史上最凶最悪の師匠とその弟子 作:RYUZEN
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重い気分でクシャトリアは錆びれた神社の石段を上がっていく。
美雲から餞別に貰った手甲はしっかりと両腕に装備している。こんなものがあっても焼け石に水のような気もするが、生存確率を少しでも上げる要素ならそれは歓迎するべきものだ。
しかしクシャトリアには手甲のプラスを打ち消して余りあるほどのマイナスも美雲から受け取っていたのだ。
『お前の師、ジュナザードからお主宛ての言伝じゃ。死合いの前にこのメモに書かれた事を死合い場に集まった連中に言えとのことじゃ』
師匠から美雲に預けられたメモに視線を落とすと再び大きな溜息をつく。
溜息をつく度に自分の中の幸せが抜けていくような気がしたが、どうせそんなものジュナザードに出会ってしまった時に全て蒸発しているだろうから関係ない。
憂鬱な気分の中、それでも背水の覚悟でクシャトリアは錆びた神社の社を潜り抜けた。
「ん? なんだ、やけに小せぇのが来たと思ったら餓鬼じゃないか」
「おいおい。子連れで死合い場なんて来た馬鹿はどこのどいつだよ」
境内に入ると武器を持った男達の奇異の視線に晒される。
しかしこんな視線、電車やバスでずっとTの字で重りを持たせられていたクシャトリアからしたらなんてことでもない。
大人たちの視線など気にせずクシャトリアは境内を進んでいく。
「待て坊主」
ポン、と和服に袴姿のサムライ染みた男がクシャトリアの肩に手を置いた。
「どうしてこんなところに来たか知らねえが、ここはお前さんのような子供の来る場所じゃねえんだ。ほら、お駄賃やるから帰りな」
そう言って千円札を渡してくるサムライ染みた男。
馬鹿にしているのではなく、彼なりの気遣いのつもりなのだろう。本心でいえばクシャトリアは彼の気遣いを受け入れたくてたまらなかったが、師匠が師匠な以上、それを呑むわけにはいかない。
「お気遣いありがとうございます。ですが……俺にも退けない理由があるので」
「退けないだって? お前さんみたいな坊主がどんな理由でこんな所に来たってんだ。
分かってねえなら教えておくが、ここは合い場。餓鬼のお前さんにも分かりやすく言えば殺し合いする場所だ」
「知ってますよ。あそこに置かれている刀の所有者を決めるために、これから皆で真剣勝負するんでしょう」
「だったら帰れ。ここは餓鬼のお前さんには教育上宜しくない場所だ」
「帰りたいのは山々なんですが、こちらも命が掛かっているので。特に刀に興味はありませんが、勝たせて貰いますよ」
「おいおい」
サムライ染みた男は困った様な呆れた様な顔をする。
美雲に妙手以下どころかクシャトリア未満の実力者の烙印を押された者の一人とはいえ、彼には彼なりに剣士としての矜持がある。
自分より年下の、しかも二十歳どころか十五に手が届かないような子供を手にかけるのは忍びない。かといって死合い場で手を抜くとなると礼儀に反する。
そういった複雑な心境が彼の中を渦巻いているのだろう。
(いい人だなぁ)
そんなサムライ染みたオッサンを見ながら、クシャトリアはしみじみと思った。
武術的にどれほど劣っていようとこのサムライみたいなおっさんは、クシャトリアの中での人格者ランキングにおいてあの美雲すら超えてナンバーワンに躍り出た。ちなみにジュナザードは不動のワーストワンで殿堂入りである。
「はははははははっ。こんな餓鬼が参加するだけでも爆笑もんだっていうのに勝つ気かよ」
「井戸の中しか知らない蛙というのは無謀なものですね」
「おまけにこの餓鬼、素手じゃねえか。ナイフ一つも持ってねえ」
サムライのオッサン以外は、子供でしかも無手で参加しにきたクシャトリアに明らかな侮りの目を向けてきた。
敢えてクシャトリアはそれを訂正することはしない。相手が侮り油断しているということは、こちらに対して隙を見せているということだ。
好き好んでこんな場所に死合いをしにきたわけではないクシャトリアにとって、その隙は有り難いものだ。
とはいえ、
(なんで師匠は傍にいないでも俺を追い詰めるかなぁ)
もう一度、美雲に渡されたメモの文字列を見ながら嘆息した。
だが言わない訳にはいかない。真っ直ぐにこの場に集まった男達を見渡すと、出来るだけ無感情かつ棒読みでメモの内容を音読する。
「あー、おほん! ええと、これは事前に申しあげておきますが、これはあくまで
では……おいこのチキン共。俺はお前等みたいな雑魚と一人ずつ遊んでやる時間はねぇんだよ。全員一片にかかってきな」
『………………』
「ビビったか? だったらチキン以下のビビり共は便所へこもって玉のねえ竿をしゃぶり合ってな」
メモの内容を一呼吸で言い終わると、恐る恐る集まった男達を眺める。
美雲からは緊湊未満とされたものの、彼等は一般人レベルにおいては十二分に強者だ。チンピラどころか下手なヤクザすら目を背け隠れる存在。
それが明らかに自分より格下で弱っちい、小学生ほどの子供にこれ以上ない程に馬鹿にされた。その事実が信じられる彼等は固まっている。
しかしそれは言葉が脳に届き、内容を脳味噌を完全に理解するまでの間。
予期せぬパンチのショックから覚めれば次に待つのは、
『小僧ォォォォッ!』
怒りの大噴火。大地に閉じ込められていた怒りという溶岩が一斉に噴き出して、顔を真っ赤に染めながら武器を構えて襲い掛かって来る。
だがクシャトリアはその大噴火が起きることを事前に予想しきっていた。
天気だって同じ。天気予報で雨が降ると知っていれば、事前に傘を用意して被害を最小限に抑えることができる。
敵がどういう行動に出るかを知るからこそ、先手をとることができるのだ。
「
一番最初にこちらを舐めきって怒りのままに突進してきた男の顎に、鞭のようにしなる蹴りを喰らわした。
自分が攻撃が喰らうかもしれないという心の準備ができておらず、更に蹴りが急所を襲えばどんな屈強な男も無防備な子供と同じ。
先ずは一人。武器持つ男達の一人が大地に崩れ落ちた。
敵は残り――――13人。武装は刀、槍、薙刀と盛り沢山。
(明鏡止水だ……心を静かに、水面のように鎮め……相手の動きを感じ取る……)
美雲に預けられる前。
ジュナザードの命令で武器をもった相手と死合いをさせられた時は、流石に緊張で気力が行き場を失って彷徨ってしまっていた。
しかし美雲との修行で静の気を会得したクシャトリアは同じ失態を犯さない。
自分自身の気力を呑み込んで、冷静さを保ち、一点へ集中した視点と空から俯瞰する広い視野を同梱させる。
そうすれば自分どころか、相手のことまでもが自分の脳に伝わってきた。
「こいつ……」
死合い場に集まった一人のただの一撃での撃沈。
目の前で起こった動かしようのない出来事が、死合い場に集まった男達のクシャトリアに対しての認識を『ただの身の程知らずの餓鬼』から『得体の知れない面妖な餓鬼』へ切り替える。
「さて。上手く一人は潰せたが」
遠くよりクシャトリアと男達の死合いを眺めながら美雲は呟く。開展未満とはいえ、集まった何人かは後少し背中を押してやれば緊湊に至るものも多い。
クシャトリアの実力を知った彼等にはもう油断などはなかった。彼等は全力でクシャトリアという年端もいかぬ子供を殺しに来るだろう。
「問題はここからじゃな」
両手に碌に力も入らず、武器を持った集団との戦闘。
命の瀬戸際といえるほどの危機であるが、美雲がこれまで教えた事をしっかりと体得していたとすれば必ず勝てるだろう。
美雲は愉快げに嫌いな同胞から預けられた弟子を見下ろしていた。
おまけ
ジュナザード「ううむ……」
メナング「お悩みですか、ジュナザード様」
ジュナザード「クシャトリアに死合い場でさせる挑発文句をなににするか思いつかなくてのう」
メナング「挑発、ですか」
ジュナザード「さて、どうしたものか」
ペングルサンカン「ゴニョゴニョ」
ジュナザード「なに? ここをこうすれば良いのかいのう?」
メナング(ジュナザード様にはペングルサンカンの言葉が分かるのか……?)
ペングルサンカン「ゴニョゴニョゴニョゴニョ」
ジュナザード「ほう。日本語ではここをこうした方が良いとな? はっははははははははははは! 出来たわいのう!」
ペングルサンカン「ブワッハッハッハッハッ!」
メナング(何を言っているのか激しく気になる)