TikTokの前身が、アメリカで流行ったMusical.lyというアプリであることは有名だ。今TikTokを運営しているByteDance社が、2017年にMusical.lyを買収して、それをリブランディングしたのがTikTokであるというイメージを持っている人が多いと思う。ここで1つ、素朴な疑問が湧き出てくる。
今でこそ評価額が世界一のユニコーン企業に化けたByteDanceだが、2017年に、シリコンバレーのイケイケソーシャルカンパニーが、中国の得体の知れない会社に身売りするとは、一体どうゆうことなのか?シナジー効果が出る保証もないし、物理的に距離も離れている。シリコンバレーのカルチャーと、中国流のビジネススタイルが相容れない可能性も大いにある。
それに、なぜFacebookは先に動かなかったのか?Facebookは過去にWhatsappを$19 Billion(2兆円)で買収し、Instagramを$1Billion(1,000億円)で買収してきた。Facebookは自らが築き上げてきた帝国を揺るがしかねないルーキーが出現すると、ルーキーの懸賞金が低いうちに、高待遇を提示することで傘下におさめてしまう。
傘下入りを拒否する生意気なルーキーが現れた場合は、機能を丸ごとパクリ、徹底的に潰しにかかる。米国で飛ぶ鳥を落とす勢いで拡大していたSnapchatは、これにより木っ端微塵にされた。そんなFacebookはTikTokの快進撃を目の当たりにして、どう動くのか?機能をパクるのか?それに対してTikTokはどう防御していくのか?これらの数々の謎を紐解くには、そもそもTikTokがどのようにして誕生したかまで遡る必要がある。
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ご存知の通り、中国のIT業界には三代将が立ちはだかる。「BAT」という名で呼ばれている。Baidu、Alibaba、Tencentだ。
知らない人のために解説しておくと、Baiduは検索、AlibabaはEC、TencentはSNSだ。それぞれ米国のGoogle、Amazon、Facebookがライバルにあたる。彼らはアジアのスタートアップをどんどん傘下に組み入れ、アジアにてテクノロジー帝国を築き上げてきた。彼らの資本が入っていない中国のスタートアップなど珍しいほどだ。
「俺たちで、いつかはBATを超えよう!」
2005年、中国天津市の南開大学でコンピュータサイエンスを学んでいる二人の学生がいた。張一鳴と梁汝波だ。
南開大学というのは、北京大学、清華大学に次ぐ、中国3強に入る大学だ。アリババ創業者のジャック・マーが最初に受験して落とされたのが、この南開大学だ。二人のクラスメイトが大学を卒業してから7年後の2012年、張の冒険が始まった。
既存のニュースアプリは、求めている情報がなかなか入ってこない。AIを活用して、個人の趣味趣向に合わせた記事をレコメンドするサービスを作ろう。BAT倒すぞ!当時そう意気込む29才の張を、世界を代表するVCであるセコイア・キャピタルは一蹴した。数々のニュースアプリも運営しているBAT一角のテンセントなどを出し抜き、あのGoogleですら撤退したここ中国で、どう勝ち上がるつもりだ?そう言われながらも、張が2012年に北京からローンチしたニュースアプリToutiaoは順調に拡大していった。その過程で、張は3大将BATからの資本を一切入れなかった。
張は自力で、ToutiaoをDAU(日間アクティブユーザー) 2億人を超える、モンスター級のプラットフォームにまで育て上げ、当初の投資家らの読みを良い意味で裏切り、BAT陣営の牙城を崩す手前までさしかかっていた。
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一方、上海にも、ハングリー精神旺盛な若者がいた。Alex Zhuだ。中国人だ。2014年にアレックスが電車に乗っていた時に、周りの若い人を観察してみたら、半分の人が音楽を聴いていて、もう半分が自撮り画像や動画をSNSで送っていた。この2つを組み合わせればいいと考えた。コンテンツに「音楽」を乗せることで、つまらないコンテンツも、楽しいコンテンツに生まれ変わるぞ!Alexはプロダクトを作り込み、2014年7月に、中国と米国、両方のアプリストアでローンチした。すると、中国よりも米国の方で比較的人気が出てきた。スタートアップであるため、リソースが限られているAlexは、中国マーケットは後回しにして米国市場に専念することにした。会社の本拠地はずっと上海にあり、エンジニアも全員上海で働いている人たちだ。(今はマーケティングチームなど一部がサンフランシスコのWeWorkに入居している。)Alexらは上海に住みながら、アメリカのティーネージャー向けにプロダクトを届けるという偉業をこなした。このアプリは瞬く間にアメリカのティーネージャーに広がり、ローンチからちょうど1年後の2015年7月にはApp Storeで1位に輝いた。
これがかの有名な「Musical.ly」だ。Musical.lyはアメリカの会社と見せかけて、実は上海の会社であり、中国発のプロダクトだったのだ。
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Musical.lyがピークを迎えていた2016年に、北京でもう1つ、新しいアプリが誕生していた。「A.ME」だ。
一言で言うと、アメリカで流行っていたmusical.lyをコピーして、中国向けにローンチしたアプリだ。開発元はWeiboshijie Ltdという会社で、創業者は、張が南開大学時代に共に夢を語り合った梁汝波だ。A.MEは2016年9月にローンチされ、その3か月後に、アプリ名を変えることになる。
ここでようやく、みなさんがお馴染みのロゴの登場だ。A.MEからDouyin (中国名:抖音)になった。Douyinは、TikTokの中国名だ。それと同じタイミングで、梁のDouyinは、張が率いるニュースアプリ企業のToutiaoから出資を受けた。次の投資ラウンドも、その次のラウンドでも、Toutiaoからの追加投資を受け、どこかのタイミングでToutiaoの持株比率が50%を超え、Toutiaoの仲間入りをはたしたのだろう。こうしてToutiaoとDouyin、その他複数企業を束ねるための親会社的位置付けで、ByteDanceという箱が作られたのだと思われる。
Facebook帝国に挑む、Musical.lyとByteDanceの同盟
2017年、おそらく中国でByteDanceの張&梁と、Musical.lyのAlexとの間で、密会の場が設けられた。
張 "Facebookはいくら提示してきた?たったの$100Mか?俺たちはその10倍出す。$1Billionだ。musical.lyとDouyinのポテンシャルはそんなもんじゃない。ここ中国で、俺たち中国人らで、世界を席巻するモノを生み出そう。ここだけの話、実はソフトバンクのマサの後ろ盾もあるんだ。潤沢な資金を使って、一気に世界展開するつもりだ。そのためには、musical.lyの力が必要なんだ。"
Facebookはmusical.lyに買収オファーを出したという噂がある。だがmusical.ly目線ではシリコンバレーの巨人たちの傘下に入っても良いことはないだろう。それはたとえ同じ欧米人であったとしてもだ。2016年末にTwitterがVineを閉じることを発表した時のVine創業者のツイートが以下だ。
インスタ創業者の二人も去年会社を去る選択を取った。必ず自由を保証すると言いながら、Facebookは帝国拡大のためにインスタ創業者たちを無下に扱ったようだ。
それに対して、musical.lyのAlexは、同郷の張となら、組んでもいいかもしれないと思えたに違いない。ByteDanceは体制側ではなく、新興勢力側だ。そのByteDanceと組んで、三大将、そして四皇に挑んでいく。
ちなみに、musical.lyの拡大は最初の2年で頭打ちとなり、既にピークを過ぎているとの噂があった。実際にGoogle Trendsで「musical.ly」と調べてみても、ピークは2016年6月で、それ以降は右肩下がりになっている。
コアユーザーがアメリカの若者だけで、伸び悩んでいるmusical.lyからしたら、ByteDanceは中国で既にユーザーを拡大させているDouyinを持っている。中国1のニュースアプリToutiaoを作り上げたノウハウもあり、AIという最大の武器がある。張いわく、これからは中国のみならず、日本や韓国にも注力していくつもりらしい。ByteDanceからしても、既にアジアでDouyin/TikTokはそこそこきているが、アメリカは全く抑えられていないので、musical.lyは魅力的に映る。Win-Winの関係だ。
こうして誕生したのが、新星ByteDance海賊団だ。
ここまでを図にまとめておこう。
創業者別にまとめると、以下の図になる。もちろん全員、中国人だ。
時系列でまとめると、次のようになる。
そしてByteDanceは2018年も快進撃を続け、評価額がサンフランシスコ発のウーバーを抜き、世界一のユニコーン企業に大化けした。
攻めの防御を見せるTikTok
TikTokは世界中で広告宣伝に湯水のようにお金を注ぎ込んでいる。オンラインでも、リアルでもだ。
いくら金のなる木であるToutiao事業があり、ソフトバンクビジョンファンドの後ろ盾もあるとはいえ、使えるキャッシュは無尽蔵ではないはずだ。自然なグロースに任せて、徐々に拡大する路線だっていいじゃないか。にも関わらず、ここまでお金をかけて一気に攻勢を仕掛けているのは、Facebook、正確にはFacebook傘下のInstagramが動く前に、世界を獲ってしまおうという思惑が見え隠れするように思う。
FacebookがSnapchatを潰せたのは、スナチャの、24時間で動画が消えるというStories機能を、既に世界中のみんなが使っていたインスタに、組み込むことができたからだ。当時Snapchatは米国の若者の間では最強であったが、世界展開は後手後手であった。というより、Snapchatは米国の若者に固執しすぎていた。Snapchat CEOのEvan Spiegelは、“This app is only for rich people, I don’t want to expand into poor countries like India and Spain.” と言う発言をした疑惑があり、これが問題になったことがあるくらいだ。
Snapchatに対して、全世界で既に圧倒的なユーザー数を誇っていたインスタグラムにストーリー機能が乗っかった。僕らが最初に手にして感動したスマートフォンが、BlackberryではなくiPhoneであったように、全世界の人たちにとって、最初に体験したSNS上の動画革命は、Snapchat Storiesではなく、Instagram Storiesだった。
Storiesという武器を手に入れたインスタは勢いを加速させ、月間アクティブユーザーは10億人を超えていった。
2018年11月にFacebookはTikTokの丸パクリアプリであるLasso(ラッソ)をローンチした。いずれはインスタに何かしらの形で統合してくる可能性もある。
FacebookはSnapchatを潰したように、TikTokも潰せるのか?
Facebook 「目の前のインスタをキレさせてやしねぇか? 昔....覚えてるか!? スナップチャットはインスタをブチキレさせて、一体どうなった!? フッフッフッフッフッ !!! トラウマだろう!? 消えるハズもねェ...インスタに対する恐怖!! 」
だが、Snapchatの時とはわけが違う。1つ目の理由が、上記の通り、TikTokが既に全世界に打って出ている点だ。そしてもう1つが、InstagramとTikTokの相性の悪さだ。Instagramは、基本的には友人と繋がるSNSだ。Snapchat Storiesも仲のいい友人向けのものだった。なので、インスタはそれまでのフィードの上にストーリー欄を作るだけで、「丸パクリ」ができてしまうし、「丸パクリ」しても、成り立つ。それに対してTikTokは、友達と繋がるSNS路線も目論んではいるであろうが、現時点では、YouTubeやのように、知らない人の投稿を見ることが多く、メディアに近い。メディアである以上、価値のあるコンテンツが創出され、掬い上げられる仕組みが必要だ。前回書いた通りだ。
Instagram Storiesは既に「MUSIC」という機能を追加してきた。動画に音楽を載せられるようにすることで、TikTokの良さの一部を継承できるかもしれない。だがそれだけでは、TikTokのように、価値のあるコンテンツが大量に創出され、多くの人がそれらにアクセスできるプラットフォームにはなりえない。それを実現するには、友人と繋がっている既存のフィードとは別に、画面を1から作り上げないといけない。IGTVのように、もう一つタブを作る。結局は、別プロダクトを1から作るに等しい。Instagramの既存の友達との繋がりは全く活かされない。 TikTokは、Instagramを返り討ちにするかもしれない。
長くなってしまったが、何が言いたかったかと言うと、TikTokは中国人たちがゼロイチで生み出したプロダクトだ。中国企業が米国の背中を追いかけ、ただモノマネをする時代は終わった。イノベーションは中国で起こる。主戦場は中国だ。中国から、グローバルで通用するメガプロダクトがどんどん出てくる。この話は、Facebook vs TikTokという2大企業の戦いという枠におさまらない。欧米がテクノロジーを主導してきた時代が間も無く終わりを告げ、AIを中心とするテクノロジーを握る中国企業群が逆襲をかける時代に突入する。中国勢が、GAFAを頂点とするシリコンバレー/ベイエリアの企業群と肩を並べるどころか、いとも簡単に凌駕していく時代が、すぐそこまできている。
最後は、ByteDance CEOの張一鳴の言葉で締めくくり。
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