千五百七十五年 十一月中旬
「此度のいくさは敗戦なれど、奇妙を死地より無事に連れ戻し、損害を抑えたことを以て賞罰
諸侯の居並ぶ謁見の間にて、信長より賜った言葉は叱責ではなかった。静子としては敗戦の責を問われると思っていただけに、予想外の沙汰であった。
「優勢でありながら詰め切れず、嵐によって軍を乱した。つまりは機が熟しておらぬということよ。敗戦の責は奇妙が負うが、貴様も暫く
「は、ははっ!」
静子は信長の言葉から、裏に秘された思惑を察していた。
信長としては信賞必罰の原則として静子に罰を与えなければならない。しかし、静子は信長が与えた密命を果たした上に、大将の窮地を救い生還させるという困難な使命を達成している。
そこで対外的な賞罰として功罪相殺し、実質的に公職免除となる蟄居を申し付けた。野心家の家臣達にとっては懲罰となるが、静子にとっては褒美となる沙汰を言い渡したのだ。
今回静子に言い渡された蟄居の場合、織田家の公式行事への参加が禁じられ、また朝廷への出仕をすることも禁じられる。
しかし、静子の後継者が育っていない現状、領主としての仕事は静子が行う必要がある。織田家の事情とは別に朝廷より任された芸事保護についても滞りなく務める義務があった。
実際的な制限としては、自領を出る際には信長の許可が必要となる以外は無いに等しい。自宅謹慎ならぬ尾張謹慎と言ったところだろう。
(東国征伐での試験運用は諦めたけど、もうすぐカメラの実地試験が始まる。これも芸事保護の一環と言い張れば、実際の試験にも立ち会えるかな? 最初は法隆寺、それとも東大寺の正倉院だろうか? 春日大社なんかも記録に残す意義があるよね! ふふっ、楽しみだなあ)
カメラが実用化されれば、記録を残すという意味では飛躍的な進歩となる。静子はあくまでも文化的な側面しか認識していないが、写真はその瞬間の世界を切り取って保存する。
当然露光限界等はあるものの、自分の見たままの情報を
「追って知らせるまで屋敷にて謹慎しておれ。次の東国征伐においては汚名返上の機会を与える、卑劣な北条めらに目にものを見せてやれ。それまで領地にて力を蓄えておけ」
「はっ」
信長は公の場に於いて、次の東国征伐があることを明言する。家臣達は静子に対して同情とも
汚名返上の機会と言えば聞こえが良いが、多くの犠牲を払う必要のある矢面に立たされるというのに、使命を果たしてやっと失点がなくなるだけなのだ。
これでは借金を背負わされたようだと、家臣達は思った。信長のお気に入りであるはずの静子をして、この厳しい沙汰を下したことで家臣達は身が引き締まる思いをしていた。
家臣達が明日は我が身かと戦々恐々としている中、静子は少し安堵していた。信長から暗に休暇を賜り、暫く政治にかかわる必要がなくなった上、織田家は北条への敵対姿勢を明確にした。
事がここに至った以上、北条討伐に対する慎重派は口を
信長に深々と頭を下げ、謁見の場を辞した後、静子はある事が気に掛かっていた。
お目付け役の静子に対してすら罰が与えられたのだ、総責任者たる信忠にはどれほど厳しい沙汰が下されたのだろう?
信長は東国征伐を前にして信忠に「信玄を欠いたとは言え、勝頼はいくさ巧者。決して侮らず、慎重に当たれ」と言い渡していた。
信忠は若輩でありながら初戦を見事に制し、勢いに乗って追撃に身を投じた。しかし、
部下の手綱を
(……今回は私も悪かった。彼に敗北を学ばせることに固執しすぎて、彼を補佐する立場にありながら、それを怠ってしまった)
静子が自省しながら歩いていると、信忠の小姓に呼び止められた。聞けば信忠が会って話をしたいと申し入れているとのこと。渡りに船と考えた静子は、即座に了承すると小姓に案内されて信忠の許へと向かった。
信忠との会談は、城下町で建設中の彼の屋敷で行われることになった。信忠の希望により、静子との一対一の対談となるため、才蔵や小姓たちも下がらせると、室内は二人だけとなった。
「これか? 父上に思い切り殴られた痕だ」
静子は信忠を見て息を呑んだ、左目の下から頬にかけて青あざが出来ていた。信忠は静子の視線に気づくと、おどけた調子で信長から頂戴したと語った。
殴られた場所は大きく腫れあがり、左目の下瞼を押し上げているため視界が悪そうに見えた。恐らく口の中も切れているのだろう、話しながら時折顔を
「手当をしないと! 取りあえず
「いや、このままで良い。これは俺が負うべき失敗の
傷の手当てをしようとした静子を信忠が制した。静子は倍ほどにも腫れあがった頬を見て
信忠は、生還できたからこそ反省も出来るが、嵐の中で風雨を避けようと迷走した挙句に凍死した将兵たちは後悔することさえ出来ないのだと自嘲して見せた。
「それは私たち将全てが負うべき——」
「静子、俺は東国征伐の総大将だ。あそこに陣を張ると最終的に判断したのは俺だ。過程がどうであれ、最終的に決断したのが俺である以上、全ての責は俺が負わねばならぬ」
敗戦の責任は総大将だけでなく、武将全員にあると静子は口にしかけたが、信忠が強引に
信忠は正しく敗北を学んでいた。自分が判断を誤ったと認め、静子の尽力により生を拾った。幸いにして次に繋がる機会を得た。
信忠は失敗を胸に刻み、悔やむのではなく次にどうすれば良い結果を出せるかを考え、明日に向けて一歩を踏み出していた。
「
「思うところがないわけではないが、俺が感情に任せて自棄になったところで、俺の足を掬ってやろうと狙っている輩を喜ばせるだけだ。鉄は熱いうちに打たねばならぬ、いつまでも足踏みをしているようでは配下に見限られてしまう」
「判っているなら、敢えて
静子は居住まいを正し、真正面から信忠を見つめながら声を掛けた。
「勿論、武田と北条にはお礼をするよね?」
「当然だ。徳川に噛みついた仕置きは済んだが、織田に牙を剥いた事に対する
「次に繋がる布石を打つのね。でも、軍を動かすとなったら上様の判断を頂かないと……」
「問題ない。父上には静子の手を借りる事、武田に対して行う報復の概要を語って了承を得ている。『丈夫な矢だと思って藁に
それは多少変わってはいるが、かつて静子が信長に伝えた言葉であった。恐らく信長が裏から手を回して、信忠の耳に入るようにしたのだろう。
信忠はそれを
信長が描いた絵図面は、おおむね現実のものとなった。今回の敗戦によって信忠が学んだことは、信長や静子が予想していたよりもはるかに多かった。
初めての黒星と家臣達の面前で叱責されるという挫折を味わったと言うのに、不貞腐れることすらなく再起に向けて最善の手を打てる。
今回の敗北を経て、信忠は精神的に大きく成長を遂げた。『男子三日会わざれば刮目して見よ』とは正にこのことだと静子は思った。
「次の東国攻めに於いて、静子はどう動くか考えを聞かせてくれないか?」
「初手から上杉謙信へ出陣を要請する。そうなれば越後に巣食う親北条派は動かざるを得ない。武田と北条が滅んでしまえば、彼らは孤立し
「流石は静子よ。此度のいくさでは、親北条派は動くに動けなかった。我らの敗北で奴らは勢いづいていることだろう、そこで隙を見せてやれば簡単に食いつくという寸法か!」
「野心を捨てない限り、取れる行動は蜂起しかない。謙信には事前に隊を伏せながら進軍して貰い、蜂起の報が届いた瞬間とんぼ返りを打ち、伏せておいた兵で囲めば一網打尽。彼らには城を枕に討ち死にするような覚悟はないだろうし、わざと逃げ道の一つも残しておけば労せず討ち取れるだろうね」
信忠は静子の話を聞いて、内心舌を巻いていた。元来人の心は覗けぬもの、先読みをしても不確定要因は排除できない。それならば取り得る選択肢を狭めてしまい、それを選ばざるを得ない状況に追い込むという静子の戦略眼は恐ろしくすらあった。
恐らく彼らは自分の手で最善の手を選んだと、最後の瞬間まで思いながら討ち取られるのだろう。決着は既に盤外にてついており、現実は感想戦の如く進んでいくのだ。
「静子も底意地が悪くなったな、それは足満譲りか?」
「人聞きの悪い! 私は味方の犠牲を少しでも減らせる手を探しているだけです。彼らには既に何度も手を差し伸べた。野心からそれを振り払って敵対する道を選んだのだから、相応の結末は覚悟するべきでしょう?」
「親北条派どもは賭け皿に自分の命が載せられているとは思っていまいよ。それまでは精々
「へー『西遊記』から引用するだなんて、最新の書物にも目を通してるんだ?」
「ああ、父上は南蛮に目を向けておいでだから、俺は逆に
拳を固く握りしめ、信忠は己の心意気を語って見せた。
信忠との会見を終えた静子は、真っすぐ自領へと戻った。蟄居の申し付けもあり、いくさをしている間にたまった仕事などを片付ける良い機会だと考えたからだ。
留守中の事は彩を筆頭として、雇い入れた文官たちに権限を委譲していたため、既存の案件については過不足なく回っている。
しかし、新規の案件や突発的な問題への対処は静子の判断を仰ぐ必要があった。そうした書類は静子の机の文箱に積まれ、決裁を待つこととなっている。
無論、決裁を待つことが出来ないものについては、文官たちの合議で決定するか、早馬を仕立てて静子の許へと届けさせることなどで対応する。
「うーん……すぐには解決しない問題ばかりだね」
静子の基盤は農業にある。今でこそ生産から加工、流通までを包括して運営する六次産業を擁しているが、物がない事には始まらないため、起点は一次産業となる。
そして農業の出来を左右する大きな要因に水利があった。『
静子の場合は信長が強権で水利を把握し、都市計画を立案した上で静子に農地を任せた。最初から可能な限り平等な水利を与える計画のもと、農地が準備されていたため誰からも文句の声は上がらなかった。
しかし、時の流れと共に人口の増加や、豪農による農地の統廃合の結果、徐々にバランスが崩れ始めた。増加の一途を辿る人口を養うため、農地はどんどん拡張された。
野放図に広がる農地に対して、十分な水を供給できるだけの体制はついぞ作る事が出来なかった。こうなると水利を巡って農民同士が争うという問題が発生する。
信長が制定した法により、許可を得ずに河川に手を加えることは重罪にあたる。彼らに出来る事と言えば、代官を通じて領主である静子の許へ水利の調整を願い出る陳情をすることだけだった。
(この農地に水を回せば、下流域が不足するのは目に見えている。これは大元の水量を増やすしかないけど、愛知用水は未だに目処が立たない。調整池を用意して水量を増やすしかないか……調査が必要だね)
あちらを立てればこちらが立たずという状況の陳情書を眺め、文官たちが添えてきた資料を元にうんうんと唸りながら処理をしていく。
静子は数日かかり切りになって書類を集中して処理しきった。面倒で繊細な作業だが、水利権を疎かにすれば国の礎である『食』が崩壊してしまう。静子としては決して手の抜けない仕事であった。
「これは……宗易様からか。長谷川殿は試験に臨むと決断したんだ。こちらとしては期限を切らなかったけれど、先方から今年一杯までを期限としたいと言う申し入れか。それでやる気が出るなら好きにさせるかな」
承諾する旨の返事を
「次は、京からの報告かあ」
京に配された間者からの報告をまとめた書類を
何か大きな問題でも起きたのかと若干不安を抱きつつ読み進めた。そしてその不安は的中していた。確かにこれは自分どころか信長にまで報告する必要がある事案であった。
(イエズス会が割れたか……)
報告に拠れば発端は京に居るキリシタンの間で囁かれた噂であり、間者がイエズス会と取引のある商会や有力者たちなどの動向などを元に裏を取った結果、どうやら真実らしいと言う事が判った。
近頃、静子とも関係を構築しているオルガンティノと、日本教区の責任者たるカブラルが対立しているとのことだった。
カブラルはオルガンティノが絹などを用いた華美な服装を着用しており、清貧であるべき聖職者の精神に反していると非難した。
カブラルに言わせれば、オルガンティノは商人たちと結託し、金儲けに傾倒し過ぎて信仰を疎かにしているのだそうだ。
対するオルガンティノは、前任者のトーレスが語ったように日ノ本に於いて、身なりを疎かにしていては侮蔑の対象となってしまう。
故国ではない日ノ本に於いて、身なりを整える為には資金が必要となる。故に自ら積極的に資金を集める必要があり、その為の努力は布教の為に不可欠な行為であり、我が身に神罰が下らぬ以上、神の意に適っていると反論した。
現場に出ないカブラルの目にはオルガンティノが商業主義の走狗に成り下がったように見えた。しかし乾燥した祖国と異なり、湿潤な日ノ本に於いては身を清潔に保つだけでも相応の努力と金を必要とする。
資金と手間暇をかけて清潔を保つからこそ、人々はその人物に敬意を払う。一日中屋敷に籠っているカブラルと、布教に際して精力的に動き回るオルガンティノたち現場の修道者たちとでは、そもそも必要となる衣服の量からして違うのだ。
イエズス会内での位階としてはカブラルの方が上位だが、現場で布教している宣教師たちの支持はオルガンティノに集中していた。
更にオルガンティノは、天下人と目される信長と関係を結んでいるため、さしものカブラルとしても容易には手を出せないでいた。
「まあカブラルが赴任した時からこうなりそうな気はしてたんだけど。カブラルは宗教家としては優秀で、イエズス会でもエリートだけれど、理想に固執する上にヨーロッパ中心主義者だしね。今の日ノ本の情勢下に於ける布教を考えるなら、オルガンティノが目指す融和策が望ましいんだけど……まあ、これは下手に手を出せないから見守るしかないね。恐らく真珠の輸出に食指を伸ばしたのが、本国のお偉方の逆鱗に触れたのかな?」
真珠は聖書にも最高の宝石として登場する。慣用句として有名な『豚に真珠』という言い回しも、聖書に記された『豚の前に真珠を投げてはいけない』という一説が由来とされている。
故にカブラルの目には、日ノ本の真珠取引を掌握し、莫大な利益を生み出そうとするオルガンティノが背信者に見えるのだろう。
「取引される真珠が養殖された物だと知ったら、カブラルは憤死するんじゃないかな?」
妙な想像をした静子は思わず苦笑していた。気を取り直すと、静子は報告書を読み進める。
「イエズス会の分裂は、キリシタンたちにも他人事じゃないようだね」
今回の件がなくとも、カブラルの布教方針は宣教師や日本人信徒との間に溝を作っていた。そこにはカブラルの方針が持つ、致命的な問題が潜んでいたのだ。
カブラルの方針に沿えばキリスト教こそが至上の教えであり、未熟で粗野な現地の宗教など取るに足りないとして扱われる。
この時代の京では、各宗派による説法があちこちで頻繁に行われていた。このため、多くの日本人はそれぞれの宗教の教義に対する基本的な知識を有しており、たとえ読み書きが出来ずとも宗教の本質を理解しているという冗談のような信徒が存在し得た。
このためあちこちの説法に顔を出す百姓などは、粗末な身なりをしていても宣教師顔負けの知識を持ち、理論武装している事すらあった。
こうした背景から既存の宗教や信仰に対する知識を持たない宣教師は、勉強不足で頭が悪いと見做され軽蔑された。
一方的にキリスト教の美点だけを述べ続ける説法では誰も耳を貸すことがなく、カブラルの方針は日ノ本の信者だけでなく、布教者たる宣教師たちからすらも疎まれるようになっていた。
救世を謳う宗教が流行る背景には、社会情勢が不安だと言う要因がある。信長の元に権力が一本化され、治安が安定している京に於いては宣教師の教えも今一つ心に響かないと言う裏事情もあった。
「下手に動くと伴天連追放令が出されるという現実をカブラルは理解しているのかな? 今は上様が布教の自由を担保しているけれど、布教の不首尾にかこつけて政治に手を出せば……」
宗教家が政治的野心を抱き、信徒の数を
このため信長は宗教と政治を切り離すべく、史実に於いて石山本願寺と十一年にも及ぶ戦争をし、延暦寺にも執拗に武装解除を迫り、ついには坂本を焼き払うに至っている。
「まあ、長崎での前例があるから、追放令が出されるのも時間の問題だろうね」
近畿圏に拠点を置くキリシタンにとっては一大事であったが、静子としては必然的な事象として軽く流した。
イエズス会と静子との関係性は相互に利用し合っているに過ぎない。信長が伴天連追放令を発布すれば、静子としても従うほかはない。
無理を押して庇いだてするような関係ではないし、統治者が法を軽んじる姿を見せれば、いずれ民も法を軽んじるようになる。それだけは統治者が犯してはならない最大の禁忌であった。
「あ! 長谷川殿の件については補足をしないと! 課題に取り組むに当たって足りない物があれば、遠慮なく申し出よと書き添えないとね」
先ほど処理済みの文箱に入れた文を取り出し、余白に少し文字を小さくして書き込んだ。少々無作法ではあるが、格式ばった形式が必要な相手でもなし、意図が伝われば十分として再び文箱に戻した。
「さてさて、どんな作品が出来上がってくるかな」
長谷川信春の作品、今から楽しみで仕方が無い静子だった。
「えーと上杉家からか……ふむ、『鰤起こし』に協力してくれるんだ!」
鰤起こしとは石川県金沢地方で使われている言葉になる。
北陸では、十一月の中頃から十二月にかけて、激しく雷が鳴り響いたり、猛烈な風が吹き荒れる日があり、それを指して『鰤起こし』と呼んでいる。
この頃に日本海を回遊している寒鰤が獲れ始めるため、漁師が網を『起こす』というのと寝ている鰤を『起こす』と言う意味をかけて『鰤起こし』というようになったのだそうだ。
この時期に回遊してくる鰤は、その身にたっぷりと脂を宿しており非常に美味とされる。美食の追及に余念がない静子としては当然見逃せるはずもなく、以前より謙信に対して協力を要請していたのであった。
今まで静子の知る海は太平洋側であり、それ以外では琵琶湖などの湖に過ぎない。冬の日本海の荒波に対して、経験のない静子達では太刀打ちできるはずもなく、鰤漁をする為には謙信の協力が不可欠であった。
更に言えば、獲れた鰤を新鮮なまま安土や京、尾張へと届けるためには道中を守護する柴田の協力をも必要とした。柴田は織田家内の人間であり、早々に了承を得られたのだが、謙信のそれはしばらく時間を必要とし、ようやく今静子の許へと届けられた。
「川を使って一気に運びたいところだけど、保冷用の氷を潤沢に用意しないと道中で腐っちゃうよねえ……季節的に湖の氷を切り出しても良いけど」
日本海側で水揚げされる寒鰤を、遠く離れた安土まで運ぶには色々と手順が必要となる。
現代ならば大型の水槽に入れて生かしたまま鰤を運ぶことも可能だろうが、戦国時代に於いては望むべくもない。となれば必要となるのは魚の活け締めと呼ばれる技法になる。
魚に限らず多くの動物は、その肉体を動かすためにATP(アデノシン三リン酸)と呼ばれる物質を消費する。ATPは呼吸によって体内物質を消費することで生み出される。
低温の水中で生活する魚にとって、釣り上げられた常温の陸上は灼熱の地獄である。このため魚は体内のATPが枯渇するまで力の限り暴れまわる。
こうして死んだ魚は体温上昇によって自身の体を焼き、ATPを消費し尽した体は死後硬直が発生し、体内で筋肉が分解される自己消化反応が始まる。
マグロなどの巨大な魚はこの傾向が顕著であり、身焼けと呼ばれる変色を起こした身は酸味を帯びてしまい、犬も食わないと呼ばれた魚肉に堕してしまう。
こうした魚の鮮度低下を防ぐのが活け締めと呼ばれる技法である。水揚げされた魚に対して、即座に活け締めを施すことにより、魚を即死させてATPの消費を防ぐことで死後硬直を遅らせる事が出来る。
活け締めは魚の脊髄を切断し、脳からの神経信号を遮断することで魚を即死させる。しかし、それでも筋肉は反射によって動くため、針金などの細長い金属を用いて延髄を抉り、髄液と共に神経を掻きだしてしまう。
これと並行して常温になると途端に雑菌の増殖が始まり、生臭さの元となる血液を体外に放出することで鮮度を保つ。これら一連の流れを指して活け締めと呼ぶ。
これらを行うことで、魚の鮮度を長期に亘って保つことができ、冷蔵環境下に於いてゆっくりと自己消化を促し、筋肉を分解してイノシン酸へと変える熟成などを行う事も可能となっている。
「魚の処理って化学だよねえ」
活け締めをすることにより、調理時間から逆算して鰤の流通を計画する必要があり、それに応じて氷やオガクズなどを準備する量を決めることになる。
活け締めだけでなく、更に水揚げ直後にエラと内臓を取り除くよう指示も出している。これは海水から酸素を濾しとるエラには様々な雑菌が付着しており、腐敗や悪臭の元となるからだ。
内臓については寄生虫の温床であり、魚が死ぬと内臓は真っ先に腐敗し始める。この時、寄生虫は溶けだした内臓を脱して筋肉に移行することがあり、内臓を取り除くことには鮮度を保ちつつ寄生虫リスクを回避するという側面もあった。
こうして様々な苦労を経て、ようやく信長の口に入る鰤となる。こうまでして面倒な手間をかけるのは、信長が冬の風物詩としていたく鰤を気に入った事が影響している。
太平洋側で獲れた鰤を食べていた信長に対して、静子が寒鰤であればもっと脂が乗っていて美味しく、活け締めをすれば鮮度を保ったまま尾張まで運べるかもしれないと口にしたことに起因する。
そんな話を聞かされた信長は、是が非でも寒鰤を味あわせよと静子に命を下したのであった。
「食事に拘りを持たず、湯漬けで満足していた上様が恋しいね……」
事情を知るものが聞けば「お前が原因だ!」と声を大にして突っ込まれるであろう愚痴は、冬の夜空へと吸い込まれていった。
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