プラズマ振動については前章で紹介しました.そこでは,プラズマ振動は電荷の一時的な偏りが生じた後,それを回復するために起こるプラズマの電気的中性化へのプロセスが電荷の持つ力学的慣性力のために永久的な振動に変ることだと理解しました.それゆえプラズマ振動はあくまでも振動でありました.
振動が一定の場所に固定して揺らぐのに対して,その揺らぎが何かを媒体として遠くに伝えられるときこれを波動といいます.プラズマ振動は,一定の場所に於ける電荷の振動ですが,その振動はプラズマ自体を媒体として,遠くに伝えられます.そういうときこれをプラズマ波とか電子音波とか言います.ここではプラズマ波の伝播特性を求めてみましょう.
まず,ボルツマンの方程式から始めます.
(1)
ここでは,プラズマに静磁界は印加されておらず,重力場も無視できるとし,また粒子同志の衝突も無視できるものとします.プラズマ粒子に与える力としては電界だけを考慮しますと,上式は,
(2)
となります.通常空気中の音波などでは粒子同志の衝突が無いと音波は発生しません.しかしプラズマでは,クーロン力などの電磁力が有るため無衝突プラズマでも音波が発生します.この場合には,電界が縦波を作り出す媒体になっています.
ここでも摂動法を使うことにします.すなわち,式(2)の解fを,
f=f0+f1 (f0≫f1)
と置いて,
(3)
とします.これから第〇次近似と1次の摂動項を取り出しますと,
(4')
(4")
のようになります.ただし,ここにE0は静電界であって,簡単のため存在しないものと仮定します.式(4')で▽rf0=0としたのは,プラズマが均一であると仮定したためです.
ここで,時間因子としてexp(+jωt)を仮定します.すると(4")式は,
(5)
となります.
ここで,問題を簡単化するために一次元波動としてプラズマ波を記述することにしましょう.すなわち,f1として,
(6)
と置くことにします.式(6)を式(5)に代入しますと,次の式を得ます.
(7)
(8)
一方ガウスの法則によれば,次のような関係があります.
この式の摂動項は,
ですから,結局,
(9)
となります.これに式(8)を代入しますと次の関係が得られます.
すなわち,
(10)
これが,この波動の分散を与える方程式です.
プラズマ電子の分布関数を等方的でかつマックスウェル・ボルツマンの分布を持つと仮定しますと,f0は,
(11)
のように与えられます.これを式(10)に代入しますが,その前にvで微分しておきましょう.
よって,
(12)
を得ます.ただしここでIは,
(13)
と置きました.
ここで,上の積分について考えましょう.
ここに,
(14)
と置きました.
ところで,
と置換しますと,上の積分は,
と置いたとき,
(15)
なる関数のことをプラズマ分散関数(Plasma dispersion function)といい,これについては別に節を設けて考えますが,この節では取り敢えず近似的に取り扱うことにします.
すなわち,特別な場合としてT<<1と置けるような極く低温のプラズマの場合を考えてみましょう.T=0としてしまったのは先に調べてありますから,ここでは電子温度が有限だが比較的低い場合を意味しています.こうしますと,α>>1となりますから,式(15)より,
(16)
これを用いて,式(12)より,
(17)
を得ます.これより,
(18)
となります.
式(18)から得られる分散曲線を図に示します.こういう波動をプラズマ波または電子音波といいます.上式でT=0とすればプラズマ振動になります.プラズマ振動は,電子がある地点を中心にして,そこで振動するというイメージでしたが,実際のプラズマでは温度が有限であるため,プラズマ振動はプラズマ中に圧力を生じ,それによって電子の疎密波が生じて伝搬することを示唆しています.
Fig. 3.1.1
プラズマ波の測定は,1968年P.J.Barrett et.alによって為されました.彼らの実験装置の概略図を下に示します.
Fig. 3.1.2
もう一度前節式(13)に立返って一般的な分散式について考えてみましょう.その式を再掲しますと,
(1)
ところで,上式のω,ζは,波動の周波数と伝搬定数(固有値)を表わしていますが,その値として前節では暗黙の裡に実数に限定して考えていました.しかし,一般的にそのような限定は意味がありません.そこで,これを複素数に拡張して考えていきます.上式ではω,ζを複素数に拡張するとなれば積分変数vzも複素数に拡張して考えなければなりません.そうすれば,vz=ω/ζは複素vz平面上の1次の極となります.
積分は-cから+c迄の定積分ですから,積分路を複素平面上で表わせば実軸に沿う一直線になります.この時,極を常に一方向に眺めるように積分路を採らないと,極の変化に対して積分値が不連続に変化することはよく知られています.これを避けるためには,積分路の採り方を図のようにしなければなりません.こういう配慮を解析接続(analytic continuation)ということは解析学で勉強しているはずです.
Fig. 3.2.1
積分路をこのような関係に選んで式(1)の積分を実行した結果はプラズマ関数として数表が出版されています.数表が手に入らなければ,上図のような積分路を選んで計算機を用いて数値積分をして実行しても構いません.
前節の分散式を再掲しますと次のようになります.
(2)
この式の関数Iを上述の積分路に沿って数値積分して,この左辺を数値計算した結果を下図に示します.図は,Im(ω/ζ)=0として,Re(ω/ζ)を0から∞まで変えて描いています.
Fig. 3.2.2
式(2)からすれば,この値が0になるところが解ですから,図の原点を通るときのRe(ω/ζ)とIm(ω/ζ)の値こそが求める解に他なりません.図から分るように,Re(ω/ζ)>0,Im(ω/ζ)>0の範囲に解が存在していることが分ります.
Im(ω/ζ)>0ということは,Im(ζ)<0であって,この種の波動は常に減衰を伴うことを意味しています.ここでの解析では衝突項を無視しているにも拘らず生じている減衰ですから,これを無衝突減衰(collisionless damping)といい,これを発見者の名に因んでランダウ減衰(Landau damping)ともいいます.
前節の分散曲線からも分るように,プラズマ波動においては,その位相速度は,周波数が上がるにつれて電子の熱速度に近づいて行きます.すると波動と粒子(電子)の間に相互作用が発生します.電子の速度分布は,Maxwell分布では右肩下がりの分布ですから,この波動-粒子相互作用では,波動より速度の早い電子の数は,波動より遅い速度の電子の数より少なくなっています.波動より速度の早い電子は,その持てる運動エネルギーを波動に与えますが,遅い電子は波動からエネルギーを受取ります.それゆえトータルとしてMaxwell分布プラズマではエネルギーを波動から受けるものの方が多くて波動は減衰をすることになります.つまりランダウ減衰は,粒子の衝突によるエネルギー損失ではなくて,粒子-波動相互作用の結果として生じた減衰です.以上の説明を,下図にイメージ図として描いておきます.
まず,下の図は波動のポテンシャル場の中を走行している電子の集群作用を描いたものです.ポテンシャルの波の坂道を上ることのできる位置に居て,ポテンシャル波より少し速度の遅い電子は,ポテンシャル波からエネルギーを吸収して自らは加速します.この場合にはポテンシャル波はエネルギーを電子に取られた分だけ減衰します.
他方,ポテンシャル波の下り勾配の位置に居てかつポテンシャル波より少し速度が速い電子は,逆ポテンシャルによって減速され自らの運動エネルギーを失います.失ったエネルギーはポテンシャル波の増幅に使われます.
こうして,ポテンシャル波の速度に近い速度を持つ電子達は,徐々にポテンシャルの頂上に集まるようになります.こういう現象を集群作用(bunching action)といいます.ポテンシャル波の速度と著しくかけ離れている速度を持つ電子達は,ポテンシャル波と相互作用をせずお互いに何も関係を結ぶことはありません.
Fig. 3.2.3
さて,こうしてポテンシャル波動,すなわちプラズマ電子波,と電子は相互作用をしますが,ボルツマン分布では,速度の速い粒子の数が遅い粒子の数より少ないために,波動からエネルギーを吸収する方が波動にエネルギーを提供する粒子よりも少なく,総体として波動はエネルギーを失います.だから,粒子の衝突による運動エネルギーの損失がない場合でも,波動は激しい減衰を受けます.これがランダウ減衰の発生原因です.
Fig. 3.2.4
このようにランダウ減衰は,粒子と波動の相互作用が引き起こす減衰機構であることが分りました.そこではMaxwell分布のような粒子の速度分布が重要な役割を果しています.そこで,もし右肩上がりの速度分布をプラズマ中に作れれば逆の過程が発生します.いま,速度vbの電子ビームをプラズマ中に通しますと,速度分布は次の図のようになります.こういうプラズマ中に波動が励起されますと,波動と粒子は相互作用をしますが,波動の位相速度が丁度右肩上がりの速度にあると,波動より速度の早い粒子数の方が,遅い粒子数より多くなって,粒子は波動にエネルギーを転換します.こういう状態が波動の伝搬路中の全てで起っていますと,波動は伝搬につれて振幅を増大させていきます.これは,進行波管などのような進行波増幅といわれる電子装置で既によく知られた現象です.プラズマ物理学ではこの型の増幅現象を速度空間不安定性とかビーム不安定性といって波動の不安定現象の中に分類して語られることが多いようです.
Fig. 3.2.5
磁場の無いプラズマを考えます.この時のイオンの運動量輸送方程式は第1章から,
(1)
となります.
これを,
(2)
のように0次近似と第1次摂動項との和と仮定して,式(2)を(1)に代入して線形化を施しますと,
(3)
となります.
ところで,ボルツマン分布を想定しますと,電位φ中の電子密度nは,
のようになりますが,eφ1/kTe<<1を仮定すると,
(4)
とすることができます.これよりイオン密度の1次摂動は,
のようになります.
(5)
他方,イオンに関する連続方程式は,摂動項に対して,
(6)
式(6)を(5)に代入し,式(3)をv1iについてまとめますと,
となります.これより,次の分散関係式を得ます.
(6)
これをイオン音波(Ion acoustic wave)といいます.イオン音波は,次のような機構によって発生します.まずはじめにイオンが空気中の音波と同様疎密を繰り返します.空気中の音波波が,有限温度の空気によって生ずるのと全く同様です.これを表わすのが上式第2項目です.しかしここはプラズマですから揺れ動くイオンに対して身軽な電子が生じた電場を打ち消すように反応します.それが上式第1項目です.電子は,イオンの動きを一々遮蔽しようとして反応しますが,イオンは質量が大きくその慣性を停止することはできず,両者は協調しながらイオン音波を伝搬させるというわけです.
Fig. 3.3.1
上図は,イオン音波を最初に確認したときの実験装置です.雑音が大敵ですので,プラズマ波Qマシンと呼ばれるCs(セシウム)蒸気をタングステンの熱板で電離することによって作られました.RFバースト発振器に接続された発振用グリッドから励起されたイオン音波は,受信用グリッドによって受信され,CRTの第1チャネルで観測されます.それとCRTの第2チャネルに接続された発振器からの参照信号との間の時間差を計測することによって,伝搬速度を計っています.こうして,1964年,A.Y.Wongらによってイオン音波が確認されました.
(第3章おわり)