保護
「俺達はただその子をあるべき場所に返そうと思っていただけでして……」
などと冒険者達は言い訳をしております。
あるべき場所とはまた抽象的な言い回しですな。
それは奴隷商人の所でしょうか?
そもそも、最初からここに居たのですから、あるべき場所とはこの巣穴では?
尚、現在進行形で、ドラゴンが混ざった、丸々とした魔物が威嚇していて、その魔物を守るように助手は抱きついています。
唖然とした表情でキールとお義父さんを交互に見ていますぞ。
「先ほどの会話から、とてもそうは思えない……悪いがその子と……」
お義父さんは巣穴の中を見渡します。
巣穴の中に居る生きている魔物は既に助手が抱きついているのしかおりません。
「卵は……」
お義父さんの声に冒険者達はこれは俺達の宝だと言わんばかりに、残されていた卵を抱えましたぞ。
深くお義父さんは溜息を吐きました。
「じゃあ、その子と一緒に居る魔物は俺が保護させてもらう」
「で、ですが――」
冒険者の代表が異議を唱えようとしたのをお義父さんは静かにフードで顔が見えないにも関わらず睨みつけました。
「保護するなら誰がしても同じだろ? それともお前等は俺が見ていない所で保護とは別の事をするつもりだったのか?」
「う……わ、わかりました。ですが、魔物と共に居る亜人ですので、危険だと思いますが?」
冒険者の言葉を無視してお義父さんは助手の元へ行きます。
「ガウウウウウ……」
お義父さんの接近に助手が抱きついている魔物が呻きましたぞ。
「大丈夫、何もしないから」
優しく手を伸ばすお義父さんに魔物は唖然とした表情をしております。
俺は知っておりますぞ。
お義父さんは魔物に好かれている方だと言うのを。
もちろん魔物は魔物であり、魔物紋で行使しない限りは攻撃してくる可能性は捨てきれませんが。
これは助手に言ったのですかな?
「とりあえず……君は、君達はここから移動した方が良い。じゃないともっと酷い目に遭いかねない。だからどうかついて来てほしい」
「そうだぜ! ここには酷い連中が沢山いるから逃げなきゃ大変な目に遭うぜ!」
お義父さんとキールが助手に手を伸ばしますが、助手は魔物に抱きついたまま動こうとしません。
「いや……」
「でも……このままじゃ君は……」
「お父さんが帰ってくるのを待ってるの……じゃないとお父さんが帰って来た時、悲しむ」
助手が言っているお父さんとは誰の事ですかな?
会話の前後とここがドラゴンの巣穴であるから考えて、助手の親はドラゴンなのですかな?
なんとも不快な出生をしているのですな。
ですが、未来の助手は面倒見は良かったとフィロリアル様達からは聞いていますぞ。
フィロリアル様が受けた恩は俺が受けた恩。
例えドラゴンの子供だとしても、恩は返さねばなりません。
「君のお父さんは……」
お義父さんが説得する言葉に困りながら頬を掻きます。
「ガウ!」
そこに助手が抱きついていた魔物がトコトコと歩き始めました。
「あ、待って! 行っちゃダメ! 待たないと!」
「ガウガウ!」
「え……? でも……お父さんが……」
「ガウ!」
魔物は助手の後ろに回り込み、お義父さんの方へ頭で助手を押して行きます。
「わ、わかった……じゃあこの人について行けば……良いの?」
「ガウ!」
助手の股下を潜る形で魔物は助手を背負ってお義父さんの所へ来ます。
「少しの間だけ……お願いします」
「うん。じゃあ……行こうか」
コクリと頷いたお義父さんは冒険者たちを睨みつけてから、キールと助手の手を取って、巣穴から出ました。
「この子は俺が保護をする。それ以外は好き勝手にすれば良い。それじゃあな」
と、告げ、お義父さんは巣穴の外で待つ俺達の元へ。
「じゃあみんな、ここから移動しよう」
ドラゴンの関係者が居る事で若干嫌そうな素振りを見せるサクラちゃんとルナちゃんでしたが、お義父さんの纏う空気に頷いて歩き始めました。
こうして、俺達はドラゴンの巣穴から立ち去ったのですぞ。
巣穴から出てから少し下山した所でお義父さんは助手を見つめて声をもらします。
「さてと……どうしたら良いかな」
キールが助手に優しく歩み寄って、元気を出せと言ってますぞ。
「まず君に関して質問して良いかな?」
「……はい」
「名前はなんて言うの?」
「……ウィンディア」
「ウィンディアちゃんね。君はこれから……どうしたい?」
「お父さんを探す」
助手の返答にお義父さんは言葉を詰まらせました。
そう、あの状況から見て、助手の親であるドラゴンは錬が倒したドラゴンでしょう。
つまりこの世にいません。
「……君にまず問いたい事があるけど良い?」
「うん」
「とても辛い、気が狂いそうになる酷い現実と、期待を胸に進む夢……どっちが良い?」
この言葉で助手は何を説明しようとしているのか理解して俯いて涙をこぼしましたぞ。
「兄ちゃんひでー!」
「そうだけど、あそこから連れ出さなかったらもっと酷い目に遭ってたかもしれないんだよ? この先どうするかも、この子に聞いておきたいし」
「で、でもさ!」
「それでも、自分で決めなくちゃいけないんだ」
「兄ちゃん……」
「……」
「ガウ」
心配そうに助手を乗せた魔物が助手を励ましますぞ。
「うん……大丈夫。ありがとう」
助手は泣きやんでから顔を上げて、お義父さんに告げました。
「お父さんの所に……連れてってください」
「そう……それと……ごめんね。君のお父さんが大切にしていたものを守れなくて……俺はあの中で君達しか連れ出す事が出来なかった」
「……」
助手を乗せた魔物がトコトコと進んで行きますぞ。
状況が状況ですからな。
あそこでドラゴンの財宝は全て頂く、などとは言えるはずもありません。
神鳥の聖人の正体が露見するのは元より、戦闘によって何もかも破壊されてしまうかも知れませんぞ。
まあ、俺に掛れば皆殺しにして全てを無かった事に出来たかもしれませんが。
「お父さんが前に言ってたんです。いつか我が死ぬ時が来るかもしれない。その時は、悲しむ暇があったら自分の身を守れって……さっき、妹に怒られちゃいました」
「その子は……」
「ガウ?」
「はい。妹です」
助手は気丈にも笑顔でお義父さんとキールに向けて告げましたぞ。
「ありがとうございました」
「お礼はまだ良いよ。まだ俺達は君の願いを叶えていないんだから」
「そうだぜ。俺はウィンディアちゃんを守って見せる!」
「キールくん、君も無茶しちゃダメだよ。あんなに沢山の冒険者の前に出るだなんて、とても危険な行為だったんだよ?」
お義父さんがキールを叱りつけますぞ。
「う……わかったよ兄ちゃん。もう無茶しねえよ」
「ルナ驚いた」
「サクラもー」
「ルナちゃんにサクラちゃん、この子はドラゴンの匂いを持ってるかもしれないけど、戦っちゃダメだからね」
「イワ、わかったー」
「うん、サクラもそれくらいはわかってるー」
フィロリアル様達は素直ですな。
不愉快な出来事でストレスが溜まった俺の清涼剤ですぞ。
「先ほどの連中を皆殺しにすれば一人占め出来ましたぞ。何、俺の手に掛れば造作もありませんぞ。証拠や証言者を全てこの世から消せば罪などありませんぞ」
「い!? 元康くん、お願いだからやめてね」
やはりお義父さんに制止されてしまいましたぞ。
まあ、俺もドラゴンの関係者である助手の為に動くと言うのは若干の躊躇いがありますからな。
他人の手柄を奪う程、野暮ではありませんぞ。
ドラゴンの財宝など、それこそ山奥にでも行けば容易く手に入りますからな。
それからお義父さんはゆっくりと助手とその魔物と共に下山して行きました。
その帰りにお義父さんは助手に向けて再度確認を取ります。
「ウィンディアちゃん、この先に……」
「……」
助手は静かに頷いて、ゆっくりと岩肌にある道から巨大なドラゴンの死骸を見つめました。
「……!!」
ワナワナと震え、助手は大きく瞳から涙を流し始めます。
お義父さんが優しく助手の魔物と一緒に抱き締めました。
「我慢しなくて良い。声は漏れないようにするから。君は……その感情を押し殺してはいけない」
「ううう……」
お義父さんがローブの下に助手を抱き寄せて精一杯泣かせました。
泣き声が響かない様にサクラちゃん達に風の魔法を唱えさせて、音を消しています。
「うわあああああああああああん!」
助手はお義父さんの胸を借りて、長い事泣いていました。