NATROMのブログ

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モルモット科学者


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■自分の体で実験したい―命がけの科学者列伝(レスリー・デンディ著, メル・ボーリング著, 梶山あゆみ訳)。原題は"Guinesa Pig Scientists"=モルモット科学者。タイトルで想像される通りの内容。自分の体を使って実験した科学者たちのエピソードが10章収録されている。有名どころはキュリー夫妻。ピエール・キュリーは放射能が人体に及ぼす影響を調べるために「腕にテープでラジウム塩を貼りつけた」そうである。無茶しやがって。

それほど危険ではないものの、やはりちょっとそれはどうかと思われるのは、ラザロ・スパランツァーニが1770年代に行った実験。消化の機構を調べるため、パンを小さな亜麻布の袋に詰め、飲み込んだ。表紙に描かれている、袋を飲もうとしているおっさんがスパランツァーニである。袋は消化管を通った後、体外に出て回収された。袋の中のパンは完全に消化され、無くなっていた。ここまではいい。


手始めに、もう一度パンを飲みこんだ。ただし今回は、消化を遅らせるために袋の布を二重三重にしてある。三重の袋が便と一緒に出てきたとき、なかには乾いたパンのかけらが残っていた。スパランツァーニはそれを味見して、風味がすべて抜けているのに気づく。(P31)

味見すんな!その他、消化が化学的なものか、機械的なものかを検証するため、消化液が中に入るような穴のついた木筒を飲み込む実験をしている。木筒は壊れていないにも関わらず、木筒の中の食べ物は消化された。つまり、消化管の中ではすり潰しのような機械的な機序ではなく、消化液の化学的な作用で消化が行われているわけだ。これは良い実験だと思う。

親子でモルモットになった科学者もいる。ジョン・スコット・ホールデーンと、その息子ジャック・ホールデーンはさまざまな気体が体に与える影響を調べるため、自分がその気体を吸った。天井近くにメタンが漂っている炭鉱で、


ジョンはジャックをモルモットにして、メタンを吸うとどうなるかを身をもって体験させることにする(ジョンにはそれが安全だとわかっていた)。ジョンはジャックを立ちあがらせ、メタンの層に頭を入れてさせて、シェイクスピアの戯曲『ジュリアス・シーザー』からアントニーの演説を暗唱するように命じる。
ジャックは始めた。「友よ、ローマ市民よ、地方の人々よ…」。だが、すぐに息が切れる。さらに二言三言続けたところで足が崩れ、床に倒れた。メタンはすべて天井近くに漂っているため、床のあたりの空気はきれいである。ジャックはすぐに元気になった。(P117)

安全、なのか?ジャックが「10歳か11歳くらいの頃」の話。ちなみに実験台になった息子のジャックはのちのJ.B.S.ホールデーン(ホールデン)のことである。R.A.フィッシャーやS.ライトとともに、集団遺伝学の基礎を築いた人だ。「二人の兄弟か八人の従兄弟のためなら、私はいつでも命を投げ出す用意がある」と言ったという伝説がある。社会生物学史の主要な登場人物だ。こんな体を張った実験もやっていたなんて知らなかったよ。

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  • ちょちょんまげ

    この本未読ですけど、面白そうですね。確かピロリ菌の発見者も自飲実験してるんですよね。

  • 名取宏(なとろむ) (id:NATROM)

    10章に中には入らなかったですが、年表には載っています↓。

    ・医師のバリー・マーシャルが、「治療不能な」潰瘍の原因は細菌にあると考え、その細菌の培養液を飲む。この実験によって潰瘍の治療法は一変し、今では抗生物質で治療できるようになった(オーストラリア)

    日本人からは、藤田紘一郎先生がアレルギー治療目的にサナダムシの卵を飲みこんだ例が紹介されています。

  • tkcn

    私の知る比較的最近の日本の「モルモット科学者」をご紹介しましょう。(具体的な名前は調べるとすぐわかりますがここで出すのはやめときます。)
    Amiloride-blockable acid-sensing ion channels are leading acid sensors expressed in human nociceptors. J Clin Invest. (2002) 110(8):1185-90.
    pH感受性イオンチャネルと痛みに関する研究ですが、この研究がトップジャーナルの一角に掲載されているのは、ヒトを研究対象にした研究であるからのようです。(論文は無料で全文読めます。)研究者ら自身でも痛み物質を互いに注射しあって七転八倒したように聞いております。ヒトにおける痛みはヒトでしかわからないですものね。

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