ネイア・バラハの冒険~正義とは~   作:kirishima13
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第5話 懲悪

 解放されたエ・ランテルは帝国により管理されることとなった。事態を知りつつ放置した王国と住民を保護した帝国、どちらに都市がつくのかは明白なことである。これに対して王国は帝国による陰謀との声明を出したが、それを信じる者は誰もおらずエ・ランテルは正式に帝国領となることとなる。

 

「本当に行ってしまわれるのですか。帝国の皇帝陛下はあなた方を高く評価することでしょう。もしお越しくだされば望まれる地位に就くことも可能ですよ」

 

 モモンガ達を慰留しているのは帝国四騎士の一人、ニンブルだ。金髪に深い海を思わせる青瞳という端正な容姿の貴族出身の騎士であるが、モモンガたちにも非常に丁寧に対応している。

 ニンブルからすればエ・ランテルを開放するために兵を率いて来てみればたった二人のワーカーが都市中に溢れるアンデッドを討伐したというので驚きである。ニンブルの知る皇帝がその二人を放っておくわけがない。逆にここで勧誘しなかったということに怒る方だ。

 

「しかも、あのブレイン・アングラウスまで打ち勝ち捕らえるとは脱帽です」

 

 ブレイン・アングラウスはバハルス帝国にまで名の知れた王国最強の戦士長と互角ではないかと言われる天才剣士である。それを打ち倒す実力者と言うのであれば都市開放のことがなかったとしてもぜひ帝国へ迎え入れたい。

 

「あの男はどうなるのです?帝国の法で裁かれるのでしょうか」

「そうなるでしょうね。ただ、彼ほどの力があれば陛下は彼を召し抱えるかもしれません。陛下は懐の深いお方です。例え出自や容姿、過去がどうであれ力あるものは正当に評価なされます。モモン殿たちも一度お会いになってみませんか?」

「申し訳ありませんが、今はどこかの国に仕えるつもりはありません。それに帝国に行くのは王国という国を見てからにようとネイアと決めましたので」

「そうですか。ではお引止めになるのは失礼というもの。ですが、帝国へいらっしゃった際は歓迎しますので是非お声をおかけてください。それにしても王国に行かれるのですか。モモン殿ほどの方があの国に……。実にもったいない……」

「何かありましたか?」

「いえ、それはモモン殿がご自分の目で確かめられること。私からは何も言いますまい。それではワーカーチーム《漆黒の凶眼》の旅の無事を祈っております」

 

(ん?今なんて?)

 

 モモンガとは別に、ネイアは住民たちからの感謝と別れの言葉を受けとっていたが、何やら嫌な予感がしてモモンガたちを振り返る。

 

(よく聞き取れなかったけど……聞き違いよね。うん)

 

 そんなネイアを他所にたった二人で死都となった大都市を救った英雄、ワーカーチーム《漆黒の凶眼》の名は大陸全土へと知れ渡ることとなる。

 

 

 

 

 

 

 エ・ランテルから王都リ・エスティーゼへと向かったモモンガとネイアであったが、その旅は今までとは打って変わって平穏なものであった。話によると第三王女の発案により王直轄領内においては街道周辺のモンスター等に報奨金をかけており、治安の維持に努めているということであった。エ・ランテルまでの道中のような野盗やアンデッド等のモンスターにも遭遇することない。急ぐ旅でもないため、ゆっくりとした足取りで王都へと到着することとなった。

 到着後、二人は早速宿を取ることにする。しかしそれは長旅の疲れ(一人は疲れなど不要の体ではあるが)を取るためだけではない。

 ワーカーとして仕事をしていく上で宿選びは重要である。冒険者組合と異なり個人で仕事を請け負うワーカーは、宿屋が兼業として仕事の斡旋行っている場合が多いのだ。

 モモンガたちはワーカー御用達といわれる宿を取り、仕事の情報を得るため店主を呼び出すが、モモンガたちが話を切り出す前に逆に主人のほうから尋ねられることになった。

 

「その漆黒の鎧の男と顔を隠した女……。あんたらもしかしてワーカーチーム『漆黒の狂眼』か?」

 

「そうだが」「違います!!」

 

 モモンガとネイアの声が重なり、二人は顔を見合わせる。主人は肯定の言葉が返ってくると思っていたのか困惑しているようである。

 

「え、違ったか?あれ?聞いてた身なりとそっくりなんだが……」

「狂眼ってなんですか!狂眼って!いつの間にそんなチーム名決めたんですか!モモンさん!」

「いや、だってもうそう呼ばれてるしいいかなって思って……」

「よくないですよ!ってもうそう呼ばれてる!?」

「あのブレインとかいう野盗の剣士がいただろう?あいつがエ・ランテルで帝国兵に元冒険者の『漆黒』と聖王国の有名な『狂眼の射手』と伝えたらそうなったらしい」

「なんで止めないんですかあああ!」

 

 モモンガの鎧をつかんでネイアが揺さぶっている光景に軽く引きながら宿の主人はもう一度聞きなおす。

 

「えーっとエ・ランテルを解放したワーカーチームでいいんだよな?本人たちということは間違いないか?」

「はい……でもチーム名は決めてませんから!」

 

 ネイアは主人の言うワーカーチームであることは仕方なく認めるが、チーム名は断固として認めるわけにはいかない。すべての元凶となったブレインという男は次に会ったら絶対に殴ると心に決める。

 二人のことをすでに知っていたと思われる店主は、さらに驚くべきことを二人に告げる。

 

「あんたたちに名指しの依頼がある」

 

 

 

 

 

 

 ネイアとモモンガは二人部屋を取り、周りに人がいないことを確認すると扉を閉めて作戦会議に入る。

 

「モモンガさんこれっておかしいですよね。何で私たちがこの宿に入るって分かるんですか?それも来たとたんに名指しの仕事の依頼って……」

「ああ、早すぎる。まぁのんびり来たからエ・ランテルの情報をここまで届けたものがいたかもしれないがそれにしても早い。最初からそのつもりでエ・ランテル周辺で情報収集していた可能性のほうが高いかもしれないな。他のワーカーの斡旋先にもすべて情報が流れていると見ていいだろう。もしかしたら今も監視されているかもしれん」

「依頼内容は館の警護ということですね。おかしいところはないみたいだけど……うーん……」

「虎穴に入らざれば虎子を得ずというし依頼を受ければ分かるんじゃないか?相手の強さが分からなければまず殴って確かめればいい。ふふっ、やまいこさん魂が俺に宿っている」

 

 またモモンガは変なことを言っている。どうもこの骨は危険を含めて冒険を楽しんでいるような気がする。付き合ってるこっちのことも考えてほしい。

 

「しかし、何の情報もなしに行くのも愚かだな。念のために調べるだけ調べてみようか」

 

 ネイアの不安そうな顔を知ってか知らずか、そう言って頭に指を当てて何やら話をしだした。《伝言》の相手は妖精のあいぼーるこーぷすさんだろうか。何だかんだと優秀な妖精さんなようなので一安心といったところか。

 しかし依頼のことはさておき、それよりもネイアにとって今もっと心配なことがあった。それは……。

 ()()()()である。

 

「モモンガさん、なんで二人部屋取ったんです?」

「いや、店主が薦めてくれてな。一人部屋2つ取るより安いし、あと防音だから大きな声を出しても安心していいぞとも言ってたな」

「なんでベッドが一つで枕が二つなんです?」

「それな。それが分からん。だが、店主はどうぞお楽しみくださいって言ってたが……何のことだ?」

 

(宿屋のご主人!!……なに余計なことに気をつかってるのよ!っていうかモモンガさんそっち系の知識なさすぎるでしょ!)

 

 ネイアがどうしたものかと顔を赤くして頭を悩ませていると、モモンガはあっさりと解決策を提示する。

 

「まぁベッドが一つしかないなら仕方ない。どうせ眠れない体だ。ベッドはネイアが使ってくれ。俺は床で構わないから」

 

 二人一緒に寝るしかないとドキドキしながら覚悟していたネイアはモモンガのその言葉に安心したような残念なような何とも言えない気分のまま、何もごともなく夜は更けていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 翌朝、ネイアが起きるとモモンガは部屋にいなくなっていた。同じベッドではないにしろ二人きりで同じ部屋で寝ることを意識していた自分が馬鹿みたいだ。モモンガは眠らない、それは分かりきっていたことだ。また暇を持て余して外に行っているのだろう。

 顔を洗い朝食をとっていると、外から聞きなれた声と女の子と思われる声が聞こえてきた。宿屋に併設されている納屋のあたりからだ。

 

「ほーれほれ、ここか?」

「だ、だめぇ……」

「違うのか?どうだ?ここか?ここがいいのか?」

「あっ……そこは敏感だから……」

「ここの下あたりはどうかな?」

「も、もうらめぇ……」

 

 モモンガの声だ。会話の内容から察するに女の子とお楽しみ中といったところだろうか。娼館で娼婦でも買ったはいいが、部屋に連れて来られないから納屋で楽しんでいるのだろうか。骨が行為を行うこと自体も驚きだが、ネイアは胸がなぜかムカムカしてきた。

 

(別にいいんだけど!モモンガさんが誰と何しようといいんだけど場所くらい選んでよね!)

 

 自分の気持ちがよく分からないが一言文句を言ってやらないと気が済まない。食事を途中で済ませ、納屋へと向かうと、まだ怪しい声が続いている。

 

「この辺りはどうだ?」

「そ、そこはぁ!」

「じゃあ、ここだ」

「そ、そこ!そこがいいでござるよー!」

 

(ござる?)

 

「モモンガさん!いったい朝から何をしているんですか!」

「あっ!」

 

 ネイアが現場を押さえると、そこにはブラシを持った漆黒の戦士と巨大なハムスターがいた。一人と一匹は同時にネイアの方向を振り向く。漆黒の戦士ことモモンガは見つかった相手がネイアであることに気付くと素早く何かの呪文を唱え始めた。

 

「《透明化(インヴィジビリティ)》!」

 

 ふっと巨大なハムスターは消え去り、モモンガはネイアへ向き直る。

 

「やあ、ネイアおはよう。どうかしたのかな?」

 

 何事もなかったかのように爽やかな声で挨拶をしてくるが、誤魔化せるとでも思っているのだろうか、この骨は。

 

「今の巨大な魔獣はなんですか?」

「何のことだ?ネイアが何を言ってるか分からないな」

「今の巨大な魔獣はなんですか?」

「いや、だから……それは……」

「怒りますよ?」

「はい……」

 

 ネイアの前で正座で白状しているモモンガによるとトブの大森林で夜散歩しているときに襲ってきた魔獣であるということだった。倒したあと助命を聞き入れてやると子分にしてくれと懐かれたらしい。

 しかし、ネイアがネズミが嫌いということで透明化の魔法をかけてこっそり飼っていたということだ。朝はブラッシングの時間らしい。

 

「はぁ……もう朝から変な声だして何事かと思いましたよ」

「は?変な声?ブラッシングをしていただけなんだが、ネイアは何と勘違いしたんだ?」

「えっ、そ、それは別にどうでもいいじゃないですか!」

 

 ネイアの顔が耳まで真っ赤になる。それを誤魔化すようにネイアは言葉を続けた。

 

「それに!私はネズミは嫌いですけど魔獣は別に嫌いじゃないですよ」

「え?そうなの?じゃあ飼ってもいい?」

「でも街じゃ目立つから透明化させておいたほうがいいでしょうね。えっと、見えないけどよろしくね」

 

 ネイアはミラーシェイドを上げて魔獣のいるあたりを見る。あの立派な風貌からすると可愛らしい声の割には名のある魔獣なのだろう。あの力が漲る目は恐ろしささえ感じさせる。

 

「あわわわー!殿ー!殿の言う通りでござる。殿の相棒殿は恐ろしい目をしているでござるよー!」

「ちょっ!おまっ!ハムスケ黙れ!」

 

 どうやら魔獣はネイアの目のほうが怖いらしい。モモンガがハムスケと呼ばれた魔獣の口と思われる辺りを必死に押さえつけているようだが、ネイアはモモンガをジト目で睨めつける。

 

(モモンガさんが私のことをこのハムスケにどう説明していたかは後でじっくり聞くとしよう)

 

 

 

 

 

 

 依頼人の名前や素性は不明。前金は成功報酬の半額。受け取りは宿の店主から。館には絶対に立ち入らないこと。誰も立ち入らせないこと。翌朝になれば依頼は完了。それが今回の依頼内容だ。

 怪しいことこの上ないが依頼人の素性が秘密なことは宿の主によるとよくあることらしい。

 依頼を受けたネイアとモモンガは館の前で警備を開始する。やがて日が沈み夜の帳がおりはじめた。

 明かりも少なく館の前のネイア達はほぼ闇に包まれている状態だ。だが、ネイアは多少の闇の中でも夜目が効くほうだ。注意深く周りの警戒を続ける。

 そして時間が深夜に入るかという時に異変は訪れた。

 周りには何も見えない。そして気配もしない。だが、ネイアはそれを感じる。『殺気』だ。空気に溶けるように何もない気配の中にわずかな殺気を感じる。

 

その矛先は自分とモモンガの……。

 

(首すじ!!)

 

「モモンガさん!」

 

 咄嗟にモモンガの手を引っ張り自分も頭を伏せる。首をあったあたりをキラリと光るものが通り過ぎた。

 

「避けられた。意外」

「うん、意外」

 

 似たような声がそれぞれ別々の場所から聞こえる。目を凝らすとそこに忍び装束と呼ばれる奇妙な服装をした同じ顔した女たちがいた。

 

「忍者か?」

「モモンガさん!それだけじゃない!向こうの塀の影に二人、それに上空に一人!」

「へぇ、やるじゃねえか。ティアとティナの攻撃を避けただけじゃなく俺らまで見つけるなんてよ」

「油断しないでガガーラン」

「あいよ、リーダー」

 

 影から出てきたのは短く刈り上げられた金髪の髪に、肉食獣のような瞳をした大柄の女、そしてもう一人は貴族を思わせるような美貌を宿した漆黒の剣を持つ女だ。

 上空にいるのは体躯は小さく子供のような外見だ。白い仮面をつけており容姿はわからない。その子供のような女から声がかかる。

 

「気配を消した私まで見つかるとはな。お前たち何者だ」

 

 それはこちらが言いたい台詞だと思うが、ネイアの代わりにモモンガが答えてくれる。

 

「やれやれ、人を殺そうとしておいてそれか。まぁいい。俺の名はモモン、こちらはネイアだ。この建物を守るよう依頼されている。お前たちこそなんだ。殺し屋か何かか?」

「モモン?まさか漆黒のモモンか!聖王国のアダマンタイト級冒険者がなぜ王国に!」

「依頼だと言っているだろう。お前がリーダーか?誰だか知らないがここを通すわけにはいかない。これ以上続けるのであれば実力で排除するが、逃げ帰るのであれば見逃してやらないこともないぞ?」

 

 モモンガのまるで自分たちが負けるはずがないと言うような高慢な態度に相手の雰囲気が一変する。特にリーダーを馬鹿にされた仲間思いのガガーランは我慢できなかったようだ。

 

「おいおい、人を見下して舐めた口効いてんじゃねえぞ()()

 

 

―――その瞬間、時間が止まった

 

 

 モモンが動きを止め、そのまま固まっている。そして周りをキョロキョロ見回し挙動不審な様子で子供のように言い返した。

 

「ど、どどどどどどどど童貞違うし!」

 

 モモンガのその態度に相手の態度はさらに一変する。皆口を手を当てて、「えーっ」という感じに驚いている。

 

「え、うそ。本当に童貞?」

「童貞なのか?」

「まじ童貞」

「軽く引く」

 

 モモンガの挙動不審な態度を見るにモモンガは童貞らしい。ということは童貞のまま死んでしまったのだろうか。生きてる間女の子と仲良くなることもなく、愛し合うこともなく死んでしまったとしたら……。ネイアはつい自分の心の内をつぶやいてしまう。

 

「可哀そう……」

「ぐぅ!」

 

 ガガーランたちの言葉により傷ついたモモンガの心をさらにネイアのその言葉が鋭いナイフのように抉った。モモンガが顔を伏せ、言い訳するように地面に向かって叫ぶ。

 

「な、なななななんでそんなことをが分かる!」

「なんつーか、経験だな。俺は童貞の話し方とか仕草とか詳しいからよ」

「くっ……」

「ちなみにこっちの女の子も処女っぽい。くんかくんか。処女のにほい」

 

 いつの間にか忍者のうちの一人がネイアの匂いを嗅いでいる。

 

「べ、別に私は処女でもこれから経験できるし!たぶんだけど!」

「私が経験させてあげてもいい」

 

 忍者の一人がネイアを見て唇をぺろりと舐める。やばい。この人相当やばい。

 

「おまえらなぁ……あ、ちょっと待って!」

 

 緊張感に欠けた空気の中、モモンガは何かを言いかけたが、突然素に戻ると指をヘルムに充てた。

 

「はい、私です。あ、すみません今ちょっと仕事中で……え!?そうなんですか、いやすみません。はい……はい……こちらこそありがとうございます。はい……はい……ありがとうございました。はい……」

 

 見えない何かに向かってペコリとお辞儀をしている。相手は突然のモモンガの行動に固まっている。

 

「待たせたな。ふふふっ、俺たちを侮るなよ。この俺はお前らたちのことなどまるっとお見通しだ!アダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』よ!」

 

 この人たちの名前は蒼の薔薇と言うらしい。先ほどの動揺はどこへいったのか、胸を張るモモンガ。ネイアの脳裏に先ほどのあれは《伝言(メッセージ)》ではと思いつく。そうすると相手は……。

 

「あいぼーるこーぷすさん?」

「あ、ああ。っていうか何で俺が召喚したのに俺より優秀なんだろうな」

 

 自分より使い魔の方が優秀なことに少し落ち込んでいる様子であるが、モモンガは蒼の薔薇を指さして話を続ける。

 

「お前は『暗黒剣の使い手』ラキュース!、お前が『仮面の魔法詠唱者』イビルアイ、そしてお前たちが『ショタ好き』のティア、『レズ』のティナ、『童貞食い』ガガーラン……っておまえらふざけてるのか?この二つ名マジなのか?どんなチームだよ!」

「ガガーランの二つ名だけ違う」

「うん、ガガーランの二つ名は『胸ではなく大胸筋です』」

「うるせえよ!」

 

 忍者の双子のつっこみにガガーランが吠えている。どっちにしろ酷い二つ名だが、『凶眼の射手』とどっちが酷いかは意見が分かれるだろう。

 

 

「ま、まあいい……。さて、ネイア。王国のアダマンタイトであるこいつらの実力のほどはどれくらいだ?」

 

 モモンガはネイアの敵の感知能力を信頼してくれているようで少しうれしく感じる。ミラーシェードを上げ、蒼の薔薇を見回すと当人たちは驚いた表情でこそこそと話し出した。

 

「こ、こいつは……おい、イビルアイ。お前名前こいつにやっちまえよ」

「うん、イビルアイの名はこの子にこそ相応しい」

「イビルアイ改め『蒼の薔薇のちっこいの』に改名すればいい」

「うるさいぞ貴様ら!人の名前を勝手に変えるな!」

 

(絶対私の目を見てイビルアイって言ったよね……)

 

「でもよお、イビルアイ。そろそろ本当の名前名乗ってもいいんじゃねえのか?」

「仲間にも秘密とかない」

「私たちの関係ってそんなもの?」

「うっ……そ、それもそうか……確かにあれからずっと時間も経ったし本当の名前を使ってもいいか……」

 

 イビルアイと呼ばれた仮面の少女は腕を組んで悩んでいたが、やがて納得したのかネイアに向き直り、真剣な調子で語り掛ける。

 

「よし!ネイアとか言ったな。このイビルアイの名……。お前に受け継いで……」

「いりません。何ですかイビルアイってふざけてるんですか」

 

 ネイアは皆まで聞かずに一刀両断に提案を切り捨てる。イビルアイなどと言う酷い名前を受け継ぐわけにはいかない。

 

「お、おい!おまえら怒られてしまったではないか!」

「まぁいらねえわな」

「やーい怒られた」

「だよねー」

 

 イビルアイがガガーランとティアティナに揶揄われてるの見て緊張感が溶けかけるが、モモンガに尋ねられていたことを思い出す。彼女たちの実力だ。ふざけているように見えるがそれは真に実力を持つ者の余裕という奴なのかどうか。

 

「空にいる魔法詠唱者……イビルアイの力は……段違いです!それ以外は私と同じかそれ以上の強さかもしれません」

「ありがとうネイア。さて、私たちは自分の役割を答えたな。それでは今度は蒼の薔薇、おまえたちがここに来た理由を教えてもらえるかな」

 

 モモンガの問いに顔を見合わせる蒼の薔薇。その中からラキュースが真剣な面持ちで前に出る。

 

「私たちが来た理由。それはその建物にいる犯罪組織に用があるからです!」

「犯罪組織?」

「八本指と言う組織です。麻薬、誘拐、奴隷売買、なんでもやる王国の闇でうごめく巨大犯罪組織、それを私たちは討ちにきました。そこをどいてください!」

 

 犯罪組織という言葉にネイアは一瞬建物のほうを見てしまうが、モモンガは腕を組んだまま、その申し出に首を振った。

 

「断る」

「なんで!私たちは正しいことをしようとしているだけですよ!」

「それを証明するものがどこにある?それにそのようなことは本来この国の衛兵たちなどがやる仕事ではないのか?」

 

 確かにそのとおりだ。犯罪組織の拠点であるならば王国政府として対応すべきものだ。このような闇討ちをする必要などない。目的を騙ってネイアたちをだまそうとしているのだろうかと思っていると、ラキュースの顔が暗くなる。歯を食いしばって悔しさに耐えてるようでもある。

 

「それでは……駄目なの……。王国の衛兵たちにも八本指の手は伸びている。手を借りようとしても八本指に情報を流されるだけ……」

「それにそれは冒険者の仕事ではないのではないのか?冒険者は国家権力から独立しているはずだろう」

「それは……」

「そもそも衛兵まで買収されているのであれば組織の集会を襲って何の意味がある。黒幕である王族や貴族などの権力者を何とかしないと詰んでいるだろう。トカゲの尻尾切りをされて終わりだ」

 

 っとあいぼーるこーぷすが言ってた、とボソっとネイアにだけ聞こえるような声で呟いている。

 

「それでも!それでも何もやらないよりはいい!私たちは正しいことを、正義をなそうとしている!」

「正義だと?」

「ええ、勧善懲悪!悪を懲らしめる、それ以上の正義がどこにあるのですか!」

 

 ラキュースの叫ぶような主張にモモンガは笑いをもって答えた。

 

「ははは、都合のいい正義だな。裏で悪人を殺して表では知らんぷり。それは権力者に表で盾突く覚悟がないだけなのではないか?」

「それは……私たちにもアダマンタイトという立場というものがあるの……。何でも思い通りにはできないわ」

「立場と来たか!立場を守り自分たちは安全なところにいた上で、余った力で勧善懲悪か。一体いつになったらこの国は良くなるのだろうな」

「貴方に!貴方に何かに何が分かるっていうの!あなたならすべてを捨てて権力に逆らえるとでも言うの!」

 

 権力に逆らい、すべてを捨てて旅に出たモモンガにこの女は何を言っているのか。自分にできないことは人にもできないと決めつけるその考えにネイアはいら立ちを隠せなかった。

 

「あなたこそモモンさんの何が分かっているっていうんですか!モモンさんはあなたたちとは違う!人のため、国のために国家権力に逆らって冒険者の資格を失ったモモンさんの何が!」

 

 ネイアの思いをぶつけられラキュースは言葉に詰まる。隣のガガーランが呻くようにイビルアイに尋ねる。

 

「おい、イビルアイ今の話まじか?」

「ああ、聖王国で権力者に口を出したという話は聞いたな。だがまさか冒険者の資格をはく奪までしていたとはな。聖王国の判断が間違っているような内容だったが……。だが、そんなことは関係ないだろう?ラキュース。惑わされるな。私たちは私たちのやるべきことをやるだけだ」

「そうね……イビルアイ!あなたが何者でも!そこは通してもらう!みんな!いいわね!」

「おう」

「鬼リーダーに従う」

「悪い奴は懲らしめる」

 

 イビルアイは水晶で出来た杖を、ラキュースは暗黒剣を、ガガーランは巨大なハンマーを、ティアとティナはそれぞれ短剣を構える。

 

「交渉は決裂か。仕方がないな。ネイア、後ろの忍者二人は任せる。前の3人は私が相手をしよう」

「私たち3人を一人で?ふざけたことを言うやつだ」

「なめんなよ、童貞のくせに」

「油断しないでイビルアイ、ガガーラン」

 

 深夜の街中で冒険者チーム『蒼の薔薇』とワーカーチーム『漆黒の凶眼』との戦闘が人知れず開始された。

 

 

 

 

 

 

 モモンガ達が戦闘に入ると同時にティアとティナと呼ばれた忍者の二人が動き出す。この素早い二人を相手に弓を出す隙はないだろう。ネイアはブルークリスタルメタルの短剣を取り出すと二人のどちらから攻撃されても対応できるよう構えをとる。

 相手の二人も手に短剣を持っており、身軽そうだ。よく見ると刀身が濡れたように艶々と光っている。

 

(毒?それとも別の効果?気を付けないと……。っ!?)

 

 そう思った瞬間にティナがネイアに向かって短剣を投げてきた。その速度も達人のものであるが。さらに周りが闇に包まれていることにより、常人であれば短剣が来ることさえ気づかずやられてしまいそうなものだった。

 ネイアは持ち前の動体視力で間一髪で探検を避けるが、安心したのも束の間、同時にティアが反対側から先を予測したようにネイアの避けた先へ短剣を投げていた。ネイアは体をひねってキリギリのところで何とか避ける。

 

(この二人完全に連携が取れてる……運よく避けられたけど危なかった……)

 

 だが、二人とも手持ちの武器を投げたということは武器を失っておりチャンスではないか。そう思ったネイアであったが、その考えが甘かったことをすぐに思い知る。

 そこに見たものは武器を失った敵ではなかった。お互いに投げられた短剣を反対側で受け取っていたのだ。

 そこからはまるでサーカスのジャグリングのようであった。交互に投げつけられる短剣、しかしネイア自身でも驚くべきことにそれをネイアは避け続けている。最初はギリギリであったものが、徐々に楽に避けられている気がする。

 ネイアは不思議に思っていた。暗闇の中、投げられ続ける短剣を避け続ける自分の集中力、そして感じる空間の把握力に。

 

「この子強い」

「お持ち帰りしたい」

「それは仕事が終わったあと」

「残念」

 

 仕事が終わったらお持ち帰りされるのか。ティアとティナの会話に怖気が走る。

 

(レズって本当なの!?)

 

 贅沢は言わないが、最低限として恋人は異性であってほしい。捕まるわけにはいかない。そう思い、ネイアは会話の隙をついて短剣で忍者の片割れティアに斬りかった。突然向かってきたネイアにティアは反応することが出来ずその刃を体に受ける。

 『斬った!』そう思った瞬間……。

 

「忍法《闇渡り》」

 

 ネイアが斬りつけた人影が影に潜り込む。手には斬った感触もなく、姿も形もすでになくなっている。どこに行ったかと周りを見回すと別の場所から影が現れ、ティア姿を取る。自分の知らない技だ。

 

(これが忍術……)

 

 自分と同格以上の存在が二人、それを一人で相手にするのは初めてだが思っていた以上に苦しい。

 一人を狙ってももう一人がフォローする。それに二人のコンビネーションは完璧であった。何も言わないでお互いの行動を把握しているようである。

 しかしネイアも負けてはいなかった。双子の短剣はかすりはするがネイアに触れることは一度もない。お互いに攻撃の当たらない膠着状態が続き、そのうちティアとティナが音を上げた。

 

「本当にどうなってる」

「後ろの目でもあるの」

 

 ネイア自身も疲れているが、双子の忍者にも疲れが見え始めている。いつ勝負が終わるのかとお互い辟易していたその時、そこにイビルアイの叫び声が響きわたった。

 

「貴様!これはどうなっているのだ!」

 

 ネイアと双子が目を向けるとモモンガと3人の勝負はすでに決していた。

 ラキュースとガガーランが倒れ伏せ、イビルアイがモモンガの手によって地面に押さえつけられている。頭を地面に押さえつけられて手足をばたつかせているその様子はまるで駄々っ子のようだ。

 

「どうなっているはこっちの台詞だ。麻痺が効かないとは、状態異常対策でもしているのか?」

「離せ貴様!この!この!」

「降参をするなら離してやる」

「なんだと!誰が……」

「もういいわ!イビルアイ!私たちの負けよ」

 

 ラキュースのその一言で、イビルアイは悔しがりながらもその場の戦闘は終結を迎えた。ティアとティナも短剣を収めてネイアのもとから離れた。

 

 

 

 

 

 

 モモンガとネイアは青の薔薇の処置を話し合った結果、結局見逃すという結論になった。依頼上、蒼の薔薇の要求は飲めないが、動機としては正しいことをしようとしたのだし、今後人々のためには彼女たちの力は必要だろう。イビルアイだけが最後まで負けを認めず騒いでいたが、蒼の薔薇も撤収することにしたようだ。

 夜の闇の中に消えていこうとする蒼の薔薇、そのリーダーのラキュースにモモンガが話しかける。

 

「ちょっと待て。お前たちの依頼主のことだが、一言言っておくことがある」

「依頼主?一体何のことですか?」

「お前たちの依頼主、恐らく俺たちがここを守っていることを知っていて依頼しているぞ」

「そんな!なんであなたにそんなことが分かるんですか!」

「ちょっと調べただけだが、気を付けることだ。お前たちの依頼主、相当な食わせ物だぞ」

「……。……忠告として聞くだけ聞いておくわ」

 

 『蒼の薔薇』は悔しそうにそう言い残すと音もなく去って行った。

 

 

 

 

 

 

 館の警備依頼。襲撃者に襲われるという事態はあったし、ネイア自身かなり危険な戦闘に巻き込まれた。こんな長く感じる夜は初めてだ。だが、何とか危機は去り、依頼としてはあとは朝まで何事もなければ立っているだけで終わる。

 そうネイアたちが安堵したその時、手をパチパチと打ち鳴らすような音がすると複数の男女がその場に現れる。

 

「ははははは、こいつぁたまげたぜ。まさか『蒼の薔薇』をたった二人で撃退するとはな」

 

 この長い夜はまだ終わりそうにない。






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