シルトヴェルト
「そうなの?」
「シルトヴェルトは亜人優遇の盾の勇者を信仰する国、故に国教も盾教なのだ。イワタニ殿はその神に等しい立場だからな」
お義父さんが困惑した表情で俺に視線を移しますぞ。
「どうしたのですかな?」
「いや、元康くんなら何か知っているかな? って思って」
「そうは言いましても、未来のお義父さんはこの国に来たという話は聞きませんでしたぞ」
「ああ、そうなんだ」
その通り。
俺の知る限り、お義父さんが行った事のある国は数える程です。
まずメルロマルク、ゼルトブル、フォーブレイ、他にメルロマルク近隣の小国。
後、鳳凰との戦いの地であった国程度でしょうか?
……あれ? 鳳凰と俺は戦ったはずなのですが、記憶が曖昧ですな。
鳳凰と戦わなければフォーブレイに出現する麒麟とは戦わないはず。
何より四聖武器と七星武器の十二の強化を実践できるはずもありません。
あれ? 4+7で11?
ふむ、どうやら何かしら記憶の欠落があるようですな。
「キタムラ殿の話では基本的にメルロマルク内で活動していたのだったな、そこで我が父の領地を受け継いで立派に復興させたとか……」
「そうですぞ」
「同じ未来を歩んでほしいとは思うが、その為には苦渋に満ちた道があると聞く……イワタニ殿にそんな道を歩かせる訳にもいかん。ならば領地の復興は私が引き継ぎたい」
「エクレールさん……うん。エクレールさんなら出来るよ」
「イワタニ殿がそう言ってくれるなら心強い。早く波に備え、世界が平和になった暁には私は自らの領地を治めたいと願っている」
エクレアが決意に満ちた目で遠い空を見上げていましたぞ。
そんなこんなでシルトヴェルトの城に到着しましたぞ。
城の形状は……なんでしょうな。
中華風な感じなのですが、石造りの中世っぽい特色もありますな。
メルロマルクの城も程々に大きくて高さもありましたが、こちらも負けず劣らずですな。
ただ、扉や門、橋が全体的に大きめな印象を持ち、所々に蔓が生えております。
獣人も多く、強いて言うなら野生的な印象を受けますな。
「これはこれは盾の勇者様、槍の勇者様、長旅御苦労さまです」
城に到着すると玉座の間に案内されましたぞ。
「私、シュサク種の代表を務めておりますヴァルナールと申します。以後お見知りおきを」
シュサク種……確か亜人の中で有名な種族だと聞いた覚えがありますな。
ハクコ、シュサク、アオタツ、ゲンムでしたかな?
未来のお義父さんの配下にハクコ種と呼ばれる者がいたと思いますが……詳しくは聞いておりませんな。
顔しか知りませんぞ。
「は、初めまして……盾の勇者として召喚された岩谷尚文です。よろしくお願いします」
「愛の狩人! 北村元康ですぞ!」
「元康くん、槍の勇者って宣言しないと誤解されるよ?」
「そうですかな? じゃあ槍の勇者で」
「じゃあって何!?」
シュサク種の男が呆気に取られたような表情をしておりますぞ。
「よろしくお願いします。そして……」
シュサク種の男はエクレアに視線を移し。
「セーアエット家のご令嬢とお見受けする」
「は! エクレール=セーアエットと申します。亡き父に代わり、盾の勇者様の護衛を務めさせてもらいました」
「此度の過酷な旅、大義でありました。自身の身を省みずメルロマルク国内での亜人への差別行為を止めに入った事、真に感謝致します」
「いえ、当然の事をしただけです」
エクレアが深々と頭を下げましたぞ。
詳しくは知らないのですが、メルロマルクは亜人を奴隷として酷使する国と聞いておりましたぞ。
ですが、お義父さんの活躍とエクレアの父親の偉業で亜人の国と友好を築けていたとの話。
「ねえナオフミー、サクラ退屈ー」
「サクラちゃん。もう少し我慢してね」
「わかったー」
お義父さんとサクラちゃんが仲睦まじく会話しておりますな。
「その者達は旅の途中で仲間に加わった者達ですか?」
「えっと……」
「フィロリアル様達ですぞ!」
お義父さんが言葉を濁したので俺が一歩前に踏み出して宣言します。
そこを勘違いされる事はこの元康、我慢なりません。
「は? フィロリアル?」
「はい。私共もその目でしかと確認しております。我等が城に入るまで、この者達はフィロリアル……伝説に存在する神鳥の姿をしておりました」
「ほら、みんな! 御姿を見せつけるのですぞ」
俺の指示にユキちゃん、コウ、サクラちゃんがボフンと音を立ててフィロリアル形態になりましたぞ。
その姿を見てシュサク種の男が一歩下がりましたぞ。
「な、なるほど……伝説のフィロリアルがいるなら心強い」
「それで俺達は波に備えてこの国で活動すればいいのかな?」
お義父さんが本題に一歩踏み込みましたぞ。
「その前に長旅の疲れを癒して頂こうと私達は思っている所です」
「あ、うん。じゃあお言葉に甘えさせてもらおうかな」
こうして俺達はシルトヴェルトが用意した部屋に案内されましたぞ。
お義父さんとは別室になりましたが、サクラちゃんが警護することになったので、俺は我慢しましたぞ。
サクラちゃんの事をお義父さんも嫌ってはいないご様子。
頼りにしておりますぞ。
「あ、元康くん」
部屋でユキちゃん達と休んでいるとお義父さんが部屋の扉をノックしましたぞ。
「どうしたのですかな?」
「いや、なんか色々と助けてもらったし、改めてお礼を言おうと思ってさ」
「何を今更。お義父さんとこの元康の間にそんな事は必要ないのですぞ」
「うん。そうなんだけど……ありがとう」
お義父さんは礼儀正しいですな。
「それと色々と気になる話とか、改めて再確認しようと思って来たんだ」
「と、言いますと?」
「扉の前じゃなくて室内で話をしよう。サクラちゃんやコウ、ユキちゃんは盗み聞きされてないか注意して」
「わかりましたぞ。それでお話とは?」
「いや、宗教上の理由で命を狙われた訳じゃない? となるとシルトヴェルトも何か危険があるんじゃないかなー? ってさ」
ありえなくはない話ですな。
考えてみればこの世界の人々は勇者に対しておかしなイメージを持っている印象があった事を覚えております。
三勇教は確かに下種であり邪教ではありますが、他の宗教が真っ当であるかと聞かれたら、この元康にはわかりません。
未来の出来事は穴の様に欠落している部分もありますし、盾の勇者を信仰するシルトヴェルトがどのような国であるかは知らないのですぞ。
「すみませんが未来ではこの国に来た事が無いのでわかりかねますな」
「そうだね。だからこそ警戒しておく事に越した事は無いと思うんだ」
「なるほど、ですぞ」
「なんて言うか、元康くんは色々と教えてくれるけど、俺が聞かないと思いだせない出来事もあるみたいだからね。注意深くしていきたいんだ」
お義父さんは過去に殺されたという出来事を信じてくださって、死なない様に努力してくださっている。
となればこの元康がしなければならない事と言えば全力でお義父さんの身を守る事に他なりませんな。
「ありそうな事を整理してみようか。小説や漫画に出てくる英雄の扱いって、一定の地位を授けて飼い殺しにするとかあるじゃない?」
「そういう話があるのですかな?」
「え? あー……元康くんってこっちの人じゃないのかな?」
こっちの人とはどういう人の事なのでしょうかな?
この元康、残念ながらオンラインゲームと一部のゲーム以外、そういった話には疎いのですぞ。
天使萌えに嵌った魔界大地はコンシューマーゲームでも優秀な物でしたが。
その魔界大地をプレイした切っ掛けは所謂表紙買いでした。
今思えば、フィーロたんやフィロリアル様と出会う事は勇者になる前からの運命だったのでしょうな。
この元康、遥かなる運命に感動して心が昂ぶっておりますぞ。
「元康くんって現代社会に居た頃どんな生活してたのか全然わからないんだけど……」
「高校生くらいの頃は豚の尻ばかり追いかけてましたな」
「えっと……確かあまり深く話をしてなかったけど、俺が育てたフィロリアルのフィーロって子に諭されるまで女の人に酷い目に遭わされていたんだっけ?」
「違いますぞ。フィーロたんによって、真なる愛に目覚めたのですぞ」
「う、うん。えっと……話を戻すね。それまでは豚と仲良くする生活をしていたんだよね?」
「そうですな。思えば汚点ばかりの生活でしたが、色々とありましたぞ」
「へー……例えば?」
ふむ、例えですか。
あんな豚共の事など思い出したくもありませんが、お義父さんの頼み、思い出しましょう。
過去を振り返って最初にあがってくるのは中高生の頃でしょうか。
あの頃の俺は偽りの幸福に胸を弾ませておりました。
それは……。
「両親が揃って海外へ出張に行っていたので、中学くらいから殆ど実家で一人暮らしでしたな」