デジャヴュ
「尚文は何処ですか? 国民を洗脳し、国を滅茶苦茶にしておいて……まあ、良いでしょう。元康! 貴方を僕は倒します!」
「そう三勇教に囁かれたのですかな?」
「囁くとは人聞きの悪い。王様と王女に頼まれたのですよ。友好の為に向かったメルティ第二王女が尚文と元康に誘拐された。どうか助け出して欲しいとね!」
なんとも、お義父さんの言う通りの事態ですな。
単純ですな。少しは国や宗教を疑う事を覚えた方が良いですぞ。
まあ、樹ですからな。コイツは仲間とかよりも自身の正義感を満たせれば良いだけですぞ。
未来ではその洗脳の力を使ってメルロマルクを支配しようとしたのですから滑稽ですな。
「僕の正義がお前等を悪だと囁いている。今度こそ僕は負けません! 僕は正義の味方です! 悪の道に走った勇者達を断ずるのは同じく勇者である僕の役目!」
どの口が言うのでしょうか?
お前の後ろで嘘泣きしている連中が真の悪ですぞ。
正義の奥に悪が潜んでいるのですぞ。
まさしく正義面する連中の中にこそ悪は根付くのですな。
正しい義を正義と呼ぶのでしょうが、同じようにこう言う言葉がありますぞ。
「勝てば官軍、負ければ賊軍ですぞ? 正義が正しく誰の目にも明らかであるなどと言うのは子供の理屈ですな」
これは俺でもわかりますな。
何せ樹の正義は杜撰ですからな。
一見すると正しく見える物でもその後の経過を見ればわかりますな。
「どうせ三勇教に自分達が解決した事件も後でお義父さんが……盾の勇者が関わった所為で悪化し、樹の責任として弾劾されたとか言われたのではないですかな?」
「そうです! 知っているとは認めたと同じ! せっかく僕達が解決させたにも関わらず、後から尚文が干渉した所為で悪化したと聞いています! 世界を支配しようとする悪しき勇者……いえ、魔王たち! ここで真の勇者である僕が成敗してさしあげます!」
「ハハハッ! 樹程度が出来ますかな?」
俺はユキちゃんから降りて振り返りますぞ。
逃げる事は簡単ですな。
ですが、お義父さんの話では樹の身も危険であろうとの事でした。
タクトが来たらたまったもんじゃないですぞ。
樹が殺されては面倒なのも事実。
前回の周回が物語っていますぞ。
この元康、諦める事は有りませんが、お義父さんが困るのもまた事実ですな。
良いでしょう。
未来の為にここで樹にはどちらが上か知ってもらうべきでしょうな。
「やれないはずはない! 元康! ここでお前等の悪事は終わりだ!」
樹が眉を寄せて弓を引絞り、樹の仲間達が前面に出ますぞ。
ああ、やはり爆殺した燻製はいませんな。
それでも何処となく前回の周回と変わらない面子が揃っている様ですぞ。
おや、あれは緑色のストーカー豚。
確か、アイツは樹に捨てられるんでしたかな。
今は関係ありませんな。
「では行きますぞ。ああ、ユキちゃん達は黙って見ていて欲しいですな。この程度、ユキちゃん達の手を煩わせる程でも無いですからな」
「わかりましたわ」
「えー……コウも遊びたい」
「我慢ですぞ」
樹は下手にやりすぎると危険ですからな。調整する必要がありますぞ。
この頃の樹はどの程度の強さですかな?
推定では70と行った所でしょうか。
ま、どっちにしろ俺にとっては雑魚も同然。
シルトヴェルトの山奥にいるドラゴンの方がまだ歯ごたえがあるでしょう。
ああ……一ヶ月半前のお義父さんと樹が戦った時の事を思い出すと、お義父さんの手腕の凄さが改めて認識できますぞ。
お義父さんは目に見えた強さを見せる事なく、樹を倒したのですな。
強靭な防御力だけで樹を組み伏したという事はどんな強さが眠っているのか面と向かって理解するのは難しいですぞ。
これで俺が城の庭で強力なスキルを放とうものなら警戒度は一瞬で上昇したでしょうな。
ただ、硬いというだけでは防御を突破すればいいと思ったのでしょう。
「甘く見ていられるのも今のうちですよ!」
ああ、未来のお義父さんならこう愚痴るでしょうな。
構図としたら俺の方が悪人みたいだと。
確かに強力な力を持っていて、多数対一で勝負しようとしているのですからな。
あんまりアニメは詳しくないですが、昔、文学が好きな豚が言っていたのを覚えていますぞ。
正義が勝つストーリーとはこういう物であると。
ですがここは現実で、勝てば正義なのですぞ。
数で強者に挑む奴が果たして正義なのですかな?
見方を変えれば卑劣で卑怯な行為にしか見えませんぞ。
ここはお義父さんの真似をしてみましょう。
樹にとってもその方が良いですな。
「樹、お前程度なら俺一人で十分ですぞ。お前等程度の雑魚、数秒で戦えない様にしてやりますぞ」
「言いましたね! 僕は……正義は絶対に負けません!」
樹が矢を放つと同時に樹の仲間達が俺に向かって走ってきますぞ。
「エイミングランサーⅢ!」
槍を天高く投げて辺りに降り注がせますぞ!
「「「うわぁあああああああああああああ!」」」
樹の仲間達がそれだけで吹き飛んで行きましたな。
全員、宙に舞った後、地面に倒れ伏しておりますぞ。
「この程度で俺に挑もうなど十年早いですぞ」
おや? デジャヴュですかな?
この構図……覚えがありますぞ。
確か扇を持った半透明な豚に挑んだ俺が同じように吹き飛ばされたのでしたな。
なんとも因果な物ですな。
今回は俺が半透明の豚と同じ結果にする事になろうとは。
そういえば出てきませんな、あの半透明な豚。
奴に警戒しないといけないのですが……まあ、波を素早く片付けたお陰でしょう。
一瞬で仲間が全滅した事に樹が驚愕の表情で辺りを見渡しておりますぞ。
「え? え? そ、そんな馬鹿な!?」
「さて、次は樹……お前の番ですぞ。パラライズランス!」
加減しつつ、俺は樹に素早く近づいて槍を突き立てました。
樹は攻撃を避ける事も出来なかった様ですな。
「う……まだまだ!」
「おや? 耐性を強化したようですな」
お義父さんに負けた事によって強化方針の転換をしたのでしょう。
いや、お義父さんを想定した戦いに準じたと言う事でしょうな。
麻痺らせた樹がゆっくりと立ち上がりますぞ。
しょうがないですなー……ではもう少し強い麻痺のスキルを放ちますかな?
「転送――」
なんと、撤退ですか。
これは滑稽。
俺がそんな簡単に逃がすと思っているのでしょうか。
そう、これは逃げられない戦いですぞ。
「逃がしませんぞ。サイレンスランスⅤですぞ!」
「ぐ……――!?」
おお、沈黙した事に驚いているようですな。
ですが、耐性を強化している樹には少々効果時間が怪しい所ですな。
間違いなく予防薬なども飲んでいるでしょう。
Ⅴで撃っても諦める様子が無く、道具を出そうとしておりますな。
では俺も逃走妨害をしましょう。
魔法の詠唱に入りますぞ。
樹は急いで道具を出して沈黙を治そうとしております。
倒れた仲間はどうするのか、距離を取りましたぞ。
ここで俺が樹の仲間を一人ずつ、仕留め始めたらどうするつもりなのしょうか?
所詮樹にとって仲間など、自身を称賛するために存在する駒でしかないのですな。
まあ、そんな真似をしたらお義父さんは元よりフィーロたんに嫌われてしまいますぞ。
俺は誠心誠意、フィーロたんとお義父さんの為に世界を救うと約束したのですからな。
「リベレイション・ファイアフィールドⅤ!」
炎の効果を上げる領域を作り出す魔法ですぞ。
本来は儀式や合唱魔法に該当する魔法ですが、今回の目的は転送スキルの妨害です。
まあ、何度か転送スキルを使われたら逃げられてしまう簡易的な物ですが、それだけの時間があれば十分ですな。
「これで終わりですぞ。イナズマスピアーⅣの後のパラライズランスⅥですぞ!」
一瞬で近付いて、逃げようとする樹に向けて感電効果のあるイナズマスピアを掠らせて仰け反らせ、深くパラライズランスで麻痺させましたぞ。
「ぐああああああああああああああああ!」
樹が仰け反り、バタンと倒れましたな。
バチバチと、僅かに感電しております。
後は……。
「こ、こんな……バカな……これではまるで……チートじゃないですか……」
「自分より強い相手は皆チートですからな。スリープスピアⅤですぞ」
チクリと睡眠を誘発させて意識を喪失させますぞ。
辺りを見渡すと樹の仲間が起き上がろうとしています。
前回の周回を考えるに殺すのも手ですが、後々樹に真実を明かす際に殺していたら不利だとお義父さんが注意していましたからな。
無視しましょう。
但し、ここで樹を放置など出来ませんぞ。
燻製がいなくても負けた樹を殺そうとするかも知れませんからな。
俺は樹を蹴って転がし、槍の石突で襟を引っかけて釣り上げますぞ。
「コウ、お義父さんへのお土産にしますぞ」
「はーい! わかったー」
ぐったりした樹をコウの背中に乗せますぞ。
「はっはっはー! 樹は俺の手に落ちたのですぞ! では、さらばですぞ!」
ユキちゃんの背に乗り、俺は高らかに宣言します。
「ブ、ブぇー! ブブブー!」
何やら樹の仲間で緑色っぽい豚が手を伸ばして鳴いていますな。
あれはストーカー豚。
やはり樹のストーカーをしているのでしょうか?
知りませんな。
「ハッハッハ! お前等の正義は程度が知れますぞー」
「出発しますわー!」
ユキちゃんが走り出し、笑いが止まらない俺を乗せて一直線に離脱しました。
こうして俺は樹を生け捕りにする事に成功したのですぞ。