彼を知る
「その……」
治療師が若干気圧された様子で答えました。
「今回の疫病はドラゴンの死骸から発生する物で有名な物です。過去に治療院で確認されております」
「未知の要素は?」
「ありません」
「そういう訳。ああ、今度は治療師を疑うのかな?」
「神鳥の聖人様! どうかお怒りをお静めください!」
藁にも縋るように村の代表はお義父さんに懇願しておりますぞ。
しかし、本当に見下げ果てた連中ですな。
何から何まで人の所為。
お義父さんが怒るのも無理は無いですぞ。
「誰かの所為にするのは楽だ。だけど、今回は君達自身が起こした問題だというのを自覚してほしい。正直、いい加減にしろって思う」
はぁ……と、お義父さんは深く溜息吐いてから助手を馬車の方へ行かせました。
「神も悪魔でも無く、人災なんだよ。今回の事件は」
そう呟いて、黙々と治療するお義父さんの姿を村人は黙って見ておりました。
やがて一人一人と手を合わせて祈り、懺悔の言葉を呟き始めますぞ。
それからしばらく治療に専念しました。
もちろん、この元康もお義父さんの治療を手伝いましたぞ。
「兄ちゃん、こんなもんか?」
「うん、みんな良くがんばったね」
病に苦しむ者達の症状が良くなったのを確認したお義父さんは施設から出て山の方を見ますぞ。
「さてと、後は原因の処分に行くとするよ」
「聖人様達が行ってくださるのですか!?」
「その為に来た。アレが山にある限り、疫病が沈静化する事は無い。君達の言う猶予を稼ぐために……俺達は行くとしよう」
平伏するように村人達は頭を下げましたぞ。
「あー……先に宣言するよ。観光地にさせて得た収益とドラゴンの財宝を売って得た金銭……それをちゃんと環境の整備に使う様。間違っても愚かな真似に使わない様にね」
お義父さんはギロっと出発する直前に村の連中に睨みつけましたぞ。
「は、はい! では聖人様への報酬は……」
「悪いけど、いらない。その分を、村は元より山の復興に使うんだ」
「わ、わかりました」
「次に来た時に変わっていない様なら、ここには二度と来ない。一度皆で話し合って、これからの事を相談するんだ」
と、言い残すとお義父さんは馬車に乗り込み、俺達は山に向けて出発しましたぞ。
「さてと……ちょっと説教し過ぎな気がするけど、アレでダメならもうお手上げだね」
「兄ちゃんスッゲー不機嫌そうだったもんな」
「だってそうでしょ。何度も注意したのに無視して疫病を蔓延させた挙句、錬の所為にしようとして、ウィンディアちゃんに責任を被せようとしたんだよ?」
「あの人達、ある意味スゲーよな」
「ですぞ。汚物は消毒すべきですな。今すぐに俺が魔法で消し飛ばしてやりますかな?」
「元康くん、もしかしてそんな真似が出来るほど強いの?」
「出来なくはないと思いますぞ。あの程度の村なら、リベレイション・ファイアストームⅩで跡形も残らないと思いますな」
「い!? お願いだからやめてね」
「ブー……」
「皆殺しにして宝を奪うって……それじゃあ強盗でしょうが。まったく……」
お義父さんは呆れたように呟きましたぞ。
さすがは怠け豚。
言う事が外道その物ですな。
「……」
なんて話していると助手が俯いてお義父さんのマントの端を掴みますぞ。
お義父さんは少し悲しげな笑みを浮かべて、そんな助手に話しかけます。
「これから君のお父さんの処理……埋葬をする。これだけの汚染を出す原因みたいなものだから、埋葬だけじゃ無理かもしれない。その場合は元康くんに火葬してもらうか聖武器に入れて処理すると思う」
「……うん」
「ガウ!」
魔物が助手を励ます様に馬車について来て鳴きましたぞ。
そういえば先ほどから何処にいたのですかな?
ああ、お義父さんが町に近寄らない様、注意していたのですな。
馬車には乗せられませんから、人目を避けるように待っていたのですぞ。
「さあ、これから大変だけど山を登って行こう」
「サクラがんばる」
「俺もやるぜ」
「私達が魔物達を駆逐して行きますわ」
馬車を引くユキちゃんとコウが近寄る毒を持っていそうな魔物達を跳ね飛ばして行きますぞ。
素材の回収はルナちゃんに任せておきましょう。
瘴気による突然変異した魔物もいる様なので、レアな素材かもしれません。
少なくとも、俺が解放していない素材もあるようですし。
こういう時、フィロリアル様が多いと助かりますな。
「ガウ!」
ボッと魔物は火を吐いて焼き払いますな。
お義父さんが結界を生成し、割と早く山を登る事が出来ておりますぞ。
「僅か二週間で見る影も無い……ドラゴンの死骸を放置するのって怖いんだね……」
「汚染生物ですな」
「元々魔法的な要素の塊とかなんじゃないの? こう……俺達が詳しく知らないだけで」
「ドラゴンの生態など全く興味が無いですぞ」
「……元康くん、君はドラゴンが嫌いだから知りたくも無いって思っているかもしれないけど、それだと足元を掬われるよ?」
「どういう意味ですかな?」
「君も日本から来たんだからわかるんじゃないの? 彼を知り己を知れば百戦殆からず。敵がどんな生態か知っているのと知らないとでは対処に違いが出るよ? 元康くんはフィロリアルが大好きなら、そのフィロリアルのライバルであるドラゴンに関しても知っていると得だと思うよ」
なんと! 確かにその通りですぞ。
フィロリアル様が嫌悪しているから、俺も何も知らない事が良い事だと思っていましたが、ドラゴンがどんな行動をしてフィロリアル様を苦しめるのか知らねば、いずれ大切なフィロリアル様達が大変な目にあるかもしれません。
ドラゴンがどんな生き物であるのかを知る事で、俺は更にフィロリアル様への愛を深めることが出来るのですな。
「うわ! 槍の兄ちゃんが滝のように涙を流し始めたぞ! 気色ワリ―」
「ほっといてあげなよ。ウィンディアちゃんはドラゴンの事を知ってる?」
「……どんな生き物とも結婚出来るってくらいなのと、大人になるまでどれくらい掛るかとか、魔法の唱え方とか」
「まだまだ知らない事がありそうだね。知る事で君はお父さんの事をもっと詳しくなれるかもよ」
「……うん。知りたい」
「その点で言えば主治医は詳しい様でしたぞ」
「ん? 主治医って……確か未来でウィンディアちゃんに色々と教えてくれた先生みたいな人の事だよね」
「そうですぞ。フィーロたんの主治医でフィロリアル様は元より、ドラゴンに関しても相当な知識があったようですぞ」
「へー……なんて名前の人? 何処から来たのか知ってる?」
主治医の名前……?
なんだったでしょうか。
主治医としか覚えておりません。
俺がお義父さんの村に来た頃には、既に居たと思いますぞ。
そもそも、主治医とあまり話をした経験がありません。
当然ながらどこで何をしていた人間なのかすら知りません。
「全く知りませんな。確か天才錬金術師とか本人が言っていたくらいですぞ」
「うわー……元康くんに聞いたのが間違いだったよ。もしもループする事があったらちゃんと覚えておいた方が良いよ」
「わかりましたぞ」
「んー……主治医って人にウィンディアちゃんが弟子入りしたらもっと魔物に詳しくなれるかもね」
「うん、もっと覚えたい」
俺もフィロリアル様の事、そして宿敵であるドラゴンの事をもう少し知りたいですぞ。
そして奴等の弱点を見つけ出し、そこを攻めるんですぞ。
などと話をしながら俺達は着実にドラゴンの死体がある場所へと向かって行ったのですぞ。
「うわ……」
「気持ちわりー!」
「う……」
お義父さん達の言葉はもっともですぞ。
巨大なドラゴンの死体にポイズンフライという魔物が群がっております。
どんな姿をしていたかは分かるのですが、腐った肉に群がるポイズンフライによって姿は全く見る事が出来ません。
「さすがにこんなに群がられていると気持ち悪い……ね。あんまり虫は好きじゃないけど、ここまで来ると匂いもあってきついな」
「お父さん……」
「まずは魔物の殲滅から入ろうか」
「私が魔法で全てを薙ぎ払ってみせますぞ」
「元康くんに任せるとドラゴンも一緒に骨まで焼き尽くしそうだけど?」
「おや? いけませんかな?」
ギュッと助手が拳を握っておりますな。
「それは最後の手段にしよう。まずは埋葬出来るかを考えようよ。ウィンディアちゃんのお父さんもこの地で眠りたいんじゃないかな?」
「ガウ!」
魔物が鳴くと同時にドラゴンの死骸の方が動き出し始めましたぞ。
「兄ちゃん、今あれ、動かなかったか?」
ポイズンフライがバササっと飛び立っていきます。
そのお陰で全身が見渡せるようになりましたな。
「体内に溜まったガスが漏れて動いた様に見えるんじゃ……」
お義父さんの言葉が途中で止まりました。
骨と肉だけになったドラゴンが……ゆっくりと前足を上げて、起き上がり始めましたぞ。
ボコボコと腐った肉が溶けて残された部分を補強するように蠢いております。
「GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」
起き上がったドラゴンゾンビが雄たけびを上げました。
「……ガスが原因じゃないっぽいね」