盾VS弓+α
「……はぁ」
お義父さんが呆れた様な表情を浮かべています。
盾の勇者に決闘などとは……愚かにも程がありますな。
まあ、最初の世界で俺がやっている訳ですが。
今考えると自分をぶん殴りたくなりますぞ。
「勇者ともあろう者が奴隷を使っているとは……噂でしか聞いていなかったが、イツキ殿が不服と言うのならワシが命ずる。決闘せよ!」
事前に起こった出来事を知っていたからか、溜息が深いですな。
「イツキ殿が勝てば盾の勇者の奴隷は全て解放、盾の勇者が勝てば不問に処す」
「……話にならないと思うけど?」
「何処がですか! 正義が証明されるのですよ」
「正義、ねぇ……俺に戦うメリットが無いし、俺に攻撃の手段が乏しい事を樹は理解してる?」
「メリットなら十分あるでは無いですか。好き勝手に奴隷を使役する権利ですよ」
「元からある権利を、褒美の様に授かる意味を良く考えろよ」
ザ☆無意味ですな。
既に持っているのに、偉そうにクズから許可されるのはイラっとするでしょう。
俺もはらわたが煮えくりかえりそうですぞ。
「では俺がお義父さんの代わりに樹の相手をしますかな? 俺はお義父さんの奴隷の様な存在ですぞ」
そう、俺は愛の狩人にして愛の奴隷。
フィーロたんの命令ならばどんな事も叶えて見せますぞ。
そしてフィーロたんのお義父さんの命令ならば、フィーロたんの命令と同じ。
「俺は元康くんを奴隷だと思った事は一度も無いよ……」
「ありがとうございます! ですが、俺はお義父さんの為に生きる愛の狩人ですからな。同時に愛の奴隷だと思ってくだされば良いですぞ」
「いや、言っている意味がまったくわからないんだけど」
「どちらにしてもお義父さんの配下である俺が代理として樹と戦うなら問題ありますまい?」
樹など、俺に掛れば雑魚も同然。
死なない程度に加減する方がむしろ難しいですな。
樹も俺の攻撃で、地面に縫いつけられれば敗北を認めるでしょう。
「何故槍の勇者殿が盾の勇者殿の決闘に混じるのじゃ? 許可など出せるはずも無い!」
「そうです! これは僕と尚文の決闘なんです! 勝手に混ざらないでください!」
さすがに本気でイラっとしますな。
この際、お義父さんには悪いですが、樹をぶち殺しますかな?
それではループしてしまいますか。
では死なない程度に手足を切り飛ばしてやりますかな?
回復魔法で回復できる程度にしておけば、その愚かさを心に刻むでしょうか?
城の兵士達がキールやサクラちゃん、ユキちゃんやコウを取り押さえようとしていますぞ。
「放せよ! ふざけんな! 兄ちゃん!」
キールに掴みかかった兵士をキールは投げ飛ばし、お義父さんの元へ駆けよります。
「兄ちゃんをいじめるつもりだな! 絶対に許さないぞ!」
「いや、キールくん……いじめって……」
ガルルルとキールが全身から殺気を放って唸りますぞ。
同様にサクラちゃんも剣を引き抜き、ユキちゃん達も臨戦態勢に入ります。
「王であるワシに歯向かう気か? 所詮は盾の配下と言う事かな? いや、奴隷紋には主の気にいる事しか喋れないという物もある。ただちに解くために魔法使いを呼べい!」
むしろ洗脳はお前等の特技ですぞ!
パンとお義父さんが強く手を叩いて、注目を集めますぞ。
「……わかったよ。俺と樹が一騎打ちすればいいんでしょ?」
「誰が一騎打ちと言ったのじゃ? 盾の勇者対イツキ殿一行の勝負じゃ! ワシの言う事は絶対! 従わねば無理矢理にでも盾の勇者の奴隷を没収するまで」
……お義父さんが完全に呆れたような表情をしました。
一人対多数とは……どれだけ愚かな事を言えば気が済むのですかな?
前回のお義父さんとの約束を反故にしてしまいますが、この様な暴挙を黙ってみているなど、俺には出来ませんぞ。
よし、今すぐにクズと赤豚を殺してしまいましょう。
と、槍に力を込めようとした所で樹がクズを遮って言いました。
「それはあまりにも卑怯です! 一騎打ちに決まってるではありませんか!」
「何をしているんだ!」
今更になって錬が輪に入ってきましたぞ。
最初の世界では決闘が終わってからだったはずですが……国に対して疑心を抱かせた影響が出ているのでしょうか?
では、とりあえず状況を説明しておきましょう。
こちらが有利になる話を……真実を話すだけで有利になりそうですぞ。
「お義父さんが奴隷を使役している事に不服と思った樹が文句を言ったら、王が無理やり決闘させようとしているのですぞ」
「奴隷? 尚文は奴隷を使役しているのか? もしかして仲間全て奴隷なのか?」
何を今更の事を言っているのですかな?
錬はキールに目を向けますぞ。
「あまり見ていた訳じゃないが、仲良さそうだから仲間だと思っていた」
「俺は兄ちゃんの奴隷だけど、尊敬する勇者だと思ってんだ! お前等のような連中とは全然違うぞ!」
「……」
錬が冷たい目でクズと樹を見つめ始めました。
このままでは騒ぎが大きくなっていきますな。
「それでお義父さんが樹の我がままに譲歩して一騎打ちを受けると言ったら、王が一騎打ちでは無くお義父さん対樹一行の勝負だと宣言したのですぞ」
「はぁ!? それはあまりにも不公平だろ!」
「そうです! 尚文程度、僕一人で十分です」
さすがに樹を優遇しすぎましたな。
俺の時も似たような事を言いましたが、俺が不公平だと思って一騎打ちにさせたのですぞ。
状況の悪さを理解したクズが汗を拭って取り繕いましたぞ。
「言い間違えたのじゃ。では弓の勇者であるイツキ殿対盾の勇者の決闘をここに宣言するのじゃ」
まあ、それでも錬の不信感は拭いきれていませんがな。
キールやサクラちゃんを押さえつけられない事を察した国の連中が大人しく引き下がりますぞ。
「兄ちゃん! 大丈夫なの?」
「そうですぞ」
俺はお義父さんに近づいて尋ねますぞ。
ここは既に本来の歴史に近いですが、まったく違う状況ですぞ。
真実から遠かった樹も錬も、未来よりも真実から近い状況です。
……樹は自分の信じた正義を貫き、錬は国への疑いを強めている状況ではありますが。
「本来ならキールくんやサクラちゃんが居れば良いんだけど……どうも国の連中は俺が負ける所を見て楽しみたいみたいだ。ここで乗らなきゃ何を仕出かすかわからない。少しは相手に合わせて上げよう」
「どうするのですかな?」
幾ら強くてもお義父さんは攻撃手段がとても乏しい事実は変わりませんぞ。
この事実は覆る事の無い事実。
状況次第では俺がお義父さんを守る為に飛びだしますぞ。
「大丈夫、秘策が無い訳じゃないんだ。攻撃手段が乏しいからって勝てる手段が無い訳じゃない。樹にはその事を……その身を持って味あわせてあげたいんだ。俺を罠に掛ける肩棒を担いでいるし、いい加減あの態度はムカついて来てるから」
「でも……」
心配そうに鳴くキールとサクラちゃんの頭を撫でてお義父さんは微笑みました。
「心配しないで、大丈夫……絶対に勝ってくるよ」
城の中庭に出てお義父さんと樹が観客が集まる輪の真ん中で見つめ合いますぞ。
お義父さんが装備している盾はなんですかな?
見た感じだと棘の付いた盾ですな……あれはシルトヴェルトで手に入れた盾ですかな?
まあ、あの程度なら怪しまれませんか。
何をするのでしょう?
ありえるのは反撃効果だけで樹の体力を削りきるでしょうか。
まだお義父さんは魔法を習得できていません。
回復手段として薬の使用は……おそらく認められないでしょう。
公開処刑に等しい……過去の俺が犯した蛮行が目の前で再現されようとしている気がします。
胸が張り裂けそうな思いですぞ。
「では、これより弓の勇者と盾の勇者の決闘を開始する! 勝敗の有無はトドメを刺す寸前まで追い詰めるか、敗北を認めること」
手首が上手く回るか試し、指を鳴らしつつ、お義父さんは構えますぞ。
ああ……今すぐにでもお義父さんの前に立って守りたい衝動にかられますが、お義父さんが大丈夫だと言うのです。
衝動を抑えて俺たちは黙って見つめる事しか出来ません。
「弱職の尚文さんと戦っても結果がすぐに出てしまいますが、正義の為です。早めに負けを認める事ですよ」
「樹に教えてやるよ。大抵のネットゲームじゃタンク職と言われるのは対人じゃそれなりに強いんだ。攻撃できない盾の恐ろしさを、お前に叩きこんでやる」
お義父さんはネットゲーム経験は俺や錬よりも遥かにあるかもしれませんぞ。
何せ、サーバー内三位の大手ギルドの運営に関わっていたそうですからな。
それだけではありません。センスの面でもですぞ。
「では――」
もちろん、この世界はルールが違うのでしょう。
ですが、柔軟に対応する事の出来る器をお義父さんは持っておられるのです。
現に盾職が負けであると思っていた俺達の中で、一番強いのはお義父さんでした。
ですから一抹の不安はありますが、俺はお義父さんが勝つ未来を信じております。
「勝負!」