人質
どうやら、何者かが俺達が潜伏しているのを察知している様ですぞ。
辺りを見渡すとアジトの近くに三勇教の連中が集まって儀式魔法を詠唱している様な気配が存在しますな。
俺は黙ってアブソーブを唱えましたぞ。
お義父さんが矢文を抜いて広げます。
「えっと……槍の偽勇者……に告ぐ……?」
ゆっくりとお義父さんは矢文を読み始めました。
この世界の文字をお義父さんは既に習得しておりますからな。
「これは……馬鹿じゃないのか!?」
「なんですかな?」
お義父さんは困った様に矢文に着いた紙と俺の顔を交互に見ますぞ。
「正直に言えば見せたくない。だけど……俺は元康くんにこれは見せないといけないものだと思う」
お義父さんが呟くと同時にアジトに向けて『裁き』が降り注ぎました。
が、俺が無効化させたので事無きを得ましたぞ。
同時にエイミングランサーを放って近くの森にランダムで撃ち抜きます。
まあ、これだけでは仕留めきれませんからな。
リベレイション・ファイアストームを放って辺りを焦土にしてやりました。
潜伏場所が明らかになったので、アジトとしての機能は必要ないですぞ。
若干お義父さんが唖然とした様子で焦土となった森を見ております。
「攻撃能力無いから分からなかったけど、勇者ってホント……化け物染みてるんだね」
「そうですな。ですが、お義父さんの防御力も俺と同等、同じ言葉を使うなら、化け物染みていますぞ」
「実際、傷一つ付いた事無いもんね」
「それで何があったのですかな?」
「うん、まずはこれを見てほしい」
と、お義父さんは俺に矢文に付いていた紙を広げて見せました。
そこに書いてある文章を見て俺は言葉が出なくなりましたぞ。
「正直言って、行かない方が良いと思う。さすがの元康くんでも危険だ」
俺はワナワナとその紙を握る手が震えて、怒りの感情が湧きだしてきましたぞ。
――槍の偽勇者に告ぐ。
フィロリアルの卵を百個、三勇教会は確保している。
この中には悪魔共が予約していた卵も混じっている。
指定の日時にメルロマルクの龍刻の砂時計に一人で来い。
さもなくば卵の安全は保障しかねる。抵抗は無駄だ。
挙句、映像水晶で卵が確保されている証拠として送付されていたのですぞ。
「正直、これだけ的確に元康くんをおびき寄せる手を考えたのは感嘆に値するよ」
「今すぐ行かなければなりませんぞ!」
「待って! すぐにでもシルトヴェルト軍を止めないと行けない。これは……狙ってやってるのか? シルトヴェルト軍を退かせるギリギリの時間に元康くんを呼びつけるなんて……」
「ですが、フィロリアル様の卵を俺は見捨てることなど出来ませんぞ」
「そうだけど……ああもう! 三勇教はシルトヴェルト軍に勝てると思ってるのか!?」
「お義父さんさえ倒せれば全て解決すると思っているのではないですかな!」
心臓の鼓動が強くなっているのを自覚しますぞ。
急いで向かわねばフィロリアル様……未来のフィーロたんが産まれるかもしれない卵が破壊されてしまいます。
そんな事を、この元康、間違ってもする訳には行きませんぞ。
「龍刻の砂時計におびき出したのは……何か意図があるのかな?」
「おそらく、Lvリセットして確実に殺そうとしてくるのでしょうな」
「うわ……確かにその手が一番確実な方法だね。なるほど、じゃあますます行かせる訳にはいかないよ!」
「ですが俺にはフィロリアル様の卵を見捨てるのは無理ですぞ」
「だけど元康くん! わかってるの? Lv1にされるんだよ」
「それでも俺は……絶対に生きて帰ってきますぞ!」
「……敵は元康くんの性格を完全に熟知してるみたいだ」
お義父さんは髪を掻きながら言い放ちました。
ですがこの元康、絶対に引き下がる訳には行きません。
「とにかく元康くん、俺が出来る限り時間を稼ぐから……早く全てを片付けて追い掛けて来てほしい」
「わかりましたぞ!」
「じゃあこれから俺はシルトヴェルト軍を止めに行くよ。で、陣形は――」
まずメルロマルクには俺が一人で行く事になりますぞ。
ユキちゃんとコウは龍刻の砂時計の近くで身を潜める算段です。
次に婚約者、これはサクラちゃん。
婚約者は国の為に一緒に行くと言ったそうですが、お義父さんが待機させましたぞ。
現在いるアジトで樹を逃がさない様にする為にライバルと助手が張りこむ事になりました。
ライバルの作り出した転送妨害と助手の詠唱妨害のお陰で仮に樹の意識が戻っても何もできないとの話ですな。
樹は俺と一緒に龍刻の砂時計へ連れて行く案もありましたが、危険との事で留守番をさせる事になったのですぞ。
最後はお義父さんと残ったメンバーですな。
キールとルナちゃんがお伴としてついて行きます。
一同がアジトに集まってこれからの作戦を話し合いますぞ。
「メルティちゃん、よく聞いて。ここは既に敵に位置を知られている。絶対にサクラちゃんから離れないようにね」
「わかった……けど、私も国の為に戦わなきゃいけないと思うわ」
「気持ちは嬉しいけど君は姫だし、君を守らないと俺達に勝利は無い。メルティちゃんが死んでしまったら俺達は敗北なんだ。だから……出来る限りここで身を守って欲しい」
お義父さんは婚約者に背の高さを合わせて諭す様に言いますぞ。
未来のお義父さんは蔑むように命令口調で言いますな。
「本当なら潜伏しているはずのシルトヴェルトにいて欲しいくらいなんだ……わかって……くれるよね?」
「……うん。わかったわ」
お義父さんは微笑んで頷きましたぞ。
婚約者は何やら頬を染めていますな。
何を呆けているのですかな?
「サクラちゃん、メルティちゃんの護衛、お願いするね」
「わかったー。だけどナオフミは大丈夫ー?」
「俺は守ることしかできない盾の勇者だよ? 生き残る事に掛けては自信がある」
「そっかー。絶対に無茶しちゃダメだよー」
「うん、わかったよ」
それからお義父さんは助手の方を見ます。
「ウィンディアちゃんは樹をガエリオンちゃんと一緒に見張っていて」
「うん、魔法を唱えようとしたら妨害するわ」
「お願いするね。ガエリオンちゃんはアジトに侵入しようとしてくる敵を撃退して」
「わかったの! ガエリオンの本気を見せてやるの」
そしてお義父さんは俺達の方へ一歩踏み出します。
「元康くん、出来るだけ早く来てね。君が強さを見せて脅すだけでもシルトヴェルト軍は動きを止めてくれるはずだ。俺も出来る限り説得はしてみるけどね」
「わかりましたぞ!」
「ユキちゃんとコウも気を付けて、多分大丈夫だと思うけど」
「問題ありませんわ!」
「コウ最近地味ー?」
「はいはい」
「ブー……」
「あー……うん、エレナさんも最低限戦ってね」
「ブー……」
「え? ああ、危険じゃないの?」
何やら怠け豚が言っておりますぞ。
俺にはまったく理解できませんな。
「じゃあ行くついでに出来るけど……本当に大丈夫?」
「ブー」
「そうだね。エレナさんに迷惑はかけられないもんね。上手く行く保証は無いし」
「ブブブ」
何やらお義父さんは怠け豚を相手に話をしておりますぞ。
会話から察するに事態を重く見て裏切るのですかな?
「それじゃ、出発しようか!」
お義父さんと一緒に怠け豚が同行する様ですぞ。
先ほどの会話はなんだったのですかな?
「元康くん、ここが正念場だ。勝てる見込みもあるから元康くんは出来るベストを尽くして」
「わかりましたぞ!」
こうして俺達は予定通りに動く事になったのですぞ。
俺はメルロマルクの龍刻の砂時計へ、お義父さんはシルトヴェルトの進軍を止めに、婚約者達は樹を死なせないために。