未来への布石
「なら、今ここで尚文さんが謝れば済む話じゃないですか!」
樹はどこまでもウザいですな。
正義面して見当違いな事を言っていますぞ。
しかし……この豚も咄嗟の言い訳に知恵が回りますな。
金を要求出来ず、紹介状を言い訳にも出来ない。
果てには王が許可しなかった。
ですが……この言い訳は錬には効果が無いに等しいですな。
「元康、尚文。何かおかしいぞこの国は……まるで尚文を迫害するために王や王女……国が行動しているんじゃないか?」
「ブブー! ブブブブ!」
豚が錬に言い訳をしていますが、錬にはもはや聞く耳は無い様ですな。
ここで真実を話しても良いのですが、それでは未来との差異が出てしまいますぞ。
「そ、そうなのかな……?」
「全ては尚文さんが反省しないからいけないんです! さあ! 頭を下げなさい」
「なんで俺が樹に謝んないといけないんだよ! 仮に謝るとしても、お前にじゃない!」
お義父さんが不愉快そうに吐き捨てました。
もう十分ですな。
お義父さんも理解しているのか、大げさに怒りを露わにして砂時計に背を向けますぞ。
「もういいよ。別に今しなきゃいけないものじゃないし……さ、元康くん、行こう」
「わかりましたぞ」
「……ふん。樹、お前も少しは疑うべきだと思う」
お義父さんの後を着いて行くと錬とその仲間達も樹とは視線を合わせないように建物から出ていく事になりました。
建物を出た後、豚が錬に向けて声を掛けてきたので、錬は凄く渋々建物に戻って行きましたぞ。
大方、お義父さんと俺が立ち去ったのを良い事に、武器の素材として砂時計の砂を与える算段だったのでしょう。
時々国からの援助と称していろんな素材が提供されましたからな。
依頼しておけば、それなりに優秀な装備を作ってはくれましたぞ。
もはや過去の話ですがな。
「感じの悪い姉ちゃんだったな」
「うん、切り捨てるか悩んだ」
「キールくん、サクラちゃん、騒ぎになるからそれはやめてね」
「でも兄ちゃん……」
キールが悔しそうにお義父さんに目を向けます。
お義父さんは諭す様に微笑むと言葉を紡ぎました。
「しー、これは内緒なんだから話しちゃダメだよ」
「なんでなんだー?」
「うーん……俺も性格が悪いからかな。錬は信じてくれると思う?」
「俺の見立てでは、もう国への疑惑で一杯ですぞ。あれなら遅かれ早かれ気付くかと」
「そうだと良いね。とはいえ……程々にしておかないと未来の知識が役に立たなくなると思うから、これくらいにしておこうか」
「わかりました」
錬が疑惑を持ってくれるのは嬉しいですが、それで不確定要素になってしまうと逆に俺達が困りますからな。
お義父さんの言う通り、この辺りが無難でしょう。
「じゃあ用事も終わったし、波までぐっすり休んで備えようか」
「わーい! 兄ちゃん! 明日に備えて飯作ってくれよ!」
「わかったわかった。じゃあ草原の方にある河原で料理してあげるよ」
「よっしゃー!」
「サクラも楽しみ」
「私も楽しみですぞ」
「ナオフミ様、上品な料理を所望しますわ」
「……元康くんとユキちゃんには後ですこーし話があるからね」
その後、お義父さんは河原で料理し、サクラちゃん達が舌鼓をしている最中、俺とユキちゃんがお義父さんにお説教をされてしまいましたぞ。
曰く、お義父さんは押し倒されるのでは無く、どちらかと言えば押し倒す側、しかも同意の上で恋愛関係を築いてからと何やら熱弁されてしまいました。
未来のお義父さんを思い出すと……お姉さんに若干尻に敷かれていた様な気がしますが違うのですかな?
思い出しましたぞ。
俺とフィーロたんとのデートをお義父さんに許可するように勧めてくださったのはお姉さんでした。
とまあ、微笑ましくその日は過ぎて行ったのですぞ。
翌日。
波までの時間が近づいていますぞ。
「薬は十分に持ったし、念の為の打ち合わせも沢山した。出来る限りの準備は整えたけど……まだ不安が拭いきれそうにないな」
お義父さんが道具袋を弄りながら呟きますぞ。
「兄ちゃんは心配性だな。前の波じゃ逃げるだけだった俺だけど、今の俺達なら大丈夫だって!」
キールがそんなお義父さんに肉球でペチペチと激励を送りましたな。
「サクラもがんばる」
腰に差した剣をいつでも抜けるように何度も練習をしてサクラちゃんが言います。
さて、俺の方はどうですかな?
まあ、一度は経験したメルロマルクの波ですからな。
特に緊張なども無いですぞ。
あの時の俺はやっと波に挑めると意気揚々と波の亀裂に向かって突撃したのでした。
キメラ相手に興奮気味に戦っていましたな。
お義父さんは避難誘導をしていたと思いますぞ。
次の波で注意してきた事を考えるに、非戦闘員を逃がすのは重要ではありますからなぁ。
城からの援護がすぐに来ると照明を打ち上げて、イノシシの様に突撃する。
まさしく猪突猛進ですな。
今回はどうしますかな?
早急に波を鎮めるというのも手ではありますが……。
「お義父さん、今回はどうしますかな? その気になれば波など即座に鎮められますぞ」
「うーん……だけど元康くんが強い事がばれちゃうと元康くんの未来の知識が役に立たなくなっちゃう可能性が高くなるよ?」
「それもそうですな。では加減しましょう。何、錬と樹も今回の波では余裕ですからな。黙っていても勝利しますぞ」
「まあ……そうなんだけど、陰謀に巻き込まれない為と言って助けられる命を見捨てるのも……また悪い事の様な気がするんだ」
なんとお優しい事でしょう。
この元康、お義父さんの慈悲深さに涙が止まりませんぞ。
「俺、何か変な事言った? 元康くんが敬礼しながら泣いているんだけど」
「ブー……」
「え? 変人なんだからわからないって……エレナさんも少しはやる気を見せてよ?」
「ブー」
「別にエレナさんに先頭を任せる訳じゃないよ。あんまり目を付けられない程度に被害者を出さないようがんばろうってだけ」
「ブー」
「面倒だけど……ね? これが勝利の鍵になるんだからやる気を見せようよ」
「ブー」
怠け豚が肩を軽く上げてから頷きましたぞ。
これはやる気あるのか無いのか、どっちの反応なのですかな?
まあ元より怠け豚に期待などしていませんが。
「元康様、コウ共々私達は何をすればよろしいですか?」
「お義父さんの指示に従うだけですぞ」
「わかりましたわ」
お義父さんの命令に従っていれば何もかも上手く行きますぞ。
最初の世界で証明されているのです。
その素晴らしき手腕さえあれば、俺達の未来は安泰ですぞ。
「とりあえず……元康くんの話じゃリユート村に飛ぶはずだから、避難誘導を優先しよう。元康くんも手伝って、そうすれば少なくとも死傷者は減らせるはずだから」
「未来と同じ戦略ですな」
「うん。だけど元康くんが本来いるはずだった枠が空く訳だから、避難誘導が完了したら元康くんは波のボスの方へ行って。本当の力は出来る限り隠す様にお願い。ユキちゃんもコウもその辺りは意識してね」
「了解しましたぞ!」
「わかりましたわ」
お義父さんの命に俺達は頷きました。
以前は猪突猛進でしたが、今回は多くの命を救うのですぞ。
そう思うと力が湧いてきますな。
「コウがんばるー! 波の魔物って美味しい?」
「どうかなー……? 波のボスの素材は欲しいけどね。それなりに優秀らしいから」
「倒したら素材をある程度はぎ取って放置しましたな。お義父さんがそれらしい盾を持っていましたので、片付けもしてくださったと思いますぞ」
「じゃあその辺りは樹や錬も意識はしてないと思うからこっちが頂いて行こう。運ぶにしても大きそうだし……確保する場所が困りそうだけどね」
「ボスの素材を親父さんに渡すのですな」
「あ、それ良いね。骨とか色々と武器や防具にしてもらえそう……お金が枯渇してるけど」
「波の翌日、援助金を手切れ金と称してクズがくれましたな」
お義父さんが凄く不快そうに眉を寄せています。
まあ手切れ金という事は追い出す事の表れですからな。
錬や樹よりも遥かに強いお義父さんを追い出すなど、本当に愚かな王ですぞ。
あの愚王をどう始末するか、今から楽しみですな。
「まあ、次の波の後には女王が帰還してお義父さんにその分の援助をしてくださると思うので我慢ですぞ」
「わかってるって。うん、援助金がもらえるだけ良いね。それにシルトヴェルトの方で金銭には困って無い訳だし」
「二度目の波の時はどうせその後、指名手配されるので加減はしなくて良くなりますからな。もう少しの辛抱ですぞ」
「そうだね。王やあのビッチは可哀想な人だと思って我慢するよ」
「それで良いですぞ。さあ、波の時間が迫ってきましたな」
未来のお義父さんを思い出します。
道化だった俺がお義父さんを責め立てていたあの時……お義父さんはどんな思いで、初めての波に挑んだのでしょう。
世界中を恨む気持ちは理解できますぞ。
赤豚に裏切られたあの時……俺も同じ思いでした。
フィーロたん……は、何処にいるのでしょう。
あなたのお陰で俺は世界を憎まないで済みました。
貴方がいたから俺は世界を愛する事が出来るのです。
お義父さんはこの時、助けてくれる人はいなかったと思います。
お姉さんはそんなお義父さんを支えていたのでしょうか?
俺はお義父さんを支える事が出来ていますか? お姉さん。
……そう言えばお姉さんは何処で仲間になったのですかな?
このままでは会えませんぞ。
確か奴隷に身を落としていたと思いますが……わかりませんな。
キールを買う時には見かけませんでしたぞ?
うーん。
まあ、きっと何処かで幸せに過ごしていると思いますぞ。
あの強くて凛々しく健康的なお姉さんがちょっとやそっとの事でどうにかなるとは思えませんからな。
きっと元気に暮らしている事でしょう。
メルロマルクの騒ぎが終わった辺りでお義父さんが村を再興しようとしました。
その時に探せばよいですな。
お姉さんの分、俺がお義父さんを支えていればよいのです。
「そろそろだね」
視界の砂時計に映る数字が0に近づいてきましたぞ。
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「出来る限り被害者を出さない様にがんばろう。今回の波を乗り越える事で、未来への布石になる」
「やるぜ兄ちゃん! 今度こそ、俺は守れなかった分まで守るんだ!」
「サクラがんばる」
「ユキも守って見せますわ」
「コウは魔物と遊んでくるー」
「ブー……ブイブイ」
怠け豚が、あー……ハイハイと言っているかのようにローテンションで鳴きましたぞ。
「さあ、元康くん。みんなに激励を」
「わかりましたぞ。みんな今日の為にがんばって強くなったのですぞ。俺の知る未来よりもより良い結果を出す為に……がんばろうですぞ!」
「「「おー!」」」
俺の掛け声と共に数字が0になり、このループで初めての波が始まったのですぞ。