第20話「激情の果て」
ファルコーポで働き始めていたレイフォンが、人種の違いという一点のみで、唐突に違法と社会の槍玉に上げられる。
抵抗虚しく、決闘審判に持ち込まれた一件。最悪の事態を避けるため、エルヴィン最強最大の存在であるエールフランベルジュが立つ―――筈だったのだが、そこにはエールフランベルジュを遥かに上回る『巨人』の姿が……。
いつからか、少年はひとつの施設の中に居た。
ここには大量の食糧がある。
水も通っていて、シャワーを浴びることもできる。
物資もいっぱいあって、生きるだけなら困らなかった。
でも、ここに送ってくれた両親は帰ってこなかった。
少年は一人だった。
それでも待ち続けた。きっと誰かに出会えることを信じて。
それが辛いとわかっていたから。
ある時出会った少女に、少年は辛い思いをさせたくなかった。
『お願いします、この子をここに置いてあげてください。俺に出来ることは何でもします!』
助けを受け、街に辿りついた少年は、孤児院に必死に頼み込んだ。
交換条件を全て一手に引き受けて、『ひなた』の名をもらった少女に辛い思いをさせたくないがために、少年は足掻こうとした。
孤児院は二人を歓迎した。
それどころか、知り合いのツテで働く先まで紹介してくれた。
これで少女は、今度こそ未来に歩いていける。そこに己も居られる。
『それは法的に全く問題がなければの話。ですが、残念ながらそれは通用しません。
何故ならば―――彼は日本人としては有り得ない人種、名前。エルヴィンでは原則、彼らのようなアジア人には定住を一切認めておりません』
―――そう信じていたものが、覆されようとしている。
少年には、『彼女を助ける資格が』『権利が』『力が』なかった。
Flamberge逆転凱歌 第20話 「激情の果て」
エルヴィンの機動兵器のサイズは18mを基本としている。
これは運用時に映えるサイズとエルヴィンの技術力で折り合いをつけた結果であり、初期の研究者の開発目的が「創作世界の機体のようなサイズのロボットを作りたい」という浪漫込みのものでもあった。
現在でも、基本装甲を装備したBMM-01マズルカの全高は18mである。
では、今エールフランベルジュの目の前にある異形は何だ。
45mを超えるエールフランベルジュ自体が、そもそも『18m級ロボット同士の合体』というイレギュラーにより生まれたものだった。
その巨大さと威容は、それが動かせるだけの剛性・出力を以て、現時点で到達しえない『最強』に相応しいものだった。
だのに。
「……おい、何だあれ」
観客席の俊暁が指し示すそれは、エールフランベルジュが子供のように見える紺色の異形。
目測で60mはあるであろうそれは、生物の身体のようにのっぺりと曲面で覆われた四肢をしていて。
装甲で覆われたエールフランベルジュよりもずっと、生身の巨人のように思えた。
「こっちが訊きてェ」
「少なくとも、こんなの見たことないですね」
レイフォンの緊急事態ということで駆け付けた孤児院の面々だが、各々唖然としていた。
単騎で60mを超えるような機体はそもそもこの世に存在しない筈である。
子供たちが呆然としている中、冷静に答えられていた総一とアルエットですらこれである。
「……ひとつ、嫌な推測ですが」
しかし、この中で一人、由希子には思い当たる節があった。
「非現実的なこの光景を発生させるなら、エールフランベルジュのように、生体金属ODENそのものを使うしかありません。
ですが、あの金属はそう簡単には増やせない筈ですし、管理しているのは都市に認可された会社に限られます」
装甲の材質を生産するためにも用いられるODENだが、まだ未知の部分が多く、扱いを間違えれば危険である。
そのため、都市に認められなければODEN自体を会社が保有するのは不可能であり、中小企業は大企業から、既に出来上がった装甲の材質を買う形でODENの恩恵を受けている。
そこまでルートの絞られたODENを人型ロボットに使うなど非現実的であり、元々都市の実験の結果として生まれたフランベルジュなどが例外なくらいだった。
「えーと、質問。ODENって確か無性生殖でしたよね? 大企業のODENから新規個体が生まれて、それを使ったって可能性は……?」
そこに口を挟んだのは総一。研究者の親から教えてもらった知識があった。
ODENはコアの分裂により新たな個体を誕生させる。
現状分裂の原理や習性が分かっているわけではないが、最初の研究中にコアの存在や分裂が確認され、一つの存在が最終的に数十に分裂したという。
ならば、企業の使用していたODENのコアが分裂し、それを転用された可能性もある。
が。
「難しいですね。分裂したODENもひたすら高い売値が付きますし。そもそも、決闘審判に使ってロボットを売りに出すには不向きな方法ですし」
当然ながらODENの需要は高く、またODENのコアがあればあるほど生産ラインが増加できると考えると、企業も数を確保しておきたいだろう。
それに量産が不可能な以上、ODENそのものを用いて機体を作っても社の宣伝という本分を満たすことが難しい。
故にODENの使用は決闘審判のルールに縛られてこそいないものの、可能性としてはほぼないに等しいものだった。
しかし。
「でもさーお姉ちゃんたち。フランベルジュばっか勝っても向こう面白くないよなー」
「絶対勝てないゲームってしたくないし」
子供たちの会話。それがある意味真実を表しているように思えた。
現状、フランベルジュが絶対的な存在として君臨している。それに勝てないということは、決闘審判のマンネリにもなり、企業としても宣伝の場が減る。
無論、己らだけを優先する企業側に原因があるのだが、それでもフランベルジュを叩くことに意味があるといえばある。
『え、えー。それでは決闘審判、エールフランベルジュvsビッグワンの試合、間もなく開始でございます』
外野のざわつきが止まらない中、司会のアナウンスが響く。
司会もどこか困惑しているのが、声からも察することができる。無理もない。
いくら推論を並べても始まらない。それぞれが覚悟を決めて、この異常事態を観戦しようとした中。
「―――あのこ、くるしんでる。かわいそう」
ナルミの一言は、事情を知る俊暁や由希子に、『ODENが使用されている』という推論の補強材料を与えることとなった。
―――――
―――
――
開始のブザーが鳴る。
試合開始の合図だが、普通なら突っ込むところ……この異形を前に、セオリーも何も通じないことを薄々察していた。
『どうすんだこれ』
同乗するひなたの困惑した声。こんなもの、エルヴィンの外でも確認されたことがない。
しかし、動いてみなければ何も始まらない。
「まず確かめる。支援お願い」
『ちょ!? ……まあ、それしかないか』
言うや否や駆け出す涼。困惑するが、だからって動かなければ始まらないと、気持ちを入れ替えるひなた。
しかし。
―――ゴゥ!
容赦なく振り下ろされた拳は、早々にエールフランベルジュを捉える。
「があっ!?」
『速い……!?』
その一撃は、真っ向から向かおうとしていたフランベルジュを殴り飛ばし、近隣の廃ビルに大きく叩き付けた。
「く……」
『涼、上だ!』
言葉に反応して上を見上げる。大きく飛び上がり、組んだ拳を振り上げた巨体があった。
涼の注意を引きながら、ひなたは了解なしにツヴァイのエネルギー砲を放つ。
だが。
『んなぁ!?』
放たれたそれは、巨人の腕部に命中するかと思われたエネルギーは、命中するはずの腕部が、ぐにぃ、と避けるように変形し。
代わりに体制を変えた巨人の脚が、重量を乗せた飛び蹴りが、エールフランベルジュを穿つ。
その動きは例えるなら、カートゥーンの登場人物のような動き。
自在に骨格を曲げ、敵の攻撃は一方的に回避し、自身は強烈な一撃で敵を叩き伏せる。
人間でも、機械でも喩えられない動き。
誰もが絶句していた。
『クソッ、距離とれ!』
「わかってる……!」
必死に応戦しながら、ひとまず敵の距離から離れるべく、背中と脚に装備したエネルギー砲を可能な限り放ちながら全力で後退する。
まともにやって勝てるかといったら否。状況を少しでも把握しなければ。
ひたすら後退するフランベルジュを見て―――巨人はその場で拳を大きく振る。
「な、まず―――ああっ!?」
ぐにぃ……バギャッ!!
拳が伸びた。
伸びて、再びエールフランベルジュを殴りつけた。
離れても向こうが伸びる。
反撃しようにも、まともに捕えられない。
どれだけ対処を考えようとも、想像を絶する能力で潰される。
有体に言って、詰んだ。
観客の誰もが思うだろう。
ズン……ズン……。
遂に地に仰向けになったフランベルジュに、巨体が迫る。
それは死刑宣告であるかのように。
『クソ……ッ!』
もし、このまま負けてしまったら。
ひなたの脳裏に、嫌な可能性が浮かび上がる。
もしここで負けたら、アタシ達のような人間の生きる場所が潰される。
せっかく生きる道の見つかったレイフォンが、犯罪者扱いされる。
当然、レイフォンに関わっていた人間への風当たりも強くなる。
また、なにもなくなる。
温かいものに触れて、付き合い方が分からなくて、でも自分なりに付き合いたいと思っているこの気持ち。
そんなものばかり広がって。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。
ひたすらに連射する。でたらめに。
攻撃は悉く、それをかわすように身を歪められ、空を切る。
『嫌だ、いやだ、負けたく、ない……っ!!』
ひたすら撃ち込む、撃ち込む、撃ち込む。それは恐怖に抵抗するかのような、子供の必死の抗い。
紺色の巨人はそれを悉く躱し、スルーし……。
吹き飛ばされた。
『……?』
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
ただひたすら、でたらめに撃ちまくっていただけだったのに。
突然紺の巨人は、衝撃に吹き飛ばされ、大きくよろめいた。
「……ひなた。ありがとう」
漸く体勢を立て直し、苦しげながらも会話ができるまで持ち直した涼とフランベルジュ。
混乱の最中、涼は画面のコンソールからひとつの答えを導き出していた。
『
近距離において敵を損壊させる役割を果たすこれは、規定以上の出力になると通常のレギュレーションでは禁止されるものである。
この兵器は射程内の空間に直接衝撃を送るものであり、特性上水中でも近距離ならば機能する。
一撃自体の殺傷力はどうしても低くなるものの、空間自体に干渉するそれからの逃げ場は少ない。
ツヴァイに搭載された副砲は実際、過去にひなたの搭乗するスキュレイと水中で相対した際に魚雷を落としたこともあった。
その衝撃砲に、自在に曲がる巨人の身体が引っかかり、衝撃の直撃で後退したのだ。
付け入る隙はある。どういう原理か即座に判断はできないが、その事実が判明しただけで十分。
『ありがとうって……』
「今から接近する。合図したらもう一度ショックカノン撃って」
『……ああもう、わかったよ!』
こういう時は即断即決。
幼い頃から極限状況というものを体感していた二人だからこそ、通じ合えた。
実際、ひなたが無我夢中に撃ちまくっていた際、吹き飛ばされる身体を見て、涼は『何か』を見た。
(アレが私の想像通りなら―――!)
付け入ることができるのは、そこしかない。
巨体が腕を振りかぶる。迫るものは分かっている。
ゴゥ、と打ち出される、伸びる巨腕。ギリギリで躱しつつ接近。
そこから伸ばした巨腕が、鞭のようにしなって襲い掛かる。
高度を落として初撃を回避。返す二撃目―――地を蹴り、飛び上がることで回避。
ゴムのように伸びる腕を掻い潜り、敵の懐に接近!
「今!」
涼の言葉を受け、ひなたがトリガーを引く。
放たれる衝撃を受け、紺の巨躯が大きく背中側に凹み。
―――そのへこんだ中心に、橙色の球体が現れていた。
「そこぉぉぉッ!!」
腕を伸ばし、掴む。
掴んだまま、大きく上方に飛び上がる。
飛び上がれば、60mの巨体もそれに引きずられ、空中へと引っ張りあげられる。
やはり。
衝撃砲に吹き飛ばされた際、巨体を構成する紺の『身体』から、この球体が見えていた。
いくら身体が自在に変形できると言えど、外部からの指示でなければ、それを統率する『中枢部』は存在する。
それが胴体にあると狙った涼が狙っていたのは、『中枢部』と判断したそれを狙うためのものだった。
中枢部が逃げられないのであれば、あとはこれを片づけるだけ。
中枢部を守るように、巨体を構成していた物質が流体となり、エールフランベルジュを取り囲まんとする。
それ自体は対処のしようがある。だが。
「……人がいるか確認できる?」
『やってみた。いない』
ひなたの言葉で確証を得た上で、十分なほどに高度を得たところで。
人が搭乗していないのであれば……正直気は引けるが、やるしかない。
(すまない)
どういった経緯で生み出されたかは知らないが、今ここで負けるわけにもいかない。
それに、このまま勝たれて、この巨人が企業の味方となり人々を陥れるのも防がなければならない。
中枢部を抱える両腕の装甲が展開する。
展開したそこに、内部から放たれるエネルギーが、周囲の色を視覚的に捻じ曲げるほどの空間を展開する。
街に被害を出すような全開でなくとも、『この技』の使いようはある。
中枢部を巻き込むように展開するそれは―――今まで使用を抑えていた反物質。即ち。
「メテオクラスター……ゼロブレイク」
接敵距離で放たれた反物質空間が、中枢部を巻き込み。
生体金属ODENの塊であった『ビッグワン』は、流体物質ごと現世から昇華され尽くした。
―――――
―――
――
終了後のインタビューは騒然としていた。
インタビュアーでごった返す場内。彼らはとにかく自分の聞きたい言葉を貰うために、必死に求めていた。
「今回のキメ技について詳細をお聞きしたいのですが」
「今回相対したビッグワンはどうなったのですか?」
単純にフランベルジュの戦闘力についての質問。
「今回の判決、全面無罪とお聞きしたのですが、これはエルヴィンの規則に反するものでは?」
「貴女の今回の行動でエルヴィンの法律が捻じ曲げられたわけですが、一体どういうおつもりで?」
明らかに揚げ足を取って悪意的な記事を書くことを目的とした、質問とは名ばかりの暴言。
「先日の番組で着用していたパイロットスーツについての詳細を!」
「スリーサイズいくつですか!?」
論外。
しかし今回は、涼ひとりでインタビューを受けているわけではなかった。
故に。
「……今回は質問より先に、彼女から言いたいことがあるそうなので」
涼が場所を空け……そこに収まったのは、今回涼を助けることになった、ひなただった。
「……貴女と広瀬涼はどういう関係で?」
「今回被告人と関わりがあったというそうですが」
「私用で法を捻じ曲げたとお聞きしておりますが」
「以前フォーティンと名乗っておりましたよね。その由来は?」
「スリーサイズを!」
再び場が混沌とし出すその場内で。
バンッ! とカメラの置いてある机を叩く音が、まるで威嚇のように響いた。
湧き上がる感情を抑えながら、ひなたは努めて冷静に言葉を絞り出す。
「……今回、確かにレイフォンはアジア人だった。その人種がお前たちの社会で受け入れてないのは分かる。
だからって、真っ当に馴染もうとしている人間を迫害して、何が社会だよ馬鹿馬鹿しい」
血のにじんだようなひなたの赤い瞳は、まるで記者や、そのカメラを通して社会に問いかけてるようで。
「人種だからって相手を嫌うのか? 生まれが悪いからって人を遠ざけるのか? 何言っても許されるのか?
人の好き嫌いはあれど、そういうのって公にやっちゃいけないことなんじゃあないのか?
そうやって、必要以上に誰かを害することが、どれだけ他人の生きにくい社会を作るか分かれよ!」
傷ついた記憶は消えない。気づけば涙が溢れていた。
悪意に作られていた社会が、どうしても許せなかった。だからこそ、道理に背いてこの場を涼から借り受けた。
「アタシはこの社会に拾われた。それは本当にありがたいと思うよ。
だけど、気に入らない相手はどうやって排除してもいいのか?
法律に背いても? 化け物の力に頼っても!? それとも意見の多さの力でゴリ押してか!?
それだけはアタシ……分からないよ……!!」
周囲の想像を超えた感情の発露。
今まで抑えていたものが限界を超えてか、遂にひなたから嗚咽が漏れる。
「……すみません、また改めてインタビューの機会を設けます」
結局、涼が一礼のち、ひなたを連れ出すことで場を落ち着けた。
―――――
―――
――
インタビューとは名ばかりの、感情の叩き付けから数時間後。
「あーあ、滅茶苦茶」
俊暁が覗いた携帯端末では、今回の顛末に関して正の意見と負の意見がごった返していた。
インタビューという舞台をぶち壊しにした以上当然のことなのだが、それと同時に、決闘審判の使われ方について疑問を持っていた人間もある程度は居たという証左にもなっている。
とはいえ、この事態を餌に自分の嫌いな物の叩きに持って行かんとする意見も多くあり、結果として騒動になった、というのが正直なところだが。
パニックに陥り、とりあえず控室にて収まるまで待っていた涼と俊暁。
ようやくひなたも落ち着いてきたようで、机に突っ伏していた。
「ごめん。途中からわけわかんなくなってた」
「そんな気はしてた」
涼もインタビューを傍から聞いていて、伝わるかどうか分からない、危うげな感情の発露というのは感じていた。
だが。
「でも、レイフォンが大事だったから、あんなこと言ったんでしょ?」
「……だと思う」
「それは伝わってるから、安心して」
涼の声は優しかった。
それは、未熟ながらも、被っていた狂気の仮面を投げ捨て、本当の自分というものを表に出し始めた証であり、涼としても喜ばしいことであった。
「まあ、たとえ上手くやったところで悪意あるマスゴミもいたことだしな」
「汚い言葉使わないの」
俊暁の刺々しい言葉も無理もないが、そこは涼も窘める。
そんなやりとりの最中、ノックのち控室の扉が開く。
「ひなた……ごめん。迷惑かけた」
入ってきたレイフォンは、情けないと言いたげに笑みを作った。
その声が響いた瞬間、突っ伏していた机から立ち上がったひなたは、真っ先にレイフォンに向かう。
自分の生まれが、自分の行動が周囲に迷惑をかけた。
そう思っていたレイフォンは、自分への叱責を覚悟し目を閉じた。
ぎゅ……。
だが、そんなレイフォンにひなたは、思いきり、精一杯抱き着いて。
「そうだよ……ちゃんと戻ってこいよぉ……!」
抑えてきた感情が爆発するのを感じていた。止める気もない。
レイフォンはそんなひなたを受け止める。負い目ではない。そうしたいと思ったから。
「だいたい、ちゃんと居場所見つけて働いて、どうしてお前がスコボコに言われるんだよ、おかしいだろ!」
「いやまあ、うん」
「もっと胸張れよ、お前のおかげでアタシだって生きていけんだからさぁ……!!」
とりあえず、二人が落ち着くところに落ち着いた。
それを見届けていた涼も俊暁も、ほっとしたような表情に落ち着いた。
「で、何でアイツに好きなように言わせたんだよ」
ここにきて、ふいに俊暁に浮かんだ疑問。
そもそも他人に何かを主張するなど、機会のなかった人間にやらせることではない。
社会に馴染み始めている状態のひなたでは、なおのこと事故が起こりやすいだろう。
それでも涼は、ひなたに言いたいことを言わせた。
「……どうせ今回の話、理屈じゃないし。他人から頭ごなしにどう言われたって、それで治ったら、差別だとか格差とか、そういうのなんてない」
事態の根底にあったものは、『他者への悪意』。
今回はあくまで人種が引き金だっただけであり、自分の気に入らない相手を合法的に引きずりおろそうとする悪意こそが、この事態を引き起こした。
それをどんな手を使ってでも行ったという事実に、怒りと拒絶を逆にぶつけたことは、ある意味一石を投じたとも言えるのかもしれない。
「それをどうにかできるのはきっと、人が人を想う……優しい気持ちなんだと思う」
今でも目を閉じれば思い出す。
幼かった掌に余るほどの、真っ赤なリンゴ。
それを手渡してくれた、人の温もり。
あのとき、名もなき少女が貰った、とても大事なもの。
人を拒絶する『悪意』から人を救い出すものがあるとしたら、たったひとつ、その『温もり』しかないと、涼は信じていた。
「だからあいつに、か」
俊暁の言葉に頷く涼。
やり方は拙くとも、大切な人が傷つけられたことで発露した激情。
その裏には確かに『温もり』の芽生えがあった。
……理屈を挙げるだけならば、いくらでもできる。
ただ言えることは、芽生えた温もりから来る声を、届けさせてあげたかった、それだけ。
泣きじゃくるひなたを受け止めるレイフォン、その光景を見ながら。
「せっかくだし俺らもあんな風に……」
「それは嫌」
「なんだよー」
軽口を言い合えるほどには、余裕を取り戻していた。
―――――
―――
――
そして数時間後ニュース番組が、改めて涼を対象に行われたインタビューを生中継していた頃。
ビルのモニターが視認できる街中、その路地裏で全く同じ顔をした二人の長い銀髪の人間が向かい合っていた。
「例の生体金属、手引きしたのはお前か」
「だとしたら?」
しかし、片やその表情は侮蔑、もう一方のは嘲笑。
カストロの怒りと、バロックスの嘲り。
「あの『ビッグワン』はこちらの試作機でね。使ってくれと交渉したら、クジャンの奴、喜んで手筈を整えてくれたよ」
「その結果何が起こってもいいと?」
「だって楽しいだろ? 無敵のフランベルジュに立ち向かう未知の強大な力、絵になるじゃないか。まあ失敗しちゃったケド」
せせら笑うバロックス。
「……君だって気づいているんだろう? そろそろ舞台も加速する頃だと。実際僕も準備を整えてるしねェ。
そして、君はその未来を既に『視て』いる」
「黙れ」
「あァ楽しみだな。キミが何をしようが世界は混沌に満ちる。あははは……!」
カストロの視線に籠る感情が強くなったのを感じてか、バロックスはその場から消え失せる。
しかし、だからといってバロックスのやることが変わるわけではない。
「……アレが、僕に声をかけた理由かい。カストロ」
「見ていたのか、エドワード」
そのやり取りを見ていたのか、物陰から出てきたエドワードがカストロに声をかける。
「見たところ、アレは彼女よりキミに強く因縁があるようだ。だのに、キミは僕に『彼女の力を試す』ように依頼した。それは何故だ?」
エドワードが行った、番組においての広瀬涼への挑発。
エドワードが当時、広瀬涼の台頭に不満を持っていたのは確かだが、行動を後押ししたのはカストロの言葉もあってのものだった。
だが実際、同じ顔の相手という状況に、エドワードの疑問は膨らんでいた。
「……キミは何故、彼女に固執する?」
「変えたい未来があるからさ」
「未来?」
疑問符が浮かぶエドワード。
カストロは表情をより険しくしながら、呟く。
「広瀬涼。彼女はあと二週間ほどで―――殺される」
Flamberge逆転凱歌 第20話 「激情の果て」
つづく。