TikTokの最大の魅力の一つは、中高生の日常に滑り込むような感覚を味わえることだろう。
学校の休み時間の何気ない悪ふざけ。
先生を巻き込んだドッキリ。
部活動の合間に部室で皆で踊ったり。
昼休みに、教室で寝る人や雑談する人。
廊下にあるロッカー。
教科書やノート。
日々のお弁当。
文化祭の告知や出し物。
帰宅途中の電車のホーム。
建物の入口にある下駄箱と内履き。
人工芝のグラウンド。
永遠に続きそうな、ありのままの学校生活。
本来であれば、大人はこういった中高生の日常にアクセスすることはできない。一方で「中高生がどういう日常を送り、何を考えているのか?」というのを的確に理解している大人は、若者にウケる大ヒット商品を企画したり、スケールするウェブサービスを生み出せると、よく言われる。
例えば、「消える写真」の概念を発明したSnapchat創業者のEvan Spiegelの最大の才能は「女子高生の心の中にワープし、女子高生のように考える能力」だと言われている。*1
では、そういう稀有な才能を持たない大人はどうすればよいのか?
女子高生との繋がりがあれば、それは貴重なパイプになりうる。いつでも、女子高生達に、いまの流行りを聞き出すことができる。
とは言え、そのパイプも有効期限がある。女子高生は数年もすれば、女子大生になってしまうからだ。絶えず、女子高生とのパイプを持ち続けることは容易ではない。
そのため、女子高生を1万円のバイト代でたくさんオフィスに集めて、ニーズをヒアリングしたり、リリース前のアプリの意見を聞いたりするような企業の話もたまに聞く。
それだけ、「中高生の日常」はビジネス的価値があり貴重なのだ。大人がそれにアクセスするには才能か、お金か、労力が求められる。
でも、TikTokでそのスキルがコモディティ化してきた。部分的にであれば、TikTokの動画を観ているだけで、中高生の心の中にワープしたかのような気持ちになる。
Twitter時代、Instagram時代においても、ある程度であれば、SNSを通して中高生の言動や関心事を知ることができた。しかし、かなり積極的に知ろうと努力し、彼ら・彼女らを頑張って見つけてフォローし、ノイズレシオの高い中で意味のある情報を感じ取る必要があった。
TikTokはちょっと違う。受け身であってもよいのだ。私はもともと中高生に何の関心もない。でも、自然と彼ら・彼女らの日常が私の中にも入ってくる。これって、すごいんじゃないかな。
オンライン無料講義(MOOCs)が「欧米MBA」を部分的にコモディティ化したように。
同じように今、TikTokは「女子高生」をコモディティ化し始めたのかもしれない。
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Twitterもやってます!
toricago 🌈 TikToker (@toricago_blog) on Twitter
*1:例えば、名著"How to Turn Down a Billion Dollars: The Snapchat Story"において、"Ability to get inside his users' heads and think like a teenage girl"と紹介されている。