フレオンちゃん
「サクラが子守唄を歌ってあげるね。それともナオフミやモトヤスに教えてもらったおとぎ話をしてあげようかー?」
サクラちゃんは婚約者と同行してからお姉さん風を吹かせるようになりましたぞ。
その様子をお義父さんは微笑ましいとばかりに見ております。
「サクラちゃんが好きな方で良いわ」
「じゃあお話しようかなー」
「ホント……メルティちゃんとサクラちゃんは仲の良い姉妹みたいだね」
お義父さんが優しい口調で言いましたぞ。
そうですな。
なんでしょうか、ここまで仲が良い様子を見ると……婚約者が浮気をしているように見えてきますぞ。
お前にはフィーロたんという婚約者がいるにも関わらずサクラちゃんにまで手を出すのですな。
フィーロたんが泣いていますぞ!
「うふふ……私ね、サクラちゃんみたいなお姉さんがずっと欲しかったの」
「え? でもメルティちゃんには……って、まあ、あんな姉じゃねー……」
お義父さんが同情の目を婚約者に向けましたぞ。
そうですな。姉が赤豚では決してサクラちゃんの様な関係を構築する事は出来ないでしょうな。
なるほど、婚約者にとってサクラちゃんは婚約者ではなく姉なのですか。
納得しましたぞ。
「父上は姉上に甘いし……母上は優しいけどとても厳しくて……常に忙しいのはわかってるけど……こうして甘えさせてくれるお姉さんみたいな人が欲しかった……」
「そっかー、メルちゃん、いつでもサクラに甘えて良いよ?」
ギュッとサクラちゃんは婚約者を抱きしめましたぞ。
婚約者も甘えるように抱き返しました。
「うん!」
「サクラちゃんは立派なお姉さんになれるかな?」
「なれるよー。サクラ、メルちゃんのお姉さんとして守るもん」
「そうだね。がんばって」
「はーい」
と、婚約者はサクラちゃんと軽く話をしてから寝入ろうとしておりました。
ただ、興奮冷めやらぬ婚約者はベッドから体を起こしましたぞ。
それから窓の方へ遠い目をしておりました。
「メルロマルクが心配?」
「そうなのだけど……盾の勇者様と少しお話がしたくて……」
何やら恥ずかしそうに婚約者はお義父さんに向かって話をしていますな。
俺が横に入るとややこしくなると言われたので、俺は黙って日課にしているアクセサリー作りと裁縫をしていますぞ。
ユキちゃんがアクセサリーを欲しがるので。
「何をお話しする?」
「まだ寝ないのかー?」
「もう少しだけお話をしてからね。何を話すのが良いかな?」
「明日はどうするんだ兄ちゃん? 明日の楽しみがあればメルティちゃんもぐっすり眠れるんじゃねえか?」
などと話しております。
……今気付いたのですが、俺の楽しみが延期されていますぞ。
「そういえばお義父さん、新しいフィロリアル様を買えませんでしたな」
「あー……そうだね。錬との約束も事態が事態だからすっぽかしちゃったね。大丈夫だったかな?」
「錬の事ですからな、ループが作動していない所を考えるに問題ないでしょう」
「噂には敏感に反応するから、俺達が来れない事を察してくれていると良いんだけど……」
「心配性ですな」
「元康くんが気楽過ぎるだけでしょ」
「それでもフィロリアル様を買いたいですぞ。今度秘密裏に行きますかな?」
「いやー……それは危険な行為だと思うよ? 奴隷商にも迷惑が掛るし、最悪、大事な卵が戦闘に巻き込まれる危険性だってあるんじゃないかな?」
む……確かにそうですな。
魔物商の所へ行って、そこで三勇教の刺客が来たら例え一撃で仕留められるとしても、逃げられ方が悪ければ被害が出ますぞ。
「そうですな……今回の騒動が静かになったら行きましょう」
無理をして隠れて行くのも手なのですが、どちらにしても魔物商と話をする時に姿を現す必要がありますからな。
どちらにしても無理は出来ませんぞ。
「他にもフィロリアルを買うの?」
「そうだよ。メルティちゃんはサクラちゃんを初め、フィロリアルと仲良くするのが夢なんでしょ? 今回の騒動が終わったら、また増やす予定だから楽しみにしてて」
「うん」
「感謝するのですぞ!」
「どうして槍の勇者様が偉そうなのですか」
婚約者の反応にお義父さんが困ったように頬を掻きますな。
「元康くんは本当にフィロリアルが好きなんだね。そういえば元康くんが初めて育てた三匹のフィロリアルは回収しなくて良いの?」
「クー、マリン、みどりの事ですかな? そうですな。探せばいるかもしれませんぞ」
前回の周回でも似た様な色合いと能力を持った子がいましたな。
おそらくあの子達が未来でクー、マリン、みどりになったのでしょう。
仮名も同じにしていましたが、性格に差異があったような気がしますぞ。
ぶちゃけると自己主張をしない感じになっていた気がしなくもないですな。
ですがお義父さんは一つ大きな勘違いをしていますぞ。
「クー、マリン、みどりは俺が初期に育てたフィロリアル様達ですが、初めてではありませんぞ」
「え? 違うの? 元康くんの話じゃ割と良く出てくるからてっきりそうだと思ってたよ」
「正確には俺がまだ豚を追い掛けていた頃、フィーロたんの外見を気に入って、蹴られた後に俺はフィロリアル様を一匹……初めてのフィロリアル様を育てていたのですぞ」
とても苦い思い出のフィロリアル様ですな。
俺はお義父さんにその時の事を話し始めました。
お義父さんにフィーロたんの解放を求め、その後俺の愚かな行いに怒ったフィーロたんに蹴られた後の事ですぞ。
「くそー……尚文の野郎、あのデブ鳥が俺の好みな少女の外見だと?」
俺の頭の中はフィーロたんの事で一杯になったのですぞ。
是非ともあの天使が欲しい。
俺のハーレムの一員になって欲しい、と愚かな考えを巡らせました。
「ブー」
おや? 赤豚の台詞が豚語にでしか思い出せませんな。
確かあの魔物の事を国の調査員に調べさせた所、フィロリアル様だと判明したとか、そんな話だったと思いますぞ。
「尚文にだけ良い思いをさせてたまるか! 俺も育ててやる!」
お姉さんにビンタされた数日後に女奴隷を購入し、奴隷紋から解き放って『さあ! これで君は自由だ! 俺の仲間になってくれるよね』とか言った、苦い思い出を、その時考えていましたな。
その奴隷は俺の勧誘を拒んで逃げて行きましたぞ。
俺の頬が引きつりましたな。
そしてクズと赤豚の斡旋で一つの……フィロリアルの卵をもらったのですぞ。
魔物紋に登録を済ませ、翌日には孵りましたな。
「ピイ!」
「おお、これが将来、天使になるのか」
「ピイ!」
「名前を付けなきゃな。そうだな……よし! フレオンちゃんみたいになって欲しいからフレオンだ!」
フレオンちゃんとは、俺が好きだったゲーム、魔界大地に登場するキャラクターの名前ですぞ。
フィーロたんと同じく、金髪ロングと純白に煌く天使の羽が生えた、金髪幼女です。
そんな俺好みの外見であるフレオンちゃんの様に育って欲しいという願いを込めて……そう名付けました。
波までの時間はそんなにありませんでしたが、魔物はLvに応じて素早く育つと聞いたので、急いでLv上げに行きました。
まあ、今ほど強くは無かったので程々の効率の良い狩り場で上げただけですがな。
フレオンちゃんはすくすくと育って行きました。
「グア!」
「僅か数日でこんなにも早く育つのか」
あまりにも早く育つので俺も驚いていましたな。
普通のフィロリアル様の形態にまで足早に成長いたしました。
「これから、尚文と一緒にいたフィーロちゃんみたいな姿に……なるのか? 楽しみだ。ふふふ、そうしたらあんなことやこんな事を一緒に楽しむぜ!」
「ブー!」
「ブブー!」
赤豚とその取り巻きが何やら言っていたのを覚えていますな。
なんて言うか何か嫌な事があって不機嫌だなとか思った覚えがあります。
「これで賑やかになるぞ。最近じゃ新しい子も入らないし刺激に良いだろ? みんなで楽しく旅をしようぜ!」
もう少しで天使が手に入る!
そう思いながらフレオンちゃんをメルロマルクの城のフィロリアル舎に入れて就寝したのですぞ。
その日の深夜、寝ている俺はドンドンと扉を叩く音で目が覚めましたぞ。
「ブー!」
「なんだって!」
すると赤豚が緊迫した表情で俺にとある悲報を告げました。
それは……フレオンちゃんの容体が急変し、突然死んでしまったと言うものでした。
俺は急いでフィロリアル舎へと駆けつけると、フレオンちゃんは冷たくなっておりました。
「ブー!」
この時、赤豚はお義父さんの魔物とフィロリアルはどうやら違ったようだとか、急激な成長に体が追いつかなかった等、色々な要因の説明をしていましたな。
国の連中もフレオンちゃんを解剖した結果同様の報告を致しました。
最終的にフレオンちゃんは血統が良いので病弱に産まれてしまったのだと……結論付けられました。
とにかく、俺はお義父さんに騙された様な気持ちで一杯でしたぞ。
ただ、それを八つ当たりをしようものならお義父さんに馬鹿にされると思って、何も言えませんでした。
だからこそ、フィーロたんをお義父さんが洗脳しているとの話を信じ、お義父さんがフィロリアル様を育てたらフィーロたんになったという話を信じなかったのですぞ。
お義父さんの言う事は嘘ばかり、信じるに値しないと……。
その後、フィーロたんに励まされ、魔物商にフィロリアルの卵をもらった時、俺はそのトラウマを思い出して震えました。
だけど、あの温もりを取り戻したくて、震える手で登録を済まし、細心の注意を払ってみんなをフィロリアルクイーンにまで育て上げました。
思えば、クー、マリン、みどりが孵った時も、天使になった時も俺は泣きましたな。
孤独の中で一筋の光を浴びた様な感覚がありましたぞ。
まあ、フィーロたんとは違った光ですがな。
その時のトラウマから、フィロリアル様が育って天使になるのを見届けない限り、安心出来なくなったのです。
設定はあったけど使わなかった設定その1