避難誘導
「ここは……!?」
お義父さんが辺りを確認しております。
やはりというかなんと言うかメルロマルク城下町近隣にあるリユート村の近くで波が起こりましたぞ。
錬と樹とその仲間達が波の亀裂に向かって駆けていきます。
懐かしいですな。
俺も初めての波の時はわき目も振らずにお義父さんの声を無視して戦いに心を躍らせたものです。
どれだけの修練を重ねたか、体験したかったというのもありますな。
短い時間で上げたLv……その強さで最初の波を容易く乗り越えられる。
それだけで頭が一杯でした。
「え? おい! ……元康くんの言う通りになったよ。錬と樹が避難誘導とか考えずに一直線に向かって行っちゃった」
これ見よがしに照明の魔法を打ち上げるのが憎たらしいですな。
その鼻っ柱をへし折ってやっても良いのですが、下手に目立つのも問題があるので、お義父さんの言いつけ通り大人しくしておりましょう。
「じゃあ打ち合わせ通りに俺達は村の人達の避難誘導をしよう。キールくん、サクラちゃんにユキちゃんとコウ、そしてエレナさん、俺と元康くんが村に来る魔物を引きつけるから少しでも被害が出ない様にお願いするね」
「わかったぜ兄ちゃん! 避難が終われば……ボスと戦うんだな?」
キールがやる気を見せてワンワンと鳴いていますぞ。
「今度こそ、俺は波からみんなを守って見せるぜ! ワンワン!」
「キールくん、興奮し過ぎ。サクラちゃんはキールくんが怪我しない様に目を放さない様にお願いするね」
「わかったー」
「ユキちゃんとコウもみんなを助けるのですぞ」
「わかっていますわ」
「波の魔物って美味しい? 終わったらイワタニに作って欲しいー」
「はいはい……って、波から出てくる魔物は次元の屍食鬼? ゾンビと……イナゴ? 後はハチかな? どれも食用には向かないと思うけど……」
佃煮とかお義父さんが呟いていますな。
屍食鬼は腐っていそうですからさすがのコウも食べようとは思わないでしょう。
ボスであるキメラがギリギリ食べられるかもしれませんぞ。
「ブー……ブヒブヒ」
「うん。エレナさんも程々にがんばって。エレナさんは引き時をわかっているだろうから、もしもキールくんやサクラちゃんが深入りしそうだったら止めてあげて」
「ブー」
「じゃあ急いで向かおう」
お義父さんの声に俺達は頷いてリユート村の方へと向かいましたぞ。
フィロリアル様達のお陰で、魔物がリユート村に侵入する前に立ちはだかる事が出来ました。
村人は波が起こるとは知っていたのでしょうが、まさかこんな近くで起こるとは夢にも思わなかったという表情をしております。
冒険者達も村へ来る魔物に対して臨戦態勢を取ろうとしていた様ですが、動きが鈍い様ですぞ。
お義父さんとシルトヴェルトの方へ行った、前回の周回を思い出す限り、お義父さんが守らねばこの村は壊滅してしまうと見て良いでしょう。
最初の世界では傷跡こそあれど、しばらくしたら修復されていたような覚えがありますな。
ならば、未来の為にも彼等を守らなければいけませんな。
「あ! あれはフィロリアル牧場!?」
そういえばリユート村には魔物を飼っている牧場がありましたな。
このままではフィロリアル様達が波に巻き込まれて死んでしまいますぞ。
何より人間よりもフィロリアル様達の方が後に回されるはず。
「うぉおおおおおおおおおおおおっ!」
「ちょっ! 元康くん、どこ行くの!?」
俺は必死に牧場へと駆け出し、柵を破壊してフィロリアル様達を逃がしましたぞ。
そして、全員が逃げ切ったのを確認してから戻ってくると……。
「早く避難を!」
お義父さんがそう叫ぶ様に村人へ告げていました。
「あ、やっと帰って来た。どこ行ってたの?」
「フィロリアル様達を助けていたのですぞ」
「ああ……なるほど。気持ちはわかるけどさ、元康くんは俺達の中で一番強いんだから、もう少し考えてよ」
「わかりました」
「う~ん……本当にわかってるのかな……」
そうしてお義父さんによる村人達への避難が始まりました。
最初こそ、盾の勇者であるお義父さんに不快そうな顔をした村人でしたが、亀裂からワラワラと湧く魔物を見て表情を青くして急いで避難準備をします。
お義父さんの指示通りにキールとサクラちゃんが村に襲来する魔物を倒しながら村人達を守っております。
「早く逃げるんだぜ! じゃないとみんな死んじゃうぞ! サクラちゃん! 大きな魔物がそっち行ったぞ!」
誘導中に大型の屍食鬼が村に到達してしまいました。
本気を出して行けば、この程度の波など即座に潰せるのですが、それもかないませんな。
お義父さんの言い付けである程度加減しているのですぞ。
「任せてー」
サクラちゃんがフィロリアルクイーンの姿に変わって、両方の翼に持った剣で回転するように大型の屍食鬼を三枚に切り伏せましたぞ。
「すごい……」
村を警護している冒険者が声をもらします。
城からの援軍はまだですかな?
今回の波はあまりにも数が多い。
加減をし過ぎると被害が増えすぎますぞ。
俺が魔法で一掃するか、考えている間にも次々とイナゴやハチ、屍食鬼がこちらになだれ込みます。
錬と樹は何をしているのですかな?
まあ、錬も樹もあまり強く無いのですからしょうがありません。
「元康くん! 絶対に近寄らせないようにがんばって!」
「わかっていますぞ! エアストジャベリンですぞ!」
思い切り槍を投擲して群がる魔物を蹴散らしますぞ。
「ブヒィイイイイ!」
豚の悲鳴にお義父さんが振り返り、魔物に襲われそうになっている豚の方へ手をかざします。
「シールドプリスン!」
ガツンと盾の檻を出現させて豚をお義父さんは守りましたぞ。
「早く避難するんだ! 戦える者は非戦闘員を守って!」
お義父さんの指示に村人も渋々頷きましたぞ。
で……村人は元より、冒険者も一緒に避難して行きました。
「あ、あれ?」
「みんな命が惜しいのでしょうな」
「うーん……まあ、しょうがないのかな……」
「雑魚や豚が群れているよりは俺達だけの方がやりやすいですぞ」
戦いながら吐き捨てる様に言います。
命の恩人である俺達を見捨てて逃げた様な連中に温情などいりませんからな。
同時に魔物に群がられたお義父さんが流星盾を展開して、弾き飛ばしますぞ。
お義父さんの結界は便利ですなー。
そう思っていると炎の雨が俺とお義父さん目掛けて降り注ぎました。
俺は元から強いですから痛くも痒くもありません。
お義父さんの方も特に外傷はなさそうですな。
「おい! こっちには味方がいるんだぞ!」
お義父さんが怒りを露わにして魔法を唱えた連中……駆けつけてきた騎士団を睨みつけます。
全くですな。
見ると騎士団がそろって魔法を唱えて火の雨を降り注がせていますな。
出来ればお義父さんを亡き者にしたいというのが表情で読み取れますぞ。
お義父さんの流星盾は騎士団の放った火の雨など、全く効果が無いとばかりに形状を維持しておりますが……いい加減、奴らには身の程を叩きこんでやりますかな?
俺は元より、キールやサクラちゃん、ユキちゃんやコウが騎士団の団長を睨みますぞ。
「ふん、盾の勇者と槍の勇者か……頑丈な奴だな」
なんとも傲慢な態度。
前の周回の様に炎の嵐を引き起こして行方不明にしてやりますかな?
俺が魔法の詠唱をしようとするとお義父さんが手を押さえますぞ。
さすがのお義父さんと言えど、放して欲しいですぞ。
まさかこんな事をされるなんて知りませんでした。
もしかしたら……未来のお義父さんもこうして魔法の洗礼を受けたかもしれません。
ますます許せませんぞ。
ですがお義父さんが止めるので、今だけは堪えるとしましょう。
この元康、怒りではらわたが煮えくりかえりそうですぞ。
「いきなり何をするんだ! こっちはみんなを避難させる為にがんばってる所なんだぞ!」
キールの怒鳴り声が聞こえますぞ。
唸り声を上げながらキールは騎士団長に向かって短剣を向けております。
「盾の勇者の仲間か……やはり汚れた亜人を引き連れるとは、程度が知れるな!」
「何が汚れただ! 俺達はみんなを守る為に戦ってんだ! こっちを攻撃するなら遠慮なんてしないぞ!」
お義父さんは燃え盛る炎をマントで散らしながら、キールに近付いて言いました。
「キールくん落ちついて、サクラちゃんもね」
スッと、素早くサクラちゃんは天使の姿になり騎士団長の背後を取って剣を首筋に当てますぞ。
「ぬ!? 貴様!」
「返答次第じゃ横に力を入れて剣を流すよ? 綺麗に頭を飛ばしてあげるー」
あどけない様子で言っておりますが、存分に殺気を放っておりますな。
さすがサクラちゃんですぞ。
これで少しでも自分の立場というものを理解すれば良いのですがな。
「私に剣を向けるとは死にたい様だな!」
まるで理解していない。
この際、頭を吹っ飛ばしても良い気がしますぞ。
なんて考えていると、激怒した騎士団長をお義父さんが冷たく睨みつけます。
「……敵は波から這いずる化け物だろう。履き違えるな!」
お義父さんの叱責に騎士団の連中が顔を逸らしましたぞ。
まあ本当の目的は波を鎮めるのでは無く、お義父さんの命ですからな。
「犯罪者の勇者が何をほざく」
「なら……俺は移動するから、残りはお前達だけで相手をしてよ」
お義父さんが波から湧き出る魔物を指差していますぞ。
流星盾を消してお義父さんは、サクラちゃんに剣で脅されている騎士団長の胸元に手を伸ばします。
「む! 放せ無礼者!」
「ああそうだとも、俺は無礼だろうよ。礼儀を尽くされる様な事をお前等はしていないからな。そもそも避難誘導をして、魔物を引きとめていた俺達に向かって魔法を放つのは無礼じゃないの? なら……俺はお前を引きずって共に戦うだけだ。何、五分間俺と共に耐久戦をすれば謝らなくていい。さあ、やろうじゃないか」
まくし立てるようにお義父さんは騎士団長を引きずって魔物の群れに歩いて行こうとしますぞ。
「ああ、魔法を撃たれたが痛くも痒くも無いから、そこまで怒っている訳じゃない。ただ俺が守ることしか出来ないとか舐めた態度をするなら、その守る事の大変さを身を以って……味あわせてやる」
おお……なんと素晴らしい。
未来のお義父さんに負けず劣らずのその表情……俺は感動しましたぞ。
普段はとても優しいお義父さんですが、所々でやはり逞しさの片鱗を見せてくださいます。
ああ、さすが未来の四聖勇者のリーダー! お義父さんですぞ!
「は、放せ! やめろ!」
お義父さんはパッと手を放して騎士団長を睨みます。
「盾の勇者の分際で~~~~……」
「あ!? まだ抜かすか? いい加減にしないと波の魔物の餌にするぞ!」
お義父さんの脅迫が効果を出したのか騎士団長は元より、騎士団の連中にビクッと脅える者が出てきましたぞ。
大量に出現する魔物を一挙に俺たちは引きつけておりますからな。
現に、俺やキール、ユキちゃんにコウ、怠け豚も加わって辛うじて村に侵入しようとしている魔物共を抑えているのですぞ。
「敵と味方を履き違えるなと言っているんだ! わかったか!」
お義父さんの声にコクコクと頷いて、みっともなく騎士団長は逃げましたぞ。
はは、無様にも程がありますぞ。
まあこの罪は後ほど……月の無い夜にでも暗殺してやりますかな?
その後は、増援が来たお陰で避難も完了し、手が空きましたな。
「元康くん! こっちは大分片付いたから、波の亀裂とボスの方をお願いできる?」
「わかりましたぞ。ではユキちゃん、コウ、行きますぞ!」
「わかりましたわ!」
「新鮮な虫おいしいー」
「コウは少し食べるのを抑えてね!」
むしゃむしゃと虫を頬張るコウをお義父さんが注意致しました。
俺はユキちゃんの背に乗り、いつまでもチンタラと戦っている錬と樹の方へ向かいましたぞ。