偽者
「な――ぎゃああああああああああ!」
ツメの勇者は突然の不意打ちでしかも顔面に向かって飛んで行ったエネルギー状の槍の一撃を受けて……哀れ頭が吹き飛びましたな。
どうやらスキルの強化を勝手に拝借して槍が強化された一撃を放ってしまったようですな。
まさしく一撃。
受け止める事も無意味になる程の強さを兼ね備えた……ただの槍でしたら生きていたかもしれませぬ。
まるでビーストスピア自体に感情があるかのように脈打っております。
「や、槍の勇者様がご乱心だ!」
「わ、私達はどうすれば!」
「元康くん、一体どうしたの!?」
「私もわかりませんぞ。槍が勝手に……」
などと説明していると。
「待て!」
「待つのだ!」
シュサク種の代表とゲンム種の老人が呼び止めました。
緊急事態だというのに、非常に落ち着いておられます。
さすがは代表をするだけはありますな。
それでもざわめきは収まりませんぞ。
ですが、シュサク種の代表がツメの勇者の死体を指差しました。
するとツメの勇者の死体がみるみると姿を変えて……狐のような尻尾を沢山生やした化け物へと変貌いたしました。
「え?」
「これは一体……」
「ツメの勇者様が狐の化け物の死体に変わった……?」
「……どうやら槍の勇者様は、ツメの勇者様が偽者だと気付いたご様子。ですからこのような行いをしたのでしょう」
ゲンム種の老人が顎を撫でながら呟きますぞ。
「助けられたのは我等の方のようだ」
「だが、この狐の化け物は一体……本物のツメの勇者様は何処へ行かれたのだ?」
「それは……調査の必要があるでしょう。皆の者、ツメの勇者に化けた偽者を倒した槍の勇者様に礼を述べるのだ」
何故かみんなに褒められましたぞ。
功績を称えられるのは、いくつになっても嬉しいものですな。
まあ俺はお義父さんとフィーロたんに褒められるのが一番ですが。
「んー?」
「びっくりしましたわ。匂いまで隠していた様ですわよ」
「すごーい。どうやったらあんなに上手く変身できるかな?」
「とにかく、本物のツメの勇者が心配になってきた。これも……波の所為なのかな?」
「わかりませんな」
「不吉な……この世界は一体どうなっているのだ……」
エクレアが狐の化け物を剣で突いて様子を見ますぞ。
完全に絶命しているようですな。
まあ、この元康の力によれば、この程度の雑魚は容易く倒せますぞ。
んー……しかし何故でしょうか。
この化け物を見ているとお姉さんの武勇伝を思い出しますぞ。
フィーロたんが自慢していた記憶があります。
ですがフィーロたんのお姉さんは狸の様な亜人種だったはず。
こんな狐と一緒にされては、お姉さんに失礼ですな。
やがて謁見は一時中断となり、シルトヴェルトはツメの勇者様の所在と狐の化け物の調査に乗り出したのですぞ。
「これは……世界会議の場で報告せねばならぬ急務……セーアエット嬢も同行を願ってよろしいかな?」
「は……元よりそのつもりです」
ゲンム種とエクレアが会議の場で言いましたぞ。
シュサク種の代表も頷いております。
「ツメの勇者の追跡を国中総出で行っているが、見つかるかどうか……」
「物騒な話になってきたね……まさかいきなりツメの勇者が偽者だったなんて」
「そうですな」
不穏な影が常時付きまといますな。
この元康、言い表す事のできない不安に襲われておりますぞ。
ですが、だからこそお義父さんと共に戦う必要があるのです。
未だ世界は滅びへと向かっている最中。
お義父さんが仰られた通り、強い強いと言われる俺ですら負けているのです。
俺はフィーロたんと約束した世界平和の為、フィロリアル様達の未来の為に戦う道を選んだのですぞ。
ならば不安など無いに等しい。
俺の胸に輝いているのはお義父さんという一筋の光。
そして、共に戦い未来を切り開く希望だけですぞ。
例えその道が地獄の底へと繋がっていようと共に参ります。
「しかるに盾の勇者様と槍の勇者様、我が国の波への参加……どうかお願い致します」
「うん。元々そのつもりだったし」
「そうですぞ」
「ついでに俺達もLv上げと一緒にツメの勇者を探してみようか?」
「このような出来事が会った手前、安全な場所で波に備えて頂きたい所ですが、事態が事態……ツメの勇者様の捜索へのご協力を正式に依頼致します」
「難しく言わなくて良いよ。ツメの勇者はもう死んでいる……と思った方が良いのかな?」
「いえ、生存はしていると思われます。勇者様達の生死だけは観測する事が可能で、ツメの勇者様の死は観測されておりません」
「そうか、それなら一応は一安心だね。じゃあ、何処かに捕えられているとかかな?」
ツメの勇者生存にお義父さんは安堵の息を漏らしました。
お義父さんはお優しいですな。
それにしてもツメの勇者の捜索ですか。
いったいどこにいるのやら。
少なくとも、以前の世界でツメの勇者に会った事は……ない、はず。
はい、いくら思い出しても、ツメの勇者には会った事がないですな。
「おそらくは……」
「じゃあ俺達の波までの仕事はツメの勇者の捜索とLv上げだね」
「わかりましたぞ! この元康、お義父さんの命ずるまま、ツメの勇者を探し出しますぞ」
「よろしくね。俺も出来る限り強くなるように魔法とか覚えていくよ」
「では入門用の魔法を習得するため、水晶玉を用意させます」
「本とかで覚えた方が良いんじゃなかったっけ? 元康くん」
「確かにそうですな。本で覚えた方が、強弱を付けやすくなりますし、魔力の消費を抑えられますぞ」
「ですが、最初は魔力を感じ取る所から覚えた方がよろしいかと」
ふむ……確かにそうですな。
この元康、水晶玉で習得した時、初めて魔力……魔法の感覚を覚えましたぞ。
「では最初の魔法は水晶玉で覚えて、余裕が出来たら読み書きで覚えるのですぞ」
「そうだね」
こうしてお義父さんは魔法を少し覚え、俺達はツメの勇者を探す旅に出る事になったのですぞ。
「では槍の勇者様、必要な物があれば私達が出来る範囲で援助します。盾の勇者様を送り届けて下さった功績もありますし、何かお望みの物はありますか?」
「そうですな。お金が欲しいですぞ」
旅立つ直前、俺はそうシルトヴェルトの代表団に言いましたぞ。
するとお義父さんが複雑なお顔で言いました。
「元康くん、第一声がお金って……何か欲しい物があるの?」
「はいですぞ。お金をもらって新しくフィロリアル様を買うのですぞ」
「え……それくらいならシルトヴェルトの人達が用意してくれるんじゃない?」
と、お義父さんが不思議そうに俺に尋ねてきますぞ。
「はい。槍の勇者様がフィロリアルを望むのなら、好きなだけ取り寄せますが……」
「それではダメなのですぞ」
そう、俺の本来の目的はフィーロたんのごしゅじんさまになる事なのですぞ。
今は、最初の世界の時、お義父さんがフィーロたんを仲間にした頃と符合しますぞ。
つまりお義父さんが魔物商からフィーロたんを購入したのは今頃……この時に魔物商からフィロリアル様を買い占めれば間違いなくフィーロたんが手に入るはず。
その為には大量の金銭が必要なのですぞ。
そして、俺はその金銭を捻出する予定です。
「ツメの勇者を捜索するって決めたのにフィロリアルを買いに行くって……元康くんは本当にいろんな意味で凄いね」
「捜索はとても大変な作業なのですぞ。ならば頼りになるフィロリアル様が沢山いたら仕事も楽になりますぞ」
「まあ……そういう考えもあるかな?」
「ではこの元康、故あってフィロリアル様を買って来ますぞ。ユキちゃん達は今の内にお義父さんに連れられてクラスアップをするのですぞ」
「ああ、そっちもあったよね。わかった、今日は俺と一緒にユキちゃん達のLv上げをしておくから元康くんは好きに買い物していて」
「ではお義父さん、ユキちゃん達の事を任せましたぞ」
「元康様! 早くお帰りになってくださいね」
「わーい。今日はイワタニとお出かけー、退屈だったからやっと遊べるー」
「サクラも頑張って強くなるよー」
ユキちゃん達をお義父さんに任せ、俺はシルトヴェルトの連中からお金をたくさんもらったのですぞ。
これだけあればフィーロたんを手に入れる事が出来ますぞ!
ああ、もう少しでフィーロたんに会えますぞ。
そう思うだけで俺の心は未来への希望で溢れております。
「それでは俺はフィロリアル様達を買い付けに行ってきますぞ」
「行ってらっしゃい元康くん」
「行ってらっしゃいませ」
シルトヴェルトの城の庭で手を振り、俺はポータルスピアを使いました。
転送先は……メルロマルクの城下町の近くにある村ですぞ!