代わりに並びましょう」

 休憩は終わり。と立ち上がるリュミリエールにシクススも続く。

 

「よーし。たくさん食べて頑張らないと」

 リュミリエールに愚痴をこぼして少しは気持ちが落ち着いた。

 前日の休息によって元気が有り余っているこのからだを有効活用しなくては。

 その為に必要なエネルギーを補給すべくシクススは列の最後尾に並んだ。




次からはパーティー開催日の話になる予定
直ぐにパーティー開催とはならず先ずは現地側の話となるはず




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