提督だと思った?残念、深海棲艦でした(仮) 作:台座の上の菱餅
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『お前らは兵器でもなく、かといって人間でもない。勘違いすんなよ? お前らは兵士だ』
「…………」
深海から上がり水上を浮くように走る。その行動にはなんの意味もなく、只夕暮れを見詰め黄昏るためだけ。
頭痛にも似た"記憶の再来"は、"彼女"の胸を酷く締め上げる。
ふと、あの日自身等艦娘達を逃すために死んだ偏屈な提督の顔が浮かぶ。
まだ二十歳を越えて間もない程の若さにも関わらず、指揮を執れば右に出る者は居ない天賦の才。
何時も煙草を咥えていて、見た目とは似合わないそれを何度も笑った。
──しかし、それは艦娘としての記憶。
今の彼女は深海棲艦。提督に逃がされた後に命じられた移動先で、他の提督に沈められた憐れな深海棲艦。
自身の持つ膨大な意思故に記憶は確りと残っており、それが逆に彼女を苦しめる。
「貴方以外、私の司令官ではない」
深海に響くような幼い声が、誰も居ない水平線に飛んで行く。
悲哀、悲痛、嘆き、悔しさ。どれをとっても正解で、不正解。
複雑な思念が絡まり付き、嘔吐物の様に涙が目から溢れ出た。
──彼女は駆逐棲姫。憐れに沈んだ"春雨"の次の姿。
***
「うーん、女って怖い」
「ですねー」
そんな風に、乃黒とモモは呑気に言葉を交わす。先日の緊迫感は何処へ行ったのやら。
モモを洋上補給の元に行かせている時の演技の端は少しも見えない。
と言っても、乃黒自身演技と言うほど凝った事をしているつもりはなかった。
加えて緊迫感の籠る空気の中で、微塵も緊張感を感じていなかったのだ。
理由としては二つある。
まず、陸上では深海棲艦の方が力関係では上と言うことである。
そもそも深海棲艦が陸上に上がることは無いが、戦いにおいては艦娘も同様。
故に、兵装的に優れた艦娘よりも、肉体的な面で優れた深海棲艦の方が相手を捩じ伏せるのは容易なのだ。
もう一つの理由としては、すぐ目の前に相手の指揮官である提督が居たと言う所か。
最悪の場合、矢でも首に突き付け人質にすれば容易に逃走は可能だった。最悪の場合ではあるが。
しかし、乃黒の燃料は空だった。その為、モモを密かに送り出し洋上補給を取りに行かせたのである。寧ろ此方の方が最悪の場合ではないのだろうか。
バレた場合詰みであり、当然モモは連れて行かれる。加えて即刻頭を撃ち抜かれるという鬼畜的状況。
しかし、それでも怖じ気づかなかった乃黒は異常なのか、はたまた肝が据わっているのか。
「にしてもさ、深海棲艦には妖精って無いんだな」
「今さらですか?」
「今更ながら気付きましたァ」
と、どうでも良いような良くないような会話を交えつつ、水上に浮きながら移動する。
海流の向きや行く先は大体記憶に残っているため迷うことはないが、時間が掛かってしまうのが難点だ。
燃料の節約においては優秀な手段だが、それ故に移動の面では優れないのは必然的なのか。
「……曇ってきたな」
先程まで快晴だったにも関わらず、灰色の雲が太陽を隠す。雨こそ降っては居ないが小一時間で大雨になりそうな雰囲気であり、加えて風も少し吹いている。
海が荒れるかもしれないという杞憂が浮かび陸地を探そうか迷うが、横須賀鎮守府……本土から大分離れた為、島などを見つけない限り陸に上がることは出来ない。
かといって深海に潜ったとしても燃料云々で面倒臭い事になる。
何故深海棲艦(仮)である彼に燃料というシステムがあるのか非常に疑問である。やはり、彼の見立ては間違いであり乃黒は深海棲艦ではないのだろうか。
「うげぇ、もう降ってきた……」
「──あ、島が見えますよ!」
「え」
煙草の煙を吐き出すと同時に乃黒は間抜けな声を上げる。モモの指差す方向へ首を捻ると、其処には不気味にも佇む、島と言うには些か見窄らしい島の姿があった。
木々が異常に多く、人の手は施されて居ないと見受けられる。
強くなってくる雨に比例し風も強くなってきた為速度を上げて島へ向かった。
「波は平気だな」
「代わりに雨風は凌げませんけどね」
大きな岩礁を登り、少し高い位置にある陸へ飛び移る。
雨風は酷いが、少なくとも知らない間にとんでもない所まで流される事は無くなった。
「……これは」
暫く島を散策していると、徐に乃黒がそう呟く。彼の視線の先──彼の足元には地下へ続くかのように設置された扉が。
矢を片手に恐る恐る開けてみると、中には煙草や酒などの嗜好品の数々が所狭しと保管されていた。
煙草の存在に内心ガッツポーズを取るのと同時に、この島が"私有地"だった事に確信する。
何処の資産家の物かは分からないが、この時世に海賊じみた事をするのはどうにも子供っぽい雰囲気を漂わせる。
まぁ、拝借するのに変わりはないが。
「これで雨風も凌げますなぁ、っと」
「深海棲艦が現れてから放棄されたんですかね?」
「だろうな」
適当に言葉を交えつつ、乃黒は木箱に詰まっている煙草を取り出し葉の状態を確認する。
湿っているものの吸えない訳ではない。艤装の熱で火をつけると味を確かめるように吸い始める。
が、しかし──
「けっむ」
「密室ですから」
煙草や酒が比較的良い状態で保管されていたのも理解できる。雨水が一切入ってこないのは良いが、逆に換気などが一切出来ない。
倉庫としては優秀だが、人が入るのには少し無理があるようだ。
手で扇ぎながら煙草を消すと、乃黒は扉を開きその上から上着を掛ける。
ボトボトと音が倉庫に鳴り響き、冷気が少しずつ入り込んでくる。それと同時に煙は外へ逃げて行き、雨の音は五月蝿いが咳き込む様な空気ではなくなる。
「無駄に広いですね此処」
「案外誰か住んでたんじゃねぇの?」
「ありえますね~」
うぁ~、と訳の分からない声を上げながら煙草をもう一本取る。
──瞬間、脳裏に覚えの無い光景が写る。
執務室のような場所で、何者かが煙草を自身から奪い指を立てながら頬を膨らます微笑ましい光景が。名前は分からない。しかし、その者が『艦娘』だと言うことだけは分かる。
皮肉にも、それが自身の『人間』だった頃に見た光景だと自然に理解した。
頭痛にも似たそれに、フラフラと足元を狂わせ近くの木箱へ腰を掛ける。そんな乃黒の様子に疑問を覚えたのか、モモは心配そうに彼を見詰める。
『て──く─め──よ』
「っ……んだこれ」
「ど、どうしました?」
揺らぐ視線と震える唇。蒼白く血の気が引いて行く顔色は通常のものではない。
認めたくはない事実。確信では無い故にそれらに対する一抹の不安は膨れ上がる。
額に浮かぶ汗が床に落ちると同時に頭痛の一切は消える。
「あー……気持ち悪い」
空を仰ぎ苦虫を潰したような表情を浮かべる乃黒。血走った目をモモに見られぬよう片手で押さえながら体を仰け反る。
指に籠った力は顔を握り潰すかのように骨の軋む音を立てる。
尋常ではない苦しみ様に掛けるモモの心配の声すら届かない。
どうやら通り雨だったようで、激しい雨音は次第に止んで行く。
上着から通った光が彼等を照らす頃、乃黒の目に灯る混濁した青色は少しだけ黒色に近付いていた。
***
「おー、これがゲリラ豪雨ってやつか」
「あ、凄い。木が倒れてますよ」
「そんなに強い雨だったんだな」
煙草を二箱上着の内ポケットに入れ、上着を肩に背負い煙草を咥えながら空を見渡す。
小さな浜から見える限り、遠くに見える小さな積乱雲が風の向く先でゆっくりと移動しており、風上には雲一つない快晴が広がる。
暫く雨は降らないか、と呟くと上着を近くの岩に掛け乾かす。その程度で乾くかどうかは分からないが。
「上着乾くまで此処で……ハッ! というより此処を拠点にしよう」
ポン、と思い付いたように手を叩き背後の小さくも生い茂った森林を見渡す。
島の規模としては小さいが、一軒家程度なら何件か建てられる程度の大きさだ。一個人の拠点としたならば十分お釣りが来るだろう。
「んー、本土から遠すぎませんか?」
「バッカお前、逆に本土が近かったらお陀仏しちまうぞ俺等」
「あ、そうですね」
資源なら倉庫にある木箱を用いれば保管できる上、海流の向きは直上から見て島を中心に全方向へ広がるものだ。燃料の節約は比較的しやすいだろう。
因みに、彼等深海棲艦や艦娘の摂取する燃料と人間達も同様摂取する通常の食事は別物だ。
燃料の補給は海の上で戦う際に舵を取る為、通常の食事は単純に腹を満たす為である。
別段前者をする必要はないが、戦的高揚を促したいと言う点で言えば必要だ。
さて、と一言呟くと、唐突に乃黒は艤装を展開し矢を引く。
矢尻の行く先には一見何も居ないに見えるが、彼には警戒すべき何かが見えている。
モモが凝視するなか、乃黒はゆっくりと口を開く。
「其処に居んのは誰だ? 潜水艦、または深海棲艦か? 出てこい」
キリキリと音を立てる弓をより一層強く引き一切の怯えなく睨み付ける乃黒。
煙草の煙が場違いにも呑気に揺らめき、彼の視線を邪魔する。
刹那、海の中から何者かが頭を出す。
まだ少女と言った所か。若干風変わりな帽子を被りサイドテールに髪を結んでいる。
悲壮感と期待に満ちた顔は蒼白く、どうにも艦娘とは思いにくい。
──駆逐棲姫だ。
高度の警戒に心臓が大きくうねり、目の蒼白い灯火を強くする。
駆逐棲姫が陸に上がり──足は無いが──ゆっくりと此方へ近付いてくる。
彼女のおかしい様子に怪訝な目を向ける乃黒。そして……──
「──司令官!!」
抱き付いてくる駆逐棲姫に、乃黒はただ唖然と彼女を見詰めることしか出来なかった。