提督だと思った?残念、深海棲艦でした(仮) 作:台座の上の菱餅
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※7月3日乃黒の口調を修正しました
ヲ級が島に流れ着いてから早くも一週間。
特にこれといった出来事はなく、平和な毎日が流れていた。
本土とは反対の方向へ赴き、鎮守府の再建に必要な資材を集めるのが日課で、日によって異なるが、大体20~50程度の資材しか集められなかったものの、ヲ級の助けにより50~80程度の資材を一度に集められるようになっていた。
元々放浪している身であって、根城が無かったヲ級は、半ば乃黒の勧誘に負けて壊れかけの鎮守府に住むことにした。
仲間が増えることに喜ぶ乃黒だったが、艤装のないヲ級は足手まといになるだけ。
しかし、妖精さんの『ザ・ミラクルパワー』は伊達ではなく、モモの力によって通常の形状とは異なるもの、艤装の再生に成功した。
「今日もお疲れ様。飯にしよう」
「今日ハナンダ?昨日ハ、カレーダッタガ」
「今日は肉じゃが。一昨日買ってきた豚肉とじゃが芋が残ってるから」
夕焼けが照らす鎮守府の中、厨房で食材を切る乃黒と、カウンターから頬杖をついてその様子を眺めるヲ級。
モモは貯まった資材で工房の復旧に取りかかっていてこの場には居ない。
艤装が邪魔だからと頭のアレを仕舞ったヲ級は、一見変わった格好をしている少女にしか見えない。
コレ、違う服着せれば擬態が出来るのでは?
なんて呑気な事を考えつつ、冷たい水で手を流した。
「あのさ、何か妙じゃないかな」
食事の途中、乃黒がそう呟く。
じゃが芋を口に運ぶヲ級は、箸を片手に首を傾げた。
夢中で肉じゃがを頬張っていたモモも、頭の上に疑問符を浮かべる。
スプーンを片手にそれを見詰めながら、彼は静かに口を開いた。
「だってさ、可笑しいくらいに平和だと思わない? 得体の知れない化け物が現れたって言うのに、戦艦一隻も寄越さないなんて」
「?別に、他のルートからでも、ちがう海域に出られるからでは?」
確かに、と頷く乃黒。
ならば、何故妙だと思うのか、ヲ級が問おうとすると、あくまでも予想だから、と彼が先に口を開いた。
「此処、海域進出の際に、最も補給地点に適している場所だと思うんだよ。距離的には本土から約二時間程度。それをみすみす見逃す程、人間様が間抜けには思えない」
「だとしても、此処へ来るまでに深海棲艦と交戦しなければいいのでは?燃料は兎も角、弾薬の節約ぐらいなら……」
「もっと考えて。そもそも此処に来るまでに深海棲艦とは会わないよ」
腕を組んで、首を傾げるモモ。最早ヲ級は考えるのを止めて肉じゃがの方へ集中している。
一つ溜め息を吐くと、何とも言えない具合の疑問に顔をしかめた。
以前、戦艦二隻空母二隻雷巡二隻と、結構な艦隊が彼を襲った。
一撃で大破させたものの、それはある程度距離が空いていたからで、もし接近を許していたとしたら、結果は悲惨だっただろう。
それを深々と自覚している乃黒は、自らの性能と今の状況の考察を、港の端で足を放りながら思案していた。
心許ないのが、重巡より下回る程度の耐久と装甲。
異常な程の性能が、戦艦を上回る程の火力、そして射程。駆逐艦や軽巡を上回る機動性、回避性能。
慣れていけば、一隻で敵艦隊を潰せるほどの者になれるのは容易に想像できた。
自らの性能は置いといて、今の状況だ。
平和なのは最もだ。自らが求めているものであって、続いてほしいとは思う。
だが、何か怪しい。一週間もあれば、いや、三日もあれば大艦隊の編成など容易だ。
それなのに、襲撃の一つすら無いなんて。
「大規模な作戦の立案か……それとも別のルートを発見したのか。恐らく前者か……騒がしくなるね」
そう言うと、静かにタバコを取りだし、火を付けた。
「んー、人混みは嫌だな」
「仕様がないですよ。はやく食材買ってかえりましょう」
「だね」
相変わらず賑やかな港町の道を通る人々の隙間を歩きつつ、若干浮かぶ嫌悪感に顔をしかめる。
一週間に一度行けば事が足りるが、逆に言えば一週間毎に敵地へ足を運ばなくてはならないのだ。
加えて活気のある町な為、如何せん人が多すぎる。
人が多いところを嫌う乃黒にとって、苦痛のこの上ないことだった。
次は八百屋か、と内心呟いていると、後ろから袖を掴まれる。
なんだ?と振り返ると、背後には自身と頭二つ分小さい少女がそこに居た。
え、何この子、恐い。
ピンク色の頭髪がとても印象的だが、生憎記憶上そんな知り合いは居ない。というか知り合いはヲ級とモモしか居ない。
「えと、どうした?」
マジでなんだこの子。
やけに鋭い視線が突き刺さり、早急にこの場から立ち去りたい衝動に駆られる。
乃黒自身、この状況に困惑しているのだが、少女が何も言わないので、どうしようもなく苦笑いを浮かべている。
暫くすると、少女は袖を離して走り去って行く。
疑問符を浮かべる乃黒だが、恐らく人違いだったのだろう、と適当に自己完結させて再び歩を進めた。
「乃黒さん、乃黒さん!!」
が、耳元からする非常に五月蝿いモモの叫び声に、動かす足を止める。
何事か、少し変な感覚のする耳を押さえながら、モモの方へ目線を向ける。
「あれ見てくださいよ!!あれ!!」
そうやってモモの指差す方向には、海に並ぶ鎮守府の港。
何時もと変わらない風景、とは言わず、何時もとは異なる光景が広がっていた。
それは、四~五十隻程の数で構成された、艦娘達の『大艦隊』。
えげつない量に驚き、苦笑いを浮かべる乃黒は、偶々近くで一緒に見ていた男性にこの状況を聞くことにした。
「すんません、あれって何ですか?」
「……ん?あれかい?何やら物凄い強敵が現れたらしくね。数の差で潰すのと、一斉制圧の為にあの大人数で行くらしいよ」
やはり、予想は見事に的中し、今日町に来ていたことに安堵する。
一息吐くと、艦娘達が出撃するのを見届けてから八百屋へ足を向ける。
が、此処でやっと大事なことに気づいた。
「あれ、ヲ級はどうすんの?」
確か、鎮守府で釣れもしない魚を釣ろうと、糸を垂らしていたはず……。
今なら間に合うか、人目を気にせず海へ飛び込み、中で艤装を展開。
深海棲艦ならでは、水中を最大速度で走り抜け、鎮守府へと向かう。
相手は大艦隊。単艦のスピードには少なからず劣るはずだ。
電探に引っ掛からない程度の距離を置いて追い抜き、彼女等より一足先に鎮守府へ着いた乃黒は、砂浜の端で座るヲ級へ駆け寄る。
眠たそうに糸を垂らす彼女を見て拍子抜けさせられそうになる乃黒だが、真剣な面持ちで一連の状況を話す。
「……ナルホド、大体ノ事ハ分カッタ。コレカラドウスル?」
「取り敢えず、本土とは反対の方向に逃げる。全ては命あっての物だからな」
しかし、後の事は何ら思い付かない。
迎撃するのは非常に危険だし、あの数だ。明らかに無謀すぎる。
だが、モモやヲ級と必死に直そうと奮闘した鎮守府を捨てるのは、少し後ろ髪を引っ張られるのも事実。
空母などの艦載機を使う艦が沢山居る為、ヲ級が戦うことは無理だろう。
「……ま、逃げるときはお前だけで逃げな。俺は少し足掻いてみる」
「?意味ガワカラナイ。一緒ニ逃ゲルノデハナイノカ?」
「尻尾巻いて逃げんのはどうも性に合わないのさ」
後から追う。そうヲ級に伝えると、艤装を再度展開し、海へと歩を進めた。
見えてくる泊地。
以前のような威厳は最早打ち滅び、荒んだ鎮守府のみが建ち誇る。
戦艦十一隻、空母六隻、重巡十五隻、軽巡五隻、駆逐艦十隻。
総勢四七隻の大艦隊は、群れを成すように泊地へと向かっていた。
たかが深海棲艦一隻に、何故此処までの艦隊を組むのか。
それは、撃破が目的ではなく、彼女等のみしか知らされていない"捕獲"だった。
基本深海棲艦とは、艦娘と同様最大六隻までの艦隊を編成して出撃する。
連携の取れた攻撃こそが最大の脅威であり、逆を言えば単艦などどんなに高性能な艦であっても轟沈は真逃れない。
だからこそ、だ。
敵が単艦で居ると確認が取れた今、千載一遇のチャンス。
それを見計らった大本営と提督は、捕獲作戦と称して大艦隊を編成したのである。
「そろそろ……ね」
あの日、実際に交戦した赤城と加賀も、この作戦に参加していた。
駆逐艦の者達や、練度の高い者達は余裕の表情で会話をしているが、恐らく驚愕の表情を浮かべるに違いない。
こんな大艦隊を組んでも無駄なのは、あの日居た六人の彼女等が最も理解していた。
一方その頃、乃黒はと言うと、緊張、というよりも、恐いと言う感覚に体を少し震わせていた。
六隻だとしたら、ギリギリ全員の砲撃を避けるのに集中できた。
しかし、相手が二桁の数となると、一方的に殺られる可能性が高い。
となれば、得意の射程を活かした狙撃を繰り返し、ある程度打撃を与えてから逃げよう。
そもそも何故彼がこんなことをしているのか。彼自身も理解できず、言ってしまえば子供の負けず嫌いにも似た悪足掻き。
またか。我ながら子供みたいだよ。そう心の中で呟く。
「ははっ」
──頬を叩き、無駄な思考を振り切ると、乃黒はゆっくりと、少し姿を現した彼女等に矢尻を向けた。