漆黒の英雄譚 作:焼きプリンにキャラメル水
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今回の話では過激な描写やセリフが一部あります。
苦手な方などはこの話を無視して次回の話にしても問題ないかと思います。
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死を撒く剣団
六人の塊のパーティは数十人の男たちに囲まれていた。
「逃げろぉぉぉぉぉぉっっ!!!!!」
魔法詠唱者の男がその辺り一帯に聞こえる程の声量で叫ぶ。
彼らは『死を撒く剣団』討伐に向かう前。
少し前ほどからエ・ランテルから王都への街道で起きている商人の荷馬車が襲撃されることが多かった。これにより物資は奪われ従者も殺されるため被害が多く、これをみかねた商人たちが共同で出資し冒険者組合に依頼を出した。最初はミスリル級限定で依頼を出していたのだが肝心の彼らは遠い地や危険で時間のかかる依頼に行くことが多いため不在であった。そこで商人たちは二週間前程から依頼条件を『階級不問』とした。そこで高額な依頼に食いついたのが彼らであった。
そして依頼を果たす為にエ・ランテルを発ったのが前日の昼。
その日の夜は丁度モモンとナーベが『墓地騒動』を解決した日でもある(カルネ村でンフィーレアを治療して依頼完了という意味では翌日の朝になる)。
女は目の前の光景が信じられなかった。
次々に仲間たちが殺されていく。
バラバラの装備をした男たちが下卑た笑みを浮かべている。
酒が好きな前衛の三人組は剣と盾を持つも背後から首を矢で射られ・・
何があってもフードを脱ごうとしない汗っかきな魔法詠唱者の男は顔や頭をメイスで潰され・・
神への信仰を示す神官の男は首に掛けられた十字架ごと剣で胸を貫かれ・・
それぞれ絶命していた。その者たちの身体から命が奪われる。
「あっ・・・あ・・あぁぁぁぁ!!」
ブリタは近づく男たちに向かって剣を構える。
恐怖で震える手で何とか剣を構える。
だがそんな様子を見て男たちはニヤニヤしている。
「へっ・・良い身体してるじゃねぇか」
(森伏<レンジャー>の彼がいる。きっと助けが・・)
「随分と余裕そうだな」
そう言って男たちの誰かが何かを放り投げる。夜の闇でそれは何かブリタには分からなかった。
「あっ・・あっぁ・・」
だがブリタの目の前に『それ』が転がった時、ブリタは知る。『それ』は・・・
私たちは七人組だった。
剣と盾を装備した前衛の三人の男。
前衛の背後に立つ女の私とフードを被り杖を持つ魔法詠唱者の男。
背後から支援する神官。
そして私たちとは少し距離を置いて後ろからついてくるのは野伏<レンジャー>の男。
この七人目の野伏の男は緊急時にエ・ランテルに帰還し私たちの危機を知らせる役目を持っていた。
だがブリタの目の前に放り投げられた『それ』は・・
野伏の男の首だった。
ブリタの震えは大きくなっていく。持っていた剣を落としてしまう。
「あっ!」
すぐさま拾おうとするが足腰に力が入らず身体を曲げるのに時間が掛かってしまった。
その隙を男たちが見逃すはずが無かった。
ブリタの落とした剣を誰かが蹴り飛ばす。
「あっ!」
まるでブリタのその言葉が合図かの様に男たちはブリタ目掛けて接近する。
「あっ・・」
誰かがブリタの右腕を掴む。振りほどけない。
誰かがブリタの左腕を掴む。振りほどけない。
誰かがブリタの右足を掴む。振りほどけない。
誰かがブリタの左足を掴む。振りほどけない。
誰かがブリタの首を掴む。振りほどけない。
「お頭には内緒でヤッちまわねぇか?」
「いいな」
「俺が最初だ」
「いや俺が・・」
ブリタの意思など無視しながら男たちは誰が一番最初に行為に及ぶか話し合っている。
「おい!誰かこいつを脱がせろ」
ブリタの革鎧を誰かがナイフで切り刻む。また誰かは素手でちぎる。
(私・・・こんな奴らに・・そんなの嫌)
「へっ・・へっ・・俺が一番か」
男の一人がベルトをカチャカチャと外していく。
「これがあるから略奪は止められねぇ」
ブリタは目を閉じる。もう何も見たくなかったからだ。
途端、ブリタの周囲から悲鳴が聞こえる。
「何だ!!?あいつは!!?」
「!!?」
ブリタは目を開けて周囲を見渡す。
ブリタの目の前でベルトをカチャカチャと鳴らしていた男が背後を見ていた。ブリタの手足を押さえていた者もそちらに注意が向いていた。
(今しかない!!)
ブリタは両腕を持っていた男たちの腰から下げられているものに目を向ける。
(これだ!)
脳裏に浮かぶは漆黒の大剣を背負う男。
(今だけでいいから、アンタの実力の一部だけでも分けて頂戴!!)
ブリタは両手を男たちの手から引きはがすと、男たちの腰にかけられていた剣を抜き取る。
「あっ・・てめ」
抜き取った剣で男たちの顔を斬りつける。
「ぎゃぁぁぁぁっっ!!!」
両手を押さえていた男たちが顔を押さえながら後ろに転がりこむ。片方は両目を斬れた。だけどもう片方は両目ではなく鼻先を切り裂いた。
(おやっさんの言う通りだったよ)
それはまだブリタが鉄級に昇格した時『灰色のネズミ亭』のおやっさんから教えてもらったことだ。
「いいか・・ブリタ・・喧嘩の時は鼻をやれ!」
「どうして?」
「鼻っていうのはプライドそのもんなんだよ」
「?」
「『鼻っ柱』って言うだろう?だからそれをやっちまったら根性のある奴や覚悟のある奴以外は大体怯むんだよ」
「へぇー・・・それよりも水頂戴」
「ったく・・年寄りの言うことはよく聞けよ」
「何だかんだで水入れてくれるおやっさんのこと好きだよ」
「馬鹿言ってないでさっさと依頼探してこい!」
(おやっさん、ありがとう!)
「てめぇ・・よくも!」
首を掴んでいた男がブリタの顔を殴ろうと右手を離し振り上げた。
だがそれが命取りになった。
「ぎゃぁぁぁぁっっ!!!」
顔を斬りつけたまま、ブリタは首を持つ男の首を鋏の要領で切り落とそうとしていた。男がブリタの首を持ったままであればそこを中心として身体の力を働かせて距離を取れたかもしれない。だが男は右手を振り上げてしまった。当然攻撃の構えである。そんな中でブリタの両手に持った剣は避けられない。男は首を剣で挟み込まれるにして切断される。男の胴から血が噴き出す。ブリタの上半身が血で赤く染まる。
ブリタは両足を持った二人の男を斬りつけようとする。だが・・
「ひぃ・・嫌だぁぁぁっ!!!!」
自身の左足を掴んでいた男がブリタを放置して逃げていく。
ブリタがは逃げていく男を見て呆気に取られていた。
だからだろう・・・右足を掴む男がブリタの腹にナイフを突き刺そうと振り下ろしていたことに気付けなかった。
「きゃぁぁっ!!!」
激痛のあまり持っていた剣を二つとも落としてしまう。
(しまった!!)
「よくもやりやがったなぁ・・」
男は怒りの形相でブリタを睨む。
腹に刺したナイフを勢いよく抜くともう一度突き刺した。
「かっ!」
男がナイフを抜いたのと同時にブリタは血を吐き出す。
「っぁ・・」
「せめてお前だけでも殺してやる!!」
男はもう一度ナイフを振り下ろそうとした。
(あっ・・私の人生・・終わった・・)
ブリタは自身の最期を悟る。でも今度は目は閉じなかった。
(でも一矢報えたや・・・)
だが男のナイフがブリタの腹部を突き刺すことは無かった。
男の首の無い死体が目の前にあった。胴から勢いよく飛び出す鮮血。
男の胴がブリタ目掛けて倒れたため、そこから噴き出した鮮血でブリタの全身は血に染まる。
ブリタはようやく立ち上がることが出来た。
そこで目にしたのは銀髪で大口のモンスター。男たちの血を吸っている様子から吸血鬼であるのは確定だろう。
その吸血鬼がその場にいる男たちを惨殺していく。ある男は頭を食われ、ある男は首を引きちぎられ、ある男は心臓を抜かれて、ある男は魔法か何かは知らないが内部から爆発した。爆発した男が最後なのだろうか。吸血鬼は周辺に生き残りがいないかと見渡している。
「ひゃひゃひゃぁぁぁぁっっ!!!!たのしいいいいいいいいぃぃぃぃぃ」
吸血鬼が狂喜する。
「ひぃぃぃっ」
悲鳴を叫んだのはブリタであった。ハッとしてブリタは両手で口を押さえる。
その声に反応したのか吸血鬼がこちらに視線を向ける。
「さいごぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!!」
そう言ってブリタに向かって走っていく。ブリタの全力疾走の何十倍も速い。
だがブリタは先程『漆黒の大剣を持った男』から生きる力を貰った。
だから今度こそ・・・
ブリタは祈る気持ちでポケットからそれを取り出した。
あの人から貰った赤いポーション。
吸血鬼はアンデッド。だからこのポーションでダメージを与えられるはず!
ブリタは赤いポーションを吸血鬼に向かって投げつける。
吸血鬼は腕でそれを止めた。割れたポーションの液体が吸血鬼に染み込み火傷に似たダメージを与える。
「!!!!っ」
ブリタの目の前で吸血鬼は止まった。
吸血鬼が大口を開けて睨む。吸血鬼の長い手がブリタの首を持ち掴みあげた。
(あっ・・今度こそ死んだ)
そこでブリタの意識は途切れた。