You Reap What You Sow

〆切と言い訳

各誌に連載を抱える小説家としても活躍するアイドルグループ「NEWS」の加藤シゲアキ。今回は、〆切について深追いする。

Text: Shigeaki Kato
Illustration: Naoki Shoji (portraits)

『〆切本』 ¥2,300(左右社) 2016年

2016年の1月に日本で公開されたアメリカの傑作ホラー映画『イット・フォローズ』をご存じだろうか。具体的なあらすじは避けるが、設定は「イット=それ」の感染者と性交渉すると「それ」が憑り、「それ」をもらってしまった感染者は「それ」から逃げなければならない。でなければ「それ」に殺されるというものだ。「それ」「それ」うるさく言って申し訳ないが、「それ」がどんなものか気になる方はぜひ。

この映画の「それ」は遠くからゆっくりと追いかけてくる。逃げられそうなものなのに、何人も犠牲者が出てしまう。

〆切というのはこの映画の「それ」に似ている。初めは現実的な期限を設定していたはずが、気づけば近くにいる。作家は逃げる代わりに書き続け、どうにか「それ」に追いつかれないよう頑張る。まさに〆切である。

しかしそう簡単にいいものが書けるわけではない。焦れば焦るほど閃かない、というときも往往にしてある。正直に白状すれば、僕は今3つの〆切に追われており、なおかつ恥ずかしながらこのページのことをすっかり忘れていて、今大慌てで原稿を書いている。たくさんの「それ」が近くまできている状態で、困りながらPCと向き合っている。お待たせして本当に申し訳ない。

そんなとき、左右社から一冊の本をご恵贈いただいた。その名も『〆切本』。実は前々から気になっていた一冊ではあったのだけれど、なぜ僕にこれを送ってくれたのだろう。どうして〆切に困っていることを知っているのだろう……ちょっと不思議な運命を感じつつも、僕はそれを手に取り、読み始めた(もちろんこの間にも「それ」は向かってきている)。

この本は明治以降の作家らによる、〆切にまつわるエッセイ・手紙・日記・対談などを集めたもので、本著のまえがき曰く“しめきり症例集”らしい。

作家のラインナップは田山花袋に始まり夏目漱石、島崎藤村、谷崎潤一郎、江戸川乱歩、太宰治、松本清張、川端康成、筒井康隆、村上春樹、高橋源一郎、吉本ばなな、西加奈子など、総勢90名の様々な作家が並んでいる。加えて小説家だけでなく、手塚治虫や藤子不二雄Ⓐ、長谷川町子や岡崎京子などの漫画家もいる(手塚を除いた3名は漫画での掲載)。これだけ著名な人たちだが皆一様に〆切について何かを思い、綴っている。それらから作家の真の人間性を垣間見ることができ、しかも共感できる。僕は「小生のようなものは数多の文人に適うほどの文筆力を有していないゆえ、〆切のぎりぎりまで粘らねばならず、うまく間に合わせることできませぬ。実力がないのを自覚しているのであまり責めないでいただきたいのです」と心のなかでいつも誰かに言い訳をしているのですが、ここに出てくる作家らもときに愚痴っぽく、ときに言い訳がましく、ときに潔く〆切について書いている。偉大な彼らをまえにして、「僕と同じじゃないか」となんだかほっとし、励まされる。

いくつか部分的に引用させてもらうと、坂口安吾は「仕事の〆切に間があってまだ睡眠をとってもかまわぬという時に、かえって眠れない。ところが、忙しい時には、ねむい」とのこと。わかる!わかるよ安吾!俺今めっちゃ眠いもん!内田康夫は「自分で蒔いた種だから仕方がないといってしまえばそれまでだけれど、締切が迫ってくるごとに寿命の縮む思いに苛まれたのである。いや、譬喩ではなく、ほんとうに胃と心臓にこたえた」とのこと。うぅ、お腹が。ぐぅと鳴るばかりだ。腹が減った。星新一は「目をあけたということは、さし迫っているいないにかかわらず、締切りが一日だけ近づいたことを意味する。それを思うと、やれやれである」。全くその通りでございます。遠藤周作は脱稿後いつも直したくなると綴ったあと、「なぜ締切りという制約が日本の作家にはあるのかと恨めしくなるが、しかし締切りがなければ、私はいつまでも机に向って鉛筆を削ったり、あくびをしたりして、ぐずぐずしているかもしれない」と述べている。それも全くその通りでございます。〆切様様。

金井美恵子の項では「本当に書くということがどういうことなのか、わたしにはわからない。もう書きたくないような気がするのである。(中略)それにしても書くことでわたしが手にした貧し気で姑息なだれからも同情されないたぐいのつまらない不幸は、しばらくの間書くことを一切やめたからといって取り戻しようのないものだ」とあり、これも心当たりがあるだけに胸が痛くなる。

本著は作家のみならず、誰にでも理解できる部分があり、読んでみれば僕のように一喜一憂できるはず。偉人も人間であることを実感させられる楽しい一冊だった。

どうにかこの原稿は〆切に間に合いそうだ。さて、飲みに行くか。え?他の〆切はって?「それ」が来ちゃうぞって?気にしない気にしない。俺には〆切と格闘してきた数々の文豪たちがついている。

加藤シゲアキ
1987年広島県生まれ。2010年、青山学院大学法学部卒業。03年、アイドルグループ「NEWS」のメンバーとしてデビュー。12年には小説家として処女作『ピンクとグレー』を刊行。第2作『閃光スクランブル』、第3作『Burn. ─バーン─』、第4作『傘をもたない蟻たちは』(以上すべて角川書店)と、年1冊のペースで小説を執筆している。『ピンクとグレー』は16年1月に映画化、『傘をもたない蟻たちは』は連続ドラマ化された。

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