内乱
「な、なんと……ま、ま、まさか……フレオンちゃんは赤豚に……こ、殺された……?」
「ユキちゃんは良い血統の子なんでしょ? なのに当たり前の様にクイーン化している。フレオンって子との違いは? そのままフレオンって子が育って天使の姿になった時に一番、損をするのは誰?」
酸欠で呼吸が怪しくなってきてますぞ。
目の前が真っ暗になる様な……絶望の感情が胸を締め付けていきます。
なんですと?
ではフレオンちゃんが赤豚に何かしらの手段で殺された事を、俺は今までなんとも思わずに、のうのうと生きていたという事ですかな?
フレオンちゃんの壮絶な最期の光景を思い浮かべます。
毒物でもがき苦しむフレオンちゃんが伸ばす手を、赤豚が踏みつけて笑っているのですぞ!
「王の時も同じだよ。父親として息子と娘は大事だけど、下の子を大事に思うんじゃない? 俺も弟がいるからわかるよ。上の身としては複雑な気持ちになるんだ。まあ出来過ぎた偶然かもしれないけどね」
「そんな……」
「元康くん、落ちついて。もう君の中では過ぎ去った事なのかもしれない。だけど、気付く事が出来たなら一歩踏み出せる。あの姫にはいろんな疑問が付いて回るんだ。推測ではあるけど、その可能性は高いと俺は思う」
「あの赤豚! 絶対許しませんぞ!」
今すぐにでもフレオンちゃんの仇を取る為に走り出したい気分ですぞ。
しかし、理性がそれを止めます。
今、赤豚を殺してしまったら、今までの苦労が無意味になってしまいます。
しかし、俺の怒りは収まりませんぞ。
この槍で四肢を全て切断し、適度に回復を掛けながら生命だけは維持して、ダルマにしてから殺してやりたいですぞ。
「元康くん、落ち着いて!」
「くっ……わかりました!」
お義父さんの言葉を聞いて、冷静を取り戻しました。
ですが赤豚に対するドス黒い感情はなくなりません。
奴が余計な事をしなければ、もしかしたらあの時、俺は霊亀の封印など解かずにお義父さんと和解出来たのかもしれませんぞ!
今は無理ですが、絶対に、絶対に……アイツを血祭りに上げてやります。
「とりあえず、問題はあのビッチな王女だね。今は樹の所にいるんだよね? 実はかなり危険な事なんじゃないかと思えてきた」
「最後に見た時には同行してませんでしたな。俺の時は常に一緒のパーティーにいましたぞ」
「え? 姉上なら城にいたわよ? いつも通り嫌味を言われたわ」
「え?」
「え?」
俺達はキョトンとしました。
おかしいですな。
何故、赤豚は樹と一緒に行動していないのですかな?
「あー……もしかしたら樹の性格と合わないのを知って城に居るんじゃない? ほら、樹って正義感だけは強いみたいだから、陰謀を張り巡らせるあの姫とは相性が悪いとか」
「ありえなくはないですな。赤豚は正義感など微塵もないですからな。長い事一緒にいたらボロが出るでしょう」
あの赤豚の事ですからな。
そういえば前回の周回でも関係が遠い様な感じがしましたぞ。
そもそもタクトと連絡を取るのは簡単ではないと思います。
最初の世界で俺と一緒にいた時はそのような行動には出ていませんでしたからな。
ここから考えられるのは俺を利用する事でタクトには頼らずにいたという事に他ありませんな。
むしろ赤豚とタクトの関係はどの程度の物なのですかな?
正直に言えば良くわかりませんぞ。
ただ、ぼんやりと思い出す所によると、確か過去に赤豚は処女をフォーブレイの方で失ったとか聞いた様な気がしますぞ。
「赤豚はフォーブレイの学校に通っていたと聞いた覚えがありますな」
ここから考えられるのはタクトがその相手で、学園生活中に関係を結んだとかでしょうかな?
年齢的にありえない話では有りませんぞ。
俺も高校時代は多少乱れた生活をしていましたからな。
うっ……豚を犯すなどという、過去の汚点に対するトラウマが。
「ええ、姉上はフォーブレイの学園に在籍していた事があるわ。母上曰く、そこで世間を学んでほしいって話だったけど……結果は良くなかったと母上は嘆いていたわ」
「まあ……なんて言うか心根が腐ってるから無理なんじゃないかなー……? メルティちゃんと全然性格似てないし」
婚約者が微妙な顔をしていますな。
赤豚に似ていたらそれこそ恥ですぞ。
とにかく、これでタクトとのつながりも予想できますな。
自由気ままに城で楽をしているのと、俺の同行者として活動していたのでは出来る事に違いがあったのでしょうな。
そもそも赤豚はタクトの事を気に入っていたのですかな?
あの豚共の中では居心地はよくなさそうですから、優先順位は低かったのではないかと考えられますぞ。
しかも不正……タクトに容易く取り入る事が可能ですかな?
そんな場所を赤豚が好むとは思えませんぞ。
奴は誰かが苦しむ様を見るのが好きな外道ですからな。
「まあ、元康くんが真実に気付く前は利用しやすかったんじゃない?」
「申し訳ありません」
「一概にそう言い切れる訳じゃないから安心して。もしも元康くんがあのビッチな王女を突き放していたら、あんまり強く無いうちに強敵と戦う羽目になったかもしれないんだしさ」
お義父さんはそう俺を励ましてくれましたぞ。
ああ……なんと心優しい方ですかな。
この元康、涙が溢れて止まりませんぞ。
「とりあえず、やっぱり樹は王やビッチな王女とは別に行動していると見て良さそうだね。すれ違った時もいなかったし間違いなさそうだ」
「ですな」
「となると……どう転ぶかわからないのが怖いね。樹をそのタクトって奴に殺させる可能性もゼロじゃない」
お義父さんも婚約者も俺の未来の話を信じてくださっています。
四聖の武器すら奪う能力を所持するタクトを警戒しなくてはなりませんからな。
「んー……錬や樹の身が心配だね。仮に死んでしまうと、元康くんががんばった今回の周回が水の泡だし」
「仮にループしても俺は諦めませんぞ!」
「そう……なんだろうけどさ。俺の方も考えて欲しいな。今回の周回が捨石にされて無かった事にされるのは困るんだ」
「では樹や錬を生け捕りにして守りますかな? いや、これからタクトを殺しに行きますかな?」
「立場的に厄介でしょうが! 殺したら戦争になるんでしょ?」
お義父さんに怒られてしまいましたぞ。
しかし厄介な連中ですな。
「とにかく、悩んでいたって始まらない。メルティちゃん、もう少しの辛抱だから我慢しててね」
「……うん」
婚約者がベッドに横になるとサクラちゃんが優しく撫でて子守唄を歌い始めましたぞ。
キールや他の子達も直ぐに寝息を立て始めますな。
「無駄にならない様に、がんばって行こうね。元康くん」
「はい、ですぞ!」
俺は元気よく頷き、その日は就寝する事になったのですぞ。
さて、その後のメルロマルクがどうなったかというと……。
各地の民間人は数を成して、国の方針に反発。
お義父さんに救われたリユート村から始まり、近隣の村々が次々と盾の勇者の偉業を称え、メルロマルクの方針に逆らう声名と共に改宗を宣言しました。
メルロマルクは彼等が『盾の悪魔に洗脳されているのだ』と切り捨てました。
軍を動かして『保護』という名の連行を繰り返し、多くの者が収監されたのです。
国の行動に民間人は猛反発。
結果、彼等は自身達を革命軍と称し、メルロマルク軍と戦う覚悟を決め、立ち上がりました。
民間人を中心とした革命軍は、俺達が想像するよりも多くの者が賛同し、今やメルロマルクは火消しに躍起になっている、といった所でしょうか。
やがて追い討ちを掛ける様に周辺国に住む民間人の多くが革命軍に参加。
神鳥の聖人改め、盾の勇者に救われた者達が加わった感じですな。
更にメルロマルク軍内部からも革命軍に参加する者が現れました。
彼等は自分達が知る、国が盾の勇者に行なった様々な悪事を暴露。
メルロマルク軍は内側にも敵を抱える結果となりました。
メルロマルク軍は盾の悪魔を捕らえて処刑すれば収まるだろうと、お義父さんを捕らえようと必死になり、革命軍はお義父さんを望む声を上げています。
まさしく時代は盾の勇者であるお義父さんを求め、押さえつけられていた国民の不満は爆発したのです。
……盾の勇者も平等に扱うべきであると宣言していた良識ある女王の声が強まる一方であり、女王の帰還が求められる状況となっております。
何故女王が帰還する事が叶わないのか、それは三勇教が尽く女王の業務を妨害し、戦争になりかねない事を何度もしているとの話が流出。
そう……三勇教は災厄の波を鎮めるよりも戦争がしたいのだと国民は知ってしまったのですぞ。
更に追い討ちとなったのが錬と樹の蛮行。
各地の生態系を狂わせ、中途半端に事件を解決した。
そう……錬はドラゴンの死骸を放置した所為で疫病を蔓延させたり、必要以上に魔物を駆逐した所為で生態系が狂って危険な魔物の数が増えてしまい、多くの村々が魔物の被害に遭ったそうですぞ。
そして樹の方は隣国の革命に中途半端に参加した事によって、根本的な解決に至らず、貧困が増したり、前よりも重い税に苦しむ者が増えました。
他にも善良なはずの領主が捕まり、悪名高い領主にすりかわる、などの出来事が多発したのですな。
しかも弓の勇者に一度は助けられたが、すぐに別の悪人に搾取され、結果は全く変わらなかった、との証言が広まりつつあるようですぞ。
前よりも悪くする結果を残した剣と弓の勇者の行動によって、国民の信じるべき対象は盾の勇者に傾いて行ったのです。
国民の反発は宗教、果ては王族に向かい。
婚約者は盾の勇者に保護されているのだ。彼女こそが、英知の賢王が広める盾の勇者が悪であると言う教えに異議を唱えて国に消されそうになっているのだと言うデマが広まりつつあるようでした。
それに便乗するのはメルロマルクの穏健派。
亜人優遇を謳うエクレアの親の派閥の者でした。
エクレアが不当に捕えられ、監禁、拷問されているとの話が火に油を注ぎ、彼女を救え、という声が広まりました。
内乱に巻きこまれるのは御免だと国からの人口の流出は止まる事を知らず、熾烈な内部争いと責任追及に追われたクズと赤豚、そして三勇教は徐々に疲弊していっているようです。
そして決定打となったのが、三勇教が行った……とある作戦。
三勇教も事態を重く見て腰を上げた時には既に手遅れだった様ですな。
ですが、それでも引く訳にはいかず最も愚かな事をしてしまったのですぞ。
それは見せしめに盾の勇者を信仰しようという教えが広まりつつあった村人達を虐殺したのですぞ。
三勇教は虐殺した人達の死体を磔にし、革命軍に見せ付けたのですぞ。
当然ながら、結果は逆効果となりました。
国民の怒りは最高潮に達し、革命軍は日に日に数を増すばかり。
やがて革命軍は列を成す様にメルロマルク城を目指して進軍を開始しました。
彼等を中心とするのは民間人ですが、さすがのメルロマルク軍も数の暴力には勝てず、快進撃と云わんばかりに、革命軍は少しずつ首都へと近付いております。
今やメルロマルク城及び外壁の門は厳重に出入りを制限される事となりました。
これが波までの出来事でした。
そして……戦局の変化は俺達に沢山の選択を投げかける事となったのですぞ。