何かを勉強していて、それについての試験を受けようと考えているなら、普通、問題をいくらかを解こうとするだろう。では、一体、問題はどれだけ解けばいいのだろうか。
教科書に載っている問題をやればよいのだろうか。学校などで指定された問題集を、やればよいのだろうか。それとも、手に入れることができるすべての問題を解かなければならないのだろうか。もしかすると、それでも足りないのだろうか。
どれだけ問題を解けば十分かは、人によって違うとも言えるので一概には言えないのだけれども、それでもやはり、言えること、言っておくべきことはあるので、それを書きたいと思う。
ある分野について勉強していて、問題も解く必要があると考えたとき、私なら、かなり厚めの問題集を一冊買ってくる。「これだけやれば十分だろう」と思えるような分量のものを、である。ちなみに、解答の仕方の説明は、詳しければ詳しいほどよい。
そして、その問題集以外はほとんどやらない。試験があるなら、過去に出題された問題もやってみるだろうけれども、基本的には、その問題集だけを中心に考えてやるようにする。
そして、載っているすべての問題をはじめから最後までやり、そのことを三回以上繰り返す。もちろん、ただ解き方を覚えて解けるようにだけなるのではなくて、問題のもとになっている、もともと学ぶべき知識や考え方を理解しながら解いていく。だから、問題の意図と、そこから得られる問題の解き方とが、すべて説明できる状態になれるように勉強する訳だ。
そして、最終的には、その問題集の問題なら何を出されても解けるという状態に持っていく。そうすれば、例えば、試験当日に試験場にたくさんの受験者がいて緊張してしまっても、「この問題集の問題すべてが完璧に解ける人など、そうはいないだろう」と思って、安心して試験が受けられるからだ。
そういう気持はとても大切で、つまりは「自信がある」という状態になれるということだ。試験というのは、自分の力が試されるということなので、自信を持っていないと必要以上に緊張して失敗したりしてしまう。だから、自信が持てるようになるのはとても有利なことなのだと私は思う。
もちろん、問題集が全部解けるようになっても、もしかするとそれだけでは不十分だということもありうるだろう。そう感じたら、すべての問題が完璧に解けるようになった後で、もっと他の問題をやってみてもよいわけだ。
けれども、試験を受けるということは、時間との戦いでもあるのだから、そうたくさんの問題が解ける訳ではないだろう。それに、分厚い問題集が完璧に解けるようになれば、大概の試験は受かると考えてよいのではないか、というようにも思える。それができている人よりも落ちるべき人は大勢いるだろうし、その人を差し置いて受かるべき人もまた、そう多くはないだろうからだ。
また、一冊の問題集をはじめから終わりまで通してやるということは、全範囲の問題をやれるということだから、あちらこちらの問題を寄せ集めてやるよりもよい方法だとも言えるだろう。勉強している分野の一部についてまったく手を付けていないで、もしそこから問題が出されたら完全にお手上げだという状態は、非常によくない。なぜなら、問題を出す側は、受験をする側がやり残してしまいがちな、そういう部分を狙って出題してくるということも、大いに考えられるからだ。
そういう訳で、確実な理解が得られることと、自信が持てるということ、そして、すべての範囲の問題に関わることができるという、それらの理由から、私は一冊の問題集を完璧になるまでやるという方法をお勧めしたい。あちこちからよいと言われた問題を集めてきて、それをすべてやったけれども、「結局、自信がない」という状態になるより、随分とよい方法だと思うのだが、どうだろうか。
ところで、さきほど問題集の選び方のところで書いた、「十分だと思えるような分量」というのが分からない、ということもあるだろう。だから、別の考え方を最後に書いてみよう。もうすでに分かっているかもしれないけれども、それはつまり、いまから試験までに残された時間で、通して三回できる分量の問題集を選ぶ、ということだ。
実のところ、試験までにどれくらいの時間があるかと、通して三回やらなければならないということがすでに決まっているということになれば、それしか選びようがないというようにも言える。もし一つの科目だけ勉強している訳ではなくても、話はさほど変わらないだろう。問題集を買おうとしているその教科に割くことのできる時間は、ある程度決まっているはずであるからだ。
そうやって選んだ問題集を試験までに三回やったとしても、問題量が不十分であるために、試験には失敗してしまうかもしれない。けれどもそれは、方法が悪かったのではなくて、初めから時間的に無理だったということでしかない。
自分の能力と残された時間ではパスできない試験というのは、絶対にある。その事実を飛び越える方法というのは、絶対にない。勉強をして能力を上げるということは、普段そう思われているよりも、物理的な問題なのである。そのことを忘れてはいけない。