第25話「過去は鎖、或いは枷と化して」
小惑星を地球に落とすという、とんでもないテロ行為が発表されてから、地球は混乱の最中に陥っていた。
依頼により先んじて道を作ってくれたトーマス・パーシィ両名により、混乱から脱出できた涼達は、小惑星の攻略作戦を立案する。
生きて帰れる保証のない危険な戦い。立ち向かうことを決めたのだが、その戦力数はあまりに少ない……。
幼い頃、最初に覚えているのは、両親に連れられて出かける記憶だった。
次の記憶は、両親のいない教会のような場所で、ぽつんと座っている記憶だった。
その次の記憶は、今でも鮮明に覚えている。
強烈に不快感を覚える臭いの漂う部屋で、天井から首を吊られ、変わり果てた両親の姿だった。
「―――っ!!」
目が覚めた。
急ぎ、近くにある時計を確かめる。
デジタル式のそれは、時間のみならず、年や日付までしっかり表示される。
それをゆっくり確認して、『私』が『岩村由希子』で、『20歳』であることをゆっくりと事実確認する。
「……ぅあ、あああ……っ!」
わかっていても。
わかっていても拭えない、心に刻まれた衝撃が、名状しがたい感情を呼び起こしてくる。
今でも拭えない。
どれだけ何かをやっても、たった一つどこかが抜けただけで、それは全てマイナスとなって襲ってくる。
時折ふいに感情に襲われ、慟哭する。
大人になろうと、永遠に楔として縛り付けてくる己への呪い、だった。
―――この強烈な感情から抜け出す兆しが現れたのは、近しい者が裁きの剣(SLG)を手にしてからだった。
Flamberge逆転凱歌 第25話 「過去は鎖、或いは枷と化して」
地球の危機が迫る。
それは事態を理解している人類こそ混乱の種となっているが、ひとたび人間の生活圏から離れてしまえば、其処は普段と変わらない光景がある。
快晴の空を海鳥が行く。
陽光の跳ね返る海の中には、魚たちが今日も泳ぎ回っているであろう。
その平和な光景の中を行く輸送船のみが、唯一異彩を放っていた。
―――――
―――
――
「社長。各機チェック終わりました」
「了解」
レイフォンが纏めた報告ファイルを手に取って、由希子は現状を視認する。
輸送船内に積みこめたのはSLG三機、BMM数機、ライズバスターにイクシオン。
いくら転送機能があっても、相応の数を転送するには、それに比例したエネルギーが必要になる。
現状の集まりで、これ以上の戦力は望めない。
やはり軍隊に挑むには、個々の戦力が高くても心許ない。
何にしても、作戦遂行のためには可能な限りSLGの消耗を抑えたまま進めなければならない。
やらなければならないことは大量にある。
ゼロに近い可能性を少しでも底上げするために。
だが、今できることは全てやりきった。
「ありがとう。あとはひなたさんのところに行ってやりなさい」
「……! ありがとうございますっ」
一礼して、その場を去っていくレイフォン。
勤務態度はよく、いつでも全力で臨み、ハキハキと喋る。
社員としてこれほどありがたい人間はそうそういない。
そんなレイフォンを見送る由希子の表情は、自然と穏やかになっていた。
「……いつまで、見ているつもりです?」
―――ふいにその表情が、冷たく曇る。
『いつから気づいていた?』
由希子の背後から響く、音声加工された言葉。
無機質のようでありながら、はっきりと生きた言葉であり、声の主が人間である証左となっている。
「さあ、いつからでしょう」
『今回の件がどういうことか、分かっているな』
「ええ。そうでなければ、アナタが来るわけなんてありませんもの」
返事をした由希子の視線は、ライズバスターへと泳ぐ。
「……でも、此処で事を進めるのはまずいと思いますねえ。アナタの立場的にも」
『……』
「何にせよ。アナタ達に協力する理由も義理もありません。
今更私達にどうこうなど、できないと理解してください」
『これは最終警告だ。後悔するぞ』
「だからなんです」
由希子がその冷たい表情を崩すことなく、その気配は去った。
(そうね。きっとこれが終わったら、私は……)
大きく息を吐き、視線をチェック用タブレット端末に落とした瞬間。
「ゆーっきーちゃーん」
「はわわわわ!?」
唐突に後ろから抱きつかれ、硬直し慌てふためく。
「緊張するのもいいケド、そろそろご飯の時間よ?」
「ふぁ、ふぁい……びっくりしたあ」
声の主がアルエットだったことを確認できたのは、既に抱き着かれた後ろから、頬をぷにぷにと弄られている最中だった。
「あーんま一人であれやこれややっちゃうと、もたなくなっちゃうわよ?
皆来てくれてるんだからさ」
「……わかってるわよもう」
悪戯そうな微笑みを向けて、離れていくアルエット。
「かなわないなあ」
毒気を抜かれたように頬を掻いて、その場を後にするのであった。
―――――
―――
――
海洋上に作られた人工島。
ここはかつて、近隣国の漁業権主張と軍事的な牽制の為に作られた拠点である。
美しい珊瑚礁の中にあった、風景から浮いたその人工島には、宇宙に向かうための打ち上げ装置があった。
此処から輸送機で宇宙に向かい、地球に向かう小惑星を破壊するのが目的となる。
宇宙用の荷物は既に搬入されており、あとは戦力となる機体を詰め込み、離陸する。
輸送機の搭載限界の都合上二機に分けて行うことになり、現在は一機目に最重要たるフランベルジュ達が搬入されているところである。
「おねーちゃん!」
搬入光景を見上げていた涼に、ふいに聞き覚えのある声がかけられた。
「なるちゃん。それに」
ナルミの後ろには、面倒を見ていたと思われる総一と春緋の姿が。
「はい、これ!」
「これは……折り紙?」
ナルミが差し出したのは、やや歪ながらもなんとか鶴の形を保った桃色の折り紙だった。
「よくできてるじゃない」
「でしょー?」
胸を張るナルミ。それに合わせて、後ろの二人も笑みを浮かべて。
「アルエさんに教えてもらったんだってさ。折角なら長寿のシンボルって」
「そうそう、『おねーちゃんのためになるのつくるー』ってきかなくて、大変だったのよ」
「俺が飯作ってる間、おめーの御守りも同時にしてたアルエさんも大変だったケドな」
「ぁによー」
むくーと膨れる春緋。
「ご飯も美味しかったよ。ありがとう」
「いや、俺だけじゃなかったですし。ひなさんもだんだん腕上がってきて」
総一にも感謝を述べる涼だったが、思わぬところで名前を聞いて、少し温かい気持ちになった。
「そっか、ひなたも作ってたんだ、ご飯」
ひなたが日常に馴染めている。
それを実感するだけでも、涼にとっては心が安らぐ理由になれた。
同時に、今を破壊しようとするテロリストの行動を阻止しなければならないと、心の中で誓う。
「お前らこんなトコにいたのか」
「あ、ひなさん」
噂をすれば影。話に挙がっていたひなたが駆け寄ってくる。
「そろそろ宇宙行く支度しろよ。子供用の宇宙服もちゃんと用意してあるから」
「やたら準備いいな」
子供用まであると聞いて、思わず驚く総一。
「……ひなた。やっぱり今回って」
「アタシもそれは考えたけど、今は後回しだ。お前もそろそろ準備……してるか」
ひなたが視線を向けると、涼はちゃんと紅と白のパイロットスーツを着ていた。
「そういや着れてるんスね。恥ずかしがってるーってトシ兄さんが言ってたのに」
「ごめん今になって恥ずかしくなってきた」
総一に指摘されたことで、意識するまいとしていた視線に今更ながら気づいて赤くなる。
「ちょっと、そーゆーのがいいわけ?」
「露骨に小突いてくんじゃねェよ」
むくれながら春緋の肘が飛んでくる。
毎回ちょっかいをあしらうにも限度があるのか、総一もむすっとして。
「てか、ひなさんもいつの間にスーツなんて」
「あー、これ借り物」
ひなたもスーツを着ているが、白を基調とした簡素なもの。
各企業で市販されているデザイン重視のものではなく、実用性主体のものを取り寄せたようだが、それでも女性用だけあって身体に密着し、ボディラインを余すところなく披露する形となる。
真っ当な生活を送り、ちゃんとした栄養がとれているからか、以前より一回り肉付きがよくなり、プロテクターでやや隠れるバストラインはともかく、無防備なヒップラインがきゅっと押し上げられているのがはっきりとわかる。
「よく着れるわね」
「別に普通でしょ」
こういった実用性主体の服はひなたにとって落ち着くのか、スタイルが出ようが気にしていない。
「はるひおねーちゃんどーしたの?」
「べっつにーなんでもー?」
ごすごすごす。総一に突き刺さる肘。
「なんも言ってねーだろーが!?」
「ぁによー」
「特に理由のねェ暴力って嫌われるの知ってるか理不尽暴力ヒロイン!?」
「あんですって!?」
突然始まるいがみ合い。どうしてこうなった。
「まーたはじまった」
「……いつものことなのか?」
「いつもの。ガッコ終わって帰ってきた時もあんな感じ」
わいのわいの、今世界に迫る危機をこの瞬間は忘れそうな勢いで口喧嘩する光景を、涼とひなたは眺めていた。
「……ねえ、ひなさん」
「おー? ナルミちゃん?」
ふいにナルミに声をかけられ、珍しいと首を傾げる。
「ひなさんって、たたかうの?」
「……多分な」
子供の予想外の純粋な言葉に驚きつつも返す。
しかし、それは気紛れで発せられた言葉ではないと気づく。
「どうして?」
ナルミはまっすぐに、ひなたの目を見つめていた。
それでこの少女は、本気で話しかけていると気づく。
「色々、もらったから」
ナルミに目線が届くように、しゃがみながら。
「昔じゃあこうは思わなかったケド。皆から居場所を貰って、こうやって一緒にいられるんだ。
それを小惑星なんてつまらないもので、外から壊されるのは嫌だ。だから、必要ならアタシも戦う」
それが何を意味するものだったとしても、この想いは変わらない。
「お前だって、涼と一緒に暮らして、楽しいだろ?」
「うん」
その言葉で、お互いぱあっと笑顔になって。
出発待ちの中で流れた穏やかな時間。
ズガァ―――!!
その雰囲気を裂いたのは、突如として放たれた、怒号のような爆音だった。
「敵襲!?」
「……島に近づいてきてる。上陸してくるぞ!」
ナルミを咄嗟に庇った涼が反応し、次いでひなたが状況を読み取り。
数秒して、判断が遅れた総一達がようやく状況を理解する。
「嘘、ここまで静かだったのに!」
「寧ろ順調だったのが幸運だよ!」
押し倒していた春緋を起こしながら、懸命に頭を動かそうとする総一。
この場に居てもどう考えても邪魔にしかならない。
「どうします?」
「打ち上げまで近い。君たちはスーツを着て先に乗っててくれ。あと、なるちゃんを頼んだ」
「了解……って、広瀬さんにひなさんは?」
乗り込む方向を見据えたところで、総一の頭にふいに浮かんだ疑問。
「フランベルジュ達の積みこみができないと出発できない。それまで時間を稼ぐ」
「アレを届けるのが最優先だからな」
二人はそう言い残して、輸送船の方に向かって行った。
―――――
―――
――
『輸送船、ならびにマスドライバーを確認』
揚陸艇から上がってきたのは、十数機の『鋼人』だった。
以前エルヴィンを襲撃したタイプとほぼ同じ機体。
それはこの作戦が、以前のエルヴィン襲撃事件と何かしらの関わりがある何よりの証左になっていた。
人工島から突き出るように設置されたマスドライバー。
島の中心から加速をつけて、宇宙船を宇宙に放つための巨大カタパルトとなっている。
『想定外の襲撃こそあったが、打ち上げ自体はまだされていないようだ。
我々はこの施設を制圧。最悪マスドライバーを破壊してでも、奴らの宇宙への到達を阻止する!』
『了解!』
指揮官の指示から、弾け飛ぶように軍勢は前進する。
マスドライバーの設置されている場所とは逆の方向への上陸であったが、一刻の猶予もない以上早期の上陸・制圧は必須であった。
そのまま、マシンガンとシールドをメインに装備した軽装の機体が最前線を構築するためにブースターを吹かして前に……。
『前方に反応確認。歩兵かと思われます!』
『前線部隊で制圧しろ。人っ子一人残すな!』
『了解!』
統率のとれた動きで、部隊中の三機が一斉にその反応に向かう。
歩兵に対してあまりにも多すぎる戦力ではあるが、作戦に対する念の入れよう、そして本作戦に投入した物量の総量が窺える程の戦力でもあった。
しかし。
『攻撃してきます!』
『どうせ大した火力ではない! 制圧しろ!』
シールドに任せ、放たれるミサイルを防御した『鋼人』の一機。
―――ドシュゥウウッ!!
その装甲が、予想だにしない出力のレーザーにシールドごと焼かれ、いともたやすく穿たれ果てた。
『何だあの攻撃は!?』
『あれだけの大出力レーザーを!? そんな反応何処にあった!?』
歩兵程度の反応から、ここまでの大出力を叩き出す。
全く想定していない事態に、部隊に動揺が走っていた。
―――――
―――
――
「まったく、役に立ってくれるぜ」
襲撃者に対する一番槍は、万一の為に警戒していた俊暁だった。
虚を突いた一撃は、現在ライズブレイザーが持っている、大砲と形容できるレーザー砲によるもの。
開発の副産物で完成した試作レーザーだが、それでも盾ごと敵を貫くほどの火力を今現在発揮している。
「まあ、こういう場面でしか発揮できませんからね」
「強すぎるもんな」
由希子の言葉にも納得がいく。
戦闘バイクが展開した程度の大きさしかないライズブレイザーで、敵のシールドを貫通するほどの火力が出せる。
使い方を間違えば明らかに人命を奪いかねないものであり、当然決闘審判どころか、事件に持ち出す時点ですらオーバーパワー。
有無を言わさぬこの状況でしかほぼ活きないであろうこの武器は、SLGの流体を流用した必殺武器であり、サイズ差故の火力差を覆す切り札である。
「名付けてメガライトニングバスター。どうですこの火力。余裕の火力、パワーが違いますよ」
「そのネーミングセンスはどうにかならんのか」
眼鏡の位置を直し、ドヤァ、と胸を張る由希子に呆れつつも、実際の俊暁は軽く驚愕していた。
流石に連射こそ不可能、さらに言えばODENの流体をカートリッジ式で流用するため、使用回数の制限が転送込みでなお厳しい。
それでも一撃で部隊に面食らわせて、足並みを崩すぐらいには十二分だったが、後の手を即座に用意できなかったため、建物の陰に隠れて。
『怯むな、突撃!』
故に、敵が飛び込むことを決意するだけの時間を与えてしまう。
が、これも狙い通り。
「こっちだよ!」
敵の攻撃を察知し、戦闘バイク・ライズバスターに変形。そのまま攻撃を誘導しながら、奥に、奥にと走り抜ける。
『逃がすか!』
『待て、単独でこのような行動をとるはずがない。奴らは明らかに我々の作戦を妨害している。即ち!』
ライズバスターを追おうとする味方を制し、指揮官はマシンガンの銃口でマスドライバーを指す。
『当初の予定通り! マスドライバー破壊が可能な重装型を射程距離内まで護送する!』
『了解!』
深追いをさせず、警戒を強めながら、部隊はマスドライバー破壊に向けて前進する。
だが。
『ぐおっ!?』
ドシュゥ……! 行軍を開始した直後、突如何処からか襲い来るレーザー。
今度は一撃で倒される威力でもないが、それでも正体不明の攻撃は警戒に値する。
下手に動くと的になる。そう判断した敵部隊は先に警戒し。
『我々の居場所は割れている。ならば……目視で隠れられそうな場所を攻撃しろ!』
徹底して攻撃を潰さんと、マシンガンでの射撃で念入りに潰しにかかった。
ババババ……ボシュッ!
何かが攻撃を受けた音、反応。
確認してみればそれは、戦車のような物体が部隊に狙いをつけていた。
『これは……いかん! 予定変更、マスドライバーを全力で攻撃せよ!』
『な、隊長……!?』
部下が驚きの声を上げた瞬間、バシュ、バシュ……周囲から迸るレーザー。
建造物の影、茂みの中、死角という死角に潜んでいた小型機が部隊を取り囲み、一点に抑えようとしていた。
『こんな蟻だか蠅だかがぁーっ!!』
そんな中、軽装部隊を盾にしながら重装部隊の二機が包囲網を強引に突破しようとする。
『射程まで入りさえすれば!』
ロックオンまであと数百メートル。
しっかりと狙い、一撃を放つだけで、それだけで回避しようのないマスドライバーは破壊される。
背中を無防備にさらす形で飛び上がり、ブースターで高度を維持する。
攻撃は本体に集中するが、斜め下から攻撃を受けるならば、肩に装備した大型ミサイルは位置関係上狙われない。
『これなら……!』
推進剤が尽きても構わない、この一撃さえ通りさえすれば―――。
『見つけた』
そこにあったのは、巨大なエネルギー刃。
開いたその刃が閉じたことを視認した時には、既に鋼人の胴体は両肩と生き別れた後だった。
「来たか、広瀬」
『間に合った』
展開したエナジーニッパーを二重装甲の内部に収容しながら、鋼人を集団の中に蹴り飛ばす。
その紅い姿こそ、広瀬涼のもう一つの愛機『ノーチェ・ブエナ』。
フランベルジュの消耗を避けるために、道中での戦闘用にあらかじめ積んできたこの機体。
フランベルジュを搭載しての打ち上げ準備中である今になって、その存在が活きることになった。
『使い潰したくはないケド……』
集団を止めなければ全てが水泡に帰す。全てを出し切る勢いで、肩のミサイルコンテナを開く。
『先には行かせない!』
ミサイル一斉射。同時に、両手に持っていたライフルを躊躇なく連射する。
逃げ場のなくなった鋼人の包囲網に、銃弾が襲い掛かり、レーザーが迸り―――ズガガガガァ……ッ!!
文字通り、後先を考えない大盤振る舞いが陣形を崩していく。
『何をしている! たった二機と罠程度だろうが!?』
『罠にしては砲台が多すぎます!』
隊長の怒鳴り声に部下が答える。
確かに、潰しても潰しても砲台が狙ってくる。そうでなければ、たった二機に此処まで押されはしない。
だが、砲台は既に五台は潰している。それでいて、四方八方からレーザーが発射される理由が分からなかった。
『こうしている間にもリミットが迫っている! 包囲網を突破しろ!』
『無茶振りなんですよ! ……ッ!?』
部下が答えている最中、響く爆発音、再びの味方機ロスト。
……反応は、背後にひとつ、襲撃者にとっての新たな敵影。
『ひさァしぶゥりにィイイッ!!』
深い紅の装甲内に配色された、ライトグリーンのカメラアイが光る。
神代ひなたの瞳の色に塗られたイクシオンが飛び出し、地を駆ける。
その手には二挺のショットガン。
改装され、緊急に武装を施されたとは思えない程に生き生きと、戦場を駆ける騎馬兵の如く現れ、集団を後ろから切り崩す。
ズガ、ズガァ……ッ。
マズルフラッシュが瞬くごとに、装甲を撃ち貫かれ、一機、また一機と鋼の歩兵が沈黙する。
『この、やらせ……っぐ!?』
合間を縫って、死角を狙おうとする鋼人がレーザーの直撃を受け、吹き飛ぶ。
同時に、輸送スペースになっていたイクシオンの獣の背部から、戦車のキャタピラを昆虫の脚部に換装したような子機が飛び出す。
『アタシのケツは先約済みでね!』
そして、また鋼人が一つ穴だらけになる。
ひなたにとって、戦いは過去の己の食い扶持を想起させるもの。
生きるため、他のことなど考えず、躊躇なく命を奪っていた。
自分を誤魔化して、無理矢理捻りだした快楽で心を塗りつぶして。
だが、今は違った。
安らかな世界を知った。受け入れてくれる人たちがいた。
その世界を脅威に晒そうとする者が居るから、その悪意と戦う。
『加減とか知らねェから、適当に生き延びときな!』
戦いの経験と、戦うための意志。双方が絡み合い、神代ひなたは新たな戦いの境地に居た。
―――――
―――
――
『これで全部だな』
全て排除し終えたことを、ひなたが確認する。
あらかじめこの島には、遠隔操作型の小型砲台を何十機か配備していた。
マスドライバーによる打ち上げの妨害があってはならない。だからこそ、念には念を入れて。
結果、その警戒は無駄にならず、敵襲に迅速に対応することができた。
「広瀬。そろそろ戻った方がいい。お前を打ち上げなきゃ意味がない」
『わかった』
対応しきったと判断し、涼が下がろうとした瞬間。
『おい、待て』
「何だよ」
制止の声をかけたのはひなただった。
『……アレ見ろよ』
「アレ?」
ひなたが指示した場所。そこは鋼人が上陸した、マスドライバーの反対側の位置。
「……は?」
「……はい?」
俊暁と由希子は、同時に素っ頓狂な声を上げた。
その上陸した場所の方面を見ると、今まさに輸送艦数機からジョイントが引き出され、輸送艦が次々と連結していく場面だった。
「止めるぞ! さっきのメガネなんとかは!?」
「メガライトニングバスター! 流石に射程外ですよ!?」
ツッコミを入れられるだけまだ冷静だが、なまじ遠いだけに今起こっている現象を止める手段がない。
そして程なくして、中枢の輸送艦に、四機が四肢としてドッキング完了。
身を起こせば―――鋼人を運んでいた輸送艦は、それ自体が驚異の合体ロボットとして君臨していた。
『……アーセナル』
唖然としている中、ぽつんとひなたが呟く。
中枢ユニットと巨大パーツの合体、流出した技術。
真っ先に思い出すのは、ひなたがフォーティンを名乗っていた頃に手足としていたマシン。
それを彷彿とさせる銀の威容が、桁違いの巨大さを以て、今ここに立ちはだかっていた。
Flamberge逆転凱歌 第25話 「過去は鎖、或いは枷と化して」
つづく。