FGOのマスターの一人   作:sognathus
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クー・フーリンはマスターにどういうわけか『兄さん』と慕われていた。
別に普段から親しげにしているわけではない。
ふとしたきっかけでマスターに酒の楽しみを教えた結果、彼から呑みの誘いを受けた時だけとても嬉しそうな顔をするのだった。


クー・フーリン(槍・魔含む)

「おうマスター。どうよ、 今日一杯やらないか?」

 

「おっ、いいッスね」

 

クーから酒の誘いを受けて、マスターはいつもしているどことなく疲れている顔からパッと明るささえ感じそうな笑顔を見せた。

それを見る度にクーはこう思った。

 

(この顔をこいつの事を好いてるやつらにもっと見せてやりゃイチコロなのによ)

 

 

「今日は何飲むんです?」

 

「ウイスキーはどうよ?」

 

「あ、丁度良いッスね。ツマミに最適なのがあるんですよ」

 

「お?」

 

マスターはそう言うとそそくさと一旦部屋から出て行き、暫くして段ボールをいくつも抱えて戻って来た。

 

「おいおいなんだよそりゃあ……」

 

「チョコです」

 

マスターが蓋を開けた箱の中にはいろいろなデザインの包装が施されたチョコと思しきが物がぎっしりと敷き詰められていた。

クーはそれを見て今日がカルデア内でのバレンタインデーだった事に気付いた。

 

「いいのかぁそれ。一応贈りもんだろ」

 

「だとしてもこの量ですし」

 

「まぁお前がいいならいいけどよ。しかしモテるなぁ」

 

ちょっとしたからかいのつもりだった。

しかしそう言葉をかけられたマスターは何が地雷を踏んだのか、その時だけおもいっきり疲れた顔をしたのだった。

その思いもよらない変化にクーは虚を突かれ、さっきの発言がマスターにとっては結構な失言だったと事を悟った。

 

「そう良いものでもないッスよ」

 

「そ、そうか? しかしまたなんでよ」

 

「別にチョコをくれる皆の気持ちが嫌だというわけでは決してないですよ? ただですね」

 

「お、おう」

 

クーは話の続きが気になってつい身を乗り出す。

 

「皆がチョコをあげるのは大体僕だけです。それに対してお返しを僕はその場でする主義でして。その場合僕は何人にチョコを贈る事になると思います?」

 

「ああ……」

 

クーは悟った。

マスターの苦労と言いたい事を。

 

「人によっては特定の人の前でお返ししないように気を付けないといけないし、渡す度に笑顔とお礼の言葉も掛けるんです。それは一体どれだけの数だと思いますか?」

 

「……」

 

「当然贈った分だけ出費もかさむし、時間も取られるし、精神だって結構疲労します。僕だって皆の好意に対してこんな感情を抱きたくないんですよ? でもこんな事になれば、そりゃあ多少はグレても仕方ないとは思いません?」

 

いつの間にかマスターはクーが持っていたウイスキーを開けて飲み始めていた。

まだ見た所一杯しか飲んでないはずだったのだが、悪い酒の入り方をしたのか、その一杯で目が据わり酒に呑まれてしまったようだった。

マスターは確か未成年だったはずだが、ことカルデア内、加えて様々な国の様々な時代の英霊が集うこの場においては一定の年齢に達していない事など禁酒の理由には到底ならなかった。

全ては飲みたいという意思さえあればそれが尊重された。(一部健康に非常に厳しいサーヴァントの強い反対はあったが)

それにマスターは元々酒に弱い体質ではなかったようで、味にこそまだそれほど理解を示していないものの『酒が美味しく感じる時』『それがもたらす高揚』は既に理解しているようだった。

その証拠に、ビールの最初の一杯が喉を通る感覚は悪くないと言うし。

ウイスキーや焼酎など、アルコールが多少強い酒も、味はともかく楽しく話しているときにアルコールが体に回った時の温かさは不思議と楽しさと幸福感を後押ししてくれると独自の感想まで持つようになる程だった。

 

そんな彼が早々にこうも酔ってしまったのはやはりそれなりに大変だったからだろう。

 

「うんまぁそうだな。悪い悪い」

 

そう言ってクーはマスターの方をポンポンと叩いて慰めた。

マスターはそれを無言で受け入れ、先ほどと比べたら幾分落ち着いた様子で今度は静かに二杯目を呷った。

 

「大体まぁ仕方ないと言えば仕方ないですかね。サーヴァントの人は皆基本過去の時代出身だし。それに大体その時代には、少なくともこうやって祝うバレンタインデーなんて無かったでしょうし」

 

「うんうん」

 

「だからその習慣を識っている僕にだけチョコが集中し易いと言うのも解るんです。しかし本当に数がですね……」

 

「そうだなぁ」

 

「正直仕事以外でも『マスター』を意識してしまうのは疲れます。別に気にしないで良いとは言ってるんですけど……」

 

「そうだな。そうなると俺もマスターにチョコくらい贈らないといけねーよな」

 

「あはは、この酒で十分ですよ。はぁ……」

 

「まぁ愚痴なら聞くからよ」

 

結局その日は明け方まで二人で飲み続け、マスターはやや重いアルコールの影響で体調を崩した姿をナイチンゲールに見つかってしまい、更に大変な目に遭ったとか遭わなかったとか。




昨日はバレンタインデーでしたね。
おかげで話が浮かびました。





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