05話 胎動
今回、書き方を変えてあります。
読みにくくなければいいのですが。
楽しんで頂ければ幸いです!
この日、世界に激震が走った。
"天災"級モンスターである"暴風竜ヴェルドラ"の消滅が確認されたのだ。
300年前に封印されていたとはいえ、そこは天災級モンスター。
消滅と見せかけて、別の地方で新たな脅威として再誕していないとも限らない。
しかし、消滅の報告より20日が経過するに到って、西方聖教会が"暴風竜ヴェルドラ"の完全消滅を宣言したのである。
ニドル・マイガム伯爵は憤慨していた。
「そんな馬鹿な話があるか!!!」
先ほどの枢機卿の言葉を思いだし、吐き捨てるように罵る。
ニコラウス・シュペルタス枢機卿。
思い出すのも腹立たしい。
『"暴風竜ヴェルドラ"の脅威は消滅した。ゆえに、聖教会より支給していた対策援助金の支払いは本日を持って終了いたします。』
そう言って、一方的に話を打ち切られたのだ。
一方的に呼びつけた上で、3時間も待たされたあげくに、である。
確かに、今までの援助金は非常に助けになった。
ジュラの大森林に沿する伯爵領は、ファルムス王国の辺境に位置する防衛の要なのだ。
だがそれは、ファルムス王国だけの問題ではなく、領土を接する西方聖教会だとて人事ではないはずだ。
"暴風竜ヴェルドラ"が封印されていたとはいえ、脅威である事に変わりはなかった。
それは、魔物にとっても例外ではなかったのだ。
いやむしろ、魔物にとってはより脅威だったとも言える。
その脅威の消失が意味する事、それは魔物の動きの活発化である。
辺境の警備をより強化する必要があるのに、このタイミングでの支援打ち切り。
ニドル・マイガム伯爵の憤慨の原因はこれであった。
西方聖教会にも言い分はあろうが、ニドルにとっては関係ない。
今後、どう領地を守るべきか…
傭兵を雇うにも金がいる。
自由組合の冒険者は、いざという時にあてにならない。
頼みの綱の教会には、先に断られる始末。
最後の希望の王国だが…、ニドルは国王の顔を思い浮かべて絶望する。
"暴風竜ヴェルドラ"の存在した今まででさえ、何の支援も行われなかったのだ。
脅威がなくなったら、単純に防衛費が浮くとでも思っていそうだ。
下手をすれば、より大きな税を掛けかねられない。
その事に思い到って、二ドルは顔をしかめた。
自分の領地に向かう馬車の中、ニドルは今後の対策に頭を悩ませる。
魔物の事で頭がいっぱいのニドルには、それ以上の脅威に思い到る余裕はない…
頭を悩ませているのは、ニドルだけではなかった。
ファルムス王国は、中堅どころの規模の国である。故に、何かあっても辺境で食い止められる。
そういう事情もあり、国としては危機感が薄い。
二ドルの読みどおり、防衛費を浮かす事を考える大臣もいるほどであった。
しかし、ジュラの大森林に沿する他の小国はそういう訳にもいかない。
泣きつく先も無く、自分達で対策を立てねばならないのだから…
各国の王や大臣達は、連日緊急の会議を行い、今後の対策と情報収集を行っていく。
小国ブルムンドの大臣である、ベルヤード男爵もそんな一人であった。
「君を呼んだのは他でもない。"暴風竜ヴェルドラ"の件、聞いているだろう?」
聞いていて当然、そういう態度を崩さずに、ベルヤード男爵は、部屋に入ってきた男に問いかける。
背は低いが、油断ならない目つきをした男であった。
「勿論ですよ、男爵。」
男は、言葉少なく肯定する。
低いしわがれた声で。
「ふん。流石はギルドマスター! と言っておこうか。」
ベルヤード男爵は鼻を鳴らして吐き捨てるように言葉を続ける。
「では、ギルドとしての対策を聞かせてくれんか?」
「これといって特に、何かを行う予定はありません。」
「何?よく聞こえなかったが・・・、対策を行うつもりがないだと?」
「はい。必要を感じませんもので。」
ギルドマスターと呼ばれた男は、淡々と応える。
ベルヤード男爵が何を怒っているのか判らない、とでも言いたげに。
ベルヤード男爵はその態度を不快に思いながらも、それを表に出さないように言葉を続ける。
もっとも、その努力はまったく成功しているとは言い難かったが・・・。
「必要ないとは、異なことを言うものだな。"暴風竜ヴェルドラ"が消滅したという事は、魔物の活性化が予想されるのだぞ!それなのに、対策を立てないというのか!?」
「これは可笑しな事を仰られますな。対策を立てるのは国の仕事。我々は自由組合であり、ボランティアではありませんよ?」
事実である。
自由組合とは、国家の枠に縛られぬ組合の事である。
国毎に所属する国家所属の職人に比べて、生活の保証は行われていない。
しかし、最低限の身分の保証は行われており、国民に準ずる地位は与えられている。故に、一定の税の義務だけは課せられている。
例えば、料理人を例にとってみると、
国家所属の料理人は、国民としての地位とそれに見合った税金を収める義務を負う。その代わりに、国が財産と身分を保証するのだ。
対して自由組合の料理人だと、準国民の地位しか与えられないが収める税は割安になる。収める税は自由組合に支払い、身元は自由組合が保証するのだ。
ただし、財産や自分の身の安全は、自分で守る必要がある。
国家所属の料理人は城壁に守られた王都内に店を持つ事を許されており、構えた店を子供に相続させる事も可能である。
自由組合には許されておらず、国家周辺の自由市場等に店を出しているのだ。
例え城壁の外周都市に店を構えたとしても、子供に相続する事は許されない。
ここに、根深くはないものの自由組合を見下す風潮が生まれる下地が存在するのだ。
この仕組みは、この小国ブルムンドだけの話ではなく、この周囲の国家のほぼ全てで共通である。
逆に考えるならば、自由組合とは国家の枠組みを超えた組織であり、一国家を上回る組織力を持つのだが・・・
偶然か意図的なのか不明だが、国家の下に潜り込むように活動を行っているのが実情なのだ。
「国民の財産を守るのは国家としての最低の義務でしょう?同様に、組合としても、組合員は守りますとも。お互いに大変ですな。」
ギルドマスターの白々しい言い草を聞いて、ベルヤード男爵の額に青筋が浮かんだ。
明らかに、足元を見られている事を悟ったのだ。
「御託はいい!!!自由組合から、傭兵を何人だせる?戦闘に長けた冒険者は?この都市の防衛に何人回せるのだ!!!?」
ギルドマスターはやれやれと溜息をつき、
「勘違いして欲しくないのですが、我々はボランティア団体ではありません。国家と自由組合の協定に基づく動員ならば、組合員の一割に当たる人数を動員致しますが、それ以上を要求されるなら、対価次第となりますな。」
ブルムンド王国の人口は100万人。
そこに所属する組合員は7,000人程度。家族は含まれていない。
国家と自由組合の協定に基づく動員が発令された場合、自由組合所属の10%の人数(この場合、700人程度)が国家の指揮下に入る事になる。
これは当然だが、国家毎の組合所属の人数であり、他国の組合員には適用されない。その為、自由組合とはいえ、所属国家は明確にされているのだ。
また、この協定が発令されている期間は国家が定める事が出来るのだが、その期間中は収めるべき税を2割減となるように取決められている。
強制力を持つが、税収として考えるならば乱用は出来ない仕組みなのだ。
もっとも、徴収される組合員の給料を建て替える必要のある組合としては、当然の取決めなのであるが。
仮に、全員を徴収と言われたとしても、対応は不可能である。
組合員の半数は、非戦闘員なのだから。
王国としても、その事はよく弁えている。
その為、本来であれば無理強いはしないのだが・・・、今回はそういう場合ではなかった。
魔物が活発化する。
確かに、それは大きな理由である。
だが、本当の理由それは…
「やめだ。おい、フューズ。本音を言わせる気か?」
ギルドマスターいやフューズは、名前を呼ばれた事に軽く驚く。
そして、初めてベルヤード男爵の顔をまともに見据えた。
「不可侵領域であった、"暴風竜ヴェルドラ"の封印された場所。そのルートを直通出来るようになるという事は、東の帝国が動き出す可能性があるな。」
「その通りだ!ヴェルドラに対する遠慮か、あるいは封印が解けるのを恐れたのか知らんが、今まで大人しかった帝国に動きがある!!!
解っているのだろう?あの森を抜けられたら、この王国などあっという間に飲み込まれてしまうのだ。まして、西方聖教会は当てにならんのだぞ!
纏まってもいないジュラの大森林周辺の国家など、あっという間に帝国の支配下に置かれてしまう!」
「教会は動かないか…だろうな。ヤツらは、人同士の争いには興味ない。魔物の殲滅が教義だからな。」
「そうだとも。せめて聖騎士が一人でも動いてくれれば、帝国も迂闊には動けぬものを…魔物への備えが無くなるだけでも時間が稼げるのだが。」
「無理だろうな…教会にすれば、国が崩壊したとしても、自分の懐が痛むわけではない。教会を信仰する者なら全てを助ける訳ではないのだ。」
フューズは、ベルヤード男爵の顔を見やって思う。
くたびれた顔になったな、コイツ… と。
無理もないのだろうが、ベルヤード男爵はここ数日で一気に老け込んだように見えた。
二人は、実は幼馴染であった。
男爵とはいえ、貴族と懇意にしている事が公になるのは色々と都合が悪い。
お互いがお互いを利用していると思わせる関係を築く必要があった為、普段は仲が悪そうに演じているのだ。
こんな小国だけで、この難局を乗り切る事は出来ないだろう。
だが、取り越し苦労という事も有り得る。
確かに帝国に動きはあるが、まだ攻めて来ると決まった訳ではない。
魔物だけならば、まだ対策の立てようはあるのだ。
「まだ帝国が動くと決まった訳じゃないだろ? ともかく、俺が個人的に調査だけは行ってやる。
期待されても困るが、ジュラの大森林の現在の様子と帝国の動向は探ってみるよ。」
「すまん…。助かる。」
そう、まだ帝国が動くと決まった訳ではない。
仮に動くとしても、いや、動くならば大規模な軍事行動となる。小競り合いを仕掛けに動くほど、帝国は甘くない。
百万を超える軍勢で、周辺国家を悉く蹂躙するだろう。
だとすれば、準備に時間がかかるはず。
少なくとも3年は…。
それでも時間が多いとは言えないが、こちらにも準備する余裕が生まれる。
「ともかくは、情報を掴む事だな。時間もない。俺はいくぞ!」
「頼んだ…。」
二人は頷きあい、そして別れる。
すべき事は山程あるのだ。
枢機卿ニコラウス・シュペルタスは、ニドル・マイガム伯爵の退出を見届けると薄く微笑みを浮かべた。
「ダニめ!」
と、慈愛の笑顔を浮かべながら吐き捨てる。
神を信じる事もなく、ただ、教会の金と権力そして、武力に群がるだけのダニ。
彼、ニコラウスのニドル・マイガム伯爵への評価であった。
彼だけではない。
彼ら、教会に属する者達は皆こう思っているのだ。
『神を信じるならば、神聖法皇国ルベリオスに帰依し、信徒になるべきである!』
と。
西方聖教会は、皇国の国教にして、唯一神聖不可侵の法皇のみを頂上に冠する集団であった。
神聖法皇国ルベリオスこそが、西方聖教会の総本山であり、その国民は全て信徒で構成されている。
他国に属していくら信仰を口にした所で、上辺だけで信ずるに値しないのだ。
神は全てに優先される。
ならばこそ、しがらみだ何だと言い訳し、国民にならぬ者達への慈悲など必要ない。
それが、ニコラウス枢機卿以下、西方聖教会に属する者の総意なのだ。
本来ニコラウスは、神を信じぬ異教徒など全て殺してしまえばいい! と考えていた。
その考えを嘲笑い、思い直させた人物がいた。
"異世界人"ヒナタ=サカグチ(坂口 日向)である。
彼女は言った。
『無駄よ。他の神を信仰する者の心を折るのは莫大なエネルギーがいるもの。そんな事をするより、手を差し伸べて受け入れるだけにしておきなさい。その方が確実だから!』
『魔物から人々を守る"正義の集団"そう思わせておけばいい。どうせ、世界から戦争は無くならないのだから、困った時に手を差し伸べればいいのよ!魔物は人類共通の敵だけど、人間はそうではないでしょ?』
『あえて、恨みを買う必要はない。民衆は馬鹿だから、困った時に助ければすぐに信じるわよ。それこそが、宗教の存在意義でもあるのだし?』
彼女は徹底した合理主義者だ。
自らは無信教であるにも関わらず、宗教の否定は行わない。
徹底して利用するのみである。
ニコラウスから見ても、その様は冷徹であった。
ニコラウスがぞっとするほど冷たい瞳で見つめて、
『我々はただ待つだけでいい。他国が力を落とすのを!その為に、恩を売るべきよ!』
耳元で、そう囁かれた時は震えが走った。
それは歓喜か、あるいは恐怖か…
ニコラウスは従った。
おかげで、この10年で教会の立ち居地は大きく変化したのだ。
それまでもそれなりの勢力を有していたが、たった7年で各国になくてはならぬ存在にまでのし上った。
その功績を持って、ニコラウスは司教から枢機卿にまで上り詰めたのだ。
全て、彼女のおかげであった。
「まあ、彼女の言うとおり、ダニにはダニなりの使い道があるものです。」
ニコラウスは今後の事を思う。
帝国が動くかどうかは不明だが、魔物の動きは活発になるだろう。
忙しくなるのは間違いない。
彼女ならどう動くだろう?
久々に、彼女に連絡を取ってみるのもいいかもしれない。
今は"法皇直属近衛師団筆頭騎士"となった、聖騎士団長ヒナタ=サカグチに…。
はい!
主人公の出番はありませんでした!
こんなハズではなかったのに…