婚約者
……は? メルティ=メルロマルク?
おかしいですな。
耳がおかしくなったでしょうか?
この名前は確か……婚約者の名前ですぞ。
「えっと……」
お義父さんが俺の方へ近寄って耳打ちしますぞ。
「ビッチな王女じゃなくて、元康くんの話じゃ誘拐疑惑の時に俺と一緒に逃げる王女が来てるよ? 次の波の後じゃ無かったの?」
「おかしいですな?」
「ちなみにどんな子なんだっけ? いや、フィーロって子と凄く仲良かったのは知ってるけど」
「青い髪が特徴の少女ですぞ。背格好はフィーロたんと殆ど同じですな。顔はフィーロたんに劣りますが上から数える方が早いですぞ。そしてフィロリアルに関して言えば俺と双璧を成す……まさしく俺に取ってライバルであり、フィーロたんの婚約者なのですぞ」
「よ、良くわからないけど元康くんに匹敵する変態か」
「兄ちゃん気持ちはわかるけど、思った事言い過ぎだぜ」
「あ、ゴメン……とりあえず話くらいはしてみようか。未来の話だと信用できる人物なんだしね」
俺とお義父さんが内緒話をしている間に馬車の外が少しにぎやかになっていますぞ。
「フィロリアル?」
「ふぇー?」
見るとやはり婚約者がそこに居て、サクラちゃんの顔に向けて手を伸ばしていますぞ。
「ひ、姫様!」
騎士に注意されていますが知った事では無いとばかりにサクラちゃんと見つめ合っていますな。
サクラちゃんの方は触れられて、気持ち良さそうに目を細めていますぞ。
「神鳥の聖人様の馬車を引いているのはやはりフィロリアルなのね。こんなフィロリアル……凄いわ。初めてみる」
「んー?」
「お、おしゃべりするの?」
婚約者は驚いた様子でサクラちゃんを見ております。
どうやら、この時点ではフィロリアル様達が喋る事を知らない様ですな。
「うん、サクラはお話しできるよ?」
「わー……私、フィロリアルと話すのが夢だったの! もっと……貴方の事を教えて」
凄く楽しげに婚約者はサクラちゃんと話をしております。
サクラちゃんも純粋な好意を受けて、気分が良いのか素直に答えました。
「えっとねーサクラはサクラって言うの。ナオフミを守るのがお仕事で、今は馬車を引いてるのー」
「そうなんだ? 私は貴方のご主人様と大事なお話があってきたの。これから良い関係を築きたいわ」
「ふーん……」
「ね、ねえ、もっと撫でて良いかしら?」
「いいよー。でもルナちゃんの方がサクラよりも胸の羽毛はふかふかだよ?」
「それでも撫でさせて」
「良いよー」
そんな様子をお義父さんが微笑ましいとばかりに見つめています。
さすがは婚約者。
早くもフィロリアル様と友好を深めております。
世界は変われど、我がライバルに相応しいですな。
絶対に負けませんぞ!
「見た感じ悪い子じゃないみたいだし、元康くんの話じゃ問題無さそうだね」
お義父さんは馬車から降りて婚約者の方へと行きますぞ。
「この子の事を気に入ってくれたのかな?」
「え……あ、はい」
お義父さんが声を掛けると婚約者は緊張した様な表情で一礼しましたぞ。
「初めまして神鳥の聖人様。私の名前はメルティ=メルロマルクと申します。此度はこのような場所での訪問に関してどうかご容赦ください。」
おや? 俺の知る婚約者はもっと気が強い感じでお義父さんと話をしていましたぞ。
まあ、初対面の印象は重要ですからな。
きっとあの気の強い本性を隠しているのですぞ。
ですが、その本性の方が輝いているのもまた一つの真実。
高貴な生まれを見せつけて慇懃無礼な態度を取られるよりも遥かに良いですな。
さすがは婚約者、初対面の印象を良くしようとする意図、その手腕でお義父さんからフィーロたんとの婚約をもぎ取ったのですな。
フィーロたんも婚約者を寵愛していたのです。
コヤツが決して悪人では無いと俺は知っています。
他者から良く見られようとするのは相手への敬意なのですぞ。
昔、豚相手に敬意を示していた俺が断言しますぞ。
間違っても、どこぞの赤豚の様に他者を見下す為の物ではありません。
「さあ、姫様が名乗ったのだ。神鳥の聖人も素顔を見せて名乗るが良い!」
婚約者が不快そうに付き添いの騎士を睨みますぞ。
「それでは神鳥の聖人様の気分を害してしまいます。言葉には気をつけなさい」
「は、はっ!」
敬礼をして婚約者の注意を受け入れたとばかりの態度ではありますが、なんか怪しいですな。
お義父さんはその様子を静かに見つめておりましたぞ。
「とても礼節を重んじて……こちらも応じなければ行けないな」
お義父さんは羽織っていたローブのフードの部分を捲って素顔を見せますぞ。
つまりお義父さんは婚約者にある程度、心を許した、という事ですな。
しかし、それは婚約者にだけであって、騎士達には警戒しているようです。
まあこんな高圧的な態度をしている連中ですからな。当然の結果でしょう。
「えっと、神鳥の聖人とこの国で呼ばれている者です。名前に関してはまだ、名乗れない立場なのでどうか許して欲しい」
「……名乗れぬ事情、察する事は出来ます。姉上と父上の無礼をどうか、お許しください」
婚約者の方もどんな事情なのかを察しているかのように、あえてお義父さんの正体が誰なのかを言わずに話を進めている様ですぞ。
さすがは婚約者ですな。
村や町での経営は、あの女王を彷彿させるほど有能であり、やがて世界でも一番大きな国となるメルロマルクの女王に即位する王の気品を兼ね備えていますぞ。
そう考えると一介の……伝承の勇者という看板しか背負っていない俺はフィーロたんを巡っての信用をお義父さんから得られないのも道理。
ですが、絶対に負けませんぞ!
「それで、今回は何の用で俺達と話を?」
「ええ……まずは国を代表して私から聖人様にお願いがあってこうして会いに来ました」
「願い?」
「はい」
なんですかな?
俺もお義父さんが婚約者と逃げ回った時の経緯に関しては詳しく聞いていないのですぞ。
あくまで俺が聞いたのは婚約者がお義父さんに会いに行ってその場で誘拐されたという話ですからな。
その後はずっとお義父さんを追い掛けていましたが、捕まえるのに苦労したのを覚えています。
ま、騙されていたのだと知るのに時間が掛ったのですがな。
「どうか聖人様、父上と和解をして頂きたいのです」
「……」
お義父さんが呆れる様な表情をしております。
俺も呆れますぞ。
婚約者よ、それは無理な相談ですぞ。
あのクズがお義父さんと和解するなど天地がひっくり返りでもしない限り……おや? 何故かお義父さんと共に真剣に会議している光景が思い出されますぞ。
どのような経緯で和解したのでしたかな?
薄らと思いだせるのですが、相当プライドをズタズタにしたのではなかったかと思いますぞ。
きっと自尊心などを全て無くし、お義父さんに忠誠を誓う様に仕向けたのですな。
「難しい提案だと私は思っていますが無理な事では無いと思っています。母上からも、聖人様と父上の仲を取り持って欲しいと頼まれて私は来ました」
「なるほど、君の提案はわかったけど、あの……王が耳を傾けるとは思えない。まずは、君の母親がどうにかしないといけないんじゃないかな?」
「それは――」
「貴様! メルティ様の頼みを聞けないと申すのか!」
何故か話の間に騎士が入り込んで腰に下げた剣を鞘から抜きますぞ。
不穏な気配がしますぞ。
俺は馬車から急いで降りていつでも手を出せるように力を込めました。
それをお義父さんが遮ります。
「聞く聞かないの話をしている最中だよ。まだ話は終わっていないんだから黙っていてくれないか?」
お義父さんがムッとした様子で騎士を睨みますが、騎士の方はどこ吹く風で臨戦態勢に入りますぞ。
そして後方にいた騎士が映像水晶らしき物を掲げていますな。
これは……もしや完全に嵌められているのではないですかな?
些か早いと思いますが間違いないでしょう。
「おやめなさい! 私達は聖人様と和解の為に――」
婚約者が注意すると同時だったかと思いますぞ、騎士共は笑みを浮かべながら婚約者に向けて剣を振り下ろしました。
完全に殺すつもりで振りかぶってますぞ。
ですが……。
「キャアアアアアアアアアアアア!」
「エアストシールドⅩ!」
お義父さんが咄嗟に前に手を伸ばしてスキルを唱えますぞ。
ガキンと出現した盾に騎士の剣はぶつかって弾かれ、婚約者に刃が届く事はありませんでしたぞ。
事前に婚約者が誘拐疑惑に遭う事を知っていた為、お義父さんは婚約者よりも騎士達に警戒していたみたいですな。
俺はその隙を逃さず槍を仰け反った騎士に向けて振りかぶります。
が、出現したお義父さんの盾が間にあり、避けられてしまいましたぞ。
スキルを使えば良かったかもしれませんが、如何せんお義父さんと婚約者が近すぎましたな。
なので何処かに伏兵がいないかと炙り出しの魔法を唱えましたぞ。
どうやら、潜伏した影などはいないようですな。
お義父さんが婚約者を守るように盾を前に出して構えましたぞ。
「……なんのつもりだ!」
俺の攻撃を運よく避けられた騎士とその背後に居る連中が白々しく完全に舐めた目で、且つ演技が入った口調で宣言しますぞ。
「おのれ、盾め! 姫を人質にするとは!」
「はぁ?」
「なぁ兄ちゃん、アイツ等何言ってんだ? オレ、全然わからねぇんだけど……」
「……時期がズレてる? なるほど、こういう風に犯罪者扱いするのか……」
騎士達を睨んでいたお義父さんが呆れた表情になりました。
キールなど首を傾げております。
俺も同じ気分ですぞ。
自分で婚約者を傷付けようとしておいて、こやつ等は何を言っているのですかな?
「メルロマルクと盾の悪魔が和解する必要など無い。売国王女にはその為の犠牲になってもらう!」