証拠隠滅
お義父さんの額から嫌な汗が流れるのを俺は見ましたぞ。
キールやユキちゃん達、そして助手とライバルが馬車から降りて臨戦態勢に入ります。
状況次第では即座に戦闘に入る様な状況ですぞ。
まあ、既にあちらが先制攻撃をしている様な状況ですがな。
「君……いや、お前等は何をしたのか理解しているのか!」
「盾は悪! 最初からそう決まっているのだ! 裏切り者の売国王女共々消えてもらう!」
懲りずにお義父さんに向けて剣を振りかぶっております。
剣には魔法が宿っているようですが……今のお義父さんには傷一つ付ける事は出来ませんぞ。
「兄ちゃんに何すんだ!」
「させない!」
キールが素早く近寄って騎士の剣を持つ手を切りつけ、サクラちゃんが蹴りと同時に剣でめった切りにしますぞ。
「ぐはぁあああああ!」
後方から騎士達が魔法を詠唱して火の雨を降らしますぞ。
味方諸共。
「流星……って無理か!」
婚約者は仲間に入っていませんから流星盾を唱えるとはじいてしまうのをお義父さんは察してローブを大きく広げて火の雨を弾いていますぞ。
「セカンドシールド!」
そして二枚目の盾を出現させて、婚約者を庇いましたぞ。
ローブによって俺達は特に怪我をしていませんな。
「まだだ。もっと魔法を集中させるのだ!」
「……ドライファ・アブソーブ」
俺が槍を掲げて奴等の魔法を吸収しますぞ。
この程度の連中ならば儀式魔法クラスでさえも無効化可能ですからな。
「く……」
婚約者を連れてきた騎士共が馬に乗って逃げようとしております。
戦いの最中に背を向けるとは笑止千万。
何よりも騎士が守るべき姫を捨てて逃げるとは、見下げた連中ですな。
「逃がしませんぞ!」
アブソーブを終了させて俺が走り出しますぞ。
距離があってフィロリアル様やキール、助手とライバルは出遅れております。
まあ、追いつく事は可能でしょうが、お義父さんと婚約者を傷つけようとしたのは万死に値しますぞ。
「エイミングランサーⅩ!」
ロックオンした後、槍を天高く投げました。
槍は幾重にも分裂し、逃げようとした騎士共を全員、射抜いていきますぞ。
ドサリと馬諸共仕留めてやりました。
「ぐは――」
「こ、こんな……馬鹿な。報告ではもっと弱いはず……何故……こんなに――」
全員、一撃で絶命しました。
生存者など残す必要は無いですからな。
ハハハッ! これがお義父さんの戦略ですぞ。
敵がこちらを弱いと思っているから、倒すのが楽で良いですな。
「さて、映像水晶を回収しておきましょう」
俺は騎士共が落とした映像水晶を拾い上げて魔力を流し込みますぞ。
お義父さんと婚約者が映し出されます。
見覚えがあるのとは若干違うものですな。
俺が前に見た映像は改変された物でしたが、お義父さんが邪悪そうな顔で婚約者の首に腕をまわしているのでしたぞ。
クズと赤豚が涙ながらに婚約者をお義父さんから助け出して欲しいとか懇願している姿が不服にも思い出せました。
白々しいですな。
クズの方は本心だった様ですが赤豚の方は婚約者を亡き者にしようとしていたのを俺は知っていますぞ。
とにかく、少々早い様ですがお義父さんを指名手配するために婚約者と言うカードを切ってきたのが明白になりましたな。
「これでお義父さんが誘拐したという証拠映像の捏造は出来なくなりましたぞ」
「これ、ちょっとやりすぎなんじゃ……」
お義父さんが転がる死体に目を向けて言いました。
相変わらずお義父さんはお優しいですな。
しかし、逃がせば俺達の立場はもっと悪くなるでしょう。
安心してください。汚れ仕事は全て俺がやりますぞ。
そもそも……。
「騎士が自国の姫に刃を向け、そして逃げ出したのですぞ? 生かしておいても碌な事にはなりませんな」
「そうなんだろうけど……」
「ああ……うう……」
婚約者が唖然とした表情で俺とお義父さんの顔を交互に見ております。
「大丈夫?」
「ヒ!?」
ビクリと脅える婚約者にお義父さんは困った様に頬を掻きます。
「まずは落ちついてもらわないと話も出来ないか……死体が転がっている様な場所じゃ落ちつけないだろうから少し移動しよう。誰か、メルティさんの乗ってきた馬車を引いて」
「コウがやるー」
と、コウが婚約者の乗ってきた馬車を引いて持ってきますぞ。
婚約者の方は腰が抜けていて、震えております。
「大丈夫ー?」
サクラちゃんが婚約者を優しく撫でて落ちつかせております。
死体が見えない様に体で遮っていますな。
サクラちゃんの優しさが垣間見えて、俺はほっこりとしますぞ。
過呼吸気味の婚約者はサクラちゃんに宥められて少し落ちついた様ですな。
「えっと……まずはメルティ、ちゃんで良いのかな? 落ちついて聞いてね」
「は、はい」
「どうやら君を連れてきた騎士達は何かの陰謀を画策していて、俺達の前で君を殺そうとしていたと見て……良いよね?」
婚約者が死体の転がっている方向を見て静かに頷きましたぞ。
「もちろん、根拠も無く言っているつもりは無いよ? 盾は悪と決まっているとか、凄くワザとらしく姫を人質にしたとか騒いでいたからね。何なら君を送り届けたっていい。俺達は君を誘拐する気も無ければ国を滅茶苦茶にする気も無い」
サクラちゃんに宥められていた婚約者がしっかりとした目で頷きましたぞ。
さすがは婚約者、初めは状況に付いて来れていませんでしたが落ちつきを取り戻しましたな。
「どうやら私が神鳥の聖人様達……ではありませんね。盾と槍の勇者様一行に災厄をもたらしてしまったようです。申し訳ありません」
「気にしなくて良いよ。君だって被害者なんだ」
「……ありがとうございます。やはり盾の勇者様は母上の言う通りの人格者の様で良かったです」
「母上と言うのは……確かメルロマルクの女王様だっけ? 俺達を召喚した代表の王よりも偉い」
「はい。私は母上に父上と勇者様方の仲を取り持つように命じられてきました。ですが、このような事態になり誠に申し訳ありません」
どうも婚約者の喋り方に違和感がありますな。
こんな礼儀正しい喋り方でしたかな?
もっと『アンタなんかにフィーロちゃんをやる訳にはいかないわ!』とかヒステリーっぽく喋っていたと思いますぞ。
お義父さんにも似たように命令口調と言うか敬語は殆どしていなかったですな。
「それは良いよ。ただ、君のお父さんとは仲良くするのは正直無理だと思う。俺達は戦争に加担する気は無いし、勇者の本分である波に挑む事に集中したいだけなんだ。それをわかってくれない限りはね……」
「……ですね。今回の問題は父上と姉上に非があると私も思います。無事に城に帰還した暁にはそう提案いたします」
「ただ……このまま君を城に送り届けて大丈夫?」
「……」
俺が首を傾げている間にお義父さんが婚約者と話を続けて行きますぞ。
そうですな。このまま婚約者を城に直接送り届けたらどうなりますかな?
クズは喜びますが、お義父さんとの因縁で碌な事をしない未来しか想像できませんぞ。
自首してきたのだな? では盾の勇者を死刑に処す。
などと言いながら、ありもしない罪をでっちあげるかもしれませんぞ。
もしくは赤豚がクズに婚約者を見せる前に罠とかを掛けて消し去りそうですぞ。
どちらにしても事件が幾分か早く起きてしまったと見て良いでしょうな。
「出来れば今回の事件は女王に鎮めてもらいたい所なんだけど……」
「母上は父上と姉上の尻拭いをして世界会議に出席しています」
「何処でやってるかわかる? 出来れば君の身の安全のために送り届けるとかしたら良いと思うのだけど」
「それは……最後に会ったのはフォーブレイという国なのですけど、今は何処の国にいるかわかりません」
難しい問題ですな。
お義父さんが深く溜息を吐きましたぞ。
「メルロマルクの連中に頼るのは難しいし、かといってシルトヴェルトの人達に頼ったらそれはそれで戦争になりそうだよね」
メルロマルクの第二王女を盾の勇者が保護……ではありませんな。
捕獲したともなればシルトヴェルトはこれ幸いと戦争を仕出かすかもしれませんな。
もちろん、賢い連中がいるのも確かですし、お義父さんが話をしたシルトヴェルトの使者は物分かりが良かったですな。
そもそもフォーブレイはフォーブレイで危ないですぞ。
何せタクトがいますからな。
ま、先制攻撃で仕留めるのは手ですが、アヤツを不用意に殺すと残党が出現してしまいます。
現在の状況で、別の問題を処理するのは面倒ですぞ。
ならば、今は現在直面している問題の方に集中した方が良いですな。
「お義父さん」
「何? 元康くん」
「ここは婚約者を連れて国内に潜伏していると見せるのが最適ではありませんかな?」
「まー……そうなるか」
そう、未来のお義父さんはこの頃、ポータルを持っておりませんでしたからな。
国内に潜伏し出国の機会を窺っていた様でしたぞ。
その途中で俺が捕まえて三勇教の罠に掛かったのでしたな。
奴等がどうして俺の知る情報よりも早く手を打ってきたのかはわかりませんが、未来の知識では三勇教が活発に動き出すのですぞ。
「じゃあメルティちゃん、悪いけどしばらく俺達と同行して欲しいんだけど、良いかな? このままだと君が盾の勇者の犠牲者にされそうで危ない」
「状況は把握しているつもりです。迷惑を掛けてすいません。よろしくお願いします」
「俺や元康くんが出来る限り守るから安心して欲しい」
「はい。先ほどの強さからそれは理解したわ」
お? 少しかみ砕いた返答を婚約者はしましたぞ。
「とりあえず……サクラちゃん」
「なーに?」
「俺を守るよりもこの子を守る事を優先して欲しいんだ」
「わかったー」
サクラちゃんは了解したと婚約者の前に立ちますぞ。
「じゃあ乗ってーサクラが守るよー」
「あ……うん」
婚約者は恥ずかしそうにサクラちゃんの背に乗りましたぞ。
先ほどの緊張した様子が若干和らいでいるようですな。
やはり俺のライバルである婚約者、フィロリアル様に触れる事で心の平穏を得るのは変わりませんな。
俺も負けずにユキちゃんに頬擦りをしますぞ。
「元康様、くすぐったいですわ」
「ほほほ」
「槍の兄ちゃん何やってんだ?」
「ブー?」
「元康くん、変に張り合わない。エレナさんの方も十分に注意してね。三勇教が本腰を入れて来たみたいだから」
「ブー……」
そして助手の方は何やらライバルの背に乗って婚約者と挨拶をしていますぞ。
「ドラゴンもここにはいるのね。みんな仲良しなの?」
「仲良しじゃー……無い」
「そっか。フィロリアルとドラゴンは仲が悪いもんね」
「怒らないの?」
「怒ってどうするの? フィロリアルとドラゴンはそういう生態なのよ?」
婚約者の言葉に助手は納得した様に頷いています。
この余裕! なんか負けた気がしますぞ。
しかし、俺はどんな時もフィロリアル様の味方に回ります。
「あの、盾の勇者様」
「何?」
「あんまりフィロリアルとドラゴンを一緒の場所におくのはいけないわ。サクラちゃんのここ……」
婚約者が事もあろうにサクラちゃんが気付かずにいるストレスでハゲた場所をそれとなく指差しましたぞ。
同時に、ライバルの鱗の剥げている場所も。
「あー……うん。出来る限り善処するよ、ごめんね」
「お願いします」
「……私の名前はウィンディアって言うの。メルティちゃんって呼んで良い?」
ライバルの鱗の具合にまで気付いた婚約者を助手は気に入ったのか自分から名乗りましたぞ。
キールでさえも信頼するのに時間が掛かったと言うのに!
まあ、ドラゴンと仲の良い助手と仲良くなっても得などありませんがな。
「うん」
「サクラはねーメルちゃんって呼んで良い?」
「良いよ」
「またにぎやかになったね……とりあえずは事態を見届けるのが先決になりそうだね。目撃者は消す事に成功したけどさ」
と、お義父さんは遠いメルロマルクの城の方角を見つめて言いました。
そういえば婚約者が来た所為で城の方へ行く事が難しくなりましたぞ。
行けなくは無いですが、様子を見るべきになってしまいましたな。
これが……少々早い、事件の幕開けだったのですぞ。