もうひとつ親父の知られていない側面がある。それは根暗だったことだ。家ではほとんどしゃべらなかったし、テレビもつけてはいけなかった。親父がいるときにテレビをつけると怒られる。
親父は自分を世界一の芸人だと思っていたから、わざわざ日本の芸人をテレビで見て、何かを学ぶ必要はなかった。家では漫才の練習姿も、努力する姿も見たことがない。見たのは机に向かって何か原稿を書いているところだ。黙々と書き続ける姿は、子ども心に「親父は根暗」という印象を植え付けてくれた。
芸人さんには、「テレビに出ているときのテンションの高さと日頃の姿が全然ちがう」という人は、少なくないようです。というか、僕が聞いたことのある範囲で、テレビの前もプライベートも同じようにふるまっているのは、明石家さんまさんくらい。逆に、さんまさんのほうが「怪物」なのかもしれません。
親父は、謹慎が解けて、西川きよしさんの成長もあり、「MANZAI」ブームに乗って、一躍、スターダムに駆け上がった。しかし、一方で破天荒の性格を世間に見せていた。ここで少し、親父の破天荒振りを木村(政雄・吉本興業で、やすしきよしの元マネージャー)さんに聞いてみたい。
「やすしさんは、ボートのために仕事現場に来ないというのは、普通にありました。やすしさんは私の取ってきた仕事は、ふたつ返事です。『木村が取ってきた仕事なら出る』という感じです。一方、きよしさんは違います。ギャラは、待遇は、内容はと、こと細かく聞いてきます。
だけど、きよしさんは約束した仕事には必ず来てくれます。一方やすしさんは約束はしてくれるけど、来てくれないこともあるのです。
あるとき、病気で来られないと連絡があったのですが、次の日の新聞を見たら、ボートに乗ってピースサインをしているやすしさんが載っていました。うそをついて岡山のボートレースに出ていたのです」
親父の破天荒さは、こんなものではない。
「やすしさんの、表面に出ていない小さな事件はいっぱいありました」
もちろん、木村一八、僕自身もそんなものいっぱいあったけど。
「ただ、私はそれもありかな、と思っていました。事件といえるようなものではなく、本当に小さなことでした。酔っ払ってからんだとか。
まあ、それも含めての横山やすしだと思っていました。それに、その小さなことを大阪の新聞はドーンと大きく載せてくれます。
大阪のスポーツ紙は、阪神か吉本ぐらいしか、売れるネタがありません。大したことでもないのに、『横山やすし、また暴れる!』なんて1面で書いてくれます。これは不謹慎ではありますが、ある意味でいい宣伝になると思っていました。やすしさんネタは、大阪の人が面白おかしく話せるネタなのです」
ただ、木村さんの話に付け加えれば、この親父の破天荒ネタが、東京の新聞になると、いつの間にかリアルな事件になってしまう。大阪のノリを東京の人はなかなか理解できない。大阪の人が、「また、やっさんが、誰か小突いたみたいやねん」、「またかいな。こりんなあ」と笑ってネタにすることが、東京では暴力事件になってしまう。これが難儀だった。
東京と大阪での世間の反応って、そんなに違うものなのか……今ではどうなのだろう?
やすしさんの「破天荒」は、いまだったらネットで拡散されて、一発退場になりそうです。
大阪だったら許される、というか、大阪の人たちが求める「横山やすし像」を演じていたところもあったのかもしれませんね。
やすしさんが有名になり、全国的に知られたことによって、あるいは、時代の変化とともに「芸人・芸能人にも、以前より厳しい規範の遵守を求められるようになった」ことで、やすしさんのような芸人は、生きづらくなってしまったのも事実なのでしょう。
ビートたけしさんは『フライデー襲撃事件』を起こしたあとも、謹慎を経て復帰し、いまでは「聖域」みたいになっていますよね。
このふたりを分けたのは、いったい、何だったのだろうか。
僕には横山やすしさんや木村一八さんの価値観は受け入れがたいのですが、これは、「時代の証言」として、貴重な内容だと思います。
木村一八さんの顔、お父さんにすごく似てきたな……
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