助手の選択
怠け豚の領地で俺達は食料を積みますぞ。
バイオプラントの畑が徐々に拡張して行き、既に怠け豚の領地ではかなりの規模でバイオプラントの栽培が進んでおります。
遠くから食料を求めて買いに来る者もおり、お義父さん曰く、かなり潤っているそうですぞ。
流通の一部も委託状態で、まさしくある程度、国の飢えは無くなっていて食べるのには困らない状態に落ちついております。
その一端を担った怠け豚の実家は相当の儲けが出たとか。
なんとも腹立たしい事実ですな。
ですが、お義父さんがむやみに植えても誰かの手柄になるのでしたら何処かで諦めるのも手。
そう思いながら今日も馬車に食料を積みますぞ。
最近では薬の売れ行きよりも食料の方が売れるとお義父さんは言っております。
「ブー」
そんな状況で怠け豚が自らの実家から出て来てお義父さんに声を掛けましたぞ。
「ん? どうしたのエレナさん」
「ブー……」
「え……」
「ブー」
何故か怠け豚の言葉にお義父さんが唖然とした様な、呆れたように溜息を吐き、それでありながら緊迫した様な表情を浮かべました。
「……ウィンディアちゃんを呼んで」
「何かあったのですかな?」
「うん、元康くんにも一緒に話すから、付いて来て」
お義父さんは助手を含めた全員を呼び寄せましたぞ。
「どうしたの?」
お義父さんは助手に近づいて、口を開きました。
「東の村で疫病が流行しているらしい」
「え!?」
その言葉に助手を初め、キールやユキちゃん達が唖然とした表情を浮かべます。
「たぶん、原因は……」
言葉を濁すお義父さんは助手と魔物に目を向けます。
何を伝えようとしているのかは分からないはずはありませんぞ。
助手は静かに俯いています。
魔物の方はちょこんと座って静かに目を閉じていましたな。
十中八九、あのドラゴンの死骸が原因であるのは間違いないですな。
何せ、お義父さんが村の連中に再三に渡って危険だから早めに処分するようにと告げておりました。
鼻の良いフィロリアル様とキールがドラゴンの死骸の近くで既に鼻が曲がると言っていました。
この時点で予兆は十分にあったのですぞ。
にも関わらずお義父さんの忠告を無視したとは、まさしく自業自得。
助けるに全く値しませんぞ。
ドラゴンの所為で起こった疫病というのがシャクではありますが。
「ウィンディアちゃん」
お義父さんは助手の目線に合わせて肩を掴みます。
「君は……どうして欲しい?」
「……なんで、私に聞くの?」
「それは君が関係者であるからだ」
「……」
「俺は十分注意をしたし、実は助ける義理も無い。エレナさんが金の匂いがするから教えてくれたんだけど……」
助手は俯いて目を伏せますぞ。
「だから俺は君に問いたい。このまま見捨てて、君のお父さんが間接的にあの村の連中に復讐するのを見届けるか、それとも……」
一拍置いてお義父さんは助手に、向けて強い目で問いましたぞ。
「村を助けに行くか」
「……」
沈黙が辺りを支配しましたぞ。
フィロリアル様達は各々が複雑な面持ちで立っております。
「兄ちゃん……ウィンディアちゃん」
キールは心配そうにお義父さんと助手を交互に見つめますぞ。
「ガウ」
魔物は……助手の服の裾を軽く噛みましたな。
助手は静かに魔物の頭に手を置いて撫でましたぞ。
「義理は無いし、酷い人達ばかりだ。俺達は見捨てる事だって出来る。俺達の正体がばれたらそれこそ相手に大義名分を与えかねない危険な行為になる。もはや事件になりつつあるこの状況だし、もしかしたら弓の勇者である樹が解決するかもしれない」
「私は……」
「多分、見捨てるのが正しい選択だと思う。だけど、どうするかを俺はウィンディアちゃんに決めてもらいたいんだ」
「ガウ……」
助手は魔物と目線を合わせ、何かブツブツと魔物の言葉をつぶやきましたぞ。
それから顔を上げて……。
「盾の勇者さん、あの村の疫病を……お父さんが残した災いをどうか退けてください。お願いします」
その目にはうっすらと涙が流れておりましたぞ。
お義父さんは助手の頭に手を置いて優しく撫でました。
「うん、凄いね……俺は君がとても誇らしい選択をしたと思う。とても傲慢かもしれないけど君のお父さんに代わって、俺は君を褒めたい。俺じゃとても真似出来る選択じゃない」
バッと助手はお義父さんの胸に顔を埋めましたぞ。
「君はとても良い子に育ってくれたね。これから君のお父さんにお墓を作りに行こう」
「うん……うん……」
お義父さんは優しく抱擁しております。
「じゃあウィンディアちゃんの決意を無駄にしない為に、俺達はこれから急いで東の村へ出発する。エレナさん、薬のチェックを」
「ブー……」
「キールくんは予防薬やマスクの準備をお願い。サクラちゃん、ユキちゃん、コウ、ルナちゃんはいつでも出発できるように準備を!」
「わかったぜ兄ちゃん! これから忙しくなるぞー!」
「「「らじゃー!」」」
みんな一斉に出発の準備を始めましたぞ。
「後は念の為に特効薬や強力な薬の確保を! 元康くんもお願いするね」
「任されましたぞ!」
俺は槍の技能で、薬の生成を行いますぞ。
何、現在槍に入っている素材で、強力な薬を生成することなど造作もありませんからな。
最高峰のイグドラシル薬剤だって、作れなくはありませんぞ。
ただ、材料の関係で数ランク落とした物を量産した方が良さそうですがな。
「ガウ!」
「うん、行こう!」
助手の言葉に魔物が近寄って助手の近くで腰と頭を落としてすぐに背に乗れるようにしますぞ。
これは因縁が絡む出来事ですな。
未来でも疫病が発生した村があったと聞いたような覚えがありますぞ。
おそらく、この時の出来事でしょう。
この時点でお義父さんは助手とは知り合っていなかったと思います。
未来の知識は殆ど役に立ちませんが、対処が出来ない状況ではないと思いますぞ。
さあ! ここからが正念場ですな。
積み荷は軽めに、急いで東の村へ行きましたぞ。
前回と比べて妙に陰惨な空気が、東の村に行く前に漂っております。
心なしか温度が低く感じるのは気のせいでは無いと思いますな。
山は暗雲、草原は黒く……なんとも不気味な変化に俺自身が戸惑いを覚えますぞ。
空には日が全く差しておらず……過去に豚と見に行ったホラー映画のワンシーンの様な不気味さが辺りを支配しております。
それはフィロリアル様達とて同じなのか、キリッと引きしまった表情をしております。
「前回来た時とはずいぶん変わっているね。まだ二週間くらいしか経っていないのに」
「そうですな」
巨大なドラゴンが倒された影響で生態系に大きな変化が起こっているのは既に、一度来た時にはわかっていた事実ですぞ。
そこに死体の瘴気が加わってしまったという事でしょうか。
「これが異世界の現実とでも言うのかな……? うーん、なんとも禍々しい感じがするよね」
「山火事とかがあったと思えば似た様な物なのではないですかな?」
「そうかもしれないね。大地の汚染が目に見える形で噴出しているのかもね」
「くさーい」
「鼻が曲がりそうだぜ。兄ちゃん」
「みんなうつらない様に予防薬は飲んだよね?」
「うん」
「うーん」
「はーい」
みんな頷きますぞ。
もちろん俺も飲んでいます。
フィロリアル様達に飲ませ、飲み込む所まで確認を取ってあります。
苦いので隠れて捨てる事が無い様に、ですぞ。
「ガエリオンちゃんは特に気を付けて、君のお父さんから広まった疫病だから、一番うつりやすいかもしれない」
「ガウ!」
お義父さんの忠告に魔物は頷きましたぞ。
助手は馬車から山の方をずっと凝視しております。
「まずは村の方でどれだけ被害が出ているか確認しよう」
「……うん」
「あと、ウィンディアちゃんは馬車から出ない様にして、どんな因縁をつけられるかわからないから」
「でも……」
「大丈夫、君のお父さんがいる場所には絶対に連れて行くから」
「……わかった」
ギュッと助手は着ている服の袖を握って頷きましたぞ。