怠惰の種
「ピヨ!」
お義父さんが帰還したので俺達は予定通りに馬車に戻りましたぞ。
「新しい子の名前かー……」
「候補としてはネイビーちゃんですかな」
「そのまんまだね。未来だとコンとか似た色の藍色からアイとか居たのかな?」
「そうですぞ。ですので、何か別の名前が良いかをお義父さんに聞こうと思ったのですぞ」
「とは言ってもねー……」
既に第二形態である饅頭の様な姿に成りかかっている新しいフィロリアル様を見てお義父さんが考え込みますぞ。
そしてお義父さんは喉辺りを撫でるように手を伸ばしました。
新たなフィロリアル様は気持ち良さそうに目を細めております。
「元康くんの記憶じゃ、同じ名前の子じゃないんでしょ?」
「そうですぞ」
「じゃあ同じ名前にするのは難しいかなー……うーん」
紺色ですからな。黒とも言い難く、濃い青と言える色合いですぞ。
「じゃあ紺色の古い呼び名である『こきはなだ』から取ってハナダって言うのはどうかな?」
「お義父さん、そんな呼び名を良くご存じですな」
お義父さんの知識の懐の深さにこの元康、感服いたしますぞ。
俺には無い発想を持っていますな。
「昔ゲームの隠しダンジョン名で知ってね。覚えていたんだよ」
「そうなのですかな? ではその名前でよろしいですかな?」
「言ってみたけど、女の子に付ける名前じゃ無い様な気がするね」
「ブー……」
「え? バイオプラントを倒した頃に孵ったからそこから取るとかどう? って? それも悪く無いね」
「ブー」
「他に孵化した地名ね。うん、妥当な所だね」
お義父さんが怠け豚からの助言を聞き入れて地図を何度か確認していますぞ。
「兄ちゃん兄ちゃん! この子夜の様な綺麗な色合いだからヨゾラちゃんってのはどうだ? 他にホシちゃんとか」
「悪くは無いけど……うーん」
「ピヨ?」
新たなフィロリアル様の名前でお義父さんは悩んでいるご様子。
俺も名前選びは難航する事がありますぞ。
「ブー……」
「え? 面倒だから過去の勇者が残した言葉にある出藍の誉れからとって……ナイナイ! それはないよ! 確かにフィロリアルは馬みたいだけどランホマレって酷いって!」
おや? 怠け豚が考えた割には悪くない名前ですぞ。
フィロリアル様の一般的な名前はどうも競馬の馬の様な名前が見受けられたりするのですぞ。
だから一概に否定する必要は無いのですぞ。
現にユキちゃんやコウ、サクラちゃんは特に名前に違和感を持っておらず、否定するお義父さんに首を傾げております。
「どうしたものかなー……ん? キールくんが星から取った名前を考えたのを倣って、月……ルナってのはどうかな?」
「おお! 女の子っぽい名前ですな」
「語呂も良いし良いんじゃないか兄ちゃん」
「ブー」
悪くは無いですな。
俺はそこまで深く考えずに名前を決めますぞ。
間違い無く俺だったらネイビーちゃんです。ですが、お義父さんの言ったルナちゃんも悪くは無いと思いますな。
「じゃあこの子の名前はルナですぞ!」
「ピヨ!」
ルナちゃんが元気に鳴きましたぞ。
「でー……とりあえず、食いしん坊なみんな、今夜のご飯はキメラの肉でも料理して上げるかな」
「わーい!」
と、みんなしてお義父さんの作った料理で楽しげな食卓を囲んで、その日は過ぎて行ったのですぞ。
そして日も更けきった頃、お義父さんと俺は魔法の勉強の合間にバイオプラントの研究をしましたぞ。
とはいえ、細かい調節はお義父さんが行いましたが。
「とりあえず、安全性は確保出来たから、実験出来る所が欲しいね」
「ブー……」
「え? 今度こそエレナさんの両親が管理している領地を使う? まあ……そうだね」
「ブー」
怠け豚がバイオプラントの種を植える場所に自身の領地に指名しております。
知っておりますぞ。
豚は鼻が良いですからな。
きっと金の匂いを嗅ぎ分けているのでしょう。
元の世界でもトリュフを見つけるのは豚の役目ですからな。
そういう分野が得意なのでしょう。
「うん、色々と微調節できるよ。それがどうしたの?」
「ブー」
怠け豚がハンモックで揺れながらお義父さんに何度も鳴きますぞ。
その度にお義父さんはうんうんと頷きました。
どうやらバイオプラントについて相談しているようです。
「なるほど、確かにそれは良い案かもね。最終調節はエレナさんの所の領地でする事になるけどね」
「何を決めたのですかな?」
「えっとね。販売用のバイオプラントの種と、俺達だけが使う行商兼収穫用のバイオプラントの構造を変えるって話なんだ」
お義父さんは俺に怠け豚と話しあった案を教えてくださいました。
具体的にはバイオプラントの改造に於いて、変異性という問題を極力下げて、生産性が優秀な様に改良します。
ですが、何もせずに収穫だけ出来るのでは、もらった者達が怠惰になるのは目に見えています。
何せ、飢饉があるとは言え収穫をするだけで食糧問題が解決する驚異の植物ですからな。
人間、飢えもせずに過ごせる状況では、怠けますぞ。
もしくは愚かな争いの始まりですかな。
人は与えられた幸福よりも、己の力で得る幸福の方が、何倍も素晴らしい物になるのですぞ。
さすがはお義父さんです。
「最初は行商で俺達が収穫する実を各地で売りつけるんだ。で、ある程度食糧事情が満たされた頃に、ちゃんと管理をしないとあっという間に枯れてしまうバイオプラントの種を提供して、国民の根本的な問題を解決させる」
「最初に高値で売りつけないのですかな?」
「それも考えたんだけど、お金を集めるにはね、小出しにする事で信用を得られるんだ。幾ら口コミで聖人と言われていると言われても、まだ広まりきって無いし……もちろん、緊急性が高い所には種をすぐに植えるよ」
「ブー……」
「どうやらエレナさんの言う話じゃ、波の所為で不作になってるみたいだしね。食糧問題が浮上してるそうなんだ」
そこでお義父さんの引く馬車で行商ついでに食料を配給して信用を築くのですな。
確かに食料問題は重要な問題ですぞ。
最初の世界でも、以前のループでも飢えで困っている人々は沢山いましたからな。
「だけど、食料を売り歩くだけだと限度が来るから種自体の販売もいずれ行う。その頃には俺達を信用してくれるから上手く管理してくれると思う。けど人間、何するかわからないし、渡した種を枯らすような相手は信用しちゃいけない」
そういえばフィーロたんの婚約者を誘拐したと偽装されたあの事件で、お義父さんが追われている時に、俺がお義父さんと戦った場所は……いつの間にか密林になっていましたな。
後に聞いた話だとお義父さんが改良した植物の種を管理していたとか。
あの時の植物はお義父さんが枯れない様にある程度調整したものだったのでしょう。
ですが、今回お義父さんが国民に渡す種はそれよりも劣る物を作るのですな。
怠けると枯れる……普通よりも強い程度の植物を作る事で、人々を試すのですぞ。
ちゃんと真面目に管理をしているか、と。
枯らす様な連中は不真面目で、困ると他の領地に攻め込む様な愚行をする。
真面目に管理すれば問題は起こらない。
上手く循環するようにお義父さんは考えておられる様です。
ただ、施すだけではダメなのですな。
そういえば、お義父さんは村でも土壌の管理を意識していたのを覚えていますぞ。
畑を整備する魔物に色々と指示を出しておられました。
最後は土壌整備の魔物にじゃれられて畑に半分埋まってしまい、お姉さんや村の奴隷達に助けられていましたぞ。
「一時は良かった……だけど……盾の勇者の所為でこの村が滅んだ! とか言われたら困るからね。配る時を見極めないと行けない」
お義父さんはバイオプラントの種に改造を施して行きますぞ。
「バイオプラントを枯らした責任は自分で取ってもらわないとね。枯れない様に丈夫に作ったって……整備をしなきゃ枯れるかもしれないし、果ては植物に住む場所を追われかねない。後に死の土地とかになったら大変でしょ?」
耳が痛い話ですな。
バイオプラントのあの変異性を考えれば、間違い無く俺が渡した種によって南西の村は困った状況に陥った事でしょう。
そうなれば聖人と言う信頼は容易く裏返りますぞ。
お義父さんはここを懸念しているのでしょう。
だから渡す時に細心の注意を払って、種を売るのですな。
「よし、まずは行商用の丈夫な実を作る為の改造は出来たから、エレナさんの領地を貸してもらおうかな」
「ブー……」
「うん、上手く行けばお金も稼げるね」
こうして当面の販売計画は着実に進んで行ったのですぞ。