秘密裏
「ブー……」
怠け豚……エレナは行商中以外は馬車の中にハンモックを吊るして寝入ってますな。
フィロリアル様が醸し出す高貴な揺れの中で惰眠を貪るとは……万死に値しますぞ。
俺ですらこの揺れの中で眠る事など出来ないというのに!
この元康、ジェラシーで狂ってしまいそうですぞ。
しかもこの怠け豚、お義父さんの優しさに漬け込んで奴隷であっても奴隷紋が作動しないだろうと高を括っております。
まあキールが奴隷紋を発動している所を見た事がありませんからな。
仮に俺が怠け豚の奴隷紋をもらったら、すぐにぶち殺しますぞ。
そんな様子をイラっとしながら見ていると、お義父さんが俺に声を掛けました。
「ところで元康くん。秘策があるようだけどどうするの?」
「そうですな……そろそろ潮時ですな」
行商を始めて五日程過ぎようとしています。
メルロマルク内の村や町を行商している最中ですぞ。
俺は地図を広げて巡回路を考えます。
出来れば一日で回り切れる範囲が良いですな。
「ではこの辺りを中心に一日で戻れる範囲で巡回してほしいですぞ」
「それは良いけど……どうするの?」
「ここからが秘策なのですぞ。まず、ポータルは馬車の中であっても使用する事は出来るのですぞ」
「うん。聞いた様な気がする。それで?」
「俺がユキちゃん達を育てる時には宿の部屋の中で使用して、帰りは宿の近くに飛んで隠蔽で隠れて戻ったのですぞ」
これは確かですぞ。
まあ、帰りは少し工夫する必要がありますがな。
槍の専用技能で壁抜けをしたりなどです。
見張りの類が隠れて俺の様子を見ていたとしても、見張っていたはずの勇者が実は既にここにいないなど分かり様が無いですからな。
「結構手間が掛るんだね。で?」
「ここ数日で俺達が馬車に籠っている事が多いのも目くらましになるでしょうな」
「馬車に籠りっきりだもんね……時々、宿で休めるけど」
五日間の行商で街道に出現する魔物も少しは倒せましたがLv自体の上昇はゆっくりですぞ。
いい加減、お義父さんのLvを上げねば不安になってくる頃合いですな。
「では売り子と馬車を引く者は留守番を任せますぞ」
「今回はキールくんとエレナさんどっちに任せようか?」
「怠け豚の方は今一つ信用が置けませんな」
「ブー……?」
パチッと寝ていた豚が目を開いてこちらを見ていますな。
どうも俺はこの怠け豚が信用できません。
絶妙なタイミングで裏切りそうな気がします。
「貴様はお呼びでないですぞ。失せろ!」
「ブー……」
「まあまあ、疑っていたらキリがないし奴隷紋が掛ってるから大丈夫だよ。念の為にユキちゃんが見張りをしてくれれば良いんじゃないかな?」
「わかりました。では今回は馬車を引くのがコウで行商は怠け豚、監視にユキちゃんを置いておきますぞ」
「元康様のお願いを守って見せますわ」
「コウがんばるー」
怠け豚がどれくらいのLvかは知りませんが、多少戦える程度の強さは持っているでしょう。
問題は盗賊などが襲ってきて、馬車の中に人がいないの事を勘付かれる場合を警戒するだけですからな。
とはいえ、そこはユキちゃんが監視していれば奴隷紋の穴を突く様なおかしな事をされても問題なく処理できるでしょう。
「では行きますぞ。ポータルスピアー!」
そう、俺達の狙いは行商をする事によって監視の目を馬車に集約する事なのですぞ。
フィロリアル様達の察知能力は高いですし、俺自身も隠れている相手をある程度は見抜くことが出来ます。
現在、馬車の中に監視は居ないのは確実。
精々、馬車の外で見張っているのだろうという程度ですな。
早く動く馬車で移動もしている手前、俺達を完全に特定するのは難しいでしょう。
この状態で、馬車の中に居るはずの人が消えたとしても、気付かれないと俺は読んだのです。
「うわ! 凄い……」
「ブー」
シルトヴェルトに到着した俺達。
今回のお義父さんはポータルは初経験ですな。
「どうしますかな? このままシルトヴェルトの城の方へ行きますかな?」
「うーん……悪いけどLv上げを先にしておきたいかな。あんまり上がって無いと不安だし」
「でしょうな。ではサクラちゃんと一緒に行って来ては如何ですかな?」
既にサクラちゃんの服は出来ていて、準備は万端とばかりにサクラちゃんはフィロリアルの姿になりますぞ。
「じゃあいこー?」
「そうだね。キールくんも行こうね」
「ブー!」
楽しげにお義父さんはキールと共にサクラちゃんの背に乗りますぞ。
「では行ってらっしゃいですぞ。私はその間に、お義父さんに渡すはずだった物を回収してきますぞ」
「うん! これで自由に上げられるね」
「しゅっぱーつ!」
ダッダッダとサクラちゃんはお義父さん達を乗せて走り去って行きましたぞ。
俺はその間に、ユキちゃん達をLv上げした時に隠していた素材を回収に向かったのでしたぞ。
ついでにドロップ辺りで良さそうなのを持って帰れますかな?
いや、薬草などの類を武器に入れて調合に使えば良いのですな。
「いやー、メキメキと面白いくらい上がって驚いたね」
その日の夕方、お義父さんが楽しげな表情でサクラちゃんの背に乗って帰ってきましたぞ。
俺は回収した素材の一部を袋に詰めてお義父さんと合流しました。
「どんな状況ですかな?」
「現在、俺がLv18、キールくんがLv19でサクラちゃんはLv35だね」
むう……サクラちゃん自身のLvが低めなのが原因でしょうが少々伸びが悪いですな。
「明日は俺がサクラちゃんのLvを上げますぞ。もう少しLvを高めにした方が良いですな」
「そうなの?」
「もっと上がると思っていました」
これは当面の課題ですな。
監視の目を意識しすぎてユキちゃんを初め、フィロリアル様達のLvやステータスに不安がありますな。
何、俺の手腕に掛ればもっと大々的にLvを上げる事も容易いでしょうからな。
「あんまりナオフミと離れたくない。守れない」
サクラちゃんが拒みますぞ。
その使命優先な心意気に俺は涙が止まりません。
なんと健気でございますか。
「おお、とても高尚な自意識の強さに俺は感嘆の言葉しか出ませんぞ」
「そうは言っても……」
「ユキやコウが同伴すれば良い」
「理屈じゃそうだけどー……結局元康くんにはユキちゃん達のLv上げをしてもらうしかないか……」
色々と問題が付きまといますな。
サクラちゃんの意識の高さもありますがな。
「じゃあ明日は俺は馬車の方にいるよ。連日姿を現さないのは怪しまれるし、エレナさんの監視を俺がしていれば問題も無いと思う」
「ブー」
キールがお義父さんの案に頷いてますな。
「馬車はサクラが引くー」
「そうだね。サクラちゃんが引いてくれれば調合も勉強もしやすくて良いもんね」
「うん」
「話はまとまりましたな。ではお義父さん。俺が見つけて来た素材をお納めくださいですぞ」
「あ、うん。ありがとう……結構色々と入ってるね」
「まだお義父さんの盾を強くするには全然足りませんぞ」
「今日、サクラちゃん達と色々と回ったつもりだけど、まだまだだなー……」
お義父さんは苦笑しながら後頭部を掻いて笑っております。
一日でも早くお義父さんを秘密裏に強くするのが今回の目的ですからな。
「当たり前なんだろうけどこの辺りに自生してる薬草とかはメルロマルクと違うね。魔物も違うしドロップも変わってる。薬作りのレシピには同じ扱いのがあって助かるけど、実際に作るのだと勝手が違いそうだね」
「そこは覚えていくしかありませんな」
とは言いつつ、俺も調合に関しては槍で作らせているだけなので良くわかりません。
まあ、多少おかしな点があっても行商で特定される事は無いと思いますぞ。
何せ武器で作っていると確かめるには勇者でないと出来ない事なのですからな。
などと考えているうちに、俺が渡した素材をお義父さんは盾に入れてくださいます。
「強化方法は沢山あるけど、現在ある盾で良いのかな? もう少し良い盾が出てからの方が無駄が無さそうだけどー……」
「その都度、最適な物を選んで強くするのがゲーマーでは無いですかな?」
未来のお義父さんなら言いだしそうな言葉ですな。
「まあ、そうだね。どうも忘れがちだけど、良い盾が出るのを待って居たらいつまで経っても強くなんかなれないね」
お義父さんは何度も頷きながら強化する盾を決めた様ですな。
「とりあえず当面はって感じで強くして……っと」
「強化に必要な素材があるのでしたらその都度、この元康に命じてくだされば、調達してきますぞ」
「ありがとう。じゃあ無駄手間になっちゃうかもしれないけど必要な素材を任せようかな」
お義父さんは現在、強化している盾に必要な鉱石を教えてくださいました。
それを俺が集めればお義父さんの強さは盤石な物になりますな。
まあ、どちらにしてもお義父さん自身のLvを上げる必要がありますがな。
「っとそろそろ時間ですな」
「うん。元康くん。お願い」
「わかりましたぞ。ポータルスピアー!」
転移スキルで俺達はユキちゃん達と合流するはずだった場所に飛びましたぞ。
もちろん、飛ぶ時に選んだ場所の状況が僅かに見る事が出来ます。
打ち合わせ通りに馬車が俺達の帰りを待っていましたぞ。
後は飛ぶタイミングですな。
隠蔽スキルを事前に発動させた状態で飛べばある程度は誤魔化しが効きますからな。
しかし……お義父さんの命令ですがかなり面倒ですな。
監視している者達を皆殺しにすればこんな手間を掛けなくても良いとは思いますがしょうがありませんぞ。
ポータルで飛んだ俺達は、馬車に乗り込んでから隠蔽スキルを解除しました。