監禁
「はぁ……樹って本当に一直線というか、自分が正しいと思ったら人の話を聞かないね」
「ただ、未来ではこの時、錬と一緒に真相を究明しようとして三勇教を調査していたそうですぞ」
「相手が悪と思い込んだら聞かないんだと思う。その時は錬がいたからじゃないかな? 後は、三勇教に攻撃でもされないと気付かないだろうね。俺達じゃ……きっとメルティちゃんを連れて来ても洗脳されているとか言いだすよ」
間違いないですな。
「元康くんとは別の意味で純粋というか傲慢なのが樹なんだろうね」
「俺が傲慢ですかな?」
「傲慢と言うか……一直線と言うのかな? 元康くんの話だと、元康くんは仲間を頑なに信じて譲らない。だからビッチな王女に騙され続けたけど、樹は自分の信じる正義を譲らないんだ。そこに多少のおかしな点があっても……悪さえ倒せば全て解決すると思っている」
なるほど、そういう意味でも意思が強いと言えば強いのですな。
自分の信じた道を突き進むのはある意味、勇気が要りますぞ。
「行動力があるのが勇者としての資質……なのかもしれないね。ただ、何度周回してもそれが空回りしてしまっているだけでね」
ふと、お義父さんは遠い目をしておられます。
「俺達は……なんでこんなにも分かり合う事が出来ないんだろうね。未来の俺は……きっと今の俺よりも遥かに強い人間なんだと思うよ。こんな樹や自分の知っている範囲でしか見ない錬と分かり合うなんて……俺は諦めちゃうと思う」
「何を言うのですかな? お義父さんは立派な人ですぞ」
「そうだぜ兄ちゃん! 兄ちゃんのお陰でみんな救われたからこうして革命が進んでしまっているんだぜ。みんな話せば聞いてくれると思うぜ」
キールが元気良くお義父さんを励ましました。
俺も同意ですぞ。
「そう……思いたい……ね」
何故かお義父さんがとても疲れた様に呟きました。
背中が煤けて見えますぞ。
ああ、俺はお義父さんの支えになれていないのでしょうか?
どうにかしてお義父さんの力になりたいですぞ。
「錬の方は無事だと信じたいね。とりあえず……樹は下手に解放する事は出来そうにない。今回の騒ぎが終わるまでは監禁するしかなさそうだ」
お義父さんが疲れた様な声で呟きました。
「なの? 拷問?」
「何か白状させる?」
助手とライバルがお義父さんに合わせて尋ねますぞ。
ふむ、ドラゴンの血筋の分際で中々良い思いつきますな。
樹を拷問して、まさしく洗脳して味方に引き入れるのも悪い手ではありませんぞ。
「しないよ!」
「コウみたいにしないの? 脅しを、なの?」
「どうして俺が脅すと思ったのかガエリオンちゃんに問い詰めたいな」
「だってなおふみ、しつけが上手なの。がえりおんはそんななおふみがカッコイイと思うの。弓の勇者に効果的なの」
このライバル!
言うに事かいてコウをお義父さんが躾けた時の事を思い出して笑っておりますぞ!
今すぐ仕留めてやりますかな?
あ!?
「ギャー! 解体怖い!」
部屋の外でコウが悲鳴を上げましたぞ。
俺は急いで部屋から出てコウを宥めます。
何分、ドラゴンの聖域化してしまっているのでストレスが掛りますからなぁ……。
「拷問はね。効く相手と効かない相手がいるんだ。コウは死にたくないとか悪い事をしたんだって反省するけど、樹の場合は反省よりも理不尽、命よりも正義、拷問も逆境としか思わないから効かないんだよ」
「そうなの?」
「うわ……箸にも棒にもかからねぇのな。この感じ悪い背の低い兄ちゃん」
「小柄で可愛らしいキールくんが言っても説得力無いけどね」
「なんだと!?」
ふむ、お義父さんの言葉も、もっともですな。
しかし、俺としては樹は拷問をしてやれば数日と持たずに落ちると思いますが。
「思想のぶつかり合いなんて得てしてそんなもんだよ。説得するにはそれこそ、女王がクズを罰する姿を見るとか三勇教に罠に掛けられでもしないと無理だね」
「そんな真似させて大丈夫なのかー?」
「させられないでしょ……まあ、俺と元康くんが同行して、三勇教の教会にでも乗り込めば……信じてくれるかもしれないけどね。あいつ等、俺を倒せさえすれば何をしても許されるとか思っているだろうから、元康くんに負けた樹なんて簡単に切り捨てるだろうし」
「名案だな! そうしようぜ!」
キールがこれ幸いにと言い放ちますぞ。
「そんな真似したら三勇教を潰した勢いで革命が加速しちゃうよ! メルティちゃんの身になってよね」
「あー……そうだな。じゃあ兄ちゃん……すっげー大変だな」
「そうだね。ここまで行っちゃうと元康くんの未来の知識も役に立たないからねー……」
そんな感じで、樹を監禁する俺達の日々は過ぎて行く事になったのですぞ。
樹を監禁してから、一日が経過しました。
衰弱死されたらループしてしまうので、食事を与える事にします。
「樹、飯の時間ですぞ」
「悪の施しなど受けません!」
「いいから食べろですぞ!」
「うわっ!」
お義父さんの作った料理を口の中に捻じ込んでやりました。
そして苦しそうにしている樹に水を掛け、水分も与えます。
「拷問?」
「なの?」
助手とライバルが何か言っていますな。
尚、この二名は見張りですぞ。
樹の魔法を消し、転送を妨害出来る人材ですからな。
「げほっ! げほっ! こんな事をして許されると思っているんですか!」
「素直に食べないからですぞ。むしろ食事をもらえるだけありがたいと思え! ですぞ」
「食べないなら、次から欲しいなの」
「やりませんぞ。俺がお義父さんに怒られてしまいますからな」
「アナタ達という人は……!」
なんて、感じで時間が過ぎていきます。
ちなみに、案の定、樹は婚約者の話を信じませんでした。
洗脳で全て片付けているようです。
むしろ、弓の勇者様の方が洗脳されている様に見える、と婚約者が言っていました。
悔しいですが、俺もそう思いますぞ。
尚、その時、お義父さんは微妙な表情を浮かべておりました。
そして樹を監禁して四日が経ちました。
三勇教の刺客は今の所、アジトに来ておりません。
来ても返り討ちに出来ますが。
樹の見張りは俺と助手、そしてライバルが行っていますぞ。
フィロリアル様達は交代で外を見張っております。
メルロマルクの革命運動もそろそろ終了しますかな?
いい加減、教皇が痺れを切らしてこちらに不意打ちでもしてこないか。
などと思っているとお義父さんがポータルでシルトヴェルトの方からやってまいりました。
何やら逼迫した様な顔をしております。
「どうしたのですかな?」
「大変だよ! シルトヴェルトがなんで静かになっていたかわかったんだ!」
お義父さんの表情が今までにないくらい焦っておられています。
「タクトに国を占領されてしまいましたか? それはそれで未来とは違いますぞ」
「違う違う! そっちの方は思いのほか静かだけど!」
「では何があったので?」
「シルトヴェルトの連中、俺が国を転覆させようとしてるって勝手に勘違いして、軍隊を動かしてきたんだ! ガタガタになってるメルロマルクに向けて!」
「なんと!」
思えばシルトヴェルトの城下町が静かだったのはそんな理由があったのですな。
クズ……英知の賢王の威光が霞んで、しかも国内は盾の勇者を信仰しようという動きが加速している。
盾の勇者であるお義父さんが切り開いた活路を無駄にせんとばかりに進軍を開始したのでしょうな。
「俺もおかしいなぁって思いながら城下町の方を歩いていたらシルトヴェルトとメルロマルクの友好を築こうって派閥が接触してきたんだ。国内でも内密に部隊を組織して盾の勇者の援護に入るとか勝手な行動をされたって」
「それは大変な状況ですな。どうしたらよいですかな……?」
つまり革命運動にかこつけてメルロマルクへ侵略を開始した事に変わりませんぞ。
メルロマルク国内は既に盾の勇者を信仰する盾教へ改宗してしまった国民も多くなっているとの話。
シルトヴェルトが支配するのを快く受け入れてしまうかもしれませんな。
女王が帰還出来ずにいるのはもしやこれが原因なのですかな?
「ではどうしたらよいでしょうか? この元康がシルトヴェルト軍を戦闘不能にさせるべきですかな?」
「それはそれで好機と見たメルロマルクの三勇教派が乗り込んでくると思う。そうなったら戦争は止められない」
お義父さんは困った様に眉を寄せて一呼吸置きました。
「もう……既に戦争が開幕してしまっているような状況になっているんだ。どうにかして俺達は最小限の被害で収めるしか道は残されていないと思う」
「フォーブレイや周辺諸国はどうなっているのですかな?」
「事態を見届けているのが半分、どっちかの国に賛同しているのが半分……割合はシルトヴェルトの方に偏り気味だよ」
「このままではメルロマルクは壊滅ですな」
ですが良いのではないですかな?
婚約者には悪いですが、このような国がシルトヴェルトに無血開城状態になるのでしたら悪い手では無いと思いますぞ。
国民の大半は既にお義父さんの味方ですからな。
「シルトヴェルトが国を占拠した後、お義父さんが亜人と人間の差別を許さないと宣言してシルトヴェルト人間保護国とか言えば問題ないかもしれませんぞ。そこに女王と婚約者を置けば解決ですな」
「それも手ではあるんだけどね。メルティちゃんと俺は約束をしちゃったから……国同士が友好的な状態にさせたいって。メルロマルクとシルトヴェルトが真に公平に分かりあえるのはここを乗り越えてからだと思うんだ」
なんと、お義父さんは片方が勝利するのではなく、両国共に分かりあう険しい道を選択しているのですな。
この元康、お義父さんの平和への意志の強さに感激して涙が止まりませんぞ。
「シルトヴェルト軍に進軍を止めさせるように俺は注意しに行くよ。たぶん、止まってくれると思う……ただ、時間が無い。もうすぐシルトヴェルト軍がメルロマルクの国境に到着するって話なんだ。だから――」
その時ですぞ。
アジトの前に矢文が刺さりました。